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韓国人の趣味について

はい、皆様ご無沙汰でございます。

別に最近自転車にかまけてるわけじゃないんですが、むしろここんとこ雨がちなために、ろくすっぽ自転車に乗れない生寒い今日この頃なんですが、筆者は妙にのんべんだらりと過ごしております。読者諸姉諸兄におかれましてはお変わりなくご健勝でいらっしゃいますでしょうか。

さて、筆者は少し以前から韓国人の趣味に対する姿勢に疑問を感じておりましたので、先日日韓チャットで韓国人に質問してみました。

韓国人の趣味に対する姿勢にどのような疑問を抱いていたかと言いますと、彼らは趣味を趣味として楽しむということが出来るのであろうかということです。

どうも韓国人の趣味というのは、上っ面をなぞるだけのようなものが多く、しかも自身が楽しむためというよりは、他人に自慢するためのものが多いように感じたからです。

日韓チャットでは、しばしば個人の趣味が話題になります。そんな時の日本人側は、たいていその趣味の楽しさや数値的な情報交換、その趣味に関する笑えるネタやトリビア等を披露することが多いようです。

同室している他の日本人は、その趣味に興味がなくても面白そうなら話に乗りますし、面白くなければ潜水(よそ見)するか、退室して他の部屋に行ったり新しく部屋を立ち上げたりします。

ところが韓国人の場合、趣味的な話がほとんど出ませんし、日本人が話す趣味についても、ほとんど興味を示しません。そして、興味の無い話題であっても素直に黙って出て行くということが出来ません。

先日韓国人に趣味について尋ねた時もそうでした。

先日、日韓チャットで韓国人に「趣味は何ですか」と問うてみました。すると、ひとりの韓国人が「ピアノです」と答えました。

話がとっ散らかるのは嫌なので、私はその韓国人にターゲットを絞って色々質問を始めました。すると他の韓国人が「ふたりだけで話をするね」と文句を言い始めます。しかしそういうのを相手にすると話が進まないので、他は無視してターゲットと話を続けます。しかしターゲットの韓国人の話もかなり適当でいい加減です。

自分の趣味なら、誰でもたいてい一通りの薀蓄を語れるものだと思います。私の知人にもピアノの上手な人がおりますが、その知人にピアノを語らせると、実に楽しそうに語ります。ピアノが目の前にあれば弾きながら、無い時はテーブルの上で軽やかに指を弾ませながら。

その話を聞いていると、音楽的素養のほとんどない私などでも、ピアノを習ってみようかなと思ってしまうほどです。私がそう言うと、知人は身を乗り出して嬉しそうに「習う気あるなら教えてあげるよ」と言いました。上手く弾けない時はプラスティックの物差しで手の甲をひっぱたいて教えてあげると悪意の無い笑顔で嬉しそうに続けたので、丁重にご辞退申し上げましたが(知人曰く、自分はそうやって教わったから、とのこと。Sな人というわけではない・・・と思います、多分)

しかしピアノが趣味と自称する韓国人から、ピアノを弾くことの楽しさや嬉しさや面白さなどの気持ちは全然伝わってきません。

そこでその韓国人に「ピアノの何が楽しいのか、ピアノについて詳しくない私にもわかるように教えてください」と聞いてみたところ、「完璧に曲が作れた時が楽しいです」という答えが返ってきました。

最初の方で「ピアノで作曲やアレンジをやるのですか?」と聞いたら「いいえ」という返事だったので、「完璧に曲が作れたら」という回答にはあれっ?と思いました(ちなみに、最初の方で「ジャンルは何ですか?」と聞いたら、「zazz」という答えが返ってきてちょっとだけ笑いました。もちろん「Jazz」の間違いです)

そこでその韓国人に改めて「作曲もするのですか?」と聞くとまた「いいえ」と答えます。「では完璧に曲を作るとはどういう意味ですか?」と聞くと、「それは正確に曲が弾けることです」という返事でした。

曲を譜面通りに正確に弾くということは、フィギュアスケートで言うところのコンパルソリー(規定演技)みたいなもので、趣味的に楽しむ人にはどちらかと言えば退屈でつまらないものなのではないかなと、素人の私は思ったりしたのですが、「ピアノが趣味」と公言する人が言うのできっと楽しいものなのでしょう。

しかし相変わらずその楽しさというのがこちらにまったく伝わってきません。

ただ弾くだけで楽しいのだと言いたいようなのですが、それならそれで楽しさを伝える言葉を選ぶ素振りでも伝わってくれば、こちらもわからないなりにもわかろうとする努力くらいはしてもいいのですが、「私って学校の勉強で忙しいのに、ピアノも弾けたりなんかしちゃうのよっ、すごいでしょ!」という印象ばかりが伝わってくるだけで、私はかなり焦れ始めました。

そこで私が「ただ弾くのが楽しいなら楽しいで良いから、その楽しさというものを教えてくださいよ」と畳み掛けると、問い掛けた相手は口ごもり、それ以外の韓国人は横槍を入れたり混ぜっ返したりし始めます。

そこで私が「私は乗馬が趣味で、ただ乗っているだけでも確かに楽しい。その楽しさを説明しろと言われたら喜んでするぞ」と言って乗馬の楽しさを語り始めました。すると彼らは例によって私の発言する単語の端々に反応したり、それらから連想される自分語りを始めたりして、全然人の話を聞いちゃあいません。

私が「馬は一完歩ごとに違うし、個体ごとの反応も違う。乗り手の指示に馬が反抗すればそれをどうやっていなすか、また素直に指示に従ってくれればそれをどうやって維持するか常に考え、馬とコンタクトを取りながら歩く。常歩から速歩へとスピードをあげれば、当然指示と反応のやり取りのスピードもあがるし・・・」と話し始めると、韓国人は「私は済州島で馬に乗ったよ」「私は馬が怖くて」「私は」「私は」「私は」と口々に話し始めます。私の発言から乗馬の楽しさを知ろう、感じようとする姿勢は微塵もありません。

「こいつら人の話ちっとも聞いちゃあいねえし」と、静かに私が切れたのは言うまでもありません。

しかし連中、私が彼らの態度を責め始めると、今度は「こんなに謝ってるのに、それを許さないお前の方がもっと悪い」と逆切れを始めます。当然ですが、連中は言い訳なら散々並べていましたが、一言半句謝ってなんぞいません。

こんな連中を相手にしても埒が開かないので、最後には連中を置き去りにして日本人だけで韓国人の趣味についてああだこうだと論を交わし始めました。すると連中、しばらくは文句を言ったり話を混ぜっ返したりして嫌がらせを続けていましたが、やがて深夜ということもあってか、黙って出て行ってくれました。

このやり取りでしみじみ思ったのが、韓国人の本当の意味での趣味は、他者への嫌がらせではないかということです。そしてその対象が日本人であれば、彼らはより一層の喜びを感じるのではないかと思いました。



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