百済史跡訪問あとがき
昨日ご紹介した百済史跡の伝王仁墓については、韓国でも報道されているように、現在韓国の資金で百済門の建設が進められております。
これについては、いくつかのブログで憤りを含んだ批判の記事を拝見しましたし、日韓チャットの日本人からも「韓国人に日本で史跡を作らせるなど、とんでもない」「連中にまた歴史捏造の根拠を与える愚行だ」「枚方市民は血税をこんなことに使われても良いのか」云々とずいぶん文句、もといご意見を承りました。
しかし、この伝王仁墓はあくまでも「伝」であり、その根拠は全くありません。ただの言い伝えです。ただの言い伝えで良ければ、枚方には天の川伝説もあります。枚方市において伝王仁墓と天の川伝説のどちらが知名度注目度が高いかと言えば、これは断然に天の川伝説の方です。と言うか、伝王仁墓は、枚方市民といえどもまさに「知る人ぞ知る」というレベルの知名度です。
枚方市には天の川伝説に基づいてさまざまな施設が作られたり、催し物が行われたりしておりますが、だからと言って天の川伝説の真偽を問う論議は、いまだかつて一度も聞いたことがありません。伝王仁墓もこの天の川伝説とおっつかっつのお話です。つまり単なる歴史浪漫の話です。これらの伝説が史実かどうかなどはまったく論点から外れています。
さらにこの伝王仁墓史跡の管理者は、市ではなく国と府(枚方市の社会教育PDFファイルP18「市内の文化財一覧表」をご参照ください)であり、またさらに今回の工事については韓国からの出資で行われているものです。市民としては「たまたま市にあっただけのもの」という感覚で、おそらく市としてもあわよくば観光振興になればという程度の関心でしょう。
そして、今回の工事で出来上がるものは、現府道京都守口線(旧国道1号線)にある天の川伝説が由来で命名された「かささぎ橋」と大差ありません。
もちろん、昨日の訪問記後編の中にもあったように、「(韓国が手を加えた史跡だから)ここは韓国よ」などと言い出す韓国人はいくらでも出てくるでしょう。しかしそんなのは「竹島が日本領なら、日本は韓国領」と吠える朝鮮馬鹿子供と同じで、真面目に相手をする必要は欠片もありません。むしろ日本人がそれにまともに付き合って、ムキになればなるほど彼らは喜ぶでしょう。彼らにとっては、伝王仁墓が史実かどうかよりも、そう言うことで日本人が嫌がることの方が嬉しいのです。
史跡を理由に王仁伝説が事実であると主張する韓国人も出てくるかもしれません。でも、彼らはそれが本当に事実かどうかなんて最初から本気で調べていません。
伝王仁墓史跡に百済門があろうと、草生す中に墓石に見立てた石が置いてあるだけであろうと、彼らがそれをもって事実と主張したいと思えばするのですから、有ろうと無かろうと同じことでしょう。有っても無くても同じ物を、わざわざ金を出して人を使って作るなんざご苦労さんとは思いますが、別に憤りを感じるほどのことはありません。
韓国人が日本のもので半島臭のする物を見つけてウリナラ起源を叫べば叫ぶほど、日本人はそれに注目します。これは彼らにとっては自爆以外の何物でもありません。実際、王仁の墓が大阪府枚方市にあると伝えられているなどということを、こういうニュースが流れる前にご存知だった方はどれほどいらっしゃいますでしょうか。
王仁墓と伝えられている史跡があり、それに韓国人が手を出し捏造を行おうとすることによって、日本人は「伝王仁墓」とはいったいどういうものなのかを詳しく調べます。そしてその結果を同じような疑問を抱いた人たちと共有します。このパターンを皆様はご存知のはずです。そうです、嫌韓のムーブメントも同じパターンで発生しているのです。
韓国が捏造した日本の悪行について、嫌韓の皆様方の中にも騙されかけた記憶のある方は少なくないと思います。しかし彼らが調子に乗って歴史や起源の捏造と、それらに絡めて日本に対する糾弾を強めていったために、騙されかけた人々も彼らの主張そのものに疑いを抱き、詳細に調べ、彼らの主張が事実と異なることを知り、反論出来るようになったのではないでしょうか。
そもそも、日本各地に点在する半島由来の伝説や史跡の真偽をいちいち全部検証して回るのは大変です。彼らが目をつけたところを後追いで潰して行く方が楽なんじゃないかと、ずぼらな筆者は密かに愚考いたしております。