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底の抜けたバケツで水汲み

韓国では、日帝統治期は民族の恥辱と忍耐の日々と信じ、その時期の名残を「日帝残滓」と呼んで忌み嫌う傾向があります。

日本人はそれに対して半ば揶揄を込めて「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、みんな日本のせいなのよ」と言って笑っておりますが、韓国人は至って大真面目です。日帝残滓排斥を叫んで旧朝鮮総督府であった国立博物館を破壊したり、日帝統治期に測量のために埋設した杭を引っこ抜いて喜んでいます。

韓国から、あらゆる日帝残滓を徹底して排除すると言うのであれば、それなりに評価しないでもありません。しかし彼らはいつもどこでも中途半端です。自分たちに都合の良い物ならば、それが明白に日帝残滓ということを知っていても、頬かむりして使います。例えば鉄道とか浦項製鉄所がそうです。

そんな彼らが時々発作的に「これは日帝残滓ニダ」と言って糾弾の対象にするのが、韓国語に残る日本語だったりします。

彼らが使う韓国語の中には、日本語由来のものが少なくありません。和製漢語を朝鮮語音で読んだものなどは、枚挙に暇がないほどです。和製漢語でも音読みのものだけならまだしも、訓読みの和製漢語、例えば「売り出し」「見積もり」「気合い」「貸し切り」なども朝鮮語音ながら、そのまま用いられています。

なかには日本語がそのままの発音で用いられているものさえあります。例えば「オデン」「カバン」「ウドン」などは有名で、他には「マンタン(満タン)」「イッパイ」「ムテッポウ(無鉄砲)」があります。偶然見つけてちょっと驚いた例では「ネタバイ」などという単語が日帝残滓にあげられており、これの韓国語での言い換え語が「詐欺、ペテン」であるところを見ると、おそらく「ネタバイ」は「ネタ売」で、その筋の隠語だろうと思われます。

「土方」「土管」などは朝鮮人には発音しづらいのか、「ノカタ」「ノカン」という発音に変わってはいるものの、やはり日本語が由来であることは間違いありません。

韓国語から、日本由来の単語をことごとく駆逐すれば、彼らの言葉は非常に風通しの良いものになることは間違いないでしょう。そうなれば、現在の文化水準を維持することは間違いなく不可能になりますが、それが彼らの望みであるならば、それに対してとやかくいう筋合いは、少なくとも我々日本人にはありません。

むしろ「日帝残滓」などと日本に対する憎しみと蔑みを込めて言われるぐらいであれば、日本人としてはどんどん駆逐してもらった方が好ましいくらいです。

ところがです。彼らは何十年も前からある「日帝残滓語」を駆逐したがるくせに、何故か最近の日本から次々と新しく日本語を輸入し続けているのです。

先日某巨大掲示板某ハングル板で見かけて頭を抱えたのが、韓国の「毎日経済」という新聞に載った以下のコラムです。

[デスクコラム]日書き写しと身土不二マーケティング

"喉越すことが良い。"

何年か前から流行する国内酒広告コピーだ。 初めにはビール広告にだけ出てきたが、この頃は韓国民哀歓が入れられた焼酎までも堂々と用いられている。

この広告は"ノドゴシガヨイ"という日本の酒広告を助詞一つ替えずそのまま翻訳したのだ。

日本人たちには自然かもしれないが、私たちの言語感覚で見ればこの言葉は何か不自然だ。 誰か口の中に酒のビンを強制的に押込んだ後、拷問するようにごくっとごくっと飲ませておいて、そばで"うまく越えるよ"と吐きだすサディスト的なニュアンスと言うか。

これを何か名言にでもなっているかのように包装した結果、今はインターネット掲示板に"その酒は喉越すことが本当に良いことのようです"というコメントが生じるほどになった。 考えを支配する言語を日帝が抹殺したところはそれ位の理由があったことだ。

我々の言葉はこのように人為的でない。 そのまま"酒はスルスル越えて、モチはタクタク(トクトク)詰まるよ"のように自然だ。

この頃しばしば目撃する'直火'焼きも考えなしに持って使った言葉だ。 直火は'直接火に当てて焼く'という意の日本語チカビ(直火)を持ってきたのだ。 私たちは牛のカルビやジャガイモ・さつまいもなどを直接火に焼いて食べるから今さら直火に何する必要がない。

倭色表現はこれだけでない。 ジャージャー麺やククス(うどん)を'特別に'手で選んだという意を強調しようと付けた手打麺もそうだ。 手打は手で打つという意のテウチ(手打)という日本語だ。

機械で選んだ麺に誠意が不足だと感じて'プレミアム麺'であることを強調したいなら、日本人たちのように新しい用語を作って使うことだ。

(後略)
[チョン・ホリム流通経済部長]
2007.09.01 02:02:44入力


彼らは、日帝時代の言葉を韓国語に言い換える作業をしている尻から、新しい日本語を輸入して大喜びで使っているのです。これでは、ざるで水を汲む方がまだ実りある作業ではありませんか。

韓国における「新しい日本語の輸入」は、何も広告屋の仕事ばかりではありません。弊ブログのチャットログにもしばしば出てくるように、韓国人らは日本語を使いたがります。日本語をと言うよりは、「日本人が使っている言葉」を使いたがります。

日韓チャットでは、日本側から日本語で「こん」と打ち込むと、韓国側には「アンニョン」と表示されます。これはおそらく翻訳システムが「こんにちは」「こんばんわ」の両者に共通する「こん」だけを翻訳の対象としているためではないかと思います。これに気づいた常連日本人の中には、挨拶を「こん」と打ち込むだけの人もいます。もちろん「こん」という単語は「日本語の挨拶」とは言えない単語ですが、翻訳を通せば韓国人に対しては全く問題なく通じます。

それを見た韓国人の中には「こん」を日本語の新しい挨拶だと思ってか、得意げに「コン」とハングルで打ち込む阿呆が出てきました。私はこういう阿呆が大嫌いで、こういう韓国人を見るとその都度いちいち「何だそれは?狐の鳴き真似か?韓国じゃ狐の鳴き真似が挨拶か?」と叱りつけています。もちろん連中、聞きゃあしませんが。

韓国人は、日帝残滓のどうのこうのと言うのであれば、その前にまず自らのこういう阿呆な性根を叩き直すべきだと思います。もっとも、それが出来ないから朝鮮人なのかもしれませんが。



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