嫉妬と羨望は同じ意味
我が家のベランダは、気象庁発表の気温より2度近く高いことが多く、実測なら20度超えてたんじゃないでしょうか。数日前に薄っすらとは言え、今冬初の積雪があったとは思えません。
さて、今日も今日とて韓国のお話です。
日本と韓国では、全く同じ言葉を用いながら、その言葉のニュアンスが異なることがしばしばあります。有名な例では「八方美人」という言葉があります。
日本では「八方美人」と言えば「誰にでも良い顔をする節操のない奴」という非難のニュアンスを持ちますが、韓国では「誰からも好かれる良い人」というニュアンスの褒め言葉であったりします。
以前に弊ブログで述べたことがありますが、「臨機応変」という言葉も、日本では「その時その状況に応じて、柔軟に対応する」という意味で用いますが、韓国では「危機が迫った時などに、機転を利かせて対応する」というニュアンスになるようです。
また弊ブログの人気記事、「約束の意味」でも述べた通り、日本と韓国では「約束」という言葉の意味も異なります。
このような単語の微妙なニュアンスの違いに対する誤解や無理解は、成人してから外国語を覚えた場合、ある程度相手の言葉に慣れてくると陥りやすい部分だと思いますが、日韓の場合は語順が似ている上に、全く同じ単語(中には、日本語が語源のものもあります)が用いられていることが多いので、尚更に微妙な点で行き違いを生じる可能性があります。
先日も、韓国人と話していて「おやっ?」と思った単語がありました。それは「嫉妬」と「羨望」です。このふたつの単語は、日本人には明らかにニュアンスが異なりますが、韓国人にとってはほぼ同じニュアンスで用いる言葉のようなのです。
それに気づいたのは、ある韓国人が「友人が海外旅行をすると聞いて、嫉妬して泣いた」と言ったことからでした。そこで私が「何故それで泣くのかわからない。って言うか何故嫉妬するのかわからない」と言うと、「だって私は海外旅行なんか出来ないのに、その友人は私を羨ましがらせたから」と答えます。
そこで、「羨ましいなら、率直に「羨ましい」と言えば良いのではないか?何故嫉妬するのかわからない」とこちらが答えたところ、翻訳が「羨ましい」と「嫉妬する」を全く同じ言葉で翻訳していることに気づきました。驚いた私は「韓国では嫉妬と羨望は同じ意味なのか?」と聞いたところ、韓国人は「そうだ」と答えました。
その時はその韓国人に「嫉妬」と「羨望」の日本語的ニュアンスの違いを話すことで終わったのですが、先日何気に、別の韓国人とそういう話になったので、思い出して聞いてみることにしました。
「韓国では「嫉妬」と「羨望」は同じ意味だと聞いたが、事実か?」と聞いたところ、その韓国人は「嫉妬は誰かを羨むこと、羨望は誰かを羨むこと」と言いました。
「嫉妬」も「羨望」も、後半が全く同じ文章になっているので、これは翻訳のせいなのかと思って原文を確認したところ、原文でも一字も違わない、全く同じ文章でした。ですから韓国では、「嫉妬」と「羨望」をイコールと認識している可能性が極めて高いと思われます。
先述した通り、韓国人にとって「嫉妬させられる」ということは耐え難い感情的爆発を招くようです。自分には得られなかったものを他人が得ることは、彼らにとって不幸としか認識出来ないのでしょう。即ち、嫉妬させられるということは、韓国人的には「不幸な状態に陥れられる」ということに近いようです。
他人の幸運や努力の成果に対して、多少の嫉妬の思いを抱くことは、日本人にもあると思います。しかし、それが得られるべくして得られた幸運や努力の成果であれば、嫉妬よりは祝着や賞賛の気持ちが優ると思います。日本人的「羨望」の場合は、どちらかと言えばその祝着や賞賛の意識の方が強いのに対して、韓国人的「羨望」にはそれらの要素がないために、「嫉妬」とまるっきりイコールでとらえられているのでしょう。
知識として「韓国では嫉妬と羨望は同じ」とわかっていても、日本人ならこれを使い分けたくなるように、どれほど堪能に日本語を操る韓国人であっても、そういう単語単語の微妙なニュアンスまで理解出来ているかどうかは、まことに疑わしいものがあります。
最近しばしば産経新聞ソウル支局長の黒田さんが韓国言論やネチズンのやり玉に上がっておりますが、それらもおそらくは、そういう日韓の単語に対するニュアンスの相違によって生じているものが少なくないのではないかと思います。
蛇足になりますが、韓国人が日本に対して抱く感情には、韓国人的「羨望」が大きな割合を占めているということを付け足しておきます。
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南北犯罪者輸出半島
ところで日韓チャットでは、入室してきた韓国人が、話題の取っ掛かりに気候や気温の話を持ち出してくることがよくあります。
それ自体は別に構わないのですが、彼らはほとんど必ず「こちらは雨です」「こちらは雪です」「こちらはとても寒いです」等々、どちらかと言えばあまりよろしからぬ天候ばかりを言います。「こちらは今日はとても清々しい晴天でした」などと言う韓国人を見た記憶は、ほとんどありません。そんな日韓チャットの韓国人の話を聞いていると、韓国はいつも天気が悪いという印象さえ受けます。
それは他の日本人部屋でも同様であったようです。そこで、彼らに対して「韓国は(天気が悪いことが多くて)暮らしにくいようですね」と言うと、何故か韓国人は激怒し始めるそうです(私は韓国人に「寒いです」とか「雨が降ってます」と言われても、「そうですか」としか言わないので、そういう話になりません)。おそらく彼らは、「日本もそうです」というような答えを期待しているのでしょうが、一言で日本と言っても広いのです。
しかし知識として日本の大きさを知っていても、一般的な韓国人の脳内では、日本は大変小さな国であるのは事実のようです。彼らは「こちらは雨です」などと言ったあと、たいてい「日本の天気はどうですか?」と聞きます。不思議と「あなたの住んでいるところはどうですか?」とは、まず聞きません。
先述したとおり、彼らがこういう話の振り方をする場合は、大抵の場合「日本も雨です」とか「日本も寒いです」などという答えを期待しているようなのですが、一言で日本と言っても北は北海道から南は九州・沖縄まであるわけです。もちろん日韓チャットの日本人参加者の居住地域も決して一箇所に限られているわけではありません。
たとえ同じ本州内にあっても、東京と大阪でさえ天気や気温が違うのに、「日本の天気はどうですか」と聞かれれば、それはもう「晴れ時々曇りところによって雨か雪」としか答えようがありません。
そんなの日本全体じゃなくて、住んでる地域のことを聞いているに決まってるだろ、ちょっと言葉が足りないだけなんだから、察してやれよと言う人もいるかも知れませんが、翻訳チャットでは誤訳や翻訳不全に対応しているだけでも、かなり気を使います。その上に連中の言葉足らずまで補い始めるとキリがありませんし、そうすることで連中はどんどん図に乗って言葉を省くようになるので、私はそういうことは一切しない方針です。
さて天気の話はこの辺までにしてきまして、本日のお題に移ります。
先日、弊ブログの記事で「韓国人牧師による性的暴行って、いくら何でも多過ぎませんか。これって日本でだけの現象なんでしょうか。確か韓国人宣教師って、アジア人宣教師としては世界で一番多いのですが、日本以外の国でも頻繁に起きてる現象なのでしょうか。あと、韓国内ではどうなのでしょう。」と述べましたが、やはり韓国内でも同様の事件が起きているようです。となれば、おそらくは韓国人宣教師のいるところでは、表沙汰になっているかいないかはともかくとして、そういう事件が起きている可能性は、少なからずあると考えて良いのではないかと思います。
韓国人はイスラム圏においても、熱心にキリスト教の宣教を行なっているということは以前にも述べたことがあると思いますが、イスラム圏では、まず改宗自体が死刑もあり得るかなり重い罪になります。更にイスラム教における女性の破倫に対する厳しさは世界でも突出しております。強姦の被害に遭った未婚の女性が死刑に処されたり、あるいは一族の名誉を名誉を守るために、近親者によって殺害されたりすることもあるほどです。
性犯罪者が自身の犯した罪のために処罰されるのは当然のことです。仮にそれが私刑であったとしても、個人的には何とも思いません。しかしその性犯罪者のために、一生消えない傷を負わされたり、下手をすれば命さえ奪われる女性が出てくるのではないかと思うと、本当に韓国人は半島から出られないようにするべきだと心の底から思います。
こういう話をすると例によって「一人を見て全体を云々」と言い出す韓国人や、それに毒された人が出てくるわけですが、仮にたった一人の犯罪者しかいないとしても、それによって傷つけられるのがたった一人だけということは、まずありません。
ましてや、日本における外国人凶悪犯罪者数堂々ナンバーワンは、韓国人です。先日、日韓チャットで韓国人に日本における韓国人の犯罪率の高さを話すと、最初はそれを全否定していた韓国人も、段々言い逃れが出来なくなると最後には「反日感情を持って日本に行く韓国観光客も存在するから、他の国の観光客に比べて当然犯罪数が多いですね」と言ってのけました。
つまり韓国は、売春婦や障碍児だけではなく、犯罪者まで輸出している国というわけです。また北朝鮮も、偽札や麻薬・覚醒剤、工作員などを盛んに輸出しており、この点に関して朝鮮人は南北いずれも、まことにブレがありません。
こういう連中に対して警戒心を持たないだけではなく、友好の美名の下に、自ら進んで入国・滞在条件を大きく緩和し、それだけでは飽き足らず在日に対して参政権を付与しようとしたりする日本政府が、一番阿呆なのではないかとしみじみ思う今日この頃です。
こうなれば日本にいながらにして、韓国人を知らないというだけで、韓国人による凶悪犯罪の被害に遭う確率は跳ね上がります。政府があてにならない以上、私たち日本人は各々が個人的に、韓国人についてある程度の知識を得ておく必要があるでしょう。
そうすることで、韓国人には必要以上に近寄らない、どうしても接触しなければならない場合は警戒心を持って接触するという心構えが出来、万が一彼らの犯罪に巻き込まれるようなことがあっても、その被害を最小限に抑えられる可能性が高まるというものです。
言わば、山菜採りに山へ行く時の心構えみたいなものです。実際に山の中で出くわす森の熊さんは、歌に出てくるように牧歌的で温厚で優しく親切とは限りません。半島の熊さんの子孫も、それと同じです。
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ハリボテ韓国人
彼らは、うわべだけは必死に塗り飾り装い繕っていますが、中身は空っぽです。その自覚があるのかないのかは、日本人から見るとよくわかりませんが、彼らはそれを実に上手に利用します。
彼らは、まるで軟体動物のように、ぬるりぐにゃりと話題や主張や態度を変えます。それが何らかの軸に基づいているのであれば、たとえ表層が多少変化しても何とか対応出来ますが、彼らにはその軸や芯がないので、慣れない内は扱いにまことに手を焼きます。
先日も述べましたが、韓国人には脳内に確固とした理想の韓国人像があります。それは礼儀正しく、長幼の序を重んじ、人情に厚く、悪を憎み正義を貫き、率直で磊落で陽気で快活といったイメージの好人物です。彼らが他者を非難する時、彼らは無条件でその脳内の理想の韓国人と化します。
「理想の韓国人」と言いましたが、これは「そうあるべき韓国人像」ではなく、「そうでなければならない韓国人像」です。彼らがそういう人物を目指して精進する必要など一切ありません。自分はそういう人物であるという思い込みひとつで、彼らはいつでもどこでも誰に対してでも、「理想の韓国人」となることが出来るからです。
彼らの考える「理想の韓国人」は、おそらく映画やドラマの中でしか見ることは出来ないでしょう。それどころか、映画やドラマの中で見る、そういう設定の人物でさえ、時々矛盾点(見る人が相当鈍感だったり、映画やドラマの設定や脚本がよほどよく出来ていれば、漠然とした違和感程度のものかもしれませんが)が見つかるでしょう。何故なら、彼らの考える「理想の韓国人像」とは、あくまで彼らが抱いているイメージだからです。
何らかの芯や軸や実像があって、それに「礼儀正しい」とか「長幼の序を重んじる」とか「人情に厚い」とか「悪を憎み正義を貫く」とか「率直で磊落で陽気で快活」などといった肉付けが行われているのではありません。まず最初に「そうでなければならない韓国人」として「礼儀正しく、長幼の序を重んじ、人情に厚く、悪を憎み正義を貫き、率直で磊落で陽気で快活」というイメージが成立してしまっており、彼らはそれをすっぽりと被っているだけなのです。
軸や芯や実像がなく、表面だけで成立した、言わばハリボテのようなものが彼らのイメージする「そうでなければならない韓国人」です。しかもそのハリボテはうわべの厚みがそれなりにあり、かつスライムの如く弾力に富むものだから、韓国人に慣れない者には、それがハリボテだとにわかに気づかないかもしれません。中にはまるっと騙されてしまう者もいるでしょう。韓国人に影響されて、自らもそういうハリボテで鎧うようになる人もいるかもしれません。
中学二年生ぐらいの頃にやった覚えがある方も少なからずいらっしゃるかもしれませんが、自らの芯や軸や実像を確立させずに、誇大に飾り立てたハリボテで鎧うことは、知識や経験が乏しい者にも比較的簡単な作業です。そうすることで、他人よりも秀でた自分を、実に簡単に作り上げることが出来ます。
たいていの人は、そのハリボテが長持ちするものでもないし、見る人が見ればたちまち見抜かれてしまうし、その上どれほど華美に飾り立て誇大に見せることが出来ても、所詮ハリボテですからおよそあらゆる外力に弱いことを、じきに思い知らされます。そういう経験をすることによって、ハリボテに比べればずいぶん貧弱であったとしても、揺るぎない自分自身というものを育てていかなければならないことを悟る人がほとんどでしょう。
しかし韓国人の場合は、それを悟ることがありません。韓国は、社会全体もハリボテ構造になっているからです。更に人や社会だけではなく、歴史や文化でさえも彼らは平気で作り替え塗り直し飾り立てますが、それらにもやはり芯も軸も、実体もありません。
彼らに、それはハリボテであるということを指摘するのは困難です。彼らも、自らの外面がハリボテであることを全く知らないわけではないと思います。しかし、彼らにとってはそれこそが標準です。最初から芯や軸がなく、その必要性を悟る環境もない彼らにとっては、ハリボテこそが実像であり、自我です。それをハリボテであると指摘されることは、彼らにとっては実像や自我の否定に等しいことになります。
本当に実像や自我がハリボテである自覚があり、それに矜持を持っていれば、「ええ、私はハリボテですが、それが何か?」と言うことが出来るでしょう。しかし韓国人には、自身の実像や自我がハリボテであることを時に利用しながらも、それが「ハリボテ」であるという明確な自覚はなさそうです。また「ハリボテ」というイメージは、彼らの理想の韓国人像にはそぐいません。だから彼らは、自らハリボテであることを認めないし、それを指摘されれば侮辱されたと憤ります。
韓国人はハリボテで鎧い、それを利用することによって、彼らの自尊心を守っているようです。しかし本当の自尊心を持つ者であれば、自分を実像より誇大に見せることを潔しとはしないでしょうし、また他人から憐れみを受けることは厭うはずです。ところが、彼らは自らの不利に気づくと、実にすんなりと、かつ自ら進んで相手の憐れみを乞います。
ふんぞり返って相手の頭を踏み付けにしようとしたくせに、相手にその足を取られてひっくり返されるや否や、彼らは相手に憐れみを乞います。それにほだされて取った足から手を放せば、彼らはその足でまた平然と、むしろ嬉々として、こちらの頭を踏み付けようとします。
それが韓国人の考える自尊心だと言うならば、それでも良いでしょう。しかし韓国人の唱える自尊心とは、何故か日本人の考える自尊心と変わるところがありません。
そういう韓国人に正面から誠実に対応するのは、単に虚しいだけではなく、場合によっては大変危険です。本物のハリボテならば、どれほど他者を威圧するような装飾を施されていても、口を聞かないし自分では動かない分だけまだマシです。しかし韓国人というハリボテは、他者を踏み付けにするために自ら動き、人語を自在に操るのです。
日韓チャットで慣れているつもりの私でさえ、実はしばしば彼らの口先に翻弄されます。慣れてない方ならば、尚更でしょう。彼らは、表層のハリボテで、時に日本人の装いをしたり、時に善人や好人物の装いをしたり、時に紳士や淑女の装いをしたりします。しかしその本質は韓国人であり、しかもその本質たる韓国人は虚像という、まことに日本人には理解が難しい生き物なのです。
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韓国人は率直だと言うけれど
更に彼らは「我々韓国人は、日本人と違って、思ったことを率直に言う。腹には何も隠さない」などと誇らしげに言います。どうやら韓国では、率直であることは美徳とされるようですが、果たして本当に韓国人は彼らが自称するとおり、率直な人々でしょうか。
日韓チャットで見ている限り、韓国人の二面性の悪質さは、日本人とは比較になりません。日本人の「ホンネとタテマエ」は、確かに外国人にはもどかしく不可解に感じられるものかもしれませんが、それは往々にして、相手を慮るために行われるものです。ところが韓国人の二面性は、相手を欺き、自分が優位に立つために行われる場合がほとんどです。
確かに、彼らは思ったことをそのまま口走ることが頻繁にあります。しかしそれは「率直だから」なのではなく、単に思慮が足りないだけです。それが証拠に、彼らは無思慮な失言を咎められると、今度は極めて回りくどい弁明を始めます。
韓国人は、何故か常に「正解を答えなければならない」という強迫観念を抱いています。そのためか、こちらが彼らの期待と異なる反応を示すと、彼らは途端に狼狽し始めます。こちらの発言や反応から正解を探ろうとしたり、あるいは自分の失言(=誤答)を無かったことにしようとしたりします。
失言してしまったことに気づいたならば、率直にそれを認めて、その場で謝罪するなり撤回するなりすれば、話はさほどにややこしくはなりません。しかし彼らはとにかく自分の失言をなかったことにするか、あるいは相手に何とか許容させようとして、非常に回りくどい言い訳を延々と続けます。大抵の場合、その言い訳の中で更に失言が重ねられ、自ら火に油を注ぐことになります。
例えば先日、私の部屋に入ってきた韓国人がいきなり「この部屋は寒いですねw」「人がいなくて寒いのですか?www」と言いました。それに対して私は「どういう意味ですか?」と問い返しました。
「どういう意味ですか?」と私が問い返したことで、この韓国人は私が気分を害したらしいと察したようです(後で自らそう言っておりました)。もし韓国人が本当に率直なのであれば、ここで率直に「もしかして私、失礼なことを言ってしまいましたか?だったらごめんなさい」と言うでしょう。
しかしこの韓国人は、私の不快を察していながら「冗談ですwww」と言うことで自分の失言をなかった事にしようとしました(これもこの韓国人が後に言っていたことですが、韓国では「冗談です」と言えば、前言はなかったことになるそうです)。
そのせいで、この韓国人は私から執拗に「冗談です」という発言の真意を問い詰め倒されることになります。結局最後に、この韓国人は半泣きで「私が無礼でした。本当に申し訳ありませんでした」と言わざるを得なくなるわけですが、もし最初の失言の時に率直にそう言っていれば、半泣きになるまで問い詰め倒されることはなかったでしょう。もっとも、最後に言わざるを得なくなった謝罪の言葉にしても、決して本心からの率直な言葉ではないと思いますが。
そもそも最初の「この部屋は寒いですね」という発言も、チャットルームそのものが寒いとか暖かいなんてことはあり得ませんので、決して「思ったことを率直に」言ったわけではありません。おそらくこの韓国人は、「この部屋は寒いですね」という発言に対して「人がいなくて寒い部屋だったが、あなたが来てくれたおかげで暖かくなりました」というような返答を期待したのではないかと思います。
だったらそれこそ率直に思った通り、「人がいなくて寒々しい部屋だったが、私が入って来たおかげで暖かくなっただろうw」とでも言えば良いのです。そう言えば、今度はその不遜さを問い詰められていたかも知れませんが、少なくとも「率直」という韓国人的美徳は守られていたはずです。
この韓国人、最初から最後まで一貫して、曖昧で迂遠で欺瞞に満ち溢れた発言に終始したわけですが、韓国人のこういう類の会話を日韓チャットで見ない日があるとすれば、それは私のいる部屋に韓国人がひとりも来なかった日ぐらいです。
韓国人についてしばしば「韓国人は基本的に裏表がない」とか、「率直なコミュニケーションが、言い争いのように見えることもあるが、互いの率直さによって、多くの場合感情を残さず解決する」などと言いますが、その謂自体が既に大きな欺瞞です。そのことを、韓国人と接する可能性がある人は熟知しておくべきだと私は確信しております。
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曇った目で見るぐらいなら
天皇陛下の存在というのは、こうして見ると日本にとってはまことに重要であることがよくわかります。如何なる権力者であろうとも、決して粗雑に扱うことを許されない存在というものがあるということは、権力の暴走を妨げることが出来ます。
天皇陛下とは、そういう意味でも、まことに日本にとって有り難い存在だとしみじみ思う次第です。
さて韓国関連では、昨晩何気にニュースサイトを眺めていると「元信者の女性に性的暴行」という見出しが目に入りました。
「また韓国人かー?w」と半笑いで該当ニュースを開いてみたら、本当に韓国人だったのには思わず絶句。韓国人牧師による性的暴行って、いくら何でも多過ぎませんか。これって日本でだけの現象なんでしょうか。確か韓国人宣教師って、アジア人宣教師としては世界で一番多いのですが、日本以外の国でも頻繁に起きてる現象なのでしょうか。あと、韓国内ではどうなのでしょう。
日韓チャットでは、韓国人にこの手のことを聞いても、どうせまともに答える韓国人が捕まるはずもないので、今度知り合いの韓国人に聞いてみようと思います。
この類の事件に関わらず、韓国人は基本的に、自分(たち)に都合の悪いことは本当に耳にも目にも入りません。ことに、それが日本相手の場合であれば、彼らの視覚及び聴覚障害は一層酷くなります。
先日、日韓チャットで韓国人が「釜山の射撃場事故を知りますか」と質問してきました。私が「当然知っていますよ」と答え、それを主題にしばらく質疑応答をしていたのですが、やがて韓国人が「日本で大きく報道されましたか?」と聞いてきました。
それに答えて私が「当然です。事故で重傷を負った人が死んだら、韓国の病院が1500万円払わないと遺体を返さないと言ったことも報道されましたよ」と発言すると、その場にいた韓国人たちは「まさか!」と言って全員驚愕。そんなこと韓国では一切報道されていないと口を揃えて言います。
それでも、驚きのあまり「まさか!」と言うだけなら良かったのですが、ひとりの韓国人が「それは偽りだと思います」と断言したために、私がブチ切れましたw
それまで穏やかに丁寧に応答していた私が、「何だと?私が嘘を言っていると言うのか?!」と突然口調を変えて激怒の様相を見せると、韓国人たちはやや怯みつつも「そんな報道は韓国で見たことがない」「もしそれが本当なら韓国で報道されていないはずがない」と言い返します。
そこで私が日本側の該当記事のURLを提示すると、中途半端にしか日本語が読めない韓国人は「これは単に治療費を請求しただけではないのか」などと言います。私も親切な日本人ですから、激怒しながらも日本語が読めない韓国人にもわかるように、記事の内容をコピーして翻訳チャットに貼り付けてやると、韓国人たちは揃って絶句。
私が「さあ、私を嘘つき呼ばわりしたことを謝罪してもらおうか」と詰め寄ると、先程「それは偽りだと思います」と言った韓国人は、「あなたを嘘つきだと言ったのではありません」と往生際の悪いことを言います。
「それは偽りだと思います」の「それ」とは、私の発言のことだよな?お前は、私の発言を偽りだと思いますと言ったんだよな?つまり、それは私が嘘をついていると思うと言ったんだよな?と、順を追って詰めて行くと、その韓国人はどの質問にも「そうです」としか答えようがありません。
結局その韓国人、最後にはきっちり詰め腹を切らされたわけですが、最後まで何とか言い逃れようとして「だって検索しても、そんな記事全く見つからない。もしそれが本当だったら、韓国でも報道されてないはずがないじゃないか」と必死で言い続けておりました。しかし、当然ながら韓国でも報道されていないはずがありません。
ただし、「釜山 射撃場火災」程度の検索ワードではなかなかヒットしないことは確かですし、私が見つけた記事にしても「日本人のくせに被害者面しやがって感」が強く漂います。
結局、「日本は永遠に悪役」(映画「韓半島」内の台詞)という根強い潜在意識が、韓国人の日本に対する目を曇らせているのは間違いないでしょう。ですから、韓国人にとって都合の悪いことは一切耳目に入らず、都合の良いこと(自分が直接被害を受けたわけではないが、「同じ韓国人として」被害者面出来ることも含む)ばかりが彼らの
それならいっそのこと、韓国人の日本に対する目が完全に盲いてしまい、日本に関することの一切が完全に聞こえなくなってしまえば良いのにと思ってしまう私でした。
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