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韓国の反日に最も貢献しているのは

最近、日韓チャットにログインしていても、一言も話さずに寝落ちしていることが多い私です。もっとも、起きて部屋を作っていたとしても、韓国人が来ることは非常に稀になってきました。更にやっと韓国人が来ても、例によって話が続かず、後足で砂を掛けるが如き態度で出て行ってしまいます。

ところで、これまで私が日韓チャットで見てきた韓国人は、極めて大雑把に分けて、三つのタイプに分類することが出来ると思います。

ひとつは、とにかく反日意識旺盛で、倭人成敗が自らの至上の使命と信じているタイプです。倭人に嫌がらせが出来るなら、自身のみならず、韓国や韓国人全体の評判や信頼を損なっても、全然構わないと思っている確信犯です。

もうひとつのタイプは、潜在的な反日意識はあるけれど、それと同じぐらいかそれ以上に日本の文化や日本そのものが好きだったり、強く憧れているタイプ。このタイプは、自身の反日意識について全く自覚がないか、あっても極めて希薄です。また、韓国人全般の反日意識や反日活動に対しては、積極的な賛成や協力はしませんが、積極的に反対したり批判したり、言うまでもありませんが阻止しようとすることもありません。ただし、日本人が韓国の反日について批判したり、非難したりすると何となく不愉快になります。韓国人同士で日本について話す時は、倭奴とか日本奴とかチョッパリと言うこともありますが、それはその場のノリに合わせた軽い冗談のつもりで、本当は日本人の友達が欲しいと思っています。

最後が、日本の文化や日本そのものに強く憧れつつ、自身や韓国人全体の反日意識と、それらが引き起こす問題点をある程度自覚し、整理が出来ているタイプです。韓国人でありながら、比較的韓国や韓国人を客観視出来るタイプと言うことも出来るでしょう。

以上の分類は、私が日韓チャットで感じたものですが、おそらくナマの韓国人も、同じように分類出来るのではないかと思います。

日韓チャットでもナマでも、数はそれほど多くないと思いますが、最も目立つのは最初のタイプの韓国人です。何しろ声がでかいし、無駄に活動的で、疲れを知らぬ勢いで日本人に対するわかりやすい嫌がらせにいそしみます。このタイプに遭遇すると、大変に鬱陶しいのですが、目立つということはわかりやすいということでもありますので、日本人側の迎撃態勢が整っていれば、案外対応がしやすいタイプです。

三つ目のタイプの韓国人は、韓国人としては比較的対話が可能なタイプなので、日本人が韓国や韓国人について知りたい時の貴重な情報源になります。ただ、その中には嫌韓日本人より強い嫌韓の韓国人がいることもあり、そういう韓国人は嫌韓が喜びそうなことを選択的に話すこともありますので、ある程度の注意は必要です。

割合として一番多いのが二つ目の、潜在的な反日意識はあるけれど、それと同じぐらいかそれ以上に日本の文化や日本そのものが好きだったり、強く憧れているタイプでしょう。

このタイプの韓国人は、個人的に反日や侮日を強く主張することは、ほとんどありません。日本人側から韓国の反日について批判や非難をすれば、それに不快を感じつつ、その不快感を前面に出して反論することはあまりありません。

この三つのタイプの韓国人の中では、一番目のタイプが韓国の反日に最も貢献しているように見えますが、実は二番目のタイプこそが、韓国の反日を支え、維持していると思います。何しろこの二番目のタイプは数が多いためにかえって姿が見えません。

しかしこの二番目のタイプの韓国人は、必ず一番目のタイプの韓国人の反日的言動になびきます。ちょうど飛んでいる鳩の大群を構成している鳩のほとんどが、自身の行く先を自分で決めずに、先頭の数羽の動きに引きずられるように方向を変えるように。

もちろん、オピニオンリーダーが民衆の意見を先導することは、韓国に限ったことではなく、どこの国でも見られる現象です。しかし、韓国人が常々言うように、もし今の韓国人の多くが反日ではないと言うならば、三つ目のタイプの言動にも、一つ目のタイプの言動と同じ様な反応を示す韓国人が、せめて半数程度は居て良いはずです。

ところが、韓国で日本擁護風味の韓国批判発言が出れば、これは必ず酷い勢いで叩かれます。しかもそれはオピニオンリーダー同士の論争による叩き合いなどではなく、姿の見えない大多数の韓国人が、こぞって日本擁護風味の韓国批判発言をした韓国人を引っ叩きます。同じ韓国批判発言であっても、日本擁護風味がないか、少なくとも現在の日本を肯定するにとどまっていれば、比較的受け容れられているにも関わらずです。あるいは、韓国批判がなくとも、日本擁護があればこれも叩く対象になります。

結局、韓国の反日というものは、WANKや活貧団のような、見た目に明らかな反日愛国団体が先導しているのではなく、むしろ逆で、大多数の韓国人の自覚に乏しい反日意識が、反日愛国団体の活動を後押ししているというのが実際ではないかと思います。

ただ、日本人の立場で考える場合、この最も多い中間タイプの韓国人の言う「韓国は反日ではない。反日の韓国人もいるが、それはきわめて一部である」という決まり文句を鵜呑みにして、更にそれを日本人に対して再配布する日本人こそが、実は最も韓国の反日に貢献していると考えた方が良いかも知れません。



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魔法の言葉なんかない

いよいよ今日で6月も終わりです。これで今年も半分過ぎたということで、本当に年を取れば取るほど、時間が経つのは速くなります。

さて、前回記事のコメント欄で、韓国人や朝鮮人について啓蒙しようとしても、60代ぐらいの人はまったく聞き入れないということを仰っていた方がいらっしゃいました。

これは、相手が60代ぐらいだからというよりは、「啓蒙しようとする」からではないかと思います。

「啓蒙」とは、字面通りの意味であれば、「蒙を啓く」ことです。「蒙」とは「無知蒙昧」などと言われるように、「道理に暗い」という意味です。

本人に「道理に暗い」という自覚があり、且つそれを何とかして欲しいと願っていれば、啓蒙は有効に働くかもしれません。しかし親韓な人の場合や、あるいは「朝鮮人(韓国人)も同じ人間だ」と信じている人の場合は、むしろ「自分は韓国に詳しい」とか、「平等無差別こそが真理」と信じています。

そういう人に、「おまいの蒙を啓いてつかわす」なんて言えば(言わなくてもそういう態度で接すれば)、そりゃ反発しか返ってこないでしょうし、そういう人たちの考えを、一言で変えられる魔法の言葉などありません。

ですからそういう人たちには、啓蒙ではなく、自ら判断するための材料を提供するという姿勢が良いと思います。

人間誰しも、一度でも好意を抱いたものや、親しみを感じたものについて、他人から悪し様に言われれば、強く反発するものです。それは韓国についても同様だと思います。

私も一度は親韓だったことがありますからわかりますが、一度韓流捏風に吹かれた人は、韓国の悪い話を聞いても、たとえそれが事実だとわかっても、素直に受け入れることはないでしょう。

それは韓国に対する愛情や親近感故ではありません。自分の判断や理解を否定されることに対する拒否感や反発からだと思います。

弊ブログを始めた頃も、その辺には非常に神経を使いました。「あれで?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、表現や言い回しはかなり配慮していましたし、今でもかなり控えめです。

韓国や朝鮮について、歯に衣着せぬ表現は、嫌韓や呆韓、笑韓な方には好まれるかもしれませんが、親韓擁韓な方は、内容にたどり着く前に表現で強い拒否感や嫌悪感を抱くでしょう。嫌韓、呆韓、笑韓な方には物足りないかもしれませんが、弊ブログは親韓擁韓な方にこそ、読んでいただきたいのです。

誰もが、自分の判断を信じたいものですし、自分が信じた判断を、他人から一方的に否定されたくはありません。自分が信じたことや自分の判断を間違いであったと自ら認めることが出来る場合があるとすれば、それは、自分自身でそういう結論に達した場合です。

私も、戦後左傾教育を受けてきた世代であり、日本は悪であると教えられ、支那や朝鮮は無条件で善なる存在であり、日本人は支那・朝鮮人を始めとするアジア諸国に対して、常に頭を下げてへつらわねばならぬのだと教わってきました。それを否定する者は糾弾されるべき者だと、心の底から信じていました。

それがおかしいと気づいたのは、誰かに一方的にそう押し付けられたからではありません。自分で見聞き、調べ、考えたからです。自分自身で見聞き、調べ、考えた結果、今まで信じていたことが必ずしも正しくないということに、自分で気づけたからこそ、それまで自分が信じていたことを覆せたのです。

おそらく、これは私だけではないと思います。誰もが、自分を信じたい。自分の信じたことやものを、信じたい。それを他人に覆されるのは、自分自身を否定されるのと同じことです。

ですから、私はこのブログであれ、他人のブログであれ、誰かを啓蒙どころか、説得しようとさえ思っていません。ただ、判断材料を提供するのみです。

私がこのブログで提示した材料や、その他の朝鮮関連の資料を見た上で、それでも朝鮮擁護に回るというのであれば、その姿勢は尊重したいと思います。

促すべきは、啓蒙ではなく、思考停止からの脱却です。本人が、自ら考えるということを始めようとしない限り、他人がどれほど優れた理屈を押し付けても、それを消化することは出来ないでしょう。

それには、長い長い時間がかかります。韓流捏風に浮かれ、私の韓国批判を聞いて、人種差別だの民族差別だのと非難し罵る人を見ると、いつも気が遠くなる心持ちがします。

しかし、淡々と事実を積み上げ、相手に思考を促し、その人が自ら判断することで得られた結論は、どんな偉い人からの啓蒙よりも堅固に、その人の考えの中に根を下ろすようになると信じております。

その一助として、弊ブログがお役に立てれば幸甚です。



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「朝鮮人だからさ」

日韓チャットの常連日本人会員から時々、「お前は朝鮮人を解釈する際に、無駄にこねくり回し過ぎる」という指摘を受けます。これは全くその通りで、朝鮮人を理解するには、本来ならば「朝鮮人だから」という一言で理解するのが、最もシンプルで無駄がなく、的確だと思います。

ただ、それで私自身は理解出来ますが、他の日本人に朝鮮人について説明する場合、「朝鮮人だから」という一言では、なかなかすぐに納得してもらえません。日本人は微に入り、細を穿ち、例をあげ、事実を見せて説明しないと、「朝鮮人だから」の一言では、「人種差別だ」「偏見だ」と言って受け容れようとしない人が多いのです。

微に入り細を穿ち、例をあげ事実を見せて説明するには、膨大な時間と語句が必要です。かつて盛況だった日韓チャットでは、新参の日本人会員が、常連の日本人会員の韓国人に関する会話を見て、「それは人種差別だ!」と常連日本人会員に対して食ってかかることが時々ありました。しかしその新参の日本人会員に、具体的に何が人種差別なのか、どこが人種差別なのかと聞き返しても、まず答えられません。

同様の現象は弊ブログのコメント欄でも時々発生していたので、弊ブログをご覧の皆様には容易にご理解いただけると思います。最近弊ブログをご覧になり始めた方は、過去記事全てとは申しませんので、人気記事ベストテンだけでも、コメント欄を含めてお読みいただきたいと思います。

要するに、そういう日本人は、「無闇に他人を悪く言うものではない」という日本人的常識で韓国人を見たり語ったりしようとしているわけです。それは日本人同士であれば美しく麗しき良識ある行動として通用するかもしれませんが、韓国人相手には、付け入る隙でしかありません。

それによって韓国人から「お人好し」と見下される程度で済めば御の字です。最悪の場合は「ネギを背負って鍋に入って、煮られるのを待っている鴨」と看做される可能性も、決して低くはないのです。

そう説明しても、たいていの日本人は俄かにそれを信じません。それどころか日本人の場合は、実際に自分か、自分に近しい人が韓国人の被害に遭っても、【一発だけなら、誤射かもしれない】精神を発揮する人さえ珍しくはないのです。

そんな日本人相手には、時間をかけ言葉を費やして説明するしかありませんが、こちらが時間をかけ言葉を費やしたとしても、相手がそれにどこまでついてきてくれるかという問題があります。仮についてきてくれたとしても、そうやって朝鮮人という生き物に対する理解が深まれば深まるほど、たいていの日本人は朝鮮人という生き物から距離を置き、意識と視界から追い出したくなります。

しかし朝鮮人と距離が出来、意識と視界から追い出してしまえば、朝鮮人が余りにも日本人的常識からかけ離れているために、日本人はすぐに彼らの異常さを失念してしまいます。それは、「悪いことはなるべく早く忘れた方が良い」と考える習性が、日本人に染み付いているからかもしれません。

日本で幾度も韓国ブームが起きる理由は、日本人が韓国のことを忘れてしまうからだということは以前も書いたことがありますが、韓国や韓国人に対する理解など覚えていたくないという気持ちが無意識的に働くのも、日本人が韓国を忘れ去る理由のひとつに数えることが出来るでしょう。

逆に韓国人はどうでしょうか。これは面白いことに、日本人とまるっきり逆です。彼らが、日本人を詳細に分析し、様々な角度からアプローチを試みるということは、ほぼありません。

韓国でも、日本や日本人を分析し考察する書籍がいくつも出ています。そのうちの幾冊かの日本語版を私も読んだことがありますが、それらの本に書かれているどんな理屈よりも、どんな事実よりも、どんな例示よりも、「日本人だから」の一言が韓国人には強い説得力を持っているのが、実によくわかります。

韓国人の言う「日本人だから」の一言には、侮蔑や憎悪、嫉妬や羨望、憧憬、執着などの複合感情が綯い交ぜにされております。これを仔細に分析し、考察し、説明しようとすれば、やはり膨大な字数と時間が必要になるでしょう。

しかし韓国人は、そんなものを必要としません。彼らは日本人に対しては、「日本人だから」の一言ですんなり納得出来てしまえるのです。

それと同じように、日本人から見た韓国人も、「朝鮮人だからさ」の一言だけですんなり納得出来るようになれば、日本人の韓国や朝鮮に対する理解はずいぶん楽になるでしょうし、日韓の関係もよりシンプルでより明快になるのではないかと思います。



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認識能力の低さゆえの・・・

前回は韓国人の認識能力について述べました。これについて、「もう少し実証的に考察して欲しかった」というご意見を頂戴いたしましたので、今回はそのご要望にお応えしてみようと思います。

韓国人は非常にしばしば他国の文物を剽窃し、更にはその起源を主張します。これは彼らの過程よりも結果のみを重視する性癖も大いにあると思いますが、彼らの認識能力の低さもそれを助けているのではないかと思います。

前回引き合いに出した犬の例で言えば、純血種はその種の特徴を強く持っております(それゆえに純血種なのです)が、純血種と言われる珍島犬を見てもサプサル犬を見ても、その種だけが持つ特徴を強く印象付けられることはありません。

それどころか、サプサル犬などは一目で西洋犬の血が混じった犬だとわかります。と言うか、18世紀に描かれた「サプサル犬」らしき犬の絵と、現在サプサル犬とされている犬の画像を見比べてみれば、とても同種の犬とは思えません。

ところが、韓国人はこれを見て同一犬種と心から思えるわけです。同じく前回例に出した花にしても、彼らは花の種類をそれぞれ分けて認識する能力がありません。

もちろん、彼らに最初からその能力が完全にないとは断言しません。しかし日韓チャットでも、何かにつけちょっと深く突っ込んで話すと、彼らはたちまち音を上げます。本当にすぐです。たとえそれが韓国のことについてであっても、あるいは彼らから振ってきた話題であっても、それに対して日本人が突っ込み始めると、彼らの口数はみるみる減っていきます。

結局、仮に彼らに物事に対する認識能力があったとしても、彼らにそれを使う気がありません。使わない、あるいは使えない能力は、ないものとみなすか、少なくとも極めて低いと言って良いと思います。

彼らは、犬や花にとどまらず、他国の文物についても、それがどのようなものかは理解出来ても、それらと自国文化の違いやその文物の本質を理解することは出来ないのではないでしょうか。

先日も、盆栽の起源は韓国であると主張している記事がありました。おそらく彼らから見れば、屏風に描かれた絵と盆栽がどのように違うのかは、全く認識出来ない=同一に見えるのでしょう。

また、朝鮮語を日本語の祖語と主張する韓国人がしばしば現われますが、それは必ずと言っていいほど言語学の門外漢です。日本人側にも朝鮮語を日本語の祖語と主張する人が時々いますが、これもやはり、朝鮮語初学者に非常に多いのです。これはつまり、両者の差を正確に認識出来てないが故に、両者を分別認識することが出来ないのでしょう。

以前、韓国人は8割でパペクトと考えるということを述べたことがあります。しかし、あるお手本があって、それをパーフェクト(朝鮮語発音でパペクト)に模倣することは、最低限そのお手本を100%認識していなくては出来ません。

しかし彼らには、対象物を100%認識する能力はありません。その上、彼ら的な考えでは「8割でパペクト」なのです。模倣するべき対象物を100%認識出来ない彼らが、お手本の8割の出来で作った物が、彼ら的には完璧なのです。

これは、例えば自動車に詳しい人と、そうではない人が自動車を見た時のことを想像していただければわかりやすいかと思います。

自動車に詳しい人は、一目でどこのメーカーの何という車で、どの型であるかを認識しますし、他人に説明することも出来ます。しかし自動車に詳しくない人が見れば、どれも同じ自動車に見えるし、他人に説明するどころか、自動車に詳しい人の説明を聞いても理解できないのと似ているのではないでしょうか。

彼らが、実に気軽に他国の文物を剽窃したり、貴重な文化財や史跡を毀損するのも、結局は彼らがそれらの文物や文化財や史跡に対する世間の評価を認識することは出来ても、それらが持つ価値も重みも認識出来ないからではないかと思います。

彼らが呼吸するように嘘をつくのも、彼らにとって言葉とは単なる音であり、発する言葉それぞれの違いは認識出来ても、言葉それぞれが持つ意味というものを認識出来ないが故の習性ではないかとも思ったのですが、これは少々穿ち過ぎかもしれません。



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韓国人の認識能力

相変わらずネタに詰まっている今日この頃です。どうせ詰まるなら、以前から個人的に不思議に思っていたことについて考えてみようと思いました。

昔から朝鮮では、犬を食用としていました。これはおそらく、犬は牛や豚のように大きな飼育スペースを必要とせず、と言うか放し飼いでも飼育可能で、牛や豚より繁殖力が旺盛で、牛のように専用の飼料を必要とせず、豚のように残飯や排泄物で養うことが出来、更に流通や肉の保存法が発達していなかった朝鮮では、屠殺してから腐るまでに食べ尽くすには、犬が丁度いい大きさであったことからではないかと思います。

しかし不思議に思うのは、そういう朝鮮で「食用犬」とされる特定の犬種が存在しないことです。もっと言うならば、食用に限らず、朝鮮あるいは韓国で、用途に応じて独自の品種改良を行なった形跡のある犬種が存在しません。

犬は世界中どこの国でも、それぞれの用途に応じて、意識的あるいは無意識的な品種改良が行なわれてきました。

日本人は、植物の品種改良には非常に熱心で、その技術も成果も、世界的に優秀な部類に入ると言って良いと思いますが、その反面、動物の品種改良は目立って上手とは言えません。その日本でさえも、北は北海道から南は九州・沖縄まで、実に多くの犬種が存在し、日本人の多くがそれを認識しています。日本人なら犬に詳しくない人でも、世界的に有名な柴犬や秋田犬以外に、北海道犬や土佐犬、甲斐犬、紀州犬ぐらいなら耳にしたことがあるでしょう。

韓国の犬と言えば、わずかに珍島犬と、珍島犬ほど有名ではありませんが、サプサル(サプサリとも)犬がおります。これら2犬種が本当に韓国(朝鮮)固有の犬種かどうかはさておき、珍島犬は狩猟犬か番犬、サプサル犬は牧羊犬のような外貌で、いずれも食用犬として品種改良したようには見えません。

これらの2犬種以外にも、もしかしたら知られざる韓国(朝鮮)固有の、あるいは韓国(朝鮮)で独自に改良した犬種があるのかもしれません。

しかし残念なことに、日韓チャットの韓国人に聞いても、誰もこれら以外の韓国(朝鮮)固有の犬種を答えたことがありません。何しろ、韓国人に「韓国の盲導犬には、何という種類の犬を用いるのか」と聞けば、「珍島犬」と答える奴がいるぐらいです。

韓国人に「花」について尋ねた時に思ったのですが、彼らは花を花として認識することは出来ます。しかし、それが「何の花か」「どんな花か」ということは、認識出来ないのではないかと思いました。

犬についても花と同じく、犬を犬として認識することは出来るけれど、その犬が何という犬か、どんな用途の犬かということは、認識出来ないのだろうと思います。

それが犬や花に限ったことではなく、実は様々な事物や現象に対して、同様のレベルでしか彼らは認識・判断出来ないのではないかと私は疑っており、その疑いはおそらく、間違っていないだろうという確信を私は持っています。



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