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内憂を以って外患を制したい

先日、どこぞのバカ政党のバカ党首が、北朝鮮のミサイル発射に関する日本政府の対応について「迎撃ミサイルが目標に当たったら残骸(ざんがい)が落ちる。当たらなくともミサイルは向こう(国外)へ行ってしまう。国内外の市民に被害はないといえるのか」「当たらない場合は国益を侵害し、当たった場合でも単なる人工衛星だったらどうなるのか」などとほざいていたようです。

このバカ党首が、何年か前に某テレビA日の討論番組で話したとされる、以下のような発言があります。

バカ党首
(※当時は幹事長)
「警察官の拳銃使用は絶対反対。犯罪者と言えども人権はある訳ですしぃ~、犯人には傷一つ付けてはいけない。たとえ凶器を持った凶悪犯と言えども警察官は丸腰で逮捕に向かうべき」
司会者「そんな事して、警察官が殺されたら?」
バカ党首「それは警察官の職務ですしぃ~~」
(「ええっ~」と言う驚きの声が怒濤のようにスタジオ中に響き渡る)
その声にまずいと思ったかバカ党首が続ける。
バカ党首 「それに犯人がそんなに抵抗するんだったら無理して逮捕する必要は無いと思うんですよぉ~、逃がしても良い訳ですしぃ~」
司会者 「じゃっ、逃がした犯人が別の所でまた人を殺したら?」
バカ党首 「それはそれで別の問題ですしぃ~」

この発言は、実際はネットで創作されたものという説が有力です。しかし仮にそうであっても、これを今回のバカ党首の発言と照らし合わせると、さほどに的外れな創作とは言えません。

このバカ党首の仰せの通り、半万歩譲って北朝鮮の発射するものがミサイルではなく人工衛星だとしても、それが日本の国内に落ちれば被害が出るのは間違いありません。日本国民に被害が予想される事態に対して万全の準備を行なうのは当然且つ最低限の行為ですし、むしろ狙われている側という自覚があれば、「先制攻撃もやむなし」と考えるのが自然です。

このバカ党首は、「日本が外国から武力行使される」という自覚も危機感もないばかりではなく、国民を危機から守るという、政治家として当然の責務の自覚もありません。ただ特定国の擁護をするために、日本の国会議員をしているとしか思えません。

北朝鮮による拉致問題も同様です。実際に北朝鮮が拉致を認めるまで、北朝鮮による国家規模の犯罪行為に目をつぶるのみならず、積極的に擁護していた政党や政治家が日本にあったのは、皆様既にご承知の事実です。

または、異常なまでに犯罪率の高い在日を日本国民よりも手厚く保護し、彼らによる犯罪を隠し、その上日本人と同じ権利を持たせようとしている人々も、政治家を含めて日本には少なくありません。

石原東京都知事が「怒られるかもしれないが、非常に拙劣な技術で彼らが打ち上げ、変な物が間近に落ちる方が日本人は危機感というか緊張感を持つんじゃないか」という発言をされておられました。

私なども以前それに似たようなことを書いたことがありますからわかりますが、要するに「今、現実にそこにある危機」が、実際に目に見えないと実感出来ない日本人の鈍感さに業を煮やしてのことだろうと思います。

例えば日本人が、実際に被害者が出るまで、中国産の食材を「安い」と言って喜んで買っていたのは事実です。それが数度、中国食材が原因と思われる人的被害や、中国産食品の残留農薬や偽装などの事件が相次ぐや、「多少高くても国産」という風潮が芽生えました。

これと同様に、外国からの武力行使による被害が日本人の目に見えるような(反日マスコミが隠そうとしても隠せない規模で)形で発生すれば、日本人の危機感も多少は芽生え、また外国からの被害を日本国内に誘導しようとする政治家や活動家に対する監視の目も、より一層厳しくなるのではないかと思います。

その為の人柱として、外国からの被害を日本国内に誘導しようとする政治家や活動家を当てることが出来れば、日本の国益的には一石二鳥なのですが、なかなかそう上手くは行かないのが、まことにもどかしいところです。



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祝・WBC日本V2

一昨々日辺りから花冷えの大阪です。おかげさまで、我が家周辺の桜は、丁度週末辺りに見頃を迎えられそうです。

さて、先日のWBCでは、日本チームが連覇達成したそうで、本当におめでとうございました。そして本当にありがとうございました。

私は以前から申し上げているように、野球やサッカーなどにはさほどに興味がありません。ですから、前回のWBCも、あまり興味がありませんでした。

しかし今回だけは、日本が5度も韓国と対戦することになり、しかも5度目は優勝決定戦ということもあって、日本の優勝を願わずにはいられませんでした(そういう不純な動機で観戦する者がいると、日本が負けそうな気がしたので、試合そのものは見ていませんでしたが)。

韓国相手の競技は野球に限らず、勝とうが負けようが実に不快で鬱陶しいものですが、勝っても負けても同じことならやはり、勝ってもらった方が気分が良いのは間違いありません。実際、日韓チャットでは、ここのところ激しく過疎っているにも関わらず、日本が負けると嬉々として冷やかしにくる韓国人が必ずいるのです。個人的な野球に対する興味の有無とは無関係に、その不快さ鬱陶しさは、筆舌に尽くし難いものがあります。

もっとも、日本が勝ったら勝ったで、今度は「日本は韓国と合併しないニカ?そうすればものすごいスポーツ強国になれるニダ♪」などと言ってくる気色悪い韓国人もいるのですが。

スポーツに限ったことではなく、学術分野などでも同様ですが、それらを極めたことによって与えられる栄誉というものは、本来オマケのようなものです。しかし韓国人の場合は、スポーツであれ学問であれ、それそのものに対する愛着や関心は極めて乏しいくせに、それを極めることによって与えられる栄誉に対しては、激しく貪欲です。その栄誉を得るためならば、そこへ至るまでの過程における狡猾さや卑怯さ、不正や反則は、彼らにかかると「努力」とされます。

以前、2002年ワールドカップが終わってしばらくした頃、韓国人に「あんな汚いやり方で得たベスト4がそんなに誇らしいか」と言うと、「正々堂々とやってもベスト16では恥ずかしい」と言い返された覚えがあります。そのくせ同様の「努力」を、他人や他国が行なうことを、彼らが認めることはありません。

さらにそこへ日本がわずかでも絡むと、彼らのテンションは異常なまでに高まります。その不思議さというか異常さというか鬱陶しさは、日本人であれば誰もが多かれ少なかれ不快に感じるものでしょう。

2002年の日韓共催ワールドカップによって、韓国のそういう浅ましさや、日本人として感じる不快さが、ダイレクト且つリアルタイムに日本人に知らされ、その結果日本における嫌韓層が増大したことは、皆様既にご承知のとおりです。

今回のWBCも、韓国と5度も対戦するという、日本チームにとってはほとんど嫌がらせのような組み合わせでした。しかしそのおかげで、再び日本人に対して、韓国人という生き物の浅ましさ、鬱陶しさをダイレクト且つリアルタイムに知らしめ得たことは、間違いありません。

韓国についてある程度知識のある日本人ならば、韓国人が多少浅ましさを見せても、日本人的に鬱陶しくても、それが韓国人の習性ということを知っているので、それなりに余裕を持って見ていられたかもしれません。

しかし韓国についてよく知らない日本人には、そういう免疫がありませんから、そういう日本人ほど、韓国に対する漠然とした不快感を感じたのではないかと思います。

スポーツを愛する人であればあるほど、そこへスポーツ以外の確執を持ち込むことを厭います。ところが、韓国人にかかればスポーツは、政治的歴史的領土的問題提起の場になってしまいます。韓国人の間でそれらをモチベーションの向上に使うだけならばまだしも、対戦相手のみならず、全く無関係な相手に対しても、彼らはそれを誇らしげに見せつけます。

スポーツを純粋に楽しみたい人にとってそれは、言わば散らし寿司を食べようと思ったら、韓国人にいきなり「それじゃ美味しくないニダ」と言われざま、コチュジャンぶっ掛けられてマジェマジェされるに等しい行為でしょう。

野球にはあまり興味のない私ですが、今回のWBCの日本の優勝については、韓国を相手に5度も戦わなければならなかった侍ジャパンの労苦と、それを乗り越えてつかんだ優勝を、心から祝福し賞賛すると共に、WBCを見ていた多くの日本人に、韓国という国や人々と関わることの不愉快さを知らしめてくれたことについて、深い感謝の意を捧げたいと思います。



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何故日本人ばかりが慮ってやらねばならないのか。

日韓チャットでは、韓国人と話をしていると、彼らがあまりにものらりくらりと言い逃れを続けるので、あちらの逃げ道を塞ぎ、こちらの抜け道を閉ざし、伏線を張り、予防線を敷きと、執拗に問い詰め続けることがしばしばありました。

日韓翻訳掲示板などでも同様の場面を見ることがありますが、日韓チャットの場合、そうやってコーナーに追い詰められた韓国人がどのような行動を取るかと言うと、黙って遁走するか、さもなければたいていが「何故そんなに攻撃的なのか」とこちらを責め始めます。

それは即ち、「こちらは答えに窮して逃げているのだから、黙って見逃してくれても良いじゃないか」という意味でしょう。しかし、ならば素直にそう言えば良いのです(もちろん、素直に言ったからと言って黙って見逃すかどうかは別問題ですが)。

しかし彼らは決してそうは言いません。その代わりに、私たちが逃げる彼らを見逃さず追及し続けることを非として、逆に私たちを咎め始めます。

これは、韓国人ばかりではありません。弊ブログで晒しているチャットログを見た日本人(と思しき人)にも、同様な方を時折散見します。

曰く「まるで因縁をつけてるようだ」、「相手はもう敗走を始めているのだから、そんなに追い詰めなくても良いじゃないか」、「相手は子供だろうに、おとなげない」などと追撃の手を緩めぬ日本人側を非難します。

これは要するに、日本人ならば日本人的な思いやりや謙虚さ、優しさを発揮すべきというご意見なのでしょう。しかしここで疑問に思うのは、何故日本人側だけが常に一方的に、それを要求されるのだろうということです。

日本人は、韓国人が日本人的にどれほど無礼に見えても、また実際に酷く無礼であっても、「相手は韓国人なのだからしょうがない」とか「韓国はそういう文化なのだからしかたない」と慮ってやらねばならないのに、日本人が韓国の基準に照らして無礼に見えれば、韓国人は言うまでもなく、日本人までもがそれを咎めます。

それは単に日本人側が韓国人に、日本人の謙遜癖を逆手に取られているだけではないかと思います。

なるほど、韓国人と同じレベルに堕ちるな、などと言って、高みから見下ろした考えも悪くはありません。日本人同士ならば、それも通じないことはないでしょう。

しかし、犬に何万時間論語を説いてやってもオスワリひとつ覚えさせることが出来ないように、韓国人に文明人としての常識と態度をもって接しやっても、彼らがそれを理解出来ることはありません。日本人側がいくら穏和で寛大な態度を見せても、韓国人から見ればそれは単に「弱さの露呈」としか映らないのです。

山中で突然熊と遭遇した際に、人間側がとっさに逃げようとすれば、熊にその気がなくても反射的に襲い掛かってくると言います。韓国人と向き合う時も、人間側が辞を低くして接すれば、熊の血を引く韓国人は、その気がなくても反射的に自分の方が優位にあると勘違いするのでしょう。

韓国人と対峙する際に、謙遜や配慮は単純に障壁あるいは負担にしかなりません。「対等」という概念のない彼らには、「互いに尊重しあう」などということが全く理解出来ないのです。

実際、日韓関係について書かれた書籍や記事を見れば、日本側から韓国側を慮るような意見は非常に頻繁に見ることが出来るのですが、その逆はほとんど見かけることがありません。

韓国相手にこんな一方的な負担を強いられながら関係を維持しなければならない理由が、日本側にあるのでしょうか。

私には全く思い当たりません。もしご存知の方がいらっしゃったらご教授くださいと言ってずいぶん経ちますが、いまだにどなたからもご教授いただけません。

ついては今後、日本はこれまでのように韓国相手に必要以上に慮ったり譲歩したりすることなく接するか、あるいは発展的且つ完全な日韓関係の解消を最終目標として、可能な限りにおいて日韓間の接触や交流そのものを減じていく方向に進むことこそが、日本の国益にも適い、また日韓双方の国民の精神衛生にとっても、大きく有益ではないかと思う次第です。



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百聞は一見に如かずと言うけれど

昨日、我が家のベランダから見える桜の木の枝先に、ぽつりと白く花が灯っていました。大阪の開花宣言はまだですが、最早秒読みです。

さて、よく言われることに、「韓国は言うほど反日じゃない」というものがあります。これは韓国人が言うこともありますが、日本人が言うことも珍しくありません。

日本人が実際に韓国に行ってみたり、実際に韓国に住んでみたり、実際に韓国人と話をしてみれば、「なぁんだ、韓国に日本の嫌韓ブログで言われてるような、おどろおどろしい反日なんてないじゃん?」と思う方が大多数だと思います。

道を歩いていて「チョッパリセッキャ!」という罵声と共に石が飛んでくることもなければ、現地で知り合った韓国人に胸倉つかまれて「ドクトヌグタン?ウン?」と言って小突き回されることも、まあ、よほどでない限りないでしょう。

それどころか、「そうか日本から来たか」と言って、肩を抱かんばかりに歓迎してくれる韓国人に出会うことも珍しくありません。

この現象は、昨今の韓国経済危機ともオーバーラップします。

円高ウォン安の昨今、マスコミの宣伝に煽られて韓国に旅行する日本人は少なくないようです。そういう人たちや、あるいは仕事でしかたなく韓国に行った人たちがほぼ口を揃えて言うのは、「韓国経済危機?韓国(人)にそういう悲愴感なかったよ?全然感じなかったよ?」ということです。

経済ニュースや市場データなどを見れば、韓国経済が既に取り返しのつかないほどのダメージを負っているのは素人でもわかるのですが、実際に韓国に行ってみれば、韓国人は相変わらず元気いっぱいに怒鳴り散らし喚き合い、傍若無人に大声で話したり笑ったりしています。

そういう韓国人の姿を見れば、「なぁんだ、韓国って日本の嫌韓ブログで言われてるような、今にも斃れかけている重病人を生命維持装置につないで、無理やり動かしてるような経済ってわけじゃないじゃん?」と思う方が大多数だと思います。

しかし、それはよく考えてみれば当然なのです。

まず韓国経済ですが、「売ってる物は借金してでも買わねばならない」と考えるのが韓国人のスタンダードです。その上彼らは、「借金を怖れるのは臆病者」というわけのわからない理屈を持っています。クレジットカードの限度額をオーバーして、その結果ブラックリストに載ってしまうことになったとしても、それを怖れてクレジットカードの使用をセーブするのは勇気が無い、と韓国人は言うのです。

そんな彼らですから、国が傾こうが破産しようが、実際に自分自身が借金取りに家土地取られ身包み剥がされ、それでも足りなくて内臓のふたつみっつばかりを抜き取るための手術台に乗せられ麻酔を打たれるその瞬間まで、自分たちが経済危機にあるなどとは気づかないでしょうし、仮に気づいてても、「ウリのせいじゃないニダ」と言えば、誰かが何とかしてくれると思っているでしょう。

次いで反日の方ですが、韓国人にとって反日感情とは、「あまり露わにするのは恥ずかしい」という意識があります。それはちょうど、日本人が「人前で原始的欲求(食欲や性欲等)などを剥き出しにするのは恥ずかしい」と考えるのに似ているかもしれません。

ですから、普段の韓国人は、特に日本人の前では、「韓国の反日?そんなの年寄りだけの話だよ、若い韓国人は日本好きだよ」と言ってリベラルなコスモポリタンを気取ろうとします。実際日韓チャットでも、「この地球村の時代に…」などと口走る韓国人は、さほどに珍しくありません。

が、一旦それを剥き出しにして良い状況が整えば、彼らはここぞとばかりにその鬱屈した反日感情を発散させます。例えばそれはデモ(反日デモに限らず、何のデモでも良い)だったり、日韓のスポーツ対戦だったりします。

「百聞は一見に如かず」とは言いますが、このように韓国人自身でさえよく自覚も把握もしていない韓国の反日感情や経済危機などの現象を、外国人が、自分の目の高さから、ごくわずかな期間に見て取ることは、客観的な数字や文章になったそれらを見るよりは、ずっと難しいことではないでしょうか。

もちろん、見る人が見れば随所に韓国の反日や経済危機を見てとることが可能だと思います。しかし、見えない人、見ようとしない人には、北朝鮮でさえ平和で穏やかな国に見えることを思えば、韓国の反日や経済危機の見え難さは、容易にご理解いただけるのではないかと思います。



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諦と恨

抹香臭い話を持ち出して恐縮ですが、仏教に「諦」という概念があります。

日本語では「諦」は「あきら(める)」と読み、なんとなくネガティブで投げやりな意味に使われるのが一般的ですが、仏教における「諦」とは投げやりな意味ではありません。

「あきらめる」という言葉そのものの語源が「あきらかにみる」であると言われるように、「ものごとを正しく見聞きし、正しく理解し、正しく受け容れる」という意味が本来ならば適当かと思います。仮に、たとえネガティブで投げやり的意味で用いるにしても、自分自身や周囲の事態を客観視出来なければ、「あきらめる」ことは出来ません。

人はこの世に生まれ落ちるや否や、生老病死という苦を担わされ、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦と合わせて四苦八苦の人生を余儀なくされます。これは世界中の人々全てに等しく負わされる運命です。ならば、人は苦しむために生まれてきたのでしょうか。もしそうなら、人が生まれてくる意味とはいったい何なのでしょう。

何故「苦」が生じるのかを突き詰めると、実はその根本は自分自身だったりします。

この世に生まれ落ちて四苦八苦の一生を送るのは、別に人間に限ったことではありません。犬でも猫でも鳥でも魚でも、生きとし生けるもの全ての生命に、四苦八苦があり得ます。しかし通常、人間と亞人類以外の生き物は、自らに与えられた四苦八苦を「四苦八苦」だとは思っていないでしょう。

人間と亞人類だけは、智恵があるが故にこの四苦八苦をどうしても認識してしまいます。しかし人間は、智恵を以て「あきらかにみる」ことで、この四苦八苦から脱することが可能です。その道筋が仏教で言うところの「諦」ではないかと思います。

日本人は割と無意識にこの「諦」という概念を受け入れてる人が多いのですが、それと真反対の位置にあるのが、朝鮮における「恨」という概念でしょう。日本語では「うら(む)」ですが、朝鮮語では「ハン」と読みます。盲目的な妄執と拘泥、我欲と嫉妬などから生じるのが「恨」と言っても良いと思います。

「恨」の状態に陥れば、「諦」とは正反対に自分自身も周囲の事態も全く客観視出来ません。ただひたすら自分に与えられた望ましくない運命を呪い、それが改善されない現実を嘆き、その思いを自らの心の中に、腐臭を放つ泥のように溜め込み、そればかりを見つめては更に「恨」を募らせていくばかりです。

彼らはしばしば「恨」を解くと言います。しかしそれは、自分自身の考えや理解、即ち「智恵」によって解くのではありません。現実の方から、自分にとって都合の良いように変わることによってのみ、恨が解かれるのです。そういう都合の良い現実が都合良く自分に訪れなければ、また更にそれを「恨」として蓄積します。

「諦」という概念を持つ日本人に、「恨」という概念を持つ朝鮮人は理解し難いものがありますし、おそらくその逆もまた然りです。かと言って、我が日本人が「恨」という概念を持つようになれば良いとは微塵も思えません。何よりも、そんなものは日本人的美意識が受け入れません。

逆に朝鮮人が「諦」の概念を理解するようになればと思うこともないわけではないのですが、これは彼らの、種としての進化を待たない限り無理な注文というものでしょう。

となれば、やはり日本人は朝鮮人と関わり合いにならぬよう努めるか、あるいは関わり合いを持たざるを得ない場合は、それこそ「諦」の境地で望むしかないということになります。

ところで、散々抹香臭い話をしてきて何ですが、筆者は教養科目として仏教学概論を受講したことや、般若心経の解釈をレポートのテーマに選んだことはあります(専攻とはまったく関係のないテーマで、担当講師が楽をするために「こんなテーマ、誰も選択しないだろう」と思って設定したらしい)が、正式な仏教学を修めたことや、正式な仏道修行をしたことは一度もありません。

それどころか仏教徒を自称してはおりますが、日本の仏教のどの宗派にも属しておらず属するつもりもなく、要するにここで述べた仏教関連の御託は、あくまで私個人の独断による仏教解釈であることを、最後にお断りしておきます。



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「話せばわかる」以前の問題

先日は我が愛猫の為に、たくさんのお悔やみの言葉を頂戴し、ありがとうございました。その後、さすがにちょっと頭が回らなくなったり、飯が食えなくなったりしていますが、私は概ね元気です。

命ある物はいつか死ぬ運命です。それがわかっていても、愛するものを失う悲しみは決して小さくありません。でも、それまでに私が愛猫から与えられた時間の中で得たものは、失う悲しみで相殺されてしまうほど小さくも少なくもありません。

「ペットはいつか死ぬから飼いたくない」という方は少なくありませんが、私は「ペットはいつか死ぬからこそ愛おしい」と思います。死なないペットが良ければ、アイボでもぬいぐるみでも飼ってりゃ良いわけですから。

てなわけで、ペットを飼っても良いかなあって思ってる方がもしいらっしゃいましたら、是非うちでもリンクしている「いつでも里親募集中」を一度ご覧になってください。

猫は雑種メインですが、犬はペットショップで買えば何十万とするような高級種が結構ごろごろいます。他にも、ペットショップでは絶対に売ってない、びっくりするようなハイブリッドとかもいます(そう言えば、「富士丸な日々」の富士丸君も、この「いつでも里親募集中」出身で、ハスキーとコリーのハイブリッドだなあ)。私は、シェパードとボーダーコリーのハイブリッドを見た時は、後先考えず申し込もうかと思ったぐらいです(我が家は大型犬を飼える環境ではありません)。

さて、気を取り直して韓国。

先日、韓国で「防水」と「放水」の区別がつかないために、KTXの枕木が致命的な欠陥を抱えているという報道がありました。以前も言ったことがありますが、ハングル専用の弊害は日本人が思う以上に深刻な話です。

それでも彼らに、「読む者のことを考えて書く」という能力が備わっていれば何とかならなくもないでしょうが、彼らにとって「慮る」とは、常に「自分が他者を」ではなく、「他者が自分を」です。だから紛らわしい語句を置き換えるという慮りは、あまりありません。日韓チャットの韓国人では、対話が成立し、日本語を多少理解出来る韓国人が、時々するぐらいです。

先日から韓国人留学生によるニュージーランド日本語教師刺殺未遂事件(余談ですが、ニュージーランド警察はこの事件を「人種差別が動機ではない」と結論付けた旨、ニュージーランドヘラルド紙で報道されております)で、ニュージーランドコリアポストのコメント欄をずっとウォッチしていたわけですが、彼らの書く文章は本当に読みづらいのです。

酷いのになれば、句読点も分かち書きも無しで、ずらずらっとハングルを並べるだけというものさえあります。そういう文章は、機械翻訳にかけると、大半がハングル発音をカタカナ表記に変換されるだけで、解読に本当に苦労します。

また機械翻訳を通して読んでいて痛いほど感じるのが、「自分の気持ちを吐き出せれば良い」という意識です。「自分はこう思うんだ。こんなに憤ってるんだ。こんなに心配しているんだ。こんなに憂いているんだ」ということを、ただひたすら書き連ねるばかりです。

それを他人が読み解けるかどうかなど、書いてる者はまったく考えていません。自分が思っていることを吐き出せれば、彼らはそれで満足なのです。

読む時も同様です。書かれた文章の意図など、彼らはまったく読み取ろうとしません。自分の目についた文字、気になる単語を拾い読みして、恣意的に解釈するだけです(ちなみにこの傾向は、日本語による読み書きを習得しているはずの脳足りん君の日本文読解においても、非常に顕著に見受けられます)。

これはおそらく、彼らの話し言葉においても同様ではないかと思います。と言うか、話し言葉の場合は更にその傾向が強まるのではないかと思います。

結局彼らは、言葉による意思の疎通という、人間ならば最低限持っていなければならない能力を、まだ十分に獲得していない者が多いと言わざるを得ません。それは、彼らの国会風景を見れば、容易に理解出来ると思います。

そんな生き物相手に、「話せばわかる」と考える日本人は少なくありませんが、そういう日本人は、そう考える時点で既に、最初のボタンを掛け違えていることに気づいて欲しいと思います。



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水清ければエラ住まず

昨日、私の愛猫が天寿を全うしました。享年15歳。年齢的に不足はないとは言え、あと3年位はいけると思ってたんですがねえ…(´っω・。`) 

さて個人的で辛気臭い話は置いといて、前回、前々回の記事では、韓国人留学生によるニュージーランド日本語教師刺殺未遂事件をウォッチしていたわけですが、面白いのは韓国人どもがあの事件を「親元を離れて暮らす幼い学生が、韓国人を差別する教師の言葉による暴力で1年以上も苛められ、それに堪えかねて起こした事件であり、本当の被害者は犯人学生である」と定義していることと、「韓国人を差別するニュージーランドになんか、留学も観光も行かないようにしよう!」と言い始めていることです(余談の上に未確認情報ですが、犯人学生は最小でも14~17年の刑が求刑される見通しのようです)。

これを見て、「犯罪者を厳正に処罰することでニュージーランドに行く韓国人が少なくなるなら、元々観光立国のあの国には大きなメリットじゃないかなあ」と思ったのと同時に、あれほど嫌いな日本に、韓国人どもが大挙して押し寄せ、住み着こうとするのは、日本においては、韓国人に対する犯罪行為や非合法行為の取り締まりが極めて緩く、仮に犯罪行為や非合法行為が発覚しても、徒党を組み「サベツ」と叫んで暴れれば、公権力でさえ撃退が可能ということを知ってるからではないかと思いました。

例えば、仮にもし、ニュージーランドで起きたこの事件の舞台が日本であったなら、どうなっていたでしょうか。おそらくは些細な言質をとられ、あるいは言質が皆無であっても態度や対応に難癖をつけられ(何しろ「ウリを優遇しないのはサベツ」というのが、韓国人の認識です)、「日本人による韓国人差別が原因の事件」とされてしまうであろうことは疑う余地がありません。

反日マスコミどもは大喜びで韓国側に偏った報道を繰り広げ、最悪の場合、韓国政府の外交カードとされてしまい、日本全体に大きな損害を与えるでしょう。

割れ窓理論と言われるものがあります。割れた窓を放置しておくと、やがてその地域全体の治安悪化やモラル低下につながるという理論です。

しかし韓国人の場合は、割れ窓があるからモラルや治安が低下するのではありません。彼らが自ら、割れた窓のないところで、窓をぶち割って回ります。それを取り締まろうとするとサベツと叫んで暴れ狂い、それにひるんで彼らを取り締まる手を緩めれば、それを既得権化していきます。在日特権ウトロ地区などは、その好例と言えるでしょう。

韓国人のこういうやり方を放置し続ければ、その国に住む人々の遵法精神や勤労意欲は著しく損なわれ、当然モラルも治安も低下していくでしょう。

遅きに失した感は否めませんが、日本も今後韓国人が日本で割れ窓を作れば、厳正かつ迅速に、法に則って対処するべきです。たとえば、特別永住許可を持っている韓国人であっても、重犯罪者は正しく退去強制にすべきでしょう(特別永住許可を持つ韓国人重犯罪者で、退去強制になった者は、過去にいないそうです)。

先日、70年代に日本政府が在日韓国人犯罪者の退去強制を行おうとしたら、韓国政府が受け入れを拒否したという事実が報道されました。

しかし、国籍が判明しているのですから、韓国政府が受け入れる受け入れないは日本政府にとっては本来どうでも良いことです。「何故韓国人犯罪者を日本が面倒見なければならないのか」と言って、費用は在日韓国大使館に負担させて、大韓航空にでもカメリアにでも乗せて日本国内から放り出し、韓国に到着した後はそちらで煮るなり焼くなり刻むなり、お好きにどうぞと言えば良いだけではないのでしょうか。

日本でそれを徹底すれば、今回の韓国人留学生によるニュージーランド日本語教師刺殺未遂事件のように、きっと韓国人の方から「ウリをサベツする(=ウリを優遇しない)日本なんて、もう行ってやらないニダ!」と言ってくれるようになるでしょう。

そういう日が、一日も早く訪れることを心から願ってやみません。



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人類の敵対生物

巷では小沢秘書逮捕とか、それに絡んだ怪しい事件が続いてるとか、昨日のWBC予選では7回コールドで日本が韓国を撃滅とか、色々時事ネタには困らない今日この頃ですが、私は引き続き韓国人留学生によるニュージーランド日本語教師刺殺未遂事件に注目しております。

正確に言えば、注目しているのは、この事件に対する韓国人の反応です。

韓国ではこの事件を「人種的感受性(Racial Sensitivity)」の問題だとか寝言をほざいているようです。

事件の発端になったと言われる、日本語教師の韓国人留学生に対する差別的発言とされるものは、授業中に居眠りをしていた韓国人留学生に対する「お前、そんなにずっと寝てると北朝鮮人に殺されてしまうぞ」というものだけなのですが、確かにこれはエスニックジョークとしては、品のあるものとは言えません。

言えませんが、だからと言ってこれに類する言葉を1年以上も言われ続けていたという理由で、責められるべきは刺した犯人ではなく、刺された被害者の方だという韓国人の理屈に頷く気にはなれません。

もし韓国人がその理屈を通したいならば、それはそのまま韓国人にまっすぐ返っていきます。

皆様既にご承知の通り、日本は戦後60年以上の間、韓国が国を挙げて放つ極めて下劣な、到底ジョークとは言えない悪口を浴びせられ続けてきました。

ということで、韓国人の理屈に従えば、それを理由にある日突然日本がいきなり韓国を武力で攻撃しても、それは韓国の日本に対する差別的発言が原因と言えば、責められるべきは韓国であるということになりますが、よろしいでしょうか。って言うか、確か日本が開国した頃に、日本と朝鮮の関係がそんな状況になってた気がするのは、私だけでしょうかね。

さて、そんなこんなで前回引用したニュージーランドコリアポストを、その後も引き続きウォッチしている私です。このコメント欄は色んな点で韓国人らしさに溢れかえっており、彼らを観察するには格好の場になっているのですが、その記事のコメント欄に一件、比較的真っ当に思える意見が投稿されました。

少々長いのですが、そのコメントの翻訳文は以下の通りです。

iloveyel
2009/03/05,19:03:58
私はMacleans Collegeフォーム7に在学中の学生です。

私は加害学生にコスタキャンプ(註)で初めて会いました。
ところが、そいつは私のガールフレンドに、4日間ずっと接近をしたのです。
個人的に番号も尋ねて、はなはだしきはコスタが終わってからも会おうということさえします。
今考えてみれば、そのまま行っていたならば、私のガールフレンドがあの先生の代わりにニュースに上がったかもしれないという、ぞっとする不安を感じることもできますね。
その時調べてみていなければなりませんでした、あんな奴であったということを。

そしてあの学生の肩を持つ方々、ちょっと落ち着いてください。
人種差別ですか? 率直にこの国の高等学校を見れば、韓国学生らが差別を受けるほどの問題もたくさん起こして、我校だけ見ても日がな一日韓国人学生たちがもめ事を起こして、キウィ/中国子供たちも皆、韓国人が本当に嫌いです。
人種差別云々する前に、先に韓国人自らが変わるべきです。

あの加害学生の場合だけ見ても、結局人種差別を受けたか受けなかったではなくて、自分自身が節制できなくなくて、発生した状況ではないですか?
その上、いくつかの噂によれば、初めから偶発的な犯行でなくいくつかの友人らと共に計画した犯罪といいます。

あの加害学生を肩を持たなくなるように望みます。
どう考えても、あの学生が上手にするのは一つもなくて、自らが節制できないことによって発生したことです。
人種差別はどこへ行っても存在する方法で、それをよく勝ち抜くことが出来ない加害学生が全面的に責任があることで、それによって被害を受ける、私をはじめとする数多くの韓国人留学生たちに謝罪をしても足りないと考えます。

人種差別をした先生と学校に、全面的に責任を問う韓国人学生方々に尋ねたいです。

学校で韓国人学生たちが果たして人種差別を受けない程熱心に活動して、大韓民国、私たちの祖国の名前にダメージを与えない行動だけしましたか?
シティでも日がな一日韓国学生たちは集まって、酒を飲んで通りを歩き回って、眉をひそめさせます。 学校では話すこともないです。 いつも韓国人だけで群れをなして往来して、韓国語で罵りも行なって、騒々しく騒いで…。 本当に同じ韓国人というのは恥ずかしいです。
それでも、ひたすら人種差別する先生と学校だけ罵らなければなりませんか?

私はそうではないと思います。
先に私たち韓国人が変わるべきです。
先に私たちが模範的に変わらなければならず、,先に行動を正さなければならなくて、彼らが私たちを軽く見ないで差別しないように自ら変わって努力するべきです。

あの加害学生は、単に人種差別という問題に対して、自らそれに対してぶつかって勝つことが出来なくて、暴力的な方法でそれを解決する真に愚かな行動を選択したことだけです。
そして当然、その犯罪に対して罰を受けるべきです。

http://www.nzherald.co.nz/nz/news/article.cfm?c_id=1&objectid=10560088の記事を見れば今回の犯行は計画された犯罪だったとのことが明らかになったことで出てきます。
IP:203.XXX.38.252
(註:コスタキャンプ=KOSTAキャンプのこと。KOSTAとはKorean students abroadの略。韓国系キリスト教団体が韓国人留学生を対象に、世界各国で行なっているキャンプ。ちなみに、日本でも行なわれているらしい)

幾分私怨が混じってなくもないと思われる内容ではありますが、それを差し引いたとしても、韓国人が書いたにしては、至極真っ当な意見ではないかと思います。

このコメントを読んだ時、もしこの意見に対する韓国人の賛成意見が多ければ、私の韓国人に対する底無しの絶望感も、多少は癒されるかも知れぬというほんの微かな期待と、否、どうせきっとこの意見を書いた人がフルボッコに遭うだけだという確信に近い諦めが、同時に私の内にありました。

結局、私の確信的諦めを全く裏切ることなく、この意見に賛同するまともな意見はわずかに1件、まともとは思えないにしても、韓国人たちの主流意見に反対している意見は2~3件しかなく、逆にこの意見に対する感情的反論や人格攻撃、脅迫、罵倒はてんこ盛りになっておりました。

その中には、「このケッXキ、お前の名前を言え、探し出して殺してやる、待ってろ」とまで書いているコメントさえあります。今回の事件から鑑みるに、韓国人なら本当にやりかねませんから、このiloveyelというハンドルネームの韓国人は、おそらくもう韓国人自ら変わるべきなどとコメントしなくなるでしょう。

この記事に対する韓国人のコメントを見ていて感じるのが、加害学生に対する強い同情の言葉(幼い学生が、人種差別された上に、頼る父母もいない外国で、こんな酷い目に遭うなんて等)は極めて多いのに、前述の比較的真っ当と思えるコメントも含めて、刺された被害者に対する見舞いの言葉が完全に皆無という点です。どころか、「何時間か治療を受けた被害者教師より、1年以上も苦しめられた加害者学生の方がより大きな被害者ではないか」などとコメントしている韓国人さえいます。

少し笑ったのは「日本に少しの間行ってきたせいで親日派になって、あたかも日本人そのもののように考えるキウィが想像以上にたくさんあるとのことです。」というコメントでした。お前ら、「親日派」という言葉に反日的な意味はない、日本に阿って韓国の国益を損ねる裏切者の韓国人に用いる言葉だって言ってなかったか?w>韓国人

韓国人は常に韓国人的スタンダードに従って、韓国人的スタンダードに沿わぬ人々の意見を弾圧し、抑圧し、排斥します。韓国で法に従って理非を問い、正義を貫こうとすれば、論も法も無視して感情のおもむくまま暴力に訴える韓国人に襲撃されて抹殺されてしまうか、あるいは抹殺されぬよう沈黙するしかありません。それが彼らの間だけで行なわれていることならば、韓国人以外の人々にとってはどうでも良いことです。

しかし韓国で海外渡航が自由化されて以来、彼らは世界中に拡散しており、行く先々の国の人々に、韓国スタンダードを適用しようとしています。日本において、それは戦後以来、陰に日向に行なわれてきたことだったので、日本人は意外と韓国人に押し付けられる韓国スタンダードに鈍感になっているかも知れませんが。

ともあれ今回の事件と、それに対する韓国人の反応は、彼らの短絡性や凶暴性だけではなく、彼らが今も昔もこれから先も、決して変わることのない、人類の敵対生物だということを浮き彫りにした事件だと思った次第です。



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ウリナラ有理 自尊無罪

3月3日深夜と言うか4日未明と言うかぐらいの時間に、日韓チャットをしながら某巨大匿名掲示板を見ていると、とあるスレに「【ニュージーランド】 白人教師、日本語の授業中に背後から刺される~犯人の韓国人学生は逮捕[03/03]」という書き込みを見つけました。

「はいはい、バーボンバーボン」と思いながらそのスレッドを開いたのですが、マジでガチのニュースだったのには腰を抜かしそうになりました。

事件の概要はスレッドタイトルの通りなのですが、その動機はまだよくわかっておりません。ただ、ニュージーランドコリアポストというニュースサイトで当該事件が報道されているのですが、そこにあるコメントに次のようなことが書かれておりました。

オー シット
シッXル!あの記事を書いた奴は誰だ???!!!
私は、その学校の韓国学生です...
その学生は、この学校に通って1年半を越えました。
昨年にも日本語をしましたし。
その学生が、毎日毎日、日本語時間が終われば私に話します。
また先生が韓国に対して罵ったと。
その先生は人種差別見るという........... 韓国人だけ.... 特別に韓国人だけ差別します...
他の国の子供たちには良くしてくれて...... 韓国人だけ怒ります....
その学生は、ちょっとのことでしません....
一度はどんなcalculs先生がその学生に侮辱を与えたのに、こらえました....
だがその学生は、韓国を罵ることだけはこらえられません....
1年超えて、その日本語先生はその学生の顔に対して韓国を罵りました。
そして............. 昨日は...............
その学生が疲れて、教室で寝つきました。
ところで、突然先生がその学生に行くと、このように話しました。
"お前、そうやってずっと寝てると、北朝鮮人が君を殺す"と。
果たしてどんな先生が、学生にそのように言いますか???
その学生が韓国人でなければ、大丈夫かもしれません....
だが先生も知っています... その学生が韓国から来たということを....
それを知りながら、面と向かって北朝鮮人が君を殺すという言葉を言いますか???
その学生が、その先生を刺したことに対して尋ねる前に、その先生に尋ねて下さい...
どのような先生が、学生にそのような言い方で話しますか???
そして.... その先生韓国に対して分かるのもありません...
それと共に、ともすると韓国南北戦争をもって罵ります....
こんな言葉を1年以上言われたとすれば....
それも韓国人なのに、そのような韓国に対する悪口を1年以上言われたとすれば....
腹立たないですか???
多分私でもその半分ならば.... その先生... どのようにしたでしょう...
頼むから.... ニュースだけを見て、この学生の悪口を言わないで下さい... その前に......
アボンデイル学校出てきた....日本語していた人々.... そのキXガイ先生に習った韓国学生に尋ねて下さい...
その先生が正しくなされた先生なのか..........

原文のスクリーンショットはこちら

他のコメントも、被害者教師を人種差別主義者と誹謗し、加害者である韓国人学生を擁護するものか、そうでなければ丁度ニュージーランドを訪れている李明博を揶揄するようなコメントがほとんどです。

韓国内では、生徒に対する教師の理不尽で過剰な体罰がしばしば問題になっておりますが、その逆は記憶にある限りでは見たことがないので、今回の事件には本当に驚きました。

日本人の立場で彼らを見ていると、どうしても彼らの反日ばかりに目を奪われますが、基本的に彼らは、いつでもどこでも誰に対してでも、「ウリナラ有理、自尊無罪」なのでしょう。

だから彼らは、犯罪に躊躇がありません。彼らにとっては、遵法より自分の根拠なき自尊心を主張する方が優先順位が高いのでしょう。相手が日本の場合は、反日教育によって「日本人=悪辣非道のチョッパリ」が常識であり良識になっているので、更にハードルが低いだけなのだと思います。

それも正々堂々と行なわれるならば、まだ対応のしようがありますが、丸腰の被害者を背後から襲った今回の例に象徴されるように、彼らのやり方は常に卑怯で姑息です。

今回の件で言えば、仮に加害者の教師が、韓国人が主張するように、本当に韓国人だけを不当に差別しており、その学校に通う韓国人学生全てがそれを不満に思っていたのであれば、その旨学校側に訴えて善処を求めるのが普通なのは、法治国家では常識でしょう。

授業を行なう丸腰の教師を、背後からナイフで刺すという行為は、少なくとも法治国家では、如何なる理由があっても正当化されることはありません。

日韓チャットでも、韓国人に対して「朝鮮人」と言うと突然火病りますし、韓国の実情について話していると「韓国を卑下する」と不満を言いますし、無礼な態度の韓国人を咎めると「韓国人を差別する」と言います。

「朝鮮人」という呼称の何が悪いのか、韓国の実情を淡々と話すだけで何故それが「韓国卑下」になるのか、他の誰でもない、韓国人自身の態度を指摘すれば、何故それが「韓国差別」になるのかを理詰めで押し込んでいくと、ほとんど全ての韓国人が、返答に窮して暴れ出すか、そうでなければ黙って部屋を出て行きます。

ニュージーランドの事件に関しても、「被害者教師は常々韓国の悪口を言い、韓国人を差別した」と韓国人は言いますが、「どのような韓国の悪口を言い、どのように韓国人を差別したのか」は、たったひとつ、授業中に寝ていた韓国人学生に対して、「お前、そうやってずっと寝てると、北朝鮮人に殺されるぞ」と言ったことだけです。

これを「韓国の悪口であり、韓国人差別」と解釈出来るのは、おそらく世界中でも韓国人だけでしょう。

日本における在日の「差別」にしてもそうですが、彼らは「自分たちは常に他者より優遇されるべき」と考えており、それが履行されない時には、「差別だ」と言います。

その考え自体が、既に他者に対する不当な差別意識なのですが、当の朝鮮人にその意識は全くありません。

常に自分は他者より優遇されるべきと考え、それが履行されなければ差別と言い、それに相手が屈しなければ凶悪犯罪を行なうことも躊躇しない彼らとの共存は、少なくとも法治国家においては不可能です。

中国はそれを熟知していたので、朝鮮を吸収せず、朝鮮人を半島の中に押し込めるようにして隔離していたのかもしれません。



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サブリミナル的意見誘導に備えよう

昨日3月1日は、韓国では1919年に勃発した独立運動記念日の90周年でした。

韓国の大手言論機関と言えば、朝鮮日報、中央日報、東亜日報の三紙です。しかし、以前にも触れたことがありますが、これらの新聞は「韓国市民」にはあまり評判がよろしくないようです。言ってみれば、日本における朝日新聞、毎日新聞、読売新聞のような感じでしょうか。

これらに対する市民派新聞の代表格には、ハンギョレがあります。

これは日本語版がないために、前述の朝・中・東の三大紙と比較すると、日本人にとっては非常に読みづらいものがあります。しかし日韓チャットの韓国人に「朝・中・東と比較して、信頼出来る言論とはどこか?」と聞けば、異口同音に「ハンギョレ」と返ってくるほど、若い韓国人の間では支持されているようです。

このハンギョレに、前独立記念館館長の金三雄という人が稿を寄せているのですが、これによると3.1独立運動とは、国権を強奪された朝鮮人が、9年ぶりに自主独立・共和主義・国民統合・非暴力の価値を追求して素手で立ち上がった世界史的な独立運動であり、民族全体的な抗争だったとされております。

彼によると、朝鮮の3.1運動が起きたことによって、「その結果、臨時政府の樹立と国外武装独立運動を促進して国内的には民衆の自覚と力を集中して、教育振興・新文芸運動・産業運動が起きて、納税拒否運動・物産奨励運動・国産品愛用など経済的自立運動が展開した」とされております。

ここまでの主張については、大目に見ないでもないのですが、更に「国際的には中国の5・4運動、インドの反英自主運動、エジプトとトルコの独立運動など被圧迫民族解放運動を触発する契機になった」と主張しております。

まるで朝鮮の3.1独立運動から、世界の被圧迫民族の解放運動が始まったかの如き論調です。これを中国人、インド人、エジプト人、トルコ人が聞いたら怒るよ、と思うのは私だけではないでしょう。

続く論調も、幾分失笑を禁じ得ないものが散見されるのですが、今回はこの論そのものについてどうのこうの言うつもりはありません。

こういう主張を見ていて思うのが、意識的か無意識的なものかは定かではありませんが、彼らが得意とするサブリミナル的意見誘導、あるいは洗脳です。

彼らは、自身を大変教養の豊かな良識人に見せかけることが上手く、自論を他人に展開する際に、知識の乏しい人や、自ら積極的に知ろうとしない人、深く考えない人を取り込むのが非常に上手です。もちろん、それらは上っ面だけの浅く薄いものですが、化けの皮が剥がれそうになればその都度また上塗りするので、相手によっては意外に長持ちするようです。

知識の乏しい人や自ら積極的に知ろうとしない人、深く考えない人というのは、もちろん韓国人にも少なくありません。更に韓国では、根拠のない自信を持つように教育するのが一般的なので、彼らが自分の知識を乏しいと思ったり、自ら積極的に知ろうとしないことや深く考えないことを自覚することは、ほとんどありません。

だから彼の国では、ある程度権威ある人が唱えれば、あるいは彼ら的に好ましいと感じる意見であれば、どんなぶっ飛んだ説でも意外に簡単に、広く深く浸透するのだろうと思うのですが、それが彼らの間だけで行なわれていることであれば、正直どうでも良いことです。珍妙な信仰を持つ奇矯な生物として、好奇の対象にすれば良いだけでしょう。

問題は、それが朝鮮人以外の人に向けて発される場合です。日本人も比較的騙されやすいのですが、アジアにあまり興味がない(=詳しくない)欧米人も、意外に簡単に騙されるようです。

更に彼らの狡猾な点は、そうやって騙した相手を使って、自論を広げようとすることです。自らは化けの皮を被ったまま、騙した相手の背後に潜んで、新たなターゲットを取り込もうとします。

例えば、韓国系のキリスト教などはその最たるものでしょう。また、日本の場合はマスコミ、暴力団、教育現場などは特に汚染が甚だしいようです。ネットの普及に伴って、例の脳足りん君のような手合いも出てきました(蛇足ですが個人的に、彼は日本国内の反日勢力とのつながりがあると思っております)。

更に問題は、日本人や日本国内に対するものに留まりません。2007年にアメリカ下院で採択された従軍慰安婦問題の対日謝罪要求案を提出したマイク・ホンダ議員や、ニューヨークタイムズのノリミツ・オオニシ記者等に代表されるように、外国においても、その汚染は広がっています。

先日、日韓チャットの常連日本人に教えてもらって初めて知ったのですが、アメリカで「朝鮮忍者」を名乗る朴光翼という朝鮮人は、「忍耐術」という怪しい武術を創設し、2万人を超える会員を獲得しているそうです。リンク先をご覧になればご理解いただけると思いますが、これは明らかに朝鮮的反日思想の布教活動です。

既に判明しているこれらの活動は、おそらくは氷山の一角に過ぎないでしょう。

朝鮮人に取り込まれた相手が日本人であれば、その意見を聞き、それに反論することは比較的容易です。しかし相手が外国人となれば、その意見を見聞きすることからして、難易度が上がります。

朝鮮人は、自らは矢面に立たずに、取り込んだ「味方」を用いて、日本と日本人に対し、内から外から、更には内外同時の挟撃をも仕掛けてきています。

日本人としてこれに対抗するには、まず知識を蓄えること、積極的に知ろうとすること、その上で自分の頭でじっくり考えることだと思います。

知識が乏しいことは、今の時代ではさほどに問題ではありません。インターネットを用いれば、それなりに知識は集めらるからです。しかし、インターネットで得られる知識は、玉石混交です。その中から、石を捨て玉を選り分け、自分の身につけるためには、どうしても自ら積極的に知ろうとし、自分の頭でじっくり考えなければなりません。

弊ブログでは、この記事に限ったことではありませんが、ここで述べたことを全て鵜呑みにしろとは申しておりません。しかし、弊ブログで述べたことについて知り、さらに自ら調べ、じっくり考えていただければとは、強く願っております。

そうすることが、一足飛びに「日本を守ることになる」とまでは申しませんが、自分自身を守ることになり、自分の大切な人を守れるようになることにつながると、私は確信しております。



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