アメリカの大統領制は韓国の大統領制に似ています。
韓国は、我々の想像以上に斜め上です。
wogh(K) : 日本は上院下院式で出来ているんですか?国会
sasa(J) : 参議院と衆議院です
wogh(K) : アメリカと似ている方式?
sasa(J) : 大統領ではなく責任内閣制度
blueboy(K) : そうです日本は内閣制だから
rokoroko(J) : アメリカと似ているのは韓国でしょうw
blueboy(K) : 当たります.
wogh(K) : うーん ..
blueboy(K) : 韓国はアメリカ大統領制のようです.
wogh(K): 私が分かりたいのは
blueboy(K) : それは韓国が似ていたのではなくて
blueboy(K) : アメリカが韓国に似ていたことです.
fetia(J) : うわw
wasabi(J) : www
fetia(J) : 出たw
sasa(J) : おいおいおいおい!!!!!
fetia(J) : すげえw
Rachmaninov(J) : うほ!
blueboy(K) : 韓国は昔から大統領制でした.
sasa(J) : これすげーーーーーーーー
blueboy(K) : 王権政治
sasa(J) : みんな聞いたか
fetia(J) : 「韓国がアメリカに似ていたのではなく、アメリカが韓国に似ていた」
wasabi(J) : アメリカは仕方がない奴らですよね!
fetia(J) : すっげえ。
blueboy(K) : 当たります.
fetia(J) : それって韓国では常識?
Rachmaninov(J) : ウリは、伝説が生まれる瞬間を見ているニカ?
sasa(J) : いやすげー発言、驚いたぞ
blueboy(K) : アメリカの歴史と韓国の歴史は 比較にならないです.
sasa(J) : 見ている!!!
rokoroko(J) : 電波クン到来。
sasa(J) : この発言はマジで驚いた
wogh(K) : 韓国は五千年の歴史を誇っています ..
blueboy(K) : 昔高句麗百済新羅時にも王権政治だったそうです.
sasa(J) : いろいろ驚いていたんだけれど
wasabi(J) : アメリカなんかせいぜい200年、歴史の厚みが違うのです。
rokoroko(J) : では、韓国の初代大統領は、アメリカの初代大統領よりも先の時代なのですねw
blueboy(K) : もちろん民主主義を取り入れたことはアメリカの物ですが
sasa(J) : というかありえないだろ。
blueboy(K) : そうです.
yujin(K) : -_-;;
wogh(K) : アメリカの歴史は日本よりも短いですね ..
blueboy(K) : ははっ
blueboy(K) : そうです
wasabi(J) : www
sasa(J) : アメリカの大統領制度は韓国に似ている
wogh(K) : ところで今強大国なったことを見れば本当に不思議な違い..
sasa(J) : すげー
rokoroko(J) : それで、他の韓国人はblueboyの意見と同じなの?
blueboy(K) : ハハハ
sasa(J) : マジですか
wogh(K) : うーん ....
blueboy(K) : そうです.
wogh(K) : ^^::
blueboy(K) : 王権政治= 大統領制
sasa(J) : めまいがしてきた
fetia(J) : 異論、反論が出ませんww
rokoroko(J) : 誰も否定しないのも凄い。
blueboy(K) :それだけ同じだということです.
wasabi(J) : wogh 悩むようなことか?w
wogh(K) : 韓国の王権統治が大統領制と似ています
sasa(J) : 大統領制度も韓国が起源か
blueboy(K) : ハハハ
fetia(J) : うひゃひゃひゃひゃw
wasabi(J) : www
blueboy(K) : そのように話したらどの国も王権政治をしたんです
yujin(K) : 一体何の話を
rokoroko(J) : どうしようか、これ。
sasa(J) : ちょっと待て
fetia(J) : そりゃログ公開だろ、当然w
sasa(J) : 面白い
blueboy(K) : ^^
punko(J) : 『王権統治が大統領制と似ています』←これもすごいですね^^
sasa(J) : 大統領制度が君主制度に似ているんだって
Rachmaninov(J) : いやはや
sasa(J) : ヘ(^∇^ヘ)ヘ(^∇^ヘ) ウヒョヒ
wogh(K) : ところで私が政治勉強をして見たが我が国はアメリカ大統領制よりはフランスに似ていたと言いますね
yujin(K) : 少し潜りします ^^ :;
blueboy(K) : ハハハ
sasa(J) : ありえねえだろ。この発言
blueboy(K) : 韓国の王の歴史は
wasabi(J) : 同胞に見捨てられたなw
sasa(J) : フランス????
blueboy(K) : 君主の王もあったし大統領の性格の王もありました/
wogh(K) : もうちょっと類似したと言う..
blueboy(K) : 独裁の王もあったし 民主主義の王もあったんです
fetia(J) : うっひょw
sasa(J) : ヘ(^∇^ヘ)ヘ(^∇^ヘ) ウヒョヒョ
punko(J) : 性格・・・なんですか^^
rokoroko(J) : なんだそりゃ?
blueboy(K) : ハハハ
wogh(K) : ハハハ
sasa(J) : 民主主義の王って何それ
wasabi(J) : 君主は誰が選んだのだ?w
sasa(J) : ありえねえ
blueboy(K) : 多数決の意見を取り集めて
wasabi(J) : www
blueboy(K) : 民生政治がお上手な王
fetia(J) : 多分、金正日みたいな人を言うのではないだろうか・・・>民主主義の王
rokoroko(J) : 韓国の王様は選挙で選ばれたんですね?w
blueboy(K) : それは独裁政治 = dictator
sasa(J) : ああ確かに99%支持されたし
fetia(J) : 確か、北鮮のフルネームは、朝鮮民主主義人民共和国だもの。
blueboy(K) : 金正日は独裁です.
sasa(J) : 眩暈がしてきた
yujin(K) : ^ ^; 民主主義はさまざまな意味を持つから
blueboy(K) : 事実は金正日みたいな王もあったんです
fetia(J) : 民主主義に様々な意味など無い。
fetia(J) : 民主主義は民主主義でしか有り得ぬ。
yujin(K) : 旅行用鞄だと言いますw 北朝鮮の民主主義は名前だけ
blueboy(K) : どうであれ君主, 独裁, 民主主義のすべての形態は王がどんな王なのかによって変わったんです.
sasa(J) : 韓国人はありえない
sasa(J) : なんでありえないことを平気で言うんだろ
blueboy(K) : そうだから
punko(J): 民主主義の王・・・^^^^
fetia(J) : (´-`).。oO(まあ、ネタゲットだぜなので、私は構わぬが)
blueboy(K) : 王 = 大統領、をよく選んでこそ民の生活が良くなります.
wasabi(J) : これでこそ韓国w
sasa(J) : 民主制度と君主制度の違いって説明しないと駄目なのか
rokoroko(J) : いつの時代の韓国の世界に民主主義が存在したというのだろうか。。。
sasa(J) : 王は大統領か
blueboy(K) : そうです ^^
sasa(J) : (゜Д゜) ハア??
fetia(J) : 寝なくてよかった・・・。
blueboy(K) : 実際、首相もありました.
sasa(J) : いや歴史的発言だね
Rachmaninov(J) : 王=大統領、か
blueboy(K) : 王 = 大統領 = 首相
wogh(K) : うん ,,
blueboy(K) : 首相の意味は 王の年がとても幼くて 彼の親戚が政権を取った...
fetia(J) : それは「摂政」だ。
blueboy(K) : ちょっと比喩がおこがましいでしょう ^^
wogh(K) : 代理摂政.. と言います ..
Rachmaninov(J) : ちょっと確認、【王=大統領=首相】なんだな?
fetia(J) : 「首相」と「摂政」は違う。
wogh(K) : 王=大統領
rokoroko(J) : 摂政のどこがデモクラシーなのか謎。
blueboy(K) : ハハハ冗談です.
wogh(K) : 首相は違う
blueboy(K) : 当然首相とは違います
blueboy(K) : ハハハ
blueboy(K) : あまり部屋雰囲気が政治で固くなるようで
wogh(K) : 韓国に対して分かりたいのが何なのか? 日本の方
sasa(J) : 韓国人って素晴らしいです
blueboy(K) : ハハハ
punko(J) : なんか悲しくなってきました^^
rokoroko(J) : blueboyの頭の中>wogh
wasabi(J) : これの何処が政治なんだよwww
wogh(K) : 分かりたいことをおっしゃって見ます
rokoroko(J) : ネタが尽きないチャットですこと。
ログ採取日 2007年7月28日午前2時半頃
韓国人の嫌韓ブログ
あのブログの執筆者はほぼ確実に韓国人でしょう。彼らは嫌韓でさえ、オリジナルでは出来ないのでしょうか。
韓国人が嫌韓ブログを書くことそのものは、悪いとは思いません。日本人にも、反日ブログを書いている連中が馬に食わせるほどおります。ただ、韓国人が書くのであれば、それは「何故ウリナラはこのようにダメなのか」と憂い嘆き、同胞に向かって、「これで良いのか」「このままで良いのか」と問いかけ、あるいは叱咤するものであるべきだと思います。日本人の反日ブログだって、あれでも彼らは日本人として、日本を憂い嘆き、叱咤しているつもりなのです。
件のブログのように、韓国人でありながら日本人の立場に立って、日本人の主張をトレースし、日本人の主張に基づいて韓国人を見下し蔑み罵るのでは、単に日本人の尻馬に乗って自分以外の韓国人を見下げたい=自分が韓国人の中で優位に立ちたいという欲求に基づくものだとしか思えません。
例えて言うなら、日本人がアメリカ人を装って、日本語で日本を見下し蔑み罵るブログを書いているようなものです。
色んな反日ブログを見ましたが、日本人(と思われる人物)が書いているブログは、内容はともかくその根底にあるものは、「日本を良くしたい」あるいは「良い日本であってほしい」という気持ちです。「良い日本」がどのようなものかで、論は分かれるにしても、です。
日本の反日ブログの中には、一部に在日韓国人らしき人物が書いていると思われる、とりあえずネタは何でも良いから日本を見下し蔑み罵るブログもあるにはあります。しかしその内容は恣意的で根拠に乏しく、検討に値するものではありません。
件の嫌韓ブログが、恐らくはNaverの日本人の主張をトレースしたものであろうことを考えると、彼らはどこまで行っても何につけても、「日本」という枠組みの中でのみ考え、行動することしかできない生き物であるなあと、嘆息するしかありませんでした。
なおこの件について、日韓チャットで韓国人に意見を求めたところ、「これを書いたのが韓国人であるという証拠を出せ」と火病られたのは、言うまでもありません。あのブログを書いたのが韓国人でなければ問題はないと韓国人が考えているとしたら、それもまた難儀な話です。
なお、参考のためにキャプチャーした画像は、「続きを読む」でご覧になれます。
日本では何親等から結婚出来ますか?
本物の「月見櫓」は、軍事施設としての役割が薄れた城に、月見の宴のために設けられたものだとか、到着する来訪者を視認するための「着き見櫓」からだとか、いろいろと謂れがあってなかなかに趣きのあるもののようです。
いずれにしても、戦闘のためのものではなく、宴や監視のためのものという点で、弊ブログのタイトルとして意外にふさわしかったかななどとひそかに自賛しております。
さて日韓チャットで、韓国人に時々「日本では何親等から結婚出来るのか」と聞かれることがあります。この問いに、素直に「四親等から可能だ」と答えると大変わざとらしく驚かれます。
私は、この質問には決して答えないことにしています。何故なら、これは彼らが日本人を蔑むためにしている質問だからです。
韓国では、確か八親等以内での結婚は法律上禁じられています。それどころか、かなり近年までは、同本同姓での結婚も法律上禁じられていました。同本同姓とは、出身地と姓が同じという意味です。具体的に言うと、金海地方出身の金氏同士では、何十親等離れていても、結婚は法的に認められませんでした。彼らにとって、族譜という系図を持つ文明人ならば、それが当然だったのです。
つまり、彼らは日本人が文化的に劣る野蛮人であることを確認するために、「何親等から結婚出来るのか」と訊ねるのです。悪口を言う気満々の時は、最初から質問を端折って「チョッパリは近親相姦をするから奇形児が多いニダ!!」などと吠えることも珍しくありません。
彼らは、学校で「チョッパリは族譜も無いし、イトコ同士という近親で結婚する野蛮人だ」と教わり、わざわざそれを日韓チャットで日本人に聞くのです。聞いて日本人の目の前でショックだなどと嘆きます。日本人全員が、イトコ同士で結婚するかのようにイメージするようです。
日韓チャットに来る韓国人には、自身の潜在化した反日意識に気づかず、自分は日本人に好意を持っていると確信している者が少なくありません。そういう者が、「日本人はイトコと結婚するのか?ショックだ!」と初対面の日本人に言うのです。それは要するに「私が好意を持っていた日本人がそんな野蛮人だったとは、ショックだ!」という意味なのです。
ショックを受けたと嘆いてはいますが、実際のところ、彼らはとっくに日本では四親等から結婚は可能と知っています。知っていながらあえて日本人にそれを聞き、日本人の目の前でショックだショックだと大騒ぎして見せることで、それがどんなに野蛮で下品な習慣であるかを見せつけたいのです。
そうすることで自分の文化的優位を誇示しようというのが、彼らの本当の目的なのでしょう。もっとも、日本でのイトコ婚はそれほど多くありませんし、多かろうと少なかろうと、韓国人には完全に無関係な話です。
そんなことより、韓国人は近親者による性犯罪の多さを気にした方が良いんじゃないですかねと答えると、日韓チャットでは韓国人が火病って大変だったりします。
どちらが本性?
さて、時事問題があまり話題にならない日韓チャットで、最近個人的に気になっているのが、韓国人の挨拶です。
韓国人は、相当な無礼者であっても口の聞き方を知らない小僧でも「(チャットは)今日が初めてです」と言う者でも、とりあえず入室時の挨拶だけは律儀にやります。ところが退室する際は、何故か無言で出て行く韓国人が少なくありません。
ある程度馴染みの韓国人だと、「出ます」と言ってから10分ぐらい粘ることもあるぐらいなのですが、一見さんの場合だと10人中8人ぐらいは、出て行くときに無言でぷいっと出て行きます。
それに気づいて「韓国人って出て行く時挨拶しないよね」と言うと、その部屋にいた韓国人が例によって「韓国人として申し訳ありません、代わってお詫びいたします」と言いつつ「一人を見て全体を判断しないでください」といつもの決まり文句です。そのくせ当の自分が退室する時は無言で出て行ったという例も、何度かありました。
韓国人は儒教の影響で礼儀正しいと言われていますし、韓国人自身も自分たちは礼儀正しいと思っています。だから「出て行く時に挨拶をしない」と日本人に言われると、厳しい非難に聞こえるようです。
にも関わらず、自分が出て行く時は思わず無言で出て行ってしまうのですから、これは彼らの本能的行動と言っても良いかもしれません。
あるいは入室時に挨拶をしなければ「ナム(よそもの)」から「ウリ(身内)」になれないので律儀に挨拶をするけど、出て行く時は、もうそんなことを気にする必要が無いので挨拶をしないのでしょうか。
そう言えば日韓併合の時も、併合してもらう時は日本に頭を下げて頼み込んで併合してもらったくせに、日本の敗戦で独立させてもらった時は、日本に後足で砂かけるような真似しやがってくれましたが、これもチャット退室時の挨拶無しと似たような心理に基づく行動なのでしょうか。
韓国人は瞬発力には優れていると思います。
何故ウケたかと言うと、実はこれを見たときに「ホルホルセツ」ではなく、「ホルホルブシ」と読んでしまったからです。
時節柄、とっさに連想したのは「八木節」とか「炭鉱節」。そうです、盆踊りの定番民謡です。
ソウルのタプコル公園で、日の丸を燃やして篝火を焚き、広場中央に組んだ櫓の上で太鼓のリズムに合わせて「ちょいと出ましたエラ張り野郎が四角四面の櫓の上で♪」と高らかに「ホルホル節」を歌う周りで、エラ張り糸目どもが「謝罪しる」の文言を背中一面に縫い取った揃いのハッピを着て踊り狂う様を想像して、一人で異常にウケておりました。
さて、8月15日の日韓チャットは大過なく終わり、ネチズンの2ちゃん襲撃も、ねらーの腹筋強化に協力した程度でほぼ何の実害もなく、リアルテロは子供を使った布教あるいは物乞いと同レベルだったという結果に終わった模様です。
こういうのは期待を裏切られたと言うべきか、期待を裏切らないと言うべきなのか、少々判断に悩みます。ま、どっちでもどうでも良いですが。
こういう現実を見るにつけ、韓国人は持久力とか持続力がないなあと思います。瞬発力とか、爆発力なんかは結構あると思いますが。
日韓チャットでこう言うと、「反日は持続してるじゃん」という返事が来ました。なるほど戦後60年、否、それ以前から、彼らの反日は営々脈々と継続して行われているかのように見えます。
しかし、実際のところ彼らの反日は「持続」しているわけではなく、その一瞬一瞬ごとに、単発で炸裂しているだけではないかと思います。それがずっと続いているのは、日本人が反日ネタを営々脈々と供給し続けているからではないでしょうか。
日本人の中には、劣る相手を見下し、自らの優位を誇示することを潔しとしない風潮があります。すなわち、劣った相手であっても、それを指摘せず、自らの優位はあえて伏せ、相手を自分と対等に遇することがフェアでジェントルであるという思想です。
今般、「格差」を悪いことであるかのように強調するのも、きっとこの発想に基づくのでしょう。
この発想は、そういう待遇を受ける相手にも同じような思想に基づく一定の教養があって初めて通じる話です。例えば、同じ日本人であっても、そういう教養のない幼児などにそういう態度が通用するかどうかを考えれば、ご理解いただけるのではないかと思います。
さらに、世界万民が皆等しく、日本人と同じ思想に基づく一定の教養を持っていると思っている方が、日本人には少なくないようです。そのためか、日本の短所や失策、弱点を外国や外国人にあえて晒して、「自分はこのようにフェアである」「自分には他者に対する差別意識はない」と強調しようとする人が散見されます。
そういう「良心的日本人」が持続的に韓国の反日に迎合してネタを供給し続けるがために、持続力に欠けるはずの韓国人の反日ネタは、いつまでも枯渇しません。
もし日本からの反日ネタの提供を一切遮断すれば、韓国人の反日に対する正当化の理由はたちまち干上がるでしょう(反日そのものは、彼らの道徳概念に組み込まれているのでなくなりません)。もちろん、新たな反日ネタを独自に発掘する韓国人も皆無ではありますまいが、せいぜい風水の杭レベル。彼らが独自で日本人が供給してきた物ほど(彼らにとって)良質な燃料を見つけられるとは思えません。
今回は特に韓国の反日に焦点を当ててみましたが、別に反日に限らずとも、何事につけ韓国の瞬発力に日本の持続力が加われば、韓国にとっては実に望ましい結果が得られるのではないかと思います。日本にとっては大した益にはならないと思いますが。
光復節のネーミング考
「厳選!韓国情報」「痛いニュース2ちゃんねる」などでも取り上げられているように、また勘違いしたバカ韓国人がリアル・バーチャル両面でテロを行なうとか行なわないとか言ってるようですが、ぶっちゃけもう飽きました。
私が日韓チャットに参加したのは2002年の3月中旬頃からですが、その前年の8月15日の日韓チャットは、韓国人の大攻勢で大変な荒れ様だったそうです。ですから2002年の8月15日も、同じような騒ぎが繰り返されるであろうとささやかれておりました。
ところが、案に相違して2002年の8月15日の日韓チャットは大過なく終わり、それ以後の8月15日も、異常に荒れたという記憶はありません(それ以外の時期に、異常に荒れていたことはありましたがw)。多分今年も同様でしょう。
さて、去年は8月15日が本当に彼らの独立記念日なのだろうかということをネタにしましたので、今年は別の視点から考えてみたいと思います。
今年のネタは、「彼らにとって、日本からの解放、独立は本当に光復だったのだろうか」ということです。
「光復」とは日本語には無い熟語のようですが、字面から「栄光を回復する」という意味かと推察します。日本によって奪われたとされる韓国の独立自尊の栄光を、日本の敗戦によって回復したということでしょう。
では、韓国に奪われるべき「独立自尊の栄光」とやらはあったのでしょうか。
その当時に「韓国」という国そのものが無かったという根源的な話に走ると収集がつかなくなるので、とりあえず彼らが韓国の前身とイメージしている朝鮮(日韓併合直前に存在したのは「大韓帝国」ですが、名前が変わっただけで内実は「朝鮮」と全く同じであったため、同一視します)と解釈して考えてみます。
当時の朝鮮にいたのは、清国に従属する腐敗した王族、自己と一族の保身のみに熱心な両班、両班に搾取されるためだけに存在する労働意欲の希薄な庶民、賎業に従事し庶民の鬱屈の捌け口にされた被差別民です。
あったのは測量もろくにされていない痩せた耕作地と、迷信と、虚栄心の箔付けにしかならなかった朝鮮儒教ぐらいでしょうか。多少の文化はあったかもしれませんが、韓国人的には全部秀吉が焼いてしまったということになっているようなので、そういうことにしておきましょう。
「大韓帝国」を号するまでの朝鮮が清国の属国であったことは明らかです。「大韓帝国」を号した理由も、日清戦争によって日本が朝鮮の独立を清国に認めさせたからであって、朝鮮が自ら行動を起こして独立したわけではありません。
ところがいざ実際に朝鮮を独立させてみると、何をやらせてもグダグダ。言うことは1.5人前以上ですがやることは半人前以下で、足して2で割りゃちょうど良いとか言ってる場合じゃありません。
結局朝鮮に「独りで立つ」能力が無いことがわかり、だからと言って、ぶん殴ってまで無理やり独立させた手前、清国に「ゴメン、もう一回引き取って」とも言えず、やむなく日本が引き受けて扶養したのが、日韓併合と言ってもいいでしょう。
そんな日韓併合以前の状態に復するということは、およそ「独立自尊の栄光を回復する」という状態とは思えません。
日本の「終戦記念日」を「何言ってやがる、実際は敗戦記念日だろうw」と揶揄する左巻きは少なくありません(すいません、左巻きだった頃の私もです)。ですので左巻きの皆様方におかれましては、韓国の「光復節」についても、実際の事情に適合した良いネーミングを考えてやってはいかがでしょうか。
私も「受給的独立記念節」とか「強制独立記念節」とか考えたんですが、語呂も字数もイマイチですね。
韓国人拉致被害団体と地球市民
既に2人が殺害され、引き続き21人が拘束されているようですが、交渉は難航、解決の目途は一向に立ちそうにもありません。
さらに被害者家族の皆様には気の毒なことに、最近南北朝鮮首脳会談という朝鮮人的には世紀的大ニュースが発表され、これに食われて韓国人団体拉致事件そのものが、韓国人社会からも忘れ去られようとしているそうです。被害者家族の皆様の心痛はいかばかりかとお察し申し上げます。韓国人被害者本人たちについては一片の同情もありませんが。
彼らはイスラム文化圏に誰に頼まれたわけでもなく、あまつさえ渡航自粛を勧告されていたにも関わらず、自ら望んで赴き布教を行なったわけです。2004年にイラクで拉致された日本人「三馬鹿」と似たパターンです。ですから今回の拉致被害者たちについては、私は同情する理由を思いつきません。むしろ彼らにとって拉致されたことは本望であっただろうと祝福してやりたいくらいです。
どうせなら滅多にない機会ですから、彼らを拘束しているタリバンに改宗を促してみればいかがでしょうか。タリバンを改宗させたら、キリスト教的には聖人扱いでしょう。頑張れ。
ところで、彼らの布教行為は、イスラム教徒にとって詐欺的であったとの指摘があります。おそらく事実でしょう。しかし彼らには、いわゆる「悪意」は無かったと思います。
イスラム教徒から見れば、否、イスラム教徒ではない私から見ても、十分に悪意が籠もっているとしか見えない彼らの行動ですが、彼らにしてみれば、邪教を信じるアフガニスタン人に代わって神に許しを乞い、アフガニスタン人の分まで神に祈り、アフガニスタン人を教え導く使命を与えてくださった神に感謝を捧げるための当然の行為であったでしょう。それは自分たちが絶対的に正しいと信じていなければ、出来ない行為だと思います。
弊ブログにしばしば訪れる「地球市民」も彼らによく似ています。この「地球市民」については、今回たまたま「地球市民」そのものをハンドルネームにされておられる方がおいでですが、特にその方個人を特定しているわけではないことを、あらかじめお断りしておきます。
いわゆる「地球市民」たちは、誰に頼まれたわけでもなく、自ら進んで弊ブログを含む嫌韓系のブログを訪れ、誰に強いられたわけでもなく、自ら望んでコメントを残して行きます。
彼らにも、いわゆる「悪意」は無いと思います。むしろ「このような誤った考え方に染まった哀れで蒙昧な人の目を覚ましてやりたい」という、彼ら的な「善意」に基づく行動であろうと拝察します。
韓国人拉致被害団体と、嫌韓系ブログを訪れコメントを残していく「地球市民」に共通しているのは、「自分(たち)の考えが絶対的に正しい」という考えです。
キリスト教については畑違いということもあり、また各派で色々違う思想があるようなので、ここで詳細に述べることはいたしませんが、一方の「地球市民思想」については、私がウォッチする韓国人にもしばしば見られるので、ちょっと考察してみたいと思います。
この「地球市民思想」は、地球をひとつのコミュニティと考え、人類全てが、同じコミュニティの構成員として、理解し合い助け合い分かち合う、争いのない理想的な世界を構築することを目指す思想と解釈しております(もし間違っていたらご指摘ください)。
ところが「争いのない理想的な世界を構築すること」を目的としていながら、この「地球市民思想」を持つ人々は、何故かしばしば好戦的です。たいていの場合、自身の理想を頑なに信じ、これを他者に押し付け、この思想を理解しない人を激しく非難・罵倒します。
そう言うお前だって、と言う声が聞こえたような気がしますが、こう見えても私は自分の主張や思想について、常に疑問を持っています。自分の考えが絶対的に正しく、世界万民皆この思想を持つべきだと考えたことなど、過去一度もありません。しかし「地球市民」の方々の多くは、「自分の考えが絶対的に正しく、世界万民皆この思想を持て」的です。
昨今、日韓チャットでもこの「地球市民」を名乗る韓国人をしばしば散見します。おそらく学校で教えているのでしょう。高みから見下ろすような物言いで、嫌韓や反日を批判してくださいます。「自分の考えが絶対的に正しく、世界万民皆この思想を持て」という考えは、デフォでそういう考えの韓国人には馴染みやすいのでしょう。
しかし朝鮮半島さえ統一出来ない朝鮮人に「地球市民」を名乗られると、こちらとしては失笑を禁じ得ません。
地球丸々一個をひとつのコミュニティにすることを思えば、朝鮮半島の統一ぐらい容易いものです。それが実現されれば、「地球市民」様からお教えを拝聴することもやぶさかではありません。
朝鮮半島統一さえも出来ないで地球をひとつのコミュニティとみなそうなどと言うのは、積み木でお城を作ることも出来ない奴に、ピラミッドの建造の理論と実践について語られるのと同じです。
韓国の反日
さて、先日の広島デーに書きかけていたのは、韓国における反日についての考察です。
韓国において、反日とは常識であり良識であるということは、今までにも何度か述べてきたかと思います。
例えば韓国人による日章旗の毀損です。これを見て日本人は「なんだあの生き物は」と不快に思うわけですが、彼らは日章旗が憎いから食い破るわけではありません。もちろん日章旗を食い破ることが楽しいからするわけでもありません。もっと言えば、それを日本人に見てもらいたいと思っているわけでもありません。
彼らがそうするのは、それが彼らの社会においては、善き行いとされているからです。そうすることで彼らの高い道徳心が表せるから、そうするのです。
その行為は、言わば電車で老人に席を譲るようなものです。老人に席を譲って、誰が謗られるでしょうか。むしろ老人に席を譲らない者をこそ謗るべきです。
日章旗の毀損に象徴される韓国の反日とは、この「道徳的善行」に近いものがあります。
日本人が韓国を訪れた時、韓国人に日本人と察せられると、あえて声高に「ドクトヌンウリタン!(ドクトは我が領土だ!)」あるいは「ドクトヌンヌグタン?(ドクトは誰の領土?)」と言われることがあります。あれは実は日本人に向けて言ってるのではありません。あれは「日本人を堂々と糾弾する知的で道徳的な俺様」を、周囲の韓国人に向けて誇示しているのです。
呉善花女史も著書において述べておられたと思いますが、韓国内においては、教養ある常識的かつ道徳的な人物であれば、当然に日本を誹謗し罵倒するべきとされています。それこそが、韓国における教養と知性の表現なのです。
逆に反日に否定的だったり消極的であれば、韓国では無知で教養がない人とみなされます。韓国の大学教授が、反日意識に基づいた珍妙なウリナラ理論をぶち上げて、日本人に「韓国における知性と教養の最高峰のはずの大学教授が何故?」と驚き呆れられておりますが、あれこそが「韓国内においては」知性と教養の現れなのです。
そこにあるのは、日本や日本人に対する明確な憎悪ではありません。だから韓国の反日に反応して日本の嫌韓が増加した時、彼らは驚愕しました。彼らにとって反日とは、「日本という絶対悪」に対する正義感、あるいは義憤なのです。
ですから彼らにしてみれば、たとえ日本人であっても、知性と教養がある人ならば、反日を否定することなどありえません。韓国人が考える「韓国の反日に接した時の日本人がとるべき行動」とは、反日によって示された韓国人の高い道徳心に感嘆し、翻って日本の非道徳性を嘆き悔やみ、高徳の韓国人に許しを乞うてひれ伏すこと以外に考えられません。ましてやそれを理由に、日本人から嫌われたりすることなど、彼らにとってはまさに想定外だったでしょう。
昨今、韓国における反日は潜在化しつつあります。「日本好きです!」と公言する韓国人も少なくありません。韓国で、日本のサブカルチャーを好んで取り入れることは、年々激しくなっていきます。
これを韓国における反日意識の解消や改善と考えたがる日本人は少なくないようです。しかし、これは反日意識の解消や改善では、決してありません。これは(韓国内における)モラルの低下、あるいはビジネス上の方便と言うべきでしょう。
韓国は、実はこの「モラル」によってのみ、成立しています。即ち、韓国における反日とは、韓国が韓国であるための理由と言っても良いでしょう。
もし反日を失えば、韓国は自身の存在理由を見失うことになります。韓国の存在とその価値は、反日によってのみ表すことが出来るからです。北朝鮮も、彼らの神(金日成)が抗日英雄であるが故に神である限り、同様です。
反日国家の特亞三国のうち、中国から反日が消える日は、もしかしたら来るかも知れません。中国には、反日以外にも自身を表現したり確認したりするものがたくさんあるからです。
しかし、韓国及び北朝鮮から反日が消える日は、両朝鮮が消滅する日まで、決して来ないでしょう。
擁韓さん歓迎の理由
ただし「俺の知ってる韓国人は良い奴だから」とか「韓国芸能人のファンだから」というレベルで親韓や擁韓を名乗られても、こちらが受け入れるとはお考えにならない方が良いと思います。
私が期待する親韓・擁韓は、例えば黒田勝弘氏や水野俊平氏、あるいは「つきあいきれない韓国人
「韓国について何も知らないけどネットの韓国叩きが面白いから」とか「よくわかんないけど何となく韓国ムカツクから」というレベルの人に嫌韓を名乗られ、それと同列視されるのは、韓国を知る努力をした上で嫌韓になった者としては大変に迷惑です。
これと同じく「知ってる韓国人が良い人だから」とか「韓国芸能人のファンだから」というだけの理由で親韓や擁韓を名乗るような人と同列視されるのは、韓国を熟知した上であえて親韓・擁韓である人々からすれば迷惑至極な話でしょう。
韓国を熟知した者同士、あるいは韓国を熟知しようとしている者同士であれば、嫌韓だろうと親韓・擁韓だろうと、同じ対象について話すのですから、少なくとも韓国人と話すよりは話が通じるだろうと思っています。
実は嫌韓ほど常に「本当に韓国はこんなに馬鹿な国なのか?」「本当に韓国人は人間の皮を被った爬虫類なのか?」と困惑し、疑問を抱いているのではないかと思います。少なくとも、私はそうです。
だからこそ韓国ウォッチがやめられないわけですが、そういう「嫌われるためにしているとしか思えない」韓国人の言動を見聞きし、その背景を熟知した上で、なお親韓・擁韓でいられる心理は、嫌韓の私からすれば想像を絶します。
このブログで親韓・擁韓さんを歓迎しているのは、親韓・擁韓さんがこの疑問に答えてくれるのではないかという期待があるからです。
今のところ、残念ながらこの期待に応えてくれた親韓・擁韓さんはいらっしゃいません。もし「我こそは」とお考えの親韓・擁韓な御仁がいらっしゃいましたら、是非ともご来臨賜りたいという考えは、今も変わらずあります。
しかしながら、いくら韓国や朝鮮に詳しくても、韓国(朝鮮)人に親しむ度が過ぎて韓国(朝鮮)人と同化してしまい、文明国の人間としての尊厳を忘れてしまった方を「親韓・擁韓」とは呼んでおりません、念のため。
例えば、「ネットで、ひとつのIDを複数人数で使ったり、ひとりで複数のIDを使ったり、他人のIDやハンドルネームを盗用したりして、意図的に他者の混乱を誘うために、無責任発言を連発する」ってのは、日韓チャットでも頻繁に見られる韓国人の攪乱手法です。
韓国人に同化する余り、こういった韓国人と同じような姑息な手段を用いてホルホルしてる方のネット上での全ての言動は、自ら進んで「信用に値しないものである」と公言しながら行なっているものであると、私はみなしております。