鬼とトッケビの新・モノ騙りその7
でも、本来ならあと2回ぐらいに分けてやろうかと思ってたのですが、今回で一気に終わらせますw
実は,この時使われる棒を
‘福棒’、‘ウチデノコジュチ’と呼んだそうです。
何故ですか? 銑鉄道具は当時最も貴重な貴重品でしたよ。
これだけあれば農作業をよく作ることができて、農作業がうまくいけば
食べ物でも服でも何でも暮らせたからです。
そしてその道具はまさに‘棒’で
たたいて作ることだったからだよ。
P.48ハングル訳文
日本中部地方の愛知オクミカワ(愛知縣三河)には長い間の昔から伝えられて伝わる‘花祭り’という祭りがあります。
祭りの主人公はまさかりを手に持ったおばけ。 日本にはこれと共におばけが登場する祭りがとても多いです。
日本おばけの‘オニ(鬼)’の角は概して二つなんです。
しかし。キュシュオイタケンクニサキ(九州大分縣国東)半島の寺で活躍する、祭りおばけの角は一個なんです。
このシリーズで掲載している絵本画像は、10日前後で削除し、その代わりにトッケビのイメージ画像を掲載しております(これも本当は著作権がらみでヤバいかもしれないので、クレームが来たら削ります)。所詮空想上の化け物ですから、これが正しいトッケビの姿だというものはありませんが、朝鮮のトッケビにも2本角のものが散見されます。もっとも、日帝統治時に日本の鬼のイメージがかなり影響したらしき印象もありますが。
P.49ハングル訳文
おばけは日本に行った。
ある日、おばけ親分は、海の彼方
日本土地で行くか考えました。
その頃の日本の人々は、まだ銑鉄や銑鉄道具
作る方法を知らずにいましたよ。
日本には銑鉄作るのに使われる良い砂鉄が多かったし、
炭作るのに使われる木もとても多かったという話です。
“銑鉄作る方法を教えれば日本の人々も
本当に好むでしょう。”
親分の部下らも大賛成でした。
ここから、物凄い違和感のあるくだりが始まります。まず朝鮮半島にいる製鉄技術者集団が「海の彼方に日本という国がある」ということを知り得たかどうか。仮に知り得たとして、その日本では製鉄技術がまだ伝わっていなかったということを知り得たかどうか。とりあえずそれをも知り得たとして、日本に製鉄用の砂鉄が多く、製鉄用の炭を作る木が豊富だったということを知り得たかどうか。さらに製鉄技術が伝わっていなかったはずの日本で、何故製鉄に適した砂鉄が多く取れるということを知り得たのか。インターネットで検索したのでしょうかね。
P.53ハングル訳文
おばけ親分は、多い部下働き手らを連れて
いよいよ日本に渡っていきました。
銑鉄と銑鉄道具をザァーと作って大きく歓迎されたし、
神と敬われることさえしましたよ。
この話を聞いた他のおばけらも争って日本に
渡っていきました。 おばけの日本語は‘オニ’です。
これは‘大きい人’という意の韓国昔言葉
‘オニ’(この頃言葉で‘兄’を示す‘オンニ’)が
このように変わったことだというんですよ。
この当時、半島から技術者が自発的に、技術を伝えるなどという目的を持って来日した例を私は知りません。ほとんどが技術系奴隷として貢納されたものか、でなければ戦乱や亡国のために亡命してきた人々です。韓国人が誇る王仁でさえも、日本側の求めに応じて貢納された学者です。
ところで、朝鮮では年少者から年長者に呼びかける場合、呼びかける年少者の男女、呼びかけられる年長者の男女で呼称が変わります。年少男子から年長男子に呼びかける時は「ヒョン」と呼び、年少女子から年長男子に呼びかける時は「オッパ」と呼びます。年少男子から年長女子に呼びかける時は「ヌナ」、そして年少女子から年長女子に呼びかける時は「オンニ」と言います(年長者から年少者へ呼びかける時は、ファーストネームを呼び捨てにするのが普通のようです)。
それから日本語の「おに」という言葉は「隠」という言葉から発生しているらしいというのが日本での定説です。とりあえず李寧煕には、「オニ」という言葉が朝鮮語の「オンニ」からだというソースを提示していただきたいものです。日本に製鉄技術者が渡来したのは4~6世紀頃と自分で前述しているのですから、李寧煕はその頃の朝鮮語の文献資料をお持ちなのでしょう。
貴重品の塊鉄と銑鉄道具をたくさん作って
たくさん持っていたおばけは、
ときおり悪党らの襲撃を受けたりもしました。
汗流して,熱心に作ったのを根こそぎ奪われたりされました。
おばけは時々このように盗み当てられたし、
無惨に死んだりもしました。これは本当に悲しいことです。
最近日本の製鉄史について書かれた本を読んでいるのですが、それによると、日本における製鉄集団は、製鉄適地を求めて流浪する人々だったそうです。彼らはしばしば暴力的に村落を襲って食糧や女性を奪うため、恐れられたといいます。それらはヤマタノオロチなどに仮託され、伝説となりました。李寧煕の説とは真逆です。
この脈絡無く差し込まれたくだりについては、李寧煕が「こんな昔から、無識なチョッパリは先進文化を教えてやったウリたちに、恩知らずにも残虐な行為をしますね」と言いたかったためだとしか思えません。
P.57ハングル訳文
おばけは恐ろしく見えたが、気立ては優しくて暖かかったです。
7世紀新羅のソウル徐羅伐に住んでいたヂグィ(志鬼)という名前の
おばけもそうしました。
ヂグィはソンドク(善徳)女王様を思慕していました。
女王様はおばけらをいつも有難く思っておられましたよ。
白い牡丹花のように美しくて、非常に賢い方だったそうです。
ある日、女王様が寺に外に行かれたという話を聞いて、
ヂグィは寺塔の前で待って思わず寝つきました。
法堂から出た女王様はヂグィをかわいそうに思って、
手に挟まった金の指輪を抜いて彼の胸の上にのせてやって
宮に戻りました。後ほどこれを知ったヂグィは
あまりにも悲しくて、思わず胸で火事が起こって焼け死んでしまったそうだよ。
‘三国史記’という歴史の本にある話です。
私が調べた限りでは、「志鬼説話」が載っているのは「三国史記」ではなく、「三国遺事」の方でした。
P.61ハングル訳文
ヂグィ(志鬼)は‘作ること’(物作ること、物作る人)という
韓国言葉を漢字で現わした名前です。
古代の韓国や日本では、これら色々‘作ること’中でも
特に銑鉄作ることたちは最も尊く敬いました。
6世紀に作られた高句麗墓で発見された壁の絵の中では、
銑鉄道具を作っている鍛冶屋が
地帯(訳注:意味不明)高い神に描かれています。
もちろん「志鬼」が物作りを意味するなどというのは、完全に李寧煕の創作です。また、古代から現代に至るまで、朝鮮で職人が尊重されたという話はほとんど聞きません。その逆はうんざりするほど聞けますが。
日本では人でも物でも結構簡単に神になります。もっとも、人や物が神になるのは「敬われたから」ではなく、「恐れられたから」であることの方が多いようです。
日本は祭りの国です。
一年ずっと色々な祭りが楽しく開かれるのに、
特に子供守りとしてのおばけ祭りが多いです。
おばけは韓国の昔話にもたくさん現れますね。
話の中のおばけは、子供が特に好きで
共にいたずらをしながらよく遊びます。
昔、人々のために銑鉄を作ったおばけは、
今は祭りや話の中で子供を守りながら生きているとのことです。
おばけおじさんありがとう!
日本に子供守りの鬼祭りって多かったでしたっけ?なまはげとか獅子舞のことでしょうか。日本の祭りは、自然の脅威を鎮めたり、また逆に自然の恵みに感謝したりするものと、祖霊の鎮魂が多かったと思うのですが。
ところでこのシリーズを始める際にも書いたことですが、この最後の一文が私には、日本の子供たちに「そう言え」と言ってるように見えてしかたありません。
P.64ハングル訳文
文の後に
この本は童話作家であるイヨンヒ先生様(POSCO人材開発院教授・製鉄史)と、韓国と日本の歴史に明るい挿絵家キムトゥヒョン先生様にお願いして、文の絵を用意、POSCOと新日本製鉄が力を合わせて出したのです。 今後もずっと出てくることになるこの「おもしろい話」シリーズを、2ヶ国子供皆さんが仲良く力集めて押してふるまって下さい。
ポスコ・シンニッテチュ
このあとがきですが、ハングル版には、日本語版の方にある「両国の子供たちが永遠に仲良くしていってほしいと心から願っています」という文章がすっぽり抜け落ちています。日本人にのみ「韓国人と仲良くしろ」と言うのは、どういう意図があるのでしょうか。
7回に渡る「鬼トッケビ」シリーズ。うんざりされている皆様が多いとは存じますが、今回で終了です。おつきあいありがとうございました<(_"_)>
※お断り この絵本の画像は、7/3に削除しました。
鬼とトッケビの新・モノ騙りその6
さて、原始的な製鉄法には「たたら製鉄」というのがあるそうです。それとは別に日本の独自の製鉄法に「たたら吹き」というのがあるそうです。どちらにも「たたら」という言葉があるため、しばしば混同されるそうです。語尾「そうです」のオンパレードでもお察しいただけると思いますが、実は私にもこれらが具体的にどう違うのか、よくわかりませんでした。李寧煕の記述も「たたら製鉄」と「たたら吹き」を混同しているように見えます。
「たたら」とは「ふいご」のことで、製鉄に際し高温を得るために人為的に炉に空気を吹き込むための装置です。要するに空気ポンプのことだと思えば、概ね間違っていないと思います。
「たたら」の語は、既に日本書紀に見られると言います。その語源は、中央アジアのタタールだとか、インドの地方言語だとか、もちろんご多分に漏れず朝鮮語だとか色々言われていますが、定かではありません。
「音が似ているから」という理由で語源とするならば、例えば「たたり」という言葉も「タタール」が語源なのでしょうか?そう言えば、出雲周辺は日本の製鉄発祥地のひとつですが、「とっとり」も「タタール」と似た音になりますね。音が似ているという理由での語源説は、こじつけようと思ったらいくらでもこじつけられます。
「人麻呂の暗号」で騙されて以来、そして清水義範の「蕎麦ときしめん
選んで出した砂鉄はとけた鉄を作るための所で運搬されます。
そこには銑鉄鍛える技術者多数が待っています。
見上げなければならない程背が高くて威厳があった男らです。
頭には角も一つ出ていますね。
しかし詳しく見ると、それは角でなく既婚男性の髷です。
長い髪の毛を上でとかして、頭の取っ手から縛ったんです。
韓国の男らの過去のヘアースタイルなのです。
ここで「とけた鉄」という言葉が見えますが、これは朝鮮固有語の「鉄」(日本語だと「かね」のニュアンスか?)と「水」を足した言葉の翻訳です。
ところで、確か今までの話の流れでは、「トッケビ=鍛冶屋」だったはずなのですが、ここに来て唐突に「製鉄技術者」になっています。重ねて申し上げますが、「製鉄技術」と「金属加工技術」は別物です。
P.40ハングル訳文
この銑鉄作る技術者らこそ
‘おばけ’と呼ばれた巨人ということです。
これらはあらかじめ作っておいた大きな泥窯に
薄く分けた炭を入れて火をたきます。それから
砂鉄を入れれば、赤くて青い火が高く沸き上がって上がりますね。
あかり向こう側と見える技術者おじさんらは
まるで赤くて青いおばけのようだとのことです。
そしてこまめに炭を運びながら、火窯に入れている
おじさんは、全身についた炭の粉でカ真っ黒おばけのようです。
製鉄に炎の温度は重要で、それを判断する技術者は長年強い炎を見つめるためにやがて視力を失うと言われ、それが一つ目小僧の原型であると言う説もあります。個人的に「一つ目小僧」は、製鉄技術者を模したものではないと思いますが、「一つ目大入道」「だいだらぼっち」は製鉄技術者を意味するのかもしれません。
日本では製鉄炉の温度管理技術者を「村下(むらげ)」と言ったそうです。その温度管理の秘訣は『初日の籠もり期には朝日の昇る色に吹き、二日目(中日)は太陽の日中の色に吹き、最後の日の下り期には日が西山に没する色に吹けと父の村下から教わった』と伝わっています。
というわけで、赤い火に照らされて赤鬼とか、炭で真っ黒の黒鬼というのは譲るとしても、青鬼の説明のための青い火って、製鉄の過程でそんなに出ないと思うんですけどどうなんでしょうか。
砂鉄と炭をこのようにかわるがわる入れて、火がよく広まり始めるように
ふいごで風を起こすことを継続して、三日昼夜すなわち72時間を休まないで
火をたけば、砂鉄は非常に濃いおかゆのようになります。
赤く光るすこぶる熱いおかゆ、
銑鉄がみな熟したのです。
たたら吹きでは、製鉄は三日三晩かけて行われ、これを一代(ひとよ)と言うそうです。上記の村下の温度管理法も三日に分けられております。
ところで、ご記憶の方もいらっしゃると思いますが、トッケビは「赤いお粥」が苦手です。
P.44ハングル訳文
この頃に火をたくことを止めれば、真っ赤な粥冷めて灰色
銑鉄塊になりますね。泥窯を破って銑鉄塊を
取り出す時になったのです。
この大きな銑鉄塊を適当な大きさで破って、
火の中に入れて取り出ししながら棒でたたいて、
銑鉄道具を作る順序です。
一個の銑鉄で鋭い刃物だったり、斧が作られる
姿は、神が広げる手並みを見る感じといいましょうか。
日本語文の方で「まるでマジシャンの手品か、神様の技のようです」と書かれている文章が、ハングル版では「神が広げる手並みを見る感じ」となっています。
こうして物書きの真似事をしていると、例えば「朝鮮では」と書くか「朝鮮は」と書くかで何度も推敲を繰り返したり、逸話を入れるか入れざるかで半日悩んだりします。ですから李寧煕が「マジシャンの手品」というフレーズを日本語版にわざわざ入れた理由、あるいはハングル版からあえて抜いた理由に、強く興味を覚えます。
※お断り この絵本の画像は6/27に削除しました。
鬼とトッケビの新・モノ騙りその5

金萱茶

そのお店には水蜜桃紅茶も置いてありましたが、水蜜桃烏龍茶

台湾茶の茶葉は、安いものから高いものまで、まさにピンキリです。安いものだと1斤(600g)数百円ぐらいですし、高いものだと1gで千円二千円は当り前です。そんなピンやらキリやらは別にして、普段使いのお茶ならだいたい10g300~500円ぐらいのものが手頃です。
これを高いと思うか安いと思うかは人それぞれですが、1回5g使用しても2回分。1回500mlとしても3煎は楽に出るので、コンビニでペットボトルのお茶買うのと同じくらいか、物によっては安くつくんじゃないかな?って思っております。味も香りも全然違うしね。
と、李寧煕の文章で荒んだ気分をお茶で癒して、引き続き鬼トッケビ行きます(マジ荒む…)。
P.30ハングル訳文
銅の次に発見された金属が銑鉄です。
地球は‘銑鉄の星’と呼ばれる程銑鉄だらけです。
山頂から海の下とても深いところまで
多い銑鉄石が埋まっているとのことです。
その中でも最も質が良いことで名が知られたことは、
山の谷間で砂とともに流れて降りてきて
川辺に積もる砂鉄(砂鐵、鉄卵)ですね。
カッコ内にわざわざ漢字で「砂鐵」と書いてあるのは、朝鮮語音の「砂鉄」は「四節」と同音になり、「四季」という意味になってしまうためです。鉄卵は、砂鉄の粒の大きいものでしょうか。
ここでもやはり、李寧煕は「鉄」の意味で、「銑鉄」という単語を使っております。「鉄鉱石」の意味で「銑鉄石」と言ってるのかと思って韓国語辞書を引いてみましたが、韓国語辞書には「銑鉄石」という単語はありませんでした(「鉄鉱石」という単語はちゃんとありました)。
P.33ハングル訳文
きれいに輝くとても小さな微粒子
川辺の平沙の砂鉄を火で溶かして、古代の韓国人らは
質が良い銑鉄を作り出しましたよ。
銑鉄作りは砂の中で砂鉄を選んで出すことから
始まりました。
この作業は私たちの昔話で‘ゴセ’と呼ばれました。
‘砂鉄漉すこと’または‘砂鉄漉す’を示した単語です。
色々調べてみたところ、中国や朝鮮半島では、製鉄原料に砂鉄が使われていなかったというわけではないようですが、主に鉄鉱石を使っていたとする史料の方が多いようです。
ここで李寧煕は「ゴセ(geo se)」という言葉が「砂鉄漉すこと」「砂鉄漉す」(日本語文の方では「鉄漉し(鉄を選び出すこと)」)をあらわすと断言しております。
「砂鉄漉すこと」は朝鮮語音では「サチョル ゴルギ(sa cheol geo reu gi)」、「砂鉄漉す」は同じく「サチョル ゴルヌン イ(sa cheol geo reu neun i)」で、「ゴセ(geo se)」とは「ゴ(geo)」しか合ってません。ためしに李寧煕のトンデモ本「もう一つの万葉集」をひっくり返すと、「ゴスル(geo seul)」という単語がありました。こちらの方がよほど「ゴセ(geo se)」に近い音です。李寧煕は何故この単語を出さないのでしょうか。ちなみに「ゴスル(geo seul)」は朝鮮古語で「目障りな」という意味だそうですw
こういう無茶苦茶なこじつけは、李寧煕の得意とするところです。
P.34ハングル訳文
銑鉄作りの初めての作業の‘ゴセ’を監督するのは、
その国王の役割でした。
それで王様は‘砂鉄漉すこと’の意で
よく‘ゴセ’と呼ばれました。
新羅初代王様‘朴赫居世’のその‘居世’です。
所によっては‘ゴス’または‘ゴソ’ともしましたよ。
朴赫居世=初代新羅王。卵生伝説を持つ。
日本語文の方に「朴赫居世」は出てきません。説明が面倒だからでしょうか。
初代新羅王朴赫居世は、馬がもたらした卵から生まれたとされており、そのため朴という姓を与えられたと言われています(卵をひょうたんに見立てた。朴にはひょうたんの意味がある)。「赫居世」とは漢字の意味の通り、「居る世を赫(かがや)かせる」という意味だそうです。色々調べると、「赫居世」の朝鮮語音「ヒョクコセ」の「コセ」は王や貴人を意味する「キシ」からという説もありましたが、定かではありません。
伝説によると、朴赫居世は人々に養蚕を教えたとされていますが、製鉄も教えてたという伝説は、残念ながら見当たりませんでした。
しかし、王様が鉄漉しの監督って、いくらなんでも違和感有り過ぎです。「後の王監督である」ってオチじゃないですよね?
P.36ハングル訳文
韓国の鉄鋼会社POSCO(ポスコ)人材開発の中広場には、過去の鍛冶屋お父さんと息子の銅像があります。
良い農機具を作るために鋼鉄をたたいたりしたトッケビおじさんらもこのような形で仕事をしたところでしょう。
鍜治屋おじさんの頭てっぺんにねじった既婚男性の髷が、まるで角のように見えますね。
やっぱり「トッケビ=鍛冶屋」という理解で良いようです。しかし、このトンデモ絵本のネタ元は、POSCO人材開発院の中庭にある銅像ですかそうですか。
ところで、長い髪を頭のてっぺんでまとめて髷にするのは、朝鮮既婚男性の一般的なヘアスタイルだったそうです。ということは、朝鮮の既婚男性は全員トッケビという理解で良いかもしれません。「トッケビ」の本当の語源は、「ずうずうしくて気まぐれが激しい親父という意味のトッアビ」だそうですからw
というか、根本的な疑問が生じました。
日本でも、時代と共に髪型には変遷があります。江戸時代の男性は、月代を剃りちょんまげを結っていましたが、製鉄が伝わった頃の日本男性の髪型は「みづら」と呼ばれる髪型であったと言われています。
36ページの写真の、頭のてっぺんに髷を結う朝鮮男性の髪型は、李氏朝鮮時代の男性の髪型に見えるのですが、古代朝鮮でも同様の髪型が一般的だったのでしょうか。
高句麗の初代王を描いた韓国ドラマ「朱蒙」の映像を見ると、男性は基本的には頭のてっぺんで結わえた髪をそのまま後ろに垂らす、いわゆるポニーテールだったように見えます。しかし韓国ドラマは時代考証がいい加減なのでアテになりません。
P.37ハングル訳文
なぜ角が生えたんですか?
※お断り この絵本の画像は6/21に削除しました。
鬼とトッケビの新・モノ騙りその4
私が子供の頃、子供向けの雑誌の付録か何かの豆本で「ヨーロッパのとある国には黒目が三つある人がいる」とか、「アメリカにはガラスを主食にしている人がいる」とか「ヒマラヤには雪男が棲息している」などという、嘘だか本当だかわからない豆知識を集めたものがあり、半信半疑で読んだ記憶があります。当時、子供心に「嘘だぁ」と思いながらも、興味津々でページをめくったものです。
一方「子供の科学」なんかに書いてあることは、まじめに鵜呑みに信じておりましたし、おそらくそういう「学習雑誌」は、可能な限りまじめに正確に書いてあったのではないかと思います。
今回のこの絵本のスタンスは、いったいどちらなのでしょうか。今までの「新・モノ語り」シリーズは後者であったと思うのですが、今回の「鬼とドッケビの新・モノ語り」に限っては、前者としか考えられません。
ここまでのお話が「おとぎばなし」だとしても、何の教訓も得られない「おとぎばなし」では、子供に話して聞かせてやる価値など皆無なだけではなく、害になるだけです。
この絵本は、日本の小中学生に対する韓国人の思想工作の一環としか考えられません。新日鐵の意図が何処にあれ、韓国人の対日思想工作に加担した責任は免れ得ないでしょう。
P.22ハングル訳文
古代韓国の四ヶ国、新羅、高句麗、百済、伽耶はそれぞれ
高い銑鉄技術を持っていましたよ。
韓国の鉄器が一番最初日本に伝えられたことは紀元前3、4世紀頃です。今から2千3、4百年前のことですね。
本格的な製鉄技術は、4世紀から6世紀初めにかけて、やはり我が国の人々に伝えられました。
新羅=紀元前57年から935年
高句麗=紀元前37年頃から668年
百済=紀元前18年(?)から660年、もしくは346年から660年
伽耶=3世紀から6世紀中頃にかけて朝鮮半島の中南部において、洛東江流域を中心として散在していた小国家郡。
と言うわけで、紀元前3~4世紀に新羅・高句麗・百済・伽耶は存在しておりません。朝鮮半島に鉄器文化が伝わったのは中国の戦国時代(紀元前475年から221年)と推定されており、日本に鉄器が伝わったのと大きな時間差はありません。
金属加工技術の伝播については、百済より韓鍛治(からかぬち)の卓素(たくそ)を献上させたり、新羅より鍛治工を呼び寄せたりしていることが、日本側の記録にも残っております。しかし彼らが日本にどのような技術を伝えたのか、彼らが日本において何を作ったのかは定かではありません。
そもそも、日本や中国の文献資料には、新羅・百済が倭国の属国あるいは朝貢国であったと思われる記述が散見されます。当時倭国が伽耶に鉄資源の供給拠点を置いていただろう可能性は濃厚ですが、同程度に伽耶に倭国勢力が存在した可能性も低くありません。
もしこの絵本が、日本人が読むことを十二分に意識して書かれたもので、真面目に誠実に「学習絵本」として出版されたものであるならば、せめて注釈ででも、そういう記述があってしかるべきではないかと思います。
ところで、P.22の日本語文の方に「鉄の道アイアンロード」という言葉があります(ハングルでは「銑鉄の道」)が、これは一般的にはあまり用いられていない単語のようです。Googleで検索するとバイク屋がトップヒットします。
「アイアンロード」とは、おおかた「シルクロード」をもじった李寧煕の造語でしょうが、何でもかんでも「ロード」を付けりゃあ良いってものではありません。「アイアンロード」じゃ「鉄道」と思ってしまう方が普通でしょう。
ちなみに「鉄の道」で検索すると、鉄道ファンのサイトがトップヒットします。次いで日本国内の鉄文化やその伝播を紹介するサイト「鉄の道文化圏」がヒットします(現在鋭意製作途上のようです)。
なおP22の挿絵には、高句麗アイアンロード(豆満江河口発咸興経由敦賀)と、新羅アイアンロード(浦項・慶州発出雲)、伽耶・百済アイアンロード(扶余発金海経由福岡)の三つのルートが明記されています。しかし不思議なことに、ハングル文の方には「鉄の道(ハングルでは「銑鉄の道」)」という単語がありません。そこでハングルで「銑鉄の道」を検索してみましたが、まったくヒットしませんでした。念のためハングルで「鉄の道」を検索してみたら、案の定「鉄道」ばかりがヒットしましたw
P23ハングル訳文
おばけというのは誰なの?
P25ハングル訳文
体つきが大きくて、恐ろしい顔をしていたが、
おばけは怪物ではありません。
おばけは事実は人だったそうです。
それなら、人がどうして怪物のように見なされてきたことでしょうか。
またその人がどうして不思議な福棒を
持っていたことでしょう。
洋の東西を問わず、異形の存在は妖怪や怪物、精霊、鬼神とみなされるのが普通です。さらにそれらは、人々の畏怖や願望を投影されて、不思議な力や物を持ちます。トッケビも例外ではなかっただけの話です。
P.26ハングル訳文
‘古代’と呼ばれるとても遠い昔。
韓国の地には新羅、高句麗、百済と伽耶と呼ばれた
国々が隣り合っていました。
これら国は皆とても良い暮らしをしていました。
銑鉄作る優れた技術を持っていたためですね。
この銑鉄で、よく切れる鎌や刃物、矢尻などをより多く
作って 田畑をより多く広げて、
攻め込む敵を打ち破って
国の地も相次いで広げていったそうです。
攻め込む敵を打ち破る、すなわち専守防衛で国土が広がるなら、現在の日本もどんどん国土を広げることが出来ます。
P.29ハングル訳文
人間は初め、石や動物の骨で刃物や斧や
矢尻、針のようなものを作って生きていたのに、
ある日銅という金属を発見しました。
銅鉱石塊りを火に溶かして、模型に入れて固めれば、
色々な生活道具をたやすく作ることができるという事実を
知ったのです。
銅は人間が発見して、生活道具で使った
最初の金属だったそうです。
※お断り この絵本の画像は6/19に削除しました。
鬼とトッケビの新・モノ騙りその3
さて、今回UPする21ページまでが、第一話「打ち出の小槌」、ハングルで「ポクパンマンイ(「福棒」の意。ポク=漢字の「福」の朝鮮語音、パンマンイ=「棒」の朝鮮固有語)です。ここまでの描写を見る限り、トッケビは製鉄技術者ではなく、金属加工技術者、すなわち鍛冶屋のようです。
製鉄技術と金属加工技術は、言うまでもありませんが別個の技術です。
“銑鉄斧が必要なのですが。”
“切れ味の良い鎌があったらと思います。”
“クワもつぶれて、めちゃくちゃということです。”
各々ねだる村の人々が願い次第、
おばけは福棒をこまめにたたいて、
斧と鎌とクワを作りました。
村の人々は大きく好んだでしょうよ。
それで祭りの時使おうと醸しておいたドンドン酒や、
干しておいた魚をむやみに出して接待しました。
おばけは酒をとても好むと聞いていたためですね。
ドンドン酒=きれいな酒を取ったり漉したりしていない米粒がドンドン浮かび上がるマッコリ。濁酒。
トッケビであれ日本の鬼であれ、こんな風に人間と馴れ合っているという設定は無理があると思います。日本のおとぎばなしでもそういう設定は「泣いた赤鬼」ぐらいでしょうが、「泣いた赤鬼」でさえも「鬼は恐れ嫌われる存在」という前提の話です。基本的に朝鮮民話に出てくるトッケビも、人間に好かれたり懐かれたり、ましてや人間の役に立つ存在として描かれることはありません。
こういう状況設定の無理は「おとぎばなしだから」と看過するにしても、銑鉄の斧は脆くて使い物にならないと思います。
ところで、個人的な感想ですが、金銀錦といった財宝、米、宮殿までポンポン出せる「福の棒」なのに、村の人々は何故斧やら鎌やら鍬をねだるんでしょうね?
P.16ハングル訳文
酒を飲むやおばけらは気分が良くなって、
大声で歌を歌ったり踊ったりして、
行楽の場所を行いました。
福棒は酒席の周囲に放っておいたままです。
行楽の場所=要するに野原などでやる宴会のことでしょう。現在でも春から秋にかけて、韓国の野山では結構見られる風景です。
村の欲心おじいさんがこれを見て、
こっそりと福棒を盗もうとしました。
ところで、欲心の手が福棒にたちまち
ぴったりついてしまいました。
棒から手を切ろうとあがく欲心を
おばけが見たので、サア! 大変なことになりましたよ。
欲心おじいさんを福棒からばりばり外して、
土塊のようにかたまって投げてしまったそうです。
欲心=欲張り。
トッケビが出てくる朝鮮伝承民話にこのような話が実在する模様。製鉄技術とも金属加工技術とも関係が無いこのお話、多分ですが、韓国人側にこの捏造トッケビ話が伝承民話の中に実在するかのように錯覚させるためのものではないかと思われます。嘘の中に事実を混入させるのは、嘘に真実味を持たせるためのテクニックのひとつです。
P.20
過去の話にしばしば現れるこれらおばけは、
私たちの昔言葉で‘トッカビ’と呼ばれていました。
‘注いで(かきたてて)打って見える程背が高い’という意です。
おばけは体つきがとても大きくて力も強かったんですよ。
トッケビについて韓国語辞書を引くと、「ずうずうしくて気まぐれが激しい親父という意のトッアビからきた言葉」とあります。このように、古語を捏造して持論にこじつけるのは李寧煕の得意技で、この後もしばしば出てきます。
※お断り この絵本の画像は、6/16に削除しました。
鬼とトッケビの新・モノ騙りその2
前回の記事のコメント欄でも話題にあがったように、ひとことで「鉄」と言っても、日本語ではその製造過程や性質によって「ずく(銑)」「けら()」「はがね(鋼)」とさまざまに呼び分けられております。今回このシリーズの稿を起こすにあたって一番時間を食ったのは、原文のテキスト起こしでも翻訳でもありません。鉄や製鉄に関する知識の収集と単語の違いや理解に、一番時間がかかりました。
自分ひとりがわかっていれば良いのであれば、ちゃらっとググってわかったような気になっていれば良いだけです。しかし他人様に読んでいただいて、わかってもらえるように書くということは、なかなか難しいものがあります。
しかしブログ月見櫓をご覧の皆様は、多分大人の方ばかりだと思います。何しろ弊ブログは、キッズgooのフィルタリング対象ブログですからw
ある程度の知識や経験のある大人を対象にしているのであれば、多少とっ外れたことを書いても斟酌していただける期待は十分に持てます。しかし読み手が子供の場合はそうはいきません。子供向けの文章は、その読解力に合わせて、大人向けに書く以上に簡潔明瞭にして平易かつ正確に書かれなければならないと思います。
にもかかわらず、この絵本からはそういう配慮が微塵も感じられません。これを朝鮮クオリティ故だからだとか、李寧煕の筆力の限界故だからだとか、さもなくば意図的に読者の理解を誤らせようとしているからだと考えるべきか、いずれにしても、これが日本の子供たちに読ませるべき本であるとは、私にはまったく思えません。
P.2ハングル訳文
おばけとオニのおもしろい話
次例
福棒………………3
少しの間勉強コーナー………22
おばけというのは誰なの?………23
少しの間勉強コーナー………36
なぜ角が生えたんですか?………37
少しの間勉強コーナー………48
おばけは日本に行った………49
文の後に………………64
P.3ハングル訳文
福棒
P.4ハングル訳文
とてもとても遠い昔。
韓国にはたくさんのおばけたちが生きていました。
おばけはシルム選手のように大きくて力が強いうえに、
頭には角が一つ生えていて
目も大きくてぎらぎらしていて、とても恐ろしく見えました。
ところで,おばけは何といっても、
‘福棒’を持っていることで有名だったそうです。
シルム=朝鮮相撲。モンゴル相撲に似ている。
おばけ=ドッケビ(トッケビ)
先日のチャットログでもご覧に入れたとおり、トッケビは朝鮮では鬼というよりは精霊というイメージが普通です。あえて日本の鬼に例えるならば小鬼でしょうか。角は一本あるいは二本。いたずらをしたり、人助けをしたりします。ちょっとマヌケで、人間に騙されたりもするそうです。
「トッケビパンマンイ」という叩けば何でも出てくる棒と、「トッケビカムトゥ」という、被れば姿を消せる帽子を持っています。何故か赤い小豆粥が苦手で、蕎麦豆腐が好きです。
つまり、この絵本で紹介されている「トッケビ」は、朝鮮で一般にイメージされる「トッケビ」とは根本的に異なります。
P.7ハングル訳文
‘福棒’はかなづち姿です。
多くしたい物の名前を覚えながら、
この槌をチックタックチックタックたたけば、
いやこういうことが!
妖術のようにその物が現れます。
我が国過去の話しばしば出る棒です。
この妖術棒は日本過去の話にもしばしば出ますね。
日本語で‘ウチデノコジュチ’といいます。
‘たたけば(宝物が)出てくる小さい槌’という意ですね。
トッケビが棍棒を持っていて、それで叩くと何でも出てくるという朝鮮伝承民話はあります。ただし、トッケビの持っている棍棒は「金槌の形」ではなく、地獄絵図に出てくる獄卒が持つような、先太でトゲの生えた棍棒というのが通常のイメージです。日本のおとぎ話に出てくる「打出の小槌」とは似ても似つきません。散々検索しましたが、トッケビの棍棒を金槌型に描いた例は、一件も見つかりませんでした。
P.8ハングル訳文
‘金出てきなさい! ’叫んでチックタックたたけば、
粉米のような金と金塊がわっとあふれ出て、
‘絹の布出てきなさい! ’叫んでチックタックたたけば、
夕方夕焼けのようにきれいな色の絹の布がグビグビ現れます。
白い真珠指輪や真っ赤な珊瑚首飾りも出てきて、
米もこんもりと出てきて、
素敵な宮廷までも夢のように現れるのです。
P.10ハングル訳文
だけど、この福棒であふれる良い宝物を
おばけ自分たちが使うことは決してなかったです。
自身のことで作ろうとすれば、
その宝物らをまんまと消えてしまうからです。
P.12ハングル訳文
しかし、宝物は本当に消えてしまうのではありません。
おばけ王様の倉庫に集まるのです。
刃、斧はもちろん素敵な宮廷まで根こそぎ
王様広場に飛んで行くところであるから、
おかげで王様は大金持ち、おばけはすっからかん。
だが、おばけが村の人々の前で、
村の人々のために福棒をたたけば、
出てきた宝物はそっくり村の人々のものになりました。
「王様」はこの絵本の後の方でも出てきますが、ここに出てくる一方的に搾取するだけの「王様」とはイメージが違います。この「王様」、トッケビが私利私欲で福の棒を使うことはなかったということを強調するためだけに出されているような気がします。いい面の皮だな、王様。
※お断り この絵本の画像は6月13日に削除しました。
鬼とトッケビの新・モノ騙りその1
今回の「鬼とトッケビの新・モノ語り」はその7冊目です。これが真に新日鉄の目指す「鉄づくり、物作りに対する知識を深める」ための本であるならば、私が如何に嫌韓だからと言って、無闇にこれを糾弾するつもりはありません。
問題はこの本を書いたのが韓国人で、しかも李寧煕で、しかもどうやら新日鉄側の監修がないのではないかということです。
高出力の朝鮮電波発信源として一部の韓国ウォッチャーの間ではつとに有名な李寧煕ですので、この本も必ずや電波に満ち溢れたものであろうことは、読まずとも想像がつきます。
じゃあ読まなきゃ良いじゃんとは思うのですが、そこが韓国ウォッチャーの哀しさ。読むのに苦痛を伴い、かつ読めば必ず不快感を覚えるに違いないとわかっていても読まずにいられないこの業の深さは、きっと前世の因縁に違いありません。
確か新日鉄はミッタル・スチールとかいう世界最大手の製鉄会社の敵対的買収に悩まされているとやらで、それに対抗するためにPOSCOと共闘したいという思惑もあるようです。それはそれでそれなりに理解出来なくもありません(韓国人なんかと共闘したら、背後から弾が飛んでくるとは思いますが)。
執筆者や本の内容は措くにしても、この本が日本語とハングルの併記という点も私の興味を強くひきました。と言うのは、日韓チャットでもそうなのですが、日本語から韓国語、韓国語から日本語への翻訳は、しばしば歪曲が行われているからです。先日のチャットログでもありましたが、日本語で「鬼」と入力すると「お化け(トッケビ)」と翻訳され、韓国語で「トッケビ」と入力すると日本語には「鬼」と翻訳されます。
この程度ならばまだ無邪気な方です。悪意の垣間見える例をあげれば、日本語で「朝鮮戦争」と入力すると韓国側には「韓国戦争」と翻訳されたり、朝鮮語で「チョッパリ」と入力すると、日本語では「日本人」と表示されたりします。
ですから、この絵本の日本語の内容とハングルで書かれた内容には、きっと相違があるに違いないと思いました。しかも執筆者は李寧煕です。そうでないはずがありません。
一読してみると、案の定この本の内容は「製鉄技術は韓国から伝わった。韓国の製鉄技術者はトッケビと呼ばれていた。トッケビは日本に渡って鬼と呼ばれた。日本では鬼は製鉄技術を伝えてやったのに、何も悪いことをしていないのに、時に鬼退治という名目で虐げられたりした。しかし、やがて鬼は子供の守り神として日本に溶け込んだ。トッケビおじさんありがとう!(この最後の一文は、そう言えと日本の子供たちに言ってるように私には読めました)」というものでした。
ともあれ、まえがきから順を追って、絵本の画像で日本語とハングルの原文、そして拙い訳ですが、出来るだけハングルの原文に忠実に翻訳した訳文をご覧に入れます。
こんなもんで日韓友好とか思ってるからミッタルに狙われるんだよ、という意見には、思わず納得してしまいました。
表紙ハングル訳文
おばけとオニのおもしろい話
日本語では「鬼とドッケビの新・モノ語り」というタイトルであるのに対し、朝鮮語では「ドッケビとオニのおもしろい話」になっている点が興味深いと思います。この絵本は、新日鉄の「新・モノ語り」シリーズの第7冊目です。「モノ語り」という言葉には「物作り」を引っ掛けているわけでして、これを「おもしろい話」としてしまうと、シリーズとしての意味がまったく無くなってしまいます。韓国人側には、このシリーズの意図を伝える必要が無いということなのでしょうか?まあ、韓国人には「物作り」の概念が無く、伝えようがないのかもしれませんが。
P.1 ハングル訳文
まえがき
昔昔,銑鉄を作る技術は、
我が国から日本に伝えられました。
その後日本は研究に研究を繰り返し、
世界でも一番上級に選ばれる銑鉄生産国になりました。
今,やはり世界一番上級の銑鉄生産国の韓国も、
より一層発展しようとしています。
韓国と日本をつなぐこの本を通じて、
隣どうしよりさらに親しい間がよいよう願います。
李寧煕(り ねいき/イ ヨンヒ)
1931年 東京で生まれる
1944年 韓国に帰国
1954年 梨花女子大学英文科卒業
1960年 韓国日報入社
1981年 韓国国会議員当選
1985年 公演倫理委員会委員長
現在 POSCO人材開発院教授(製鉄史)
銑鉄(せんてつ)…鉄鉱石を溶鉱炉で還元して取り出した鉄。3~4パーセントの炭素と少量の珪素(けいそ)・硫黄・燐(りん)などの不純物を含み、硬くてもろい。大部分は製鋼用に、一部は鋳物用に使われる。ずく鉄。(大辞泉)
「鉄(朝鮮語でチョル)」と「銑鉄(朝鮮語でムソェ)」の違いをチャットで韓国人に聞いたところ、「鉄(チョル)」は、「工業原料としての鉄」、「銑鉄(ムソェ)」というと「硬くて強くて重々しい鉄」というイメージがあるようです。日本語で言うところの「くろがね」に近い語感でしょうか。
この絵本では、「鉄」は一貫して「銑鉄」という単語に統一されております。仮にも製鉄会社に籍を置く身であれば、鉄についての単語の違いには、もっとナーバスになっていただきたかったのですが、どうやら李寧煕は語感を重視した模様。今回必死こいて鉄、鉄鉱、銑鉄、鋳鉄、錬鉄、鋼鉄などの違いを調べた私が間抜けなのでしょう。
ところで製鉄技術や金属加工技術は「韓国から日本に伝わった」というよりは、「中国から朝鮮半島を通って日本に伝わった」というべきであるということは、もはや改めて言うまでもありません。韓国人がこれをあえて「韓国から伝わった」と言うのもまたお約束です。
※お断り この絵本の画像は6/11に削除しました。