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日本人はどんな民族になるべき?

汗疹の対処法をご教示下さった方、ありがとうございました。

亜鉛華軟膏は使ったことがありませんが、天花粉(今の若い子には、「ベビーパウダー」と言わないと通じないとかw)は以前使っておりました。ただ天花粉を振った後に汗をかくと、天花粉が肌の上でダマになるような気がして、使わなくなりました。フルコートじゃありませんがステロイド軟膏(weak)は持っております。ただしこれはよほど酷く掻き壊してしまった時に緊急避難的に使うものとしております。あと石鹸の使用を控えると肌の調子が良くなるというのはよく聞く話ですので、可能な範囲でやってみようかなと思います。

加えて自分でも対症療法を考えてみました。汗疹は基本的に痒いもので、痛くなるのは掻きむしるからです。掻きむしらなければ痛みの方はかなり防げるはずです。そこで痒み止めの薬を塗っていたのですが、薬の効果の持続時間はせいぜい2時間程度です。そんなに頻繁に薬を塗ってもいられません。

汗疹は汗をかくからなるわけですから、肌を乾燥させた方が良いと思ってしまうのですが、痒いということはその部分に大なり小なり炎症を起こしているということです。炎症を起こしているということは皮膚が本来持っている保護機能に破綻が生じているということでしょう。

ならば肌を保護すれば良いんじゃないか、しかし蒸れさせてはいけない、ということで入浴後に全身にココナツオイルを1割程度混ぜたワセリン(自家製w)を薄く塗ってみることにしました。すると一度でたちまち症状が軽快しました。

昔、ジョンソン・アンド・ジョンソンのベビーオイルのコマーシャルで、入浴後濡れたままの肌にベビーオイルを塗るというのがあり、一度それを真似してやってみたことがありますが、塗り方が悪かったのかそんなにたくさんのオイルを使ったわけでもないのに、いつまでもベトベトヌルヌルで、その後下着や服を着れば油汚れが付くような気がしてその後二度とやりませんでした。

ワセリンの場合、薄くしっかり塗ればしばらくするとサラサラになって全くべとつかず、下着や服を汚すような感じはありませんので、重宝しております。ただしワセリンそのものには特段の薬効がありません。あくまで肌の保護機能の回復を促すものですので、回復したと思って良い気になって塗るのを忘れると、次の日にまた痒みがぶり返してきますが。

さて、汗疹談義は置いといて韓国と言うか、今回は「fetiaさんには日本人はどんな民族になるべきという具体的なヴィジョンはおありなのでしょうか」というご質問を戴いたので、これをお題にしようと思います。

このコメントを読んだ時、私は反射的に「え?そんなのあるわけないじゃん」と思いました。自分自身がどうあるべきか、これからどうなるべきかすらフワフワな私が、日本人全体の理想的な将来像なんか思いつくわけもありません。

ただ、ご質問の意図は私が考える「あるべき日本人像」を示すことで、読者の皆様の「そんなんじゃダメだ」とか、「この部分はその通りだと思う」とかいう議論を引き出すための叩き台にしようということだと思いますので、真面目に考えてみることにしました。

その前に、今の日本人はどういう民族だと見られているかということを考えてみました。私も日本人なので、完全に客観的にはなれませんが、「日本人」と言われて真っ先にイメージするのは、「いつも曖昧な微笑みを浮かべている人の好い、しかし気の弱そうな人物」というものです。

もちろん「全ての日本人がそうではありません」w ですがもし様々な国籍の人たちが集まっている中で、「曖昧な微笑みを浮かべている人の好い、しかし気の弱そうなアジア人」がいれば、「日本人かな?」と思う人は少なくないのではないでしょうか。

そこからイメージする現在の日本人像は、なんとも影の薄い頼りない存在です。更に掘り下げると、真面目だけど自省的(≒自虐的)で自信に欠ける完璧主義者といった感じでしょうか。

しかしかつての日本人はそうではありませんでした。少なくとも戦前までの日本人は、違いました。他者の優れた部分、自らの劣る部分は素直に認め、自信に満ち溢れてはいるわけではありませんでしたが、確固とした「日本人」としての自負を持っていました。技術や学問、体格で当時の列強に劣るといえども、精神は常に高いところにあろうとしていたように思います。

私はこの気構えこそが、日本人を日本人たらしめていたのではないかと考えます。

今の日本人からそれが失われている、とは思っていません。ただ、今の日本人が自信を失わされているために、その気構えが十分に発揮されていないということは、大いにあると思います。

今の日本人は、自信と自惚れを混同して「日本人は自信を持ってはいけない」と思わされています。その最大の原因は先の敗戦かもしれませんが、既に戦争を知らない世代の方が多い時代であるにもかかわらず、そのくびきは今もがっちりと日本人を戒めております。

安倍政権のキャッチフレーズでもある「日本を取り戻す」ですが、それは「日本人が日本人であることを取り戻す」ということでもあるでしょう。そのためには、日本人はもっと自信、即ち「自らを信じること」を思い出すべきでしょう。

日本人は変わるのではなくかつての、より正確に言うならば本来の日本人に戻っていくべきではないか、というのが、私の考えです。


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日本人の愛国心が歪んでいる?

何か北朝鮮がまた戦争やるやる詐欺をしているようですが、いいからとっととチャーハン出しやがれとだけ、言っておきます。

さて前回記事では、「韓国人の愛国心」は、実は「自己愛」であると申し上げたわけですが、その際に「日本人の愛国心も大抵歪んでいる」と述べたところ、「どの辺がそうなんでしょうか」というご質問を戴いたので、良い機会ですから私見を述べておこうと思います。

2011年9月に書いた、私が勝手に「愛国心三連記事」と呼んでいる記事があります。

最初の記事は、「愛国と嫌韓は切り離すべきか」というものでした。この記事を書いた時点では、私は「日本人の愛国心」についてあまり深く考えていませんでした。

それはひとつには、日本は日本人にとってかけがえのない国で、子供が母親を慕うように、日本人であれば日本を愛さずにはいられないのが当然という意識が私にあったからです。

日本で日本人として生まれ育ちながら、日本という国をよく知らず、教えられるがままに日本を否定的に考えていた時代も確かに私にはありました。しかしきちんと自分で日本を見つめ直せば、日本人なら誰でも私と同じような想いを、普通に自然に日本という国に対して持つだろうと思っていたのです。

ですから当該記事は、「日本人なら日本に対する愛国心を持っているのが当然」という前提で書きました。

ところが、その記事には驚くほど「日本人が日本に愛国心を持つこと」に否定的なコメントが寄せられたのです。もちろん「全ての人がそうではありません」が、反日サヨク系のブログならともかく、弊ブログは明らかに日本に好意的であり、だからこそ嫌韓を公言して憚らないブログです。

その弊ブログの読者に「日本人が日本に愛国心を持つこと」を否定的に考える方がそれなりの数いたということに、大変驚かされました。弊ブログの読者でこれなら、リベラルを装った反日サヨク系や地球市民系のブログであれば「日本人の愛国心」に否定的な印象を持っている日本人の比率は跳ね上がるでしょう。

次の記事は、そのものズバリの「愛国について」です。これは「愛国と嫌韓は切り離すべきか」に対する反応に半ば愕然として書いた記事でした。

弊ブログでは、「日本に対する愛国心」を明言することは、あまりありませんでした。しかし折に触れ、日本という国に対する愛おしさを散りばめていたつもりでした。この愛おしい国を損なおうとする韓国に対する憤りを述べていたつもりでした。弊ブログをお読みでありながら、それが十分に通じていない人がそれなりにおられたということに、結構落胆したものです。

最後が「今回の愛国議論まとめ」です。これら三連の記事で、私は「日本人の愛国心」というものがどういうものかを、自分自身でも再確認することになりました。

それは日本という国に対し、まことに複雑な感情を持っている日本人が多いということです。

自分の身近な風景や人々を愛する人は、日本人にも特に珍しくありません。子供の頃遊んだ野原や小川、あるいはかくれんぼや鬼ごっこ、ゴム跳びをして遊んだ路地裏、三角ベースをした狭い空き地や公園などは、私ぐらいの年代であれば誰もが宝物のように持っている思い出ではないでしょうか。

そういう思い出に対する愛情が、私の場合はそのまま日本という国への愛情になっているのですが、「日本人の愛国心」に否定的な日本人は、それらの思い出と日本という国に対する思いとは、断絶されるべきと考えているのです。「日本」という国と、自分を包んでいた風景とを、別物として考えているのです。

それはおそらく、教育の賜物なのでしょう。「日本という国は悪い国だ」「酷い国だ」と、物心付いた頃から徹底的に叩き込まれ、「日本という国は否定しなければならない国なのだ」という潜在意識を刷り込まれた結果ではないでしょうか。自分の故郷は誰でも愛おしいものです。日本という国は否定しなければならないのであれば、自分の故郷と日本を別物と考えるしかありません。

最近、日本を外国人に褒めさせるテレビ番組が増えているそうです。私はテレビをあんまり見ないので、その手の番組は「所さんのニッポンの出番」ぐらいしか知りませんが、臆面もないニッポン称賛は確かに、少々面映ゆく感じます。

しかしそれが嘘やでっち上げでないならば、日本人が日本の美点や長所を知ることや、外国人に日本の美点や長所を知ってもらうことは、悪いことではないはずです。

もちろん、「謙譲の美徳」というのはあります。ですがそれも過ぎると、ただの卑屈でしかありません。事実、日本人は長らく卑屈であったと思います。

昨今目立つニッポン称賛は、卑屈になった日本人に誇りを持たせることが出来るかも知れません。少なくとも、日本は今まで教え込まれていたほど酷くも悪くもないということは、知ることが出来るでしょう。

そうなると困る人々がいます。反日の人々です。韓国人はもちろんですが、日本人にも少なくありません。そう言えば、昨年の朝鮮日報に「日本社会に広まる「自画自賛症候群」、背景に韓中の成長」という記事がありましたが、それも発信源は日本の東京新聞でした。

このように、日本人の反日は韓国人の反日と極めて容易に共鳴します。

昨今の嫌韓気運の高まりに従って、韓国人の反日に共鳴しない日本人も確かに増えてきました。それでも尚、「日本人は日本に愛国心を持ってはいけない」(≒日本人は日本に誇りを持ってはいけない)と無意識に思っている日本人は少なくありません。

日本人は、日本が好きでも「日本を好きだと言ったり思ったりしてはいけない」「日本人が愛国心を持てば、軍国主義になってしまう」という強迫観念によって強く歪められているというのが、私が「日本人の愛国心も大抵歪んでいる」と言った所以なのです。



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「戦争はいけない」だけではいけない

14日に発表された安倍談話ですが、割と無難にまとめたまとめたなという印象でした。もちろん、韓国はぶーぶー言ってるようですが、相手にする必要はないでしょう。

もっと突っ込んだ内容を期待していた人は多かったと思いますが、私は逆に無難にまとめたのが良かったと思っています。要は過去の談話を上書きすることが、安倍談話の役割だったと思いますので。

さてご質問ではないのですが、コメントでこの時期の反戦アピールについてのご意見を頂戴しました。

私も自宅ポストに無断で投函されている「私たちは戦争法案に反対します」というチラシを見たり、毎日のように通る道に貼ってある共産党の「海外で戦争する国にさせない」というポスターを見て、似たようなことを考えていました。

私たちは、物心ついた時から「戦争反対」を叩き込まれてきました。戦争の悲惨さ、残酷さを、これでもかと教え込まれてきました。しかしそれ以上のことを考えるということは、一切教えられませんでした。

「戦争は何故いけないのか」と問われれば、おそらく日本人の圧倒的多数が「悲惨で残酷だから」と答えるでしょう。では戦争をしなければ、国民は必ず平和で豊かで安楽な生活が保証されるのでしょうか。

まさに先の大戦の時、日本はこれを問われました。あの時日本は、無謀にも勝てる見込みのない戦争に飛び込んでいったと言われます。しかしそうしなければ、日本は国を奪われていたでしょう。あの頃は、それが当然の時代だったのです。

勝てる見込みがないとは言っても、勝敗は時の運ということもあります。万にひとつでも勝つ(あるいは優勢になったところで戦争を終わらせる)ことが出来れば、日本は国を保つことが出来ますが、戦わなければ、即ち対立相手の主張を無条件で飲めば、日本は確実に国を失い、日本国民の多くは奴隷化されていたでしょう。少なくとも、その危機感が日本の指導者層にはあったはずです。

戦わずして国民を奴隷の境遇に落とすか、万にひとつの可能性でも、戦うことで国を保つかの選択肢を迫られた日本政府は、戦う選択をしたのです。結果としては、皆様ご承知の通りです。

そこから得られる教訓が、単に「戦争はいけない」だけではあまりにも日本人として、無知に過ぎるのではないでしょうか。などと偉そうに言っておりますが、もちろん私もごく近年まで、先の大戦が起きた経緯もろくに知らないまま、「戦争はいけない」だけで思考停止している口でした。

それに加えて、「日本に戦争を仕掛ける国などない」という風説にもたぶらかされておりました。世界で日本だけが戦争大好きで、戦争をするために戦争を仕掛ける国だったのだというイメージを、漠然とではありますが持っていました。

それが覆されたのは、韓国を知ってからです。

日本に対し、韓国は明確な害意を持っています。韓国軍の仮想敵国が日本というのは公然の秘密ですし、日本に原爆を落としたがる韓国人は、極めて一般的です(言うまでもありませんが、日本人を目の前にして抜け抜けそう言う韓国人は極少数ですよ?w)。

韓国一カ国だけがそうなのかと思いきや、結合双生児の北朝鮮も同様ですし、両朝鮮の親玉の中国も、この近年はかなり露骨に日本に対する侵略意図を示しています。日本に対し、韓国や北朝鮮が単独で正面切って戦争を仕掛けるということは極めて考えづらいのですが、中国に関してはそんな楽観はとても出来ません。中国とは過去に二度戦ってますし。

「日本に戦争を仕掛ける国などない」というのが事実であれば、確かに日本だけが戦争放棄を謳えば良いのかもしれませんが、現実問題として「日本に戦争を仕掛けかねない国」が極めて近隣に存在する以上、日本だけが戦争する権利を放棄したり、戦争出来ない状態になるということは、どういうことを意味するのかを、私たち日本国民は真剣に考える必要があると思います。

日本に戦争を仕掛けてくる国があるにも関わらず、日本が戦争する権利を放棄したり戦争をしなければ、それは普通に不戦敗です。即ち、自動的に相手国の勝利となります。

そう言うと、「日本が戦争を吹っ掛けられたら、他の国が黙ってない」と言う人も結構います。

しかし戦争を吹っ掛けられた当の日本が自ら反撃しようともしていないのに、どこの国が日本を守るために勇んで自国の若者を前線に送り出すでしょうか。どこの国でも、自国の国民が一番大事です。自ら国を守る努力もしていない日本のために、よその国の若者の生命を危険に晒せと言う方が、私にはよほど傲慢に思えます。

戦争で負けるということは、勝った国の要求や主張を飲むというということです。不戦敗でも負けは負けですから、勝った国がどんな無理難題を押し付けようとも、負けた国はそれを受諾させられることになるのです。

そこまで考えると、「日本を戦争出来る国にさせない」というサヨクの主張は、ある意味「日本が戦争を吹っ掛けられても、反撃出来る国にさせない」「日本に侵略意図を持つ国に便宜を図る」と言ってるように聞こえてしかたないのです。

それに「戦争が出来る」ことと、「戦争をする」こととは必ずしもイコールにはなりません。「出来てもやらない」ということも、当然可能です。実際、世界のほとんどの国がそうでしょう。

戦争は、せずに済むならしないに越したことはありません。人間には、そのための知恵があるはずです。私もそれに期待しないわけではありません。しかし現実問題として、日本が戦争放棄を掲げているのを良いことに、他の国であれば戦争になっていても不思議ではないような言動を頻繁に仕掛けてくる国が、ひとつならずあるわけです。

そういう現実を鑑みるに、単に「戦争はしてはいけない」とだけ教えるのではなく、「負ける戦争はしてはいけない」と教えるべきではないかと思う今日この頃です。



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日本人としての自覚を持たない日本人が多い

最近思うのは、「日本人には日本人としての自覚がない人が多いなあ」ということです。

韓国の反日に同調する日本人は、20年ほど前は普通でした。近年は韓国の実態が周知されると共に改善されつつはありますが、それでも決して珍しい存在ではありません。昔と異なるのは、そういう日本人を指して、「あれは本当は日本人じゃないのではないか」と言う人が増えてきたことでしょうか。

実際、そういう日本人と思しき人の中には、「なりすまし日本人」も少なからずいるとは思います。日本には日本国籍を持たず、日本国籍を取るつもりもないのに、日本国の主権者のつもりでいる外国人が多数いますし、服を着替えるように国籍だけ日本にして、帰属意識や忠誠心は祖国にあるという帰化日本人もいます。

しかしそういう「なりすまし日本人」よりも、名実共に日本人という日本人の方が多いのではないかと思います。

そういう日本人たちは、何故韓国(及び特亞)の反日に同調しやすいのだろうか、ということを考えてみました。

かつて私も、何処に出しても恥ずかしい立派な左巻きでした。左巻きの常として、日本は韓国に悪いことをしたのだから、韓国に対しては常に配慮するのが当然だと思っていました。

その当時の私を振り返ってみると、それは韓国に思い入れがあったと言うよりは、日本に思い入れが無さ過ぎたというのが正しいような気がします。

日本がどのようなことを韓国にしたのかもろくに知らず、何故そういうことをしたのかも考えず、更に言えば、韓国人の主張すら満足に聞かず、ただ漠然と「日本がかつて悪いことをしたと韓国人が言うなら、韓国人には配慮した方が良いのだろう」と考えていました。

そこには、「日本人として」という考えは一切ありませんでした。

思えば日本は日本人に、日本人としての自覚を持たせる教育を「意図的に」していません。少なくとも私の世代は、そういう教育をほとんど受けてきませんでした。私の世代は国歌も国旗も法で制定されておらず、式典において国歌を斉唱したこともなければ国旗を掲揚したこともありません。

日本と日本人を貶めたり揶揄するような話はよく聞かされましたが、日本と日本人に誇りを持てるような話は、ほとんど聞かされませんでした。

ですから私は自然に日本という国を軽く考えていました。自分がその「軽い国」の国民という自覚は薄く、将来は日本なんかよりもっと良い国に移住しようと考えていましたが、国籍をどうするのかということは全く考えませんでした。

皮肉なことに、私に「日本人としての自覚」が生じたのは、そのおかげでもあります。将来移り住むべき「日本なんかよりもっと良い国」を探したところ、そんな国は地球上にひとつもないということが判明したのです。

これはと思う国が全くなかったわけではありませんでしたが、そういう国はどこの馬の骨かもわからない外国人を手厚く迎え入れてくれるような国ではありませんでした。その国に対して有用な外国人しか受け入れてくれないのです。

やがて私は、日本は、少なくとも日本人にとっては、世界で最も良い国なのかもしれない、と認めざるを得なくなります。そこに至ってようやく、私に「日本人としての自覚」が生じたのです。

「日本人としての自覚」が生じてみると、日本はまことに稀有な国でした。もちろん、一点非の打ち所がないほど完璧な国ではありません。どころか日本にも多くの短所や欠点、失策がありましたが、それを加味しても、日本は日本人としての私にとって愛すべき国でした。その日本を構築してきた日本人という人々も決して完全無欠ではありませんし、中には朝鮮人のような人もいましたが、多くはまことに可憐な人々でした。

そうなると今度は、韓国の言い分に疑問が生じます。そんな日本と日本人が、韓国人が言うほど酷いことをしたのだろうかという疑問です。そこから芋づる式に韓国の実態を探りあてることになり、今日に至ります。

「日本人としての自覚」が生じなければそういうことも考えず、日本に対する愛着もわかず、韓国人の主張を鵜呑みにして、「日本人である前に地球人」という御託をかざし、韓国の反日に同調していても不思議ではありませんでした。

そう考えると、「日本人としての自覚」がないということは、韓国人に取り込まれやすいということとも言えるのではないでしょうか。

日本について考える時、自分が日本人であることを意識して考えるのと、失念して考えるのとではたとえ結論が同じでも考察の内容が全然違ってしまうでしょう。自分自身がどういう存在なのかを自分でわかっていなければ、自分自身も、また自分の周囲のこともわかりません。

嫌韓気運の高まる最近の日本でもなお韓国人に取り込まれやすい日本人が絶えないのは、日本人としての自覚がないか、極めて薄い人が多いからでしょう。

日本人としての自覚をしっかり持った上で尚、韓国に同調するというのであれば、それはまたそれでひとつの意見として聞く価値があるかもしれませんが、日本人としての自覚も持たず、流されるように韓国人の意見に取り込まれ、それに付和雷同するような人の意見を「日本人の意見」とは認められないなあと思う今日この頃です。



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過去の過ちと他山の石

記事の内容が薄いというご意見に対する釈明とも言い訳ともつかぬ前回記事に、たくさんの暖かいお言葉や有意義なご提案をいただき、まことにありがとうございます。

その中に【もしネタに詰まるようでしたら、読者からの質問を受け付けてはいかがでしょうか?】というご意見をいただいておりますが、実は昔から弊ブログでは異論・反論と共にご質問は大歓迎しております。

ただ、全てのご質問に必ず答えるというわけではないのと、これは月見チャットでも時々言われることなのですが、「下手なこと言ったり訊ねたりしたら管理人に怒られそう」と思ってる方が結構いらっしゃるようで、遠慮されてるような気がしなくもありません。

基本的に弊ブログに頂戴した全てのコメントには目を通しており、いただいたご質問には出来るだけ誠実にお答えしようと思ってはいます。

ただ、既に他のコメントで明確に答えが出てしまっているご質問や、ご質問に対する答えがひとつの記事にならないご質問(例えば弊ブログの主旨にそぐわないご質問やYES、NOだけで答えられるご質問)については、申し訳ございませんが記事にしない場合も割とあります。それでもどうしても私に答えて欲しいとお考えの方は、是非月見チャットにお越しいただき、直接お尋ねいただくのが確実です。あと、それが私への質問なのか、ご本人の自問なのかわからない書き方をされると、スルーする場合もあります。

またチャットログなどで、韓国人や韓国人のような真似をする者に向けられる私の辛辣な対応を見て「下手な質問をしたら怒られそう」と思われてしまう方もいらっしゃるのかもしれませんが(って言うか、確実にいると思いますがw)、私は誰に対してもああいう応答をするわけではありません。

日本の社会(ネット社会も含む)で周囲と軋轢を起こさず普通に平穏に生活出来ている方であれば、意識的に私を怒らせようとでもしない限り、私に噛み付かれるということはまずありません。どうぞ安心してご質問ください。逆に言えば、日本の社会で周囲と常に軋轢を起こし、毎日が修羅場というような方は危ないかもしれませんがw

さて、そういう訳で今回は【もしネタに詰まるようでしたら、読者からの質問を受け付けてはいかがでしょうか?】というコメントをくださった方からのご質問にお答えしてみようかと存じます。

民主党は今となっては反日色が非常に強いと分かりましたが、民主党政権が生まれる前、風向きは完全に彼らの味方でした。
もちろん、反日マスコミがこぞって煽ったことが第一要因でしょうが、あの頃、かなり右寄り・保守と呼ばれる論客(例えば故・三宅氏や宮崎哲也氏)も「一度民主にやらせてみよう」という発言が目だったように思います。
私の覚えている限り、一貫して民主反対だったのは元台湾人の金美玲さんだけだったような・・・?
一般人がマスコミに騙されるだけならまだ分かりますが、政界事情に詳しいはずの保守論客やコメンテーターも騙された(?)のは何故なんでしょうか?
というご質問を頂戴しております。

民主党政権誕生が確定した当時の記事を振り返ると、私は「日本が終わるかもしれない」という悲壮な覚悟をしておりました。

あの時、民主党に疑問を持つ人がいなかったわけではありませんでした。しかしそれ以上に、それまで続いた自民党による長期政権に倦んでいた人が多かったことが民主党政権誕生の原動力になったというのが、おそらく正解でしょう。

保守系有識者が「一度民主党にやらせてみれば良い」と言っていたというのも、必ずしも民主党の政権運営能力を全面的に信頼していたためではありません。それまで自民党が長年惰性的に政権運営を行なっていたために、「政権運営なんかどの党がやっても同じ」=「どの党でも自民党程度の政権運営は容易に出来る」と思われたためでしょう。

プロの仕事を見ると、力の抜けたムダのない動きに、何だか自分にも出来そうな気がするものです。自民党の政権運営もそのように見られた部分があったのでしょう。

もちろん、当時の自民党に長年政権を担当したという自負以上の驕りや怠慢、政治と直接関係のない政党内部のゴタゴタがあったのも民主党の躍進を後押しする要因のひとつになったことは否めません。それは当時「自民党に一度灸を据えてやれ」と盛んに言われていたことからもよくわかります。つまり、「民主党が良いから」という理由ではなく、「自民党がダメだから」という理由が民主党支持を底上げしていたのです。

ご質問では、「政界事情に詳しいはずの保守論客やコメンテーターも騙された(?)」と仰っておられますが、「何に(誰に)どう騙されたのか」という点が問題になるでしょう。「マスコミや民主党に騙された」、即ち彼らの「民主党にも自民党程度(あるいはそれ以上)の政権運営は出来る」という大言壮語に騙されたというのであれば、それは違います。

あの当時、「民主党にも自民党程度の政権運営は出来る」と過信していたのは、最初から有識者や有権者の方でした。「政権運営など誰がやっても同じ」なら、「あれだけ言ってるんだから民主党に一度やらせてみれば良いじゃないか」「ダメなら辞めさせれば良い」という有識者の主張に多くの有権者が付和雷同し、それに民主党や反日マスコミが便乗したというのが事実だと私は考えています。

また当時民主党が反日的であったということは、ほとんど問題にされておりませんでした。むしろ好意的に受け止められていたフシがあったと言っても過言ではありません。今でさえ、日本人の日本に対する愛国を禁忌と見る人が少なくないこと、日本人の愛国表明に反射的に嫌悪感を抱く人が極めて多いのです。わずか数年前ではありますが当時は尚更でした。そこに付け込まれた部分も大いにありました。

あの民主党政権時代があったからこその、現在の安倍政権であり、現在の日本の嫌韓気運の高まりと言うことは出来ます。そういう意味で、民主党政権という「灸」の効果はあったと言えるでしょう。

しかしそれは結果論です。民主党政権誕生時に私が覚悟したように、もし日本が終わっていれば、灸もへったくれもありません。また民主党による3年3ヶ月に及ぶ政権運営の代償は小さくも少なくもありません。アベノミクスの輝きに目が眩みますが、民主党政権時代に作られた負債は、今も日本に大きくのしかかっているのです。

驕りや惰性というのは恐ろしいもので、自分ではそのつもりがなくても、知らず知らずの内に陥ってしまうものです。もちろん、今の安倍政権にもそれがないとは断言出来ません。また有識者と言われる人々も、神様ではありません。間違うことはあります。もちろん、私たち有権者も同じです。

神ならぬ人の身であれば、誰もが過ちを犯すものですが、もし私たちがあの民主党政権時代を過ちだったと思うのであれば、それを教訓とするべきです。過去の過ちを教訓とし、それを二度と繰り返さないことが、神ならぬ人の知恵です。

韓国では、過去を教訓にするということが出来ません。ですから同じ過ちを何度でも繰り返します。弊ブログではその様子をご紹介することがありますが、その様子をただ嗤うためだけとするのではなく、以って他山の石とするということを、私たちは常に意識しておく必要があるのではないかと、改めて強く思う次第です。



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【Fact】vs【朝鮮インチキ】

私は普段テレビをほとんど見ません。そもそも、我が家には機能しているテレビが存在しません。故に、我が家はNHKとは合法的に受信契約を締結しておらず、当然ながら受信料も支払っていませんざまあみろ。

だからと言って、テレビを見ることが全くないわけではありません。

今日、髪の毛を切りに行ったのですが、その店のテレビでジャパンプライドという番組を見ました。内容は「花火職人プライドマッチ」というもので、日本の花火職人がイタリアまで出かけて行って、イタリアの花火職人と対決するという企画物です。

場所はイタリア、審査員は全員イタリア人、日本人花火師が花火を作る材料や打ち上げの資材も全て現地調達という、日本人花火師にとっては単にアウェイというだけでは足りないほど過酷な条件での勝負となりました。

勝敗の結果はともかくとして、その番組を見て思ったことは、イタリアと同じ半島国の韓国で似たような企画をやれば、やる前から韓国の勝利は確定するのだろうなということでした。イタリアもいろいろ言われている国ではありますが、それでも車やファッション、芸術や料理に関する分野においては、文句なく世界に誇れる文化を発信する国です。自分の感性に素直に正直に「良いものは良い」と感じ、躊躇なくそれを公言出来る国や国民であるかどうかは、その国の国柄を大きく左右することになるのでしょう。

さて話はごろっと変わって、コメント欄で【Fact】についてのご意見を頂戴しましたので、今回はそれについてちょっと考えたことなどを。

昨年末に、特定秘密保護法が成立公布されました。

特定秘密保護法とは、【国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される中で、我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、これを適確に保護する体制を確立した上で収集し、整理し、及び活用することが重要であることに鑑み、当該情報の保護に関し、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定めることにより、その漏えいの防止を図り、もって我が国及び国民の安全の確保に資することを目的とする】(特定秘密の保護に関する法律第一章第一条より)法律です。

この法律の制定については、私は遅過ぎるぐらいだと思っていたのですが、世間はと言うか、日本の主要マスコミはこの法律に大反対で、散々にこき下ろしていたようです。

日本の主要マスコミがこの法律に反対する理由は、まず「知る権利」を侵害されるからといいます。だがちょっと待ってほしい(-@∀@)。そう言うマスコミこそが現在進行形で、「報道しない自由」を錦の御旗に、国民の知る権利を侵害しているのではないでしょうか。

特定秘密保護法では、情報を特定秘密に指定する人は、防衛大臣や外務大臣、警察庁長官ら行政機関の長と定められていますが、実務レベルでは大臣のもとにいる官僚が判断するとされます。これもまた、大マスコミ様のお気に召さないようです。

国民から見れば、何が秘密かもわからず、情報を特定秘密に指定する判断が正しいかどうかをチェックすることが出来ない、即ち、官僚の恣意で情報を特定秘密にすることが出来るというのがその理由のようです。

だがちょっと待(以下略。マスコミが「報道しない自由」を行使する場合、どういう情報を報道しなかったのかは国民に一切周知されません。更にその判断を誰がしているのか、その判断が正しいかどうかのチェックも、当然国民にはタッチ出来ません。

政府と企業とは異なるとマスコミはうそぶくでしょう。ですがマスコミは、国の三権である司法立法行政に並ぶ第四の権力と言われています。しかもマスコミ自身、その権力を自覚し、用いているのです。

特定秘密保護法にマスコミが反対する理由は、国民に向けて発する情報を操作する権利は、第四府であるマスコミが独占するべきものであって、国家権力にその権限を渡したくないということなのでしょう。

こんな旬を過ぎたネタを持ち出した理由は、先に述べた通り【Fact】の重要性を指摘するコメントを頂いたからです。

もとより【Fact】が、情報発信者によって歪められたり隠されたりすることは、朝鮮関連に限った話ではありません。ですが朝鮮関連では、【Fact】が歪められたり隠されたりすることが、極めて甚だしいということは言えます。

また、【Fact】は常にひとつですが、常に一面的であるとは限りません。見る人の立ち位置や目の高さや角度によって、ひとつの【Fact】に対する解釈が異なるというのも、よくあることです。

だからこそマスコミは情報を出来るだけニュートラル且つ多面的に受け取れるように配慮して発信するのが本来だと思うのですが、「報道しない自由」を堂々うそぶく辺り、マスコミにその自覚は皆無と見えます。

ならば情報を受け取る側としてはどうすれば良いのでしょうか。マスコミの恣意的な情報操作に為す術もなく従わなければならないのでしょうか。

決してそんなことはありません。申し合わせでもしない限り、いくら思想的に似た傾向を示すマスコミ各社であっても、会社が異なれば意見も主張も異なるのが自然で普通です。それらを見比べ、また自分でも出来るだけ情報源に近いソースを探し、それらを重ねあわせれば良いのです。そうすれば各社が情報を操作した部分が削ぎ落とされ、共通した情報部分だけが浮き彫りになります。

それから、誰かが言ったからそれが正しいとか、ここに書いてあるからこれが正しいといった、情報を判断する最終責任を他人に放り投げるようなことをしないことが肝要です。

【Fact】は確かに強くはあります。しかし【Fact】がどれほど強くとも、それを受け取る自分自身が歪めて解釈してしまっては元も子もありません。

どこからどんな【Fact】に関する情報が集まろうとも、それを理解し判断する最終責任者は自分自身であるという自覚を持つことが肝要であり、その自覚を持つことが【朝鮮インチキ】に振り回されないようになることだと確信する次第です。



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日本を取り戻させない工作の実例

その手の行為がある度に申し上げておりますが、弊ブログではコメント投稿において記名は、必ずしも強制しておりません(但し無記名コメントは、「コメント内容に責任を持たない」という意思表示とみなしておりますので、あしからずご了承ください)。

ですが無記名を含む複数のハンドルネームを、読者から見てわからぬように使い分け、自分の意見をまるで複数の人物の意見の如く見せかけて意見誘導を目論む行為は、当人がどのような考えで行なっていようと、またその行為を当人がどのように弁解しようと、荒らし行為とみなしております。

自分の主張が容れられないとなるやそういった荒らし行為に及ぶのは、日韓チャットの韓国人には極めてポピュラーな行動様式でした。ですのでこれもまた、「朝鮮人のような真似」の一種と考えて良いでしょう。

荒らし行為は単純に不快ですが、それと同時に基本的に韓国ウォッチブログの弊ブログコメント欄で、執拗に繰り返される安倍首相に対するネガティブキャンペーンがこれほどまでに必死なのは、一体どういう理由からなのかということを、嫌でも考えてしまいます。

誰も聞いてないのに幾度も「私は自民党支持者だが」とか、「私は安倍首相の支持者だが」と言いながら、これほどまでに安倍首相のネガキャンに執着するのは、やはり誰も聞いてないのに「私は生粋の日本人だが」と前置きしてから日本を熱心に貶め蔑む連中を彷彿とさせます。

そう言えば気づいた方がいらっしゃるかもしれませんが、弊ブログのコメント欄で安倍首相のネガティブキャンペーンに勤しんでいる御仁は、嫌韓をにおわせてはいますが、韓国に対するネガティブな意見は全くと言って良いぐらい述べておられません。ただひたすら「安倍首相は親韓だ」「親韓の安倍に首相を任せたのは間違いだ」という印象を読み手に植え付けようとするばかりです。

弊ブログの管理人とその読者を侮る「朝鮮人のような真似」を何度も繰り返し、嫌韓を装いながら韓国よりも安倍首相のネガティブキャンペーンに熱心に勤しむのは一体どんな目的を持ったどういう人物なのでしょうか。誠に想像を掻き立てられます。しかも「工作員にご用心」という記事にまでその手のコメントを書き込むのですから、よほど自分の工作意図の隠蔽に自信があるのか、さもなくば本気で無自覚な工作員なのでしょう。

この御仁、安倍首相の新しい著書についてしれっとコメントに書いていたのですが、初っ端からその本を全く読んでないのが丸わかりの記述で、失笑を禁じ得ませんでした。大方、どこぞの安倍首相バッシングブログか掲示板で拾ってきたのでしょう。

まず安倍首相の新著の題名は「新しい日本へ」ではなく、「新しい国へ」であり、文藝春秋からではなく、文春新書からの出版です。

前著「美しい国へ」を改訂し、昨年と言うか先月10日に発行された文藝春秋2013年新年特別号寄せられた稿を加え、完全版として出されたものなので、その辺りがごっちゃになったのでしょう。ちなみに「新しい国へ」は奥付によると、2013年(平成25年)1月20日第一版発行となっております。

コメントに引用されている文章は、一部の段落構成が原文と異なる以外は概ね正確です。ただし、これは「日本とアジアそして中国」という15ページに及ぶ章の中の1ページ弱、見出しを入れてもわずか18行しかない文章であり、この文章の前には中国との関係についての記述が10ページ余、後には4ページに渡るアジア諸国との外交、及びインド、オーストラリア、アメリカとの連携について書かれております。

この文章量の割り振りからも容易に察せられるように、きちんとその章を読んでいれば、安倍首相が殊更に韓国を重視したり、優遇しようとしたり、ましてや阿ろうとしているわけではないのが、誰にでも読み取れるでしょう。

仮にコメントに掲載された文章だけを読むとしても、「両国間に問題があるからといって、それらをすべてに波及させるというのは、どうだろうか。おたがいの違いは違いとして尊重することも必要ではないか」というのは、韓国に対する牽制と取ることも出来ます(同書第三章「ナショナリズムとはなにか」において、「偏狭な、あるいは排他的なナショナリズムという言葉は、他国の国旗を焼くような行為にこそあてはまるのではないだろうか」とあり、安倍首相が韓国の対日姿勢、韓国人の性格を熟知していることが伺われます)。

「かならず両国の関係は、よりよいほうに発展していくと思っている」というのも、「わたしたちが過去にたいして謙虚であり、礼儀正しく未来志向で向き合うかぎり」という前提に基づいています。この「わたしたち」というのが日本人に限ったことではないのは、その後に「向き合うかぎり」とあることから明らかです。これが日本人だけに求められたことならば、「向き合う」ではなく、「対する」とか「接する」となるでしょう。安倍首相は、日本人だけではなく韓国人も「過去にたいして謙虚で」「礼儀正しく未来志向で」向き合うことが、「両国の関係」を「よりよいほうに発展」させるための前提と考えておられることがわかります。

これは取りようによっては、韓国に対する非常に強い姿勢と考えることも出来ます。韓国と、その同調勢力は常に日本側だけに一方的に韓国のことを慮り、譲歩し、優遇するよう求めますが、安倍首相は韓国にも日本と同じ姿勢を求めているのですから。

しかも日本は「過去にたいして謙虚であり、礼儀正しく未来志向」であることにほとんど抵抗がありませんし、実際これまでもそのようにし続けてきましたが、韓国は口先だけでそう言うことはあっても、実際に行動に移すには非常に強い抵抗があり、また実際にやってきたことはそれに反することばかりであったことを、おそらく安倍首相は熟知しておられるでしょう。

この本を読めば、安倍首相が決して韓国や朝鮮人のことを知らないわけではないことがわかります。それどころか、国家機密にも触れられる立場の方です。アドバイザーやブレインも、わんさかいることでしょう。私のような、情報の入手手段が貧弱な市井の韓国ウォッチャーなどより、余程韓国のことをよくご存知かもしれません。何しろ北朝鮮との拉致被害者返還交渉で手腕を発揮した実績をお持ちの方です。朝鮮人を下手に刺激すれば、なりふり構わぬ暴挙に出ることも、きっとよくご存知でしょう。

今回の安倍政権は、民主党政権でズタボロになった状態からの、いわばマイナスからのスタートです。震災復興や経済政策など、日本国内向けの運営は言うまでもなく、国際情勢も多方面から待ったなしの状態です。韓国なんかに煩わされている場合ではありません。

しがない韓国ウォッチブログである弊ブログにまで、安倍首相バッシング工作が及んでいるのですから、あえて日本側から韓国に何か働きかけるまでもなく、本丸は既に韓国からの激しい攻撃に晒されていることでしょう。その挑発に乗せられて、下手に韓国を構って火病らせれば、日本は震災復興や経済政策へ向けるべき力を無駄に分散させられることになります。それは韓国からすれば、何の得にもならなくても、日本に構ってもらえる上に損をさせることが出来るわけですから、チビるほど嬉しいことなのです。

随分昔に書いたことがありますが、一国の総理大臣ともなれば、全てを大所高所から見る必要があります。私みたいに、気楽に自分の興味あることだけを自分の目の高さで調べ考察し、言いたいことを言っていれば良いわけではありません。

ともあれ、何が何でもどうやってでも安倍首相の足を引っ張らなければならないと考えている勢力が、実際にこの日本に存在し、実際に活動していることを、目の当たりにしていただけたかと思います。

この手の工作員は、今回弊ブログで披露したような自作自演を含め、想定内のものから予想の斜め上を行くものまで、あの手この手で工作を仕掛けてきます。それらを全て排除することは、現実的には不可能でしょう。ならば工作員や工作を遮断したり排除するのではなく、こちらが工作を察知し、工作員の思惑に乗せられぬようにすることで対処するしかありません。

読者諸姉諸兄におかれましては、どうぞ「どこかで見かけた誰かの意見をそのまま鵜呑みにするのではなく、いろんな意見に触れ、それらを見比べ、必要に応じて資料を確認し、最終的には自分の頭で考えて判断する」という習慣を付けることで工作に対抗する力をつけ、且つ工作に対する警戒を怠ることのなきよう、心よりご進言申し上げます。


※お知らせ※
2月22日の「竹島の日」に向けて、弊ブログでは、ブログ「さくらのみや日記」執筆者の佐倉純様主催「2013年竹島プロジェクト」に参加しております。
2月22日の「竹島の日」までの期間限定で、弊ブログでは竹島プロジェクトに賛同し、竹島は日本領土であることを改めて強く主張し、島根県の「竹島の日」を応援します。


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先人の教えは尊い

安倍政権批判の是非について、弊ブログのコメント欄が引き続き賑やかで、ブログ執筆者としては大変にありがたいことです。

当たり前ですが、政権批判そのものを悪いとは言いません。その批判が妥当なものであるという前提は当然に必要ですが、妥当な批判無き政権は独善に陥る運命を避けられないでしょう。

ですから、その政権を支持するしないに関わらず、批判はあっても良いと思います。ですがそれは、その政権が公約で示した方向性に対してのものであるべきでしょう。

安倍政権が発足してまだ1ヶ月も経っておりません。全ての公約をもれなく今すぐ果たせ、果たさないのであればそれは公約違反であると言うのは、性急過ぎるにも程があるとは前回も述べました。

自民党の公約の方向性は、テレビCMで安倍総裁の滑舌の悪さから「トリモロス」と揶揄されていましたが、「日本を、取り戻す」であるということは、周知の事実であるはずです。「特亞をぶっ潰す」とか、「韓国を火病らせる」などでは断じてありません。

それどころか公約の4本柱のひとつとして掲げた「外交を、取り戻す」では、
自民党は、国民の生命・領土・美しい海を断固として守り抜きます。
日米同盟の絆を強化し、中国・韓国・ロシアとの関係を改善します。
またASEAN諸国・インド・オーストラリアなどとの安全保障やエネルギー政策での協力を推進します。
自由・公正・法の支配など世界の普遍的な価値に基づく戦略的な外交をダイナミックに展開します。
危機的状況に陥ったわが国の「外交」を立て直します。
と明記しており、現時点において安倍政権は間違いなく迷いなくその通りの行動をしています。

確かに、自民党は公約に付随した総合政策集において「「建国記念の日」、「主権回復の日」、「竹島の日」を祝う式典の開催」を掲げています。しかしそれは328項目ある政策の中の、328番目です。

自民党の外交に関する公約が「日米同盟の絆を強化し、中国・韓国・ロシアとの関係を改善」し、「戦略的な外交をダイナミックに展開」し、「危機的状況に陥ったわが国の「外交」を立て直」すであるということを踏まえれば、あえて今、日本から韓国を火病らせるネタを振って、韓国の反日を表面化活性化させる口実を与えることにいったいどんなメリットがあるのか、どれほど激しい嫌韓であっても正常な思考能力を持っている人ならば普通に疑問に感じるでしょう。

「竹島の日政府式典開催公約」は、日本にとって非常に良いカードであると私は考えています。何故なら、日本にこのカードを切られたら、韓国政府は反発しないわけに行かないからです。この先韓国が日本に頼らざるを得なくなる状況に陥るのは目に見えていますが、もしそこで日本政府がこのカードを切れば、韓国政府は日本政府と韓国民の板挟みにあって立ち往生するしかありません。

つまり日本政府が「このカードを切るよ」とちらつかせるどころか、そのカードを持っているという事実だけで、韓国政府は日本政府に対して萎縮せざるを得ないのです。こんな強いカードをいきなり切るのは、戦略としては下策ではないでしょうか。

もしこの「竹島の日式典」の件で安倍政権を批判するとすれば、このカードの切り方と切りどころを間違えた時でしょう。もちろん、このカードを切らないまま安倍政権が終わっても批判されるべきだと思います。

韓国はパカパカと伝家の宝刀(と思っているもの)を抜き散らかしますが、伝家の宝刀とは抜いてしまえばそれで終わりです。抜くべき場所、抜くべきタイミングで抜いて用いてこそ、伝家の宝刀は伝家の宝刀たり得るのです。その伝家の宝刀を「今抜けすぐ抜け早く抜け」と喚き散らし、そうしないことを非難するのは、私ははっきり言って利敵行為ですらあると思います。

そういう利敵行為あるいは工作は、弊ブログの読者諸姉諸兄に通じないという確信は最初からありました。ですが、それが通用してしまう日本人も少なからずいるでしょう。自分で考える習慣のない人は、声高に叫ばれ、幾度も繰り返し聞かされた誰かの考えを、自分の考えと勘違いしてしまうことが多いのです。

もし、日本でそういう利敵行為あるいは工作が、まんまと通用してしまえばどうなるのでしょうか。

今の安倍政権に対するバッシングを見て、韓国ウォッチャーの中にはかすかな既視感を覚えた方がいるのではないでしょうか。今の安倍政権に対するバッシングは、5年前の韓国で、2期10年続いた親北左派政権が終了し、李明博政権が発足した直後の韓国の騒動を彷彿とさせるのです。

もちろん、安倍政権が李明博政権と同等同質であるなどと言う気は全くありません。そういう意味で似ているというのではなく、利敵勢力に牛耳られた政権を取り戻した直後という状況と、新政権が発足するや否や、まだ何もしない内から大統領に対する批判と非難が吹き上がったという点が似ているのです。

あの時、新政権に対する批判と非難に煽動された韓国人は、反政府デモを幾度も繰り返し、その終息までに1年以上を要しました。当時の韓国人はあれを「文化的な祭だ」などと嘯いていましたが、リアルタイムでその状況を見ていた私には、どう言い繕っても北朝鮮の煽動工作に韓国人が乗せられた結果の騒動であったとしか評しようがありません。その結果、韓国が何かを得たということは全くなく、おそらく失ったものの方が多いでしょう。少なくとも、5年間という限られた大統領の任期の数ヶ月を失ったことは間違いありません。

今、日本人に向けて繰り広げられている安倍政権バッシングがどのような人々によって行なわれているのかは、よくわかりませんが、まさか5年前の韓国で反政府活動、反李明博デモを煽動した人々と同じ勢力ではないでしょう。しかし「同じような思考、同じような行動様式を持つ人々」であるということは言えるかもしれません。いずれにせよ、私たち日本人がそういう煽動に乗せられてしまえば、韓国人を嗤うことは出来ません。

「朝鮮人のような真似をするな」という私たちの祖父母の教えは、まことに尊いものであったことを痛感する今日この頃です。


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今、為すべきこと

現在、安倍政権の韓国に対する「弱腰」とやらにイラついてる(素振りをしている)人は、それなりにいるようで、弊ブログのコメント欄にもそういう方がいらっしゃいます。そういう人が少数派なのか多数派なのかは今のところはっきりしませんが、ノイジーであることは確かです。

何事につけ満足している人がそのことを殊更に喚き散らすことはあんまりありませんが、不平不満を持つ人はそのことを愚痴ったり騒ぎ立てるのが普通ですから、それは当然かもしれません。

どんな社会であっても不平不満はありますし、健全な社会であればあるほど、不平不満は鳴らしやすいものです。不平不満を鳴らすことが許されない認められない社会というのも、どういう北朝鮮かと思いますのでそれはそれで良いでしょう。

ですが、鳴らされる不平不満が妥当なものかどうかは、当然に検討されるべきです。今回あちこちで展開されている安倍政権批判ですが、今の時点で全ての公約を果たせとか、それが出来なきゃ期限を示せとか、今すぐ韓国に対してあからさまな強硬姿勢を取れというのは性急と言うのも間に合わないほど早過ぎる要求ではないでしょうか。

韓国を含む特亞が最も恐れ、最も嫌がることは、日本が強くなることです。

軍事的経済的、あるいは今盛んに唱えられている日本の国土強靭化も含め、どんな形であっても日本が強くなることを、韓国は非常に強く恐れ、厭い、何とかしてそれを阻止しようとしています。

日本が考えるような日韓友好を、韓国も同じように望んでいるのであれば、日本が強くなることを喜ぶことはあっても、それを恐れ拒み妨害しようとするはずなどあるわけないのですが、現実の韓国は日本が強くなることを強く警戒し、どうにかしてそれを阻止しようとして、陰に陽にあの手この手で妨害や工作を繰り出しています。

今、安倍政権に対して盛んに鳴らされている不平不満の中には、健全で正当な不平不満もあるのかもしれません。しかし日本の強靭化を阻止する目的で行なわれているとしか思えないものもあるわけで、そういうものほど大きな声で騒がれます。その声が韓国の意に沿ったものであれば、それを工作活動とみなし、それに乗せられたりつられたりするのもまた、本人にその意志があるかないかに関わらず、特亞の工作活動に加わる者、あるいは助長する者とみなすのは已むを得ません。

そもそも安倍政権は韓国に対して弱腰だ弱腰だと言いますが、韓国に対して弱腰とは一体どういう姿勢を指しているのでしょうか。韓国に対して外交儀礼を守ることでしょうか。韓国が嫌がることを最優先で積極的に行なわないことでしょうか。

確かに「韓国の立場で見れば」、日本が韓国に対して儀礼を守ることは韓国に対する弱腰であり、へつらいに見えるかもしれません。しかし外交儀礼というものは、単に相手国に対してのみ示すものではありません。当事国以外の第三国に対しても、「日本は外交儀礼を守れる国である」ということを見せる必要があるのです。

例えば先般の日本からの首相特使に対して、韓国は空港のVIP用通路ではなく、一般用通路を使用させました。額賀特使は閣僚ではないからという理由のようですが、閣僚ではないと言っても首相特使なのですから、これは外交儀礼的には大変失礼な行為と言えるでしょう。

もちろん韓国もそれを意識して意図的に行なった無礼でした。その行為は、「韓国内では」大変に支持されているようですが、それを見た第三国はどう思ったでしょうか。日本人が感じるような憤りまで感じる国はそんなにないでしょうが、「韓国は外交儀礼を守らない国」と思うのではないでしょうか。

これを日韓逆転して考えてみれば良いのです。日本が韓国に対し無礼を極めれば、嫌韓厨的にはさぞかし気持ちが良いでしょう。しかしそれを見た諸外国は、日本をどう思うでしょうか。それは日本にとって、得点になることでしょうか。

日本の首相が韓国に儀礼的発言をし、韓国の大統領に首相特使を送れば、韓国は日本がへつらったと思って大喜びし、日本を侮るでしょう。それを業腹だと思う気持ちは、私も嫌韓を通って来た者ですからよくわかります。しかし結果的にそれで日本が得をするのであれば、あるいは韓国が損をするのであれば、それは日本のポイントです。取れるポイントは取っておくべきでしょう。

政府主催で竹島の日式典をするしないについても、すると決まれば韓国が火病るのは必至です。当然、単に竹島の日政府式典を行なうテマヒマだけではなく、韓国の火病発作に対する策を講じる必要も出てきますが、そんなことより問題になるのは、日本政府を後ろから撃つ者の存在です。その存在の行動を日本国民が制止出来るのであれば、政府も安心して韓国に的を絞って対策を講じることが出来るでしょうけれど、残念なことに日本国民はその存在に乗せられ煽られ、一緒になって日本政府を背後から撃ちかねないのです。

「野党でいたほうが日本の為に仕事するなら、自民党は永遠に野党でいて欲しい」というコメントもありましたが、野党でいたのでは日本国のための仕事が出来ないから、自民党は政権を奪還したのです。それを知っての上か知らずに言ってるのかわかりませんが、「野党でいたほうが日本の為に仕事するなら、自民党は永遠に野党でいて欲しい」と言うのは、言った人の思惑がどこにあろうと、「日本のために仕事をする政党には、永遠に与党になって欲しくない」という意思表示にほかなりません。

おそらくそう言った当人は、そんなつもりではないと言うでしょう。皆そうなのです。日本政府を背後から撃つ者全てが、その自覚を持って撃ってるわけではないでしょう。しかし現実的には、そうなるのです。

そういう現実を鑑みれば、政府与党は軽々に韓国や特亞に直接的な強硬姿勢を取れるものではありませんし、また取るべきではありません。安倍首相も自民党も、一度奈落に落ちたのです。もう一度落ちれば、次はありません。もし再び自民党が奈落に落ちれば、今の日本に次を任せ得る政党はないのです。日本に次を任せ得る政党及び政治家が育つまでは、安倍首相にも自民党にも、失敗は許されません。それは誰よりも、安倍首相自身が最も強く理解していることでしょう。

私は自民党の支持者ではなく、安倍首相個人の支持者でもありませんが、少なくとも現時点における自民党の姿勢や行動、対応には、さほどの不満を感じておりません。安倍内閣は、遅いどころか速過ぎて見てる方がハラハラするほど、日本を取り戻すためにフルスロットルで動いています。

日本が今為すべきは、韓国に泥仕合を仕掛けることなんかではありません。安倍首相が唱えたスローガンのように、日本を取り戻すことです。それがひいては、日本の強化を厭い恐れる韓国に対する最大最強の強硬姿勢にもなるのです。

まずは日本を取り戻さなければ、何も始まらないし何も始められないのです。


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年始所感

新年あけましておめでとうございます。本年もブログ月見櫓をよろしくお願いいたします<(_"_)>

さて新年早々、安倍首相が額賀福志郎氏を首相特使として韓国に遣わせるという報道がありました。その際、安倍首相は「韓国は民主主義や市場主義などの価値観が共通する重要な隣国だ。両国新政権のスタートがいい船出になるようにしたい。しっかりと自分の思いを伝えてきてほしい」とあったと要請したと伝えられます。

民主党政権の、韓国に対する阿諛が激しかった反動もあるのでしょう。安倍政権に対しては何故か非常に強硬な対韓国姿勢を求める方が多いように感じられますが、現実問題として、今の日本はそういうことが出来る社会情勢と言えるのでしょうか。

残念ながら、私にはそうだとは思えません。

年末に、金八先生こと武田鉄矢氏がラジオで中韓に関して、黄文雄氏の著書を読んで衝撃を受けたという発言をしておられました。某巨大匿名掲示板ではそれを好意的に受け止めたようですが、私は個人的に大いに不満でした。

何故なら、武田鉄矢氏は終始中韓に関する発言において、過剰としか思えない配慮をしまくっていたからです。

黄文雄氏の著書や著述は、中韓に対して非常に厳しいものがあります。しかし、それらは全てきちんとした根拠に基づいたものであって、恣意的に思える部分はあるかもしれませんが、決して嘘ではありません。中韓のことは学校で習った以上のことを知らない武田鉄矢氏が、何故それを「罵倒に次ぐ罵倒」「韓国の方がお気の毒なぐらい」などと表現出来るのかと思ったからです。

更には韓国が台湾との約束を破って中国との国交を樹立した際の韓国の態度を評して、武田鉄矢氏は「手のひら返しは外交戦術としては当然」と言い放ちます。ならば日本がそういう「手のひら返し」を外交戦術として用いても、あなたはそれを当然と言い評価するのかと、私は思わず歯噛みしたほどでした。

しかし、日本の社会はそこまで韓国に配慮しなければ、韓国に対する批判的な発言を公共の電波に乗せられないのです。それは何故か。単純に、日本人の多くが「韓国に関する否定的なことは、言っても考えてもならない」とマインドコントロールされているからです。

例えば、私たちは近代史で日清日露戦争以後の歴史を詳しく教わることはほとんどありません。日清戦争が何故起きたのか、何故日本がロシアと戦わなければならなかったのかを詳細に知っている日本人は少数派でしょう。私が教わったイメージで言うならば、日清日露は「日本が軍国主義に陥って周辺諸国を侵略しようとしたため」というものでしかありませんでした。

日本は常に一方的で残虐な加害者でしかなく、中国も韓国もその被害者であって、だから日本人は、中国や韓国に対して常に贖罪の意識を持たなければならないし、彼らが日本に対してどれほど非道なことをしても、日本人にはそれを非難する資格がないのだと、明確にではありませんが、そう思わざるを得なくなるように誘導され続けてきました。

もし2002年に日韓チャットに参加しなければ、私は今でもその意識を持ち続けていたかもしれません。いや日韓チャットに参加しても、韓国人から「お前らチョッパリは歴史を知らない」と罵倒され続けていなければ、何も知らないおバカな日本人であり続けたでしょう。

前出の武田鉄矢氏は、確か教員免許を持っておられたと思いますし、自ら本好きを名乗られてもおられます。漫画の「おーい! 竜馬」の原作者でもあります。その氏からして、この体たらく、あるいは、この体たらくを装わねばならぬほどに、現在の日本にはまだそういう「何も知らないおバカな日本人」の方が圧倒的多数派だということが如実に現れているラジオ番組であったと思います。

そういう日本人の方が圧倒的多数派である現実において、いまだ少数派であろう嫌韓勢力におもねるような政策を、一度地獄を見てきた安倍首相がホイホイ取るとすれば、私はその方がよほど不安です。

政権を担う人に、庶民が期待するのは当たり前ですが、庶民にも庶民の担う役割というものがあるのではないでしょうか。

私たちが政権に何事かを期待するのであれば、政権を担う人がそれをやらなければならないと思えるような輿論を、私たち庶民が作り上げなければなりません。

弊ブログがそのための一助になることが出来れば、幸甚これに尽きるものはないとこの年頭に思いを新たにした次第です。


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月見櫓 韓国 日韓
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