危険な臭いには敏感であるべき
そう言われると、私は非常に不思議な気持ちになります。何故なら、私には韓国や韓国人を蔑視しているという意識がないからです。
私にあるのは、見たまま接したままの韓国や韓国人に対する感想と評価と、それらに対して備えるべき対策です。それらがどれほど韓国や韓国人、及び擁韓な方々のお気に召さないとしても、それを改めるべきは私ではなく、韓国や韓国人の方だと思います。
クサい臭いの元を断たずに、それに蓋をしてこれはクサくないと言い張り、「だって蓋してても臭いが漏れてるからクサいんだよ」と私が言えば、「それは悪口だ」「それは蔑視だ」と言われるようなもので、言われた方としては何とも釈然としません。
「そんなにクサいなら、臭いの元に近寄らなきゃ良いじゃないか」と言う人も少なくありません。確かにそれはその通りだと思います。そのクサいものの臭いが私に届かぬほど遠いところにあれば、それがどれほどの激臭であっても問題はありません。
しかしこの「クサいもの」は、仮にこちらが近寄らなくても向こうから近寄ってくることがあるのです。
世間には、「クサいもの」に惹きつけられる方もおられるようです。一般には悪臭と感じられているものに強い魅力を感じる人も、世の中には少なからずいらっしゃるのは、存じております。
人の好みは様々ですから、それぞれが個人的にひっそり楽しむ分には、それがどんな趣味や嗜好であっても、口出しするつもりは私には毛頭ありません。だから私は擁韓や親韓な方々に、転向を求めたことはいまだかつて一度もありません。
しかし逆は時々あります。
私が「これは一般的にとてもクサいので、注意しましょう」「出来れば近寄らない方が良いでしょう」「もしそれが近くにあれば、可及的速やかに廃棄する方が、公衆衛生的にも精神衛生的にも好ましいと思います」と言えば、「どこがクサいニカ!クサくなんかないニダ!良い香りニダ!たとえクサいものがあったとしても、それはごく一部ニダ!一部の臭いで全体を判断するな!」と臭いの元が言います。
もうそれだけで十分にクサいのですが、言ってる本人には自分が悪臭を放っている自覚がありません。
さらには「それは悪口だ」「それは蔑視だ」と非難し、「よく嗅いでから言え」などと言う方にも遭遇したことがあります(もう既に、頭痛がするほど嗅いでます)。
嗅覚は、非常に順応性が高い(あるいは疲労しやすい)そうです。同じ臭いを嗅ぎ続けると、段々その臭いがわからなくなることは、日常的にもよく経験することです。
ですが嗅覚は、人間にとってかなり重要な感覚でもあります。これを失うと、食べ物の味がわからなくなるという現象を、風邪をひいた時などに体験された方も多いでしょう。
これが、何を食べても味気ないというだけならすぐさま生命に関わるほどの問題でもありませんが、腐ったものや危険なものを食べてもわからなくなるということであれば、生命の危険に容易に結びつきます。
故に危険な臭いというものに対して、人は常に敏感であった方が良いと私は確信しています。
弊ブログは、単にそう言ってるだけであって、決して臭いそのものの悪口を言ったり蔑視したりしているわけではないことを、ここに改めて申し上げる次第であります。
常套手段が通じる相手もいるのが困る
最高気温がまだ20度(ベランダでの実測)に達することもあるこの地域で、今から暖房ってどうよと思わなくもないのですが、ガマンして風邪引いてもつまらないしとか、インフル流行ってるし、などと自分で自分に言い訳しています。ええ、寒がりです。
さて、先日国連で、対北朝鮮人権非難決議案の採択に関して、「840万人もの朝鮮人を誘拐しておいて、日本は人権についてとやかくいえる立場ではない」と北朝鮮の国連次席大使がほざいたようです。
日韓チャットで韓国子供が用いるのと寸分違わぬ論法を、国連で北朝鮮代表が述べるあたり、朝鮮人の程度の均質さには、毎度の事ながら舌を巻く思いがします。
だったら日本にいる朝鮮人誘拐被害者とその子孫全部北朝鮮に返還するから、北朝鮮にいる日本人拉致被害者とその子孫全員日本に返還しろと言えば良いじゃないかと素人考えに思ったりするのですが、そう言っちゃうと「日本がかつて朝鮮人を840万人も誘拐したと、公式に認めた」ということになってしまいますので、それは言わないお約束というのが、大人の分別というものなのでしょう。
と言うか、日本がかつて朝鮮人を840万人も誘拐したなんてことを国連が認めた日には、かつて奴隷売買をしていた国々は立つ瀬がありません。北朝鮮と仲の良いアフリカの小国群が、我も我もと同じような主張を始めたら、国連は収拾がつかなくなるでしょう。
北朝鮮の発言が、収拾がつかなくなることを狙った計算尽くの発言か、それとも単なる朝鮮人的真理、即ち「日本は絶対悪」を披露しただけなのかはわかりませんが、日韓チャットで用いられるこの手の発言は、たいていが自らの非を打ち消すために行なわれるものです。
朝鮮人全般には、潜在的に「日本は絶対悪」という意識と、さらにそれと同じぐらいの重さで「自分は絶対善」という意識があります。これは彼らにとって太陽が東から昇り西へ沈むのと同じぐらいの常識であって、絶対不可侵の真理でもあります。これに対してもし地球の自転を唱えれば、即座に魔女狩りの標的とされるのも、彼らの間では当然至極のことです。
しかし彼らの間ではそれがまかり通るのかもしれませんが、相手が朝鮮人でない場合は、それが通らないことは珍しくありません。
その場合彼らが取る常套手段は、前述したように、自らの非を打ち消すために被害者を装うことです。
例えば、日韓チャットでは非常によくあるのが、韓国人の無礼や無作法を叱ると、叱られた韓国人が傷ついたと言い出し、故に自分は被害者であるから叱ったお前は謝れと言い出すパターンです。
あるいは今回の釜山の実弾射撃場における爆発火災事故についても、「これで日本人観光客が減れば困るのは我々韓国人だから、我々も被害者だ」というような韓国人の主張は、さほどに目新しくもありません。
もしくはバージニア工科大学の大量殺人事件において韓国人たちが「この事件のせいで我々韓国人は非難され、場合によってはアメリカで迫害を受けるかもしれない。故に我々も被害者である」という態度をとっていたように。
そういう意味では彼らが被害者面をし始めれば、彼らに大きな非があるということがわかりやすいとは言えます。しかしそれは、彼らの習性をよく知った人しか理解することは難しいかもしれません。つまりその手は、彼らをよく知らない人には十分通用し得ることを意味します。
実際に日本でも、在日がサベツやらキョーセーレンコーなどと言い出すと、途端に何も言えなくなる人が少なくありません。何も言えなくなるだけならまだしも、可哀想な被害者を救う正義の味方を気取って、在日の主張に同調し、日本の非を穿つことに血道をあげる人々さえ、ごまんといる始末です。
そう考えると、朝鮮人の狙いは目の前の敵そのものではなく、その敵を背後から撃ってくれる純真で疑うことを知らない(と思われたい)人々なのかもしれません。
実に朝鮮人とは、共存し得ない生物であると痛感する次第です。
安近短の安は、安全の安じゃない
まことに韓国らしい反応だとは思いますが、韓国を知る者としては、韓国が安全(防災のみならず治安面でも)に強い疑問のある地域であることを隠蔽して、徹底した価格訴求、しかも多分に印象操作的な値付けの韓国旅行をプッシュする人々にも大きな問題があると思います。
先だっても、韓国の燭火デモに日本人と思われる人物が巻き込まれ警察に暴行され負傷したという事件がありましたが、それについても日本のマスコミは詳しい報道をほとんどしておりません。もちろんその詳報も続報も、日韓共に全くありません。
また韓国において頻発している爆発や火災を含む炎上事故、更に国技とまで呼ばれるほど多発する凶悪犯罪が日本で報道されることは、よほどの大事件でない限りほとんどありません。
それらの情報を得ようと思えば、弊ブログのような嫌韓系や韓国ウォッチ系ブログなどから得ることは出来ますが、そのようなブログを自主的に見る方というのは、やはり基本的に韓国に関心がある人に限られるでしょう。
韓国に特別な関心のない日本人なら、韓国の防災や治安のレベルがどれぐらい劣悪かなど、意識することさえないでしょう。韓流捏風や韓国ドラマに毒された日本人ならば、韓国は日本と同じ程度に治安が整っているというイメージを抱いていても、全く不思議ではありません。
しかし、先ほど述べた爆発や炎上事故、凶悪犯罪などを差し引いたとしても(差し引けるものではありませんが)、韓国は現時点において戦時下の国です。韓国が現在戦時下にある国だということは、韓国人でさえ失念していることが多いのですが、11月10日にも黄海で南北朝鮮の武力衝突があったように、いつ朝鮮戦争が再開されるかは、北朝鮮の首領様のお心ひとつです。
海外に旅行する際は海外旅行傷害保険を掛けていくのが常識ですが、韓国へ旅行する人の場合は無保険で行く人が少なくありません。それは韓国が日本に近いということから生じる安心感と、ほとんどの場合が3日以内の、海外旅行としては極めて短い旅行だからです。
2週間、地球の裏へ旅行すると言えば、保険を掛けて行かない人の方が珍しいのですが、たった1泊2日、しかも格安の韓国旅行で、数千円(海外旅行傷害保険の最低掛金は1000円から)の掛捨て保険料を払うのは馬鹿馬鹿しいと考えるお客様は珍しくありません。それにきちんと保険を掛けて行ったとしても、戦争による被害は海外旅行傷害保険の補償の対象外です。
それらのリスクを十二分に理解し、承知した上で韓国を訪れるというならば話は別ですが、「時間的にも価格的にも東京や大阪へ行くのと変わらない」「北海道や沖縄旅行より安い」などという理由で韓国旅行をチョイスするならば、あまりにも無防備に過ぎると思いますし、それを誘導する人や団体があるとしたら、それはあまりにも無責任だと思います。
しかし現実には、日本は官民共に韓国への旅行を誘導しておりますし、また韓国側も、国を挙げて日本からの観光客を誘致しております。その結果何も知らない日本人は、それらの無責任な誘導に乗せられることになるわけです。最早この状態は、無責任などという生易しいものではなく、悪意すら感じます。
以前から弊ブログでは幾度も述べておりますが、韓国の観光的魅力というものは極めて乏しいのが現実です。今回の実弾射撃にしても、韓国でなければ出来ないわけではありません。韓国で実弾射撃が人気のアクティビティになっている理由は、他にすることがないからというのが最も近いと思います。そもそも「実弾射撃がしたいから」という理由だけで、韓国を旅行先に選ぶ人はおりますまい。
ただ安いから、とりあえず海外だから、短期の休みでも行けるから等の理由で韓国への旅行をチョイスする人は確かに多いのですが、安いと言っても無料というわけではありませんし、現地でのぼったくりはかなりのものがあります。旅行代金と旅行に関わる諸費用に現地での諸経費を考えれば、よほどの貧乏旅行でない限り、韓国旅行といえども総額10万円を超えずに済ませることは難しいでしょう。
韓国への旅行代金プラス諸費用及び現地での諸経費の合計数万円〜十数万円ぐらいなら捨てても痛くも痒くもないというお大尽さまは、韓国へ行って危険で無為な時間を楽しむのも、贅沢のひとつとして意味があるかもしれません。
しかし、そういう楽しみ方をお好みでない方や支払う代金に見合うだけの値打ちのある旅行を楽しみたいとお考えの方、及び旅行に伴うリスクを、せめて海外旅行傷害保険で補償される範囲に留めたい方は、韓国を旅行先の候補になさることはおやめになることを、改めて強く強く進言したいと思います。
反応の予想はついてたけれど
私もかつて韓国は濟州島の実弾射撃場で実弾射撃をしたことがあります。その実弾射撃場では、体験者の記念写真を壁に貼っていたのですが、そこに映っているのは圧倒的に日本人観光客でした。
今回火災に巻き込まれたのは男性ばかりのグループだったようで、そりゃ韓国に大した興味のない男性が、韓国、しかも釜山で、比較的健全な方の遊びをしようと思ったら、射撃ぐらいしかすることないよなあと同情を禁じ得ません。亡くなられた方のご冥福を心からお祈り申し上げると共に、負傷された方の一日も早いご快癒をお祈り申し上げます。
さて、先日日韓チャットで、「起業したい」という話を始めた韓国人がおりました。
その韓国人、楽しげに誇らしげに滔々と起業に関する構想を語るのは良いのですが、彼らの会話パターンの常で、ちっとも話の焦点が定まりません。
その韓国人、最初は中国から商品を仕入れて安く売るショッピングモールを立ち上げると言っていました。
「品物は宅配で送って」「資金が集まればYahooに広告を出して」「ポイント積み立てもして」(ネット通販?)と楽しげに語るのですが、「商材は何ですか?」と日本人が聞けば、「中国製鞄やベルト」と答えます。
そのくせ「品質の良い日本製品に関心がある」と言い出したり、「韓国の親は子供の使う品物には金を惜しまないので、子供用の物を売ろうかと思っている」と言い出したり、「日本の小学生が使うランドセルに関心がある」と言ってみたりと、話がフワフワと迷走しまくります。
更に自分の脳内妄想を垂れ流すだけでは足りなくなったのか、終いには「日本の良い情報を教えて欲しい」と言い出しました。
あまりにも構想が貧弱で散漫なのに呆れ気味だった日本人会員でしたが、最初の中国製鞄やベルトの話から、「革製品に特化した品揃えにしてみればどうか?」と言いました。
その発言を受けて私が「犬皮製品なんてどうです?韓国特産」と言った途端、その韓国人が発狂し始めました。
その韓国人が「私は狗肉を嫌悪する人です」「家で犬を2匹飼ってます」「私は犬と一緒に寝ます」と個人的な話をし始めたのをさっくり無視して、「韓国では年間二百万頭の犬が屠殺されている。皮を捨てるのはもったいないですよ^^」と私が言ったところ、その韓国人は「韓国で犬を食べる人は10%ぐらいです。残りは犬を食べることが出来ません」と言い始めました。
韓国の人口は約4700万人(2008年統計では約4800万人)ですから、狗肉を食べる人が10%いるということは約470万人。その人々が年間に200万頭の犬を食べるというのですから、一人当たりの消費量は結構な量になるなあと思ってそう言ったら、今度は中国人やベトナム人の方が犬を食べると言い始めました。
私の話はあくまで「韓国で大量に得られるであろう故に、安く仕入れられるであろう犬皮を原料にした製品を製作・販売すること」だったのですが、この韓国人、何故か必死でそれを「狗肉食」の話にしては、更に必死でそれを否定しようとします。
やがてこの韓国人は、「韓国では年間200万頭の犬が屠殺されているというのは、野犬の安楽死処分のことだ」と言い始めました。
日本でも、野犬や遺棄された飼い犬を行政が殺処分にしております。しかしこれは犬猫合わせても年間約30万頭(一説には約36万頭とも)。年間200万頭どころか、100万頭にも遠く届きません。もし韓国で本当に野犬の殺処分が年間200万頭も行なわれているとすれば、それはそれでまた別の問題があるのではないかと思います。
そこで私が、韓国では年間200万頭の犬が食用として消費されているというソースを提示し、「先ほどのお前の発言が嘘でないならば、韓国では食用に200万頭、野犬の安楽死処分で更に200万頭の、合計400万頭が毎年屠殺されているのか?それでよく韓国の犬、絶滅しないなww」と追い討ちをかけたところ、その韓国人の発狂はレッドゾーンに達し、お前は無礼だ失礼だ、生意気な倭人だと喚き散らして出て行きました。
以前にも弊ブログで述べたことがありますが、私は狗肉食そのものについては、是非を論じたことがありません。牛や豚や鶏や馬や羊や魚介類や野菜なら食べることについての是非は問わないが、犬や鯨を食べることについては大いに是非を論じるというのは、何か違うと思っているからです。
よって先ほどの会話の中でも、「狗肉を食べる韓国人は悪い」とか「恥ずかしい」というような類の発言は、一度も行なっておりません。
と言うか、私がしていたのは最初から「韓国で大量に生産が可能な犬皮の有効利用」であって、「狗肉食」の話では全くないのです。
現在韓国で行なわれている犬の屠殺方法では、犬の皮を利用することは出来ないでしょう。ですから、もし韓国で犬の皮を革製品に加工するようになれば、現在のような屠殺方法は改めらることになるでしょう。加工用の犬皮の需要が増えれば、屠殺を免れ得ない犬にとっても、少なくとも悪いことではありますまい。
起業志望者にとっては安くて豊富な原材料が国内で容易に入手出来るし、屠殺を免れ得ない犬にとっては屠殺に伴う苦痛が大幅に軽減されるし、韓国全体で考えても、新しい名産品が出来ることになるかもしれません。そう考えれば、自分で言うのも何ですがWin-Winのナイスアイディアだと思うのです。
ちなみに日本では、行政によって殺処分となった犬の一部を、太鼓や三味線の皮の原料としています。つまり日本には、犬皮を革製品に加工する技術があるわけです(後で調べてみたら、朝鮮の農楽で用いるチャンゴという日本の鼓(つづみ)に似た楽器にも犬皮が用いられているようです)。
「日本の良い情報を教えて欲しい」と言うから、人がせっかく親切に教えてやろうと思ったのに、本当に韓国人ったら、早漏にもほどがあると思います。
他山の石に感謝
須佐之男命(スサノオノミコト)のヤマタノオロチ退治伝説は、知らない日本人はいないのではないかと思われるぐらい有名な神話で、気になったことというのは「ヤマタノオロチと九頭龍の関連について」という、まことに他愛のないことだったのですが、その余勢で面白い知識を得ることになりました。
伝説によれば須佐之男命が退治したヤマタノオロチの尻尾を裂くと、そこには宝剣が一振りあったとされます。これこそが三種の神器のひとつ、「天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)」、別名「草薙剣(クサナギノツルギ)」だということは、日本神話のヒーロー、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)とも関連しているためか、更に有名だと思います。
様々な伝説をまとったこの宝剣は、現在熱田神宮でご神体として安置されているという説があります。それによると天智天皇の7年(西暦668年)に、その宝剣が、新羅の僧に盗まれたという事件があったことを、昨日初めて知りました。
西暦668年と言えば、新羅が660年に滅ぼした百済に続いて、高句麗を滅亡させたまさにその年です。
興味のある方は各自でWikipediaの草薙剣盗難事件の項をご覧いただくとして、1300年以上も前から、半島人が日本ですることは変わっていないのだなあと感心することしきりでした。
さて、日韓チャットの韓国人ですが、彼らも相変わらずです。どれぐらい相変わらずかと言うと、あらかじめシナリオを読んで台詞を覚えてから来ているのではないかと思うぐらいです。それに対してこちらも同じ反応をすれば、返ってくるのが同じ結果になるのは理の当然というものです、そこで最近では、少しずつ対応に変化を持たせてみようかなと思ったりしております。
問題はそれに付いて来れる韓国人がほとんどいないということです。
例えば、私が作るチャットルームでは、「入室したらまずご挨拶」「翻訳チャットなのだから正しい自国語を用いる」ということを当然のルールとして設定しており、これを守れない者の在室は厳に認めないことを方針としております。
ただしこのルールと方針は、入室者にあらかじめ説明しておりません。何故なら、このルールはルールと言うよりは、常識に近いものだと思うからです。だとしても、いきなり蹴り飛ばさずにせめて一度は警告してからにするべきと言う韓国人もおりますが、常識を備えていないということが判明している人を部屋に置いておいて、良い結果に至った例がないという経験則に基づいて、厳正に対処しております。
実際にこの2つのルールについて、韓国人に「これはルールと言うよりは、一般常識だと思うが如何か」と聞けばほぼ100%が「そうだ」と答えますし、同じく「これを守ることはそんなに難しいことか」と聞けばほぼ100%が、「難しくない」と答えるのです。
ここまでは従来どおりの対応ですが、最近、私の機嫌が良くて、韓国人が少なくて暇を持て余している時に、日本語を用いる韓国人がやってくれば、いきなり蹴飛ばさずに「韓国人のあなたが外国語である日本語をあえて用いるということは、日本語でのコミュニケーションに自国語以上の自信があるという証拠とみなします」と宣言した上で、「今後の発言全てを完璧に正しい日本語で行なうように。清音・濁音の混同、助詞の誤り、句読点の欠如等一切認めません」と言ってみたりもします。
完璧に正しい日本語での発言を続けることは、実は日本人でも相当に難しいものがあります。それは弊ブログなどでもしばしば誤字脱字があったり、主語と述語のつながりがおかしかったり、助詞が不適当だったりすることがあることからも、ご想像いただけるのではないかと思います。
日韓チャットの日本人も、チャットでは非常に頻繁に誤字脱字変換ミス助詞の間違い主語述語の接続不適がありますし、韓国人の場合でもハングルの綴り間違いや助詞の変化の誤りなどは普通に頻繁に、それをいちいち指摘していたら話が進まないほどにありますが、よほど酷くない限りは目くじらを立てたりはしておりません(「よほど酷い」というのは、意識的にハングルを分解して書いたりする場合等です)。
しかし頼まれもしていない上にその必要もないのに、韓国人があえて自ら進んで日本語を用いて発言する以上は、日本人以上のレベルを要求されても、当然ではないかと私は思っています。
ちなみに今まで数例試してみましたが、当たり前ですが全滅しております。
そんな彼らを見ていていつも思うのが、彼らは他国の言語を学ぶよりも、他国人とのコミュニケーションの方法を学ぶべきではないのかということです。
韓国人は、話が弾んでいる最中に話の腰をへし折ったり、茶々を入れたり、混ぜっ返したりするのは大変に好きでよくやるのですが、自ら話を弾ませたり、話題に沿った発言をすることは非常に苦手です。
例えば、彼らはまず年齢か、住んでいるところを聞きます。彼らが年齢を聞くのは、相手との上下を判断するためであるのは言うまでもないとして、自分の年と近いかどうかで話題を選ぶためだと彼らは言います。
10代なら好きな芸能人やアニメーションについて、20代なら将来の夢や抱負、30代なら社会生活の苦労などが話題になるのだと彼らは言います。しかし韓国人同士で話しているのを見ている限りでは、たとえ同年代で同じ話題で話していても、その話題を中心に話が盛り上がるということはほとんどありません。
双方がそれぞれにその話題に対する自分の興味や関心について語り、あるいは苦労や不幸を嘆き、または単なる感想を吐き出すだけです。時に相槌を打ったりはしますが、それらは全て自分に発言の機会を引き込むためのものです。
住んでいるところを聞くのも、相手に興味があるからではなく、自分が興味のあるところに相手が住んでいることを期待してのことです。例えば「どこに住みますか」と聞かれて「大阪」と答えれば、「大阪!行ったことあります!」だの「親戚が住んでいます!」だのと大騒ぎですが、「枚方」と答えると一気に相手のトーンが落ちるのがわかります。
おそらく彼らとしては、自分の心の中の興味や関心、喜怒哀楽を吐き出し、それを他人に共有させ共感させることで、一緒に盛り上がれるのだと思っており、韓国人同士ではそれが当然のコミュニケーションなのでしょう。しかし生まれて初めて出会った外国人までもが、韓国人のそういう心の機微を理解して当然だと思ってもらっても困ります。
日本人の「マクドナルド」の発音を笑う暇があるならば、少しは他人の話を聞いて会話を続かせる練習をする方が、外国人に韓国人を理解してもらう助けになるのではないかと思います。
と言いつつ実は私は、そういう彼らの姿を見て自らを省みる機会と材料を得ているので、その点については彼らにほんの少しだけですが、感謝しております。



















