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ある意味言葉どおり

最近弊ブログで時事ネタを取り上げることが増えております。それは最近朝鮮関連の時事ネタが豊富なためということもありますが、それ以上に最近の日韓チャットには韓国人があまり来なくなり、正直日韓チャットそのものでネタを拾うのは難しくなってきているためでもあります。

最近の日韓チャットは、単に私のいる部屋に韓国人が来ないというだけではなく、日韓チャットそのものに韓国人が来なくなりました。かつて、日韓チャットにログインして部屋を作るや否や、まるで待ってたかのように韓国人が先を争って飛び込んできて、どれだけ蹴り飛ばしても、いくらでも補充が利いたなどというのは、今となっては夢か幻のようです。しかも、そういう状況にもかかわらず、私が部屋長をやっていれば、いまだに無作法を働く韓国人は躊躇なく蹴り飛ばしていますw

もちろん日本人の参加者も激減しております。これは日韓双方の、互いに対する関心が薄れたこともあるのかもしれませんが、それ以上に、日韓チャットのシステム上の問題が大きいようです。システム上の問題とは、バグなのかそれとも管理者側の故意なのかわかりませんが、チャット利用者のPC側にインストールされているあるプログラムのバージョンによっては、チャットにログイン出来ないようになっていることです。

その上、現在私が参加している日韓チャットは、管理者による管理がほぼ放棄されております。

現在私が利用している日韓チャットには、苦情や悪質会員の申告を受け付ける申告掲示板があるのですが、それを管理者が確認している形跡は全くありません。そればかりではなく、この申告掲示板は日本人会員と韓国人会員とで閲覧出来るページが分離されており、どのような苦情や悪質会員が届けられているかという情報を、会員が共有することさえ出来なくしております。まことに、朝鮮人らしいやり方です。

そんなこんなで日韓チャットからのネタ採取が全然出来ない今日この頃、弊ブログのサブタイトル「日韓チャットを通して見る韓国」というフレーズも、あるいは弊ブログの存続そのものも、考え直さなきゃいけないかなあなどと思ったりしております。

さて、韓国が盧武鉉前大統領の死を自殺と断定し、彼を悲劇の主人公に祭り上げ、その葬儀に国を挙げて熱中していた(これは揶揄でも冗談でもなく、彼らは実際に「追悼の熱気」という言葉を盛んに用いて、盧武鉉の死に熱中しておりました)今日この頃、一卵性双生児の片割れ北朝鮮はと言えば、短距離ミサイルを撃ち、核実験を行ない、韓国に宣戦布告し、長距離弾道ミサイルの発射準備を進めておりました。

更に北朝鮮は、日本に対し全土を攻撃可能などと放言し、脅迫しているつもりのようですが、正直いい加減待ちくたびれました。韓国の「10年後には日本に追いつく」発言と言い、北朝鮮の戦争やるやる詐欺と言い、本当に口先ばかりの連中です。彼らはイソップ寓話の「狼少年」を読んだことがないのでしょうか。

最近日本でよく言われる言葉に、モンスターペアレントとか、モンスターペイシェント、モンスターカスタマーなどという言葉があります。この「モンスター何某」と呼ばれる人々に共通するのは、自己中心的で理不尽な要求を繰り返しすことです。

こういう人々に対しては、是は是、非は非として、毅然と対応しなければ、果てしなくその自己中心的で理不尽な要求に応え続けなければならなくなります。これはサービス業に携わったことのある人ならば、実感としてご理解いただけることでしょう。

日本に対して自己中心的で理不尽な要求を繰り返すという点では、朝鮮人が最も盛んです。北朝鮮人も韓国人も在日も、歴史問題や領土問題、あるいは日本の内政問題や果ては教育問題に関してまで、いちいちここで例をあげようとすればきりがないほどに、彼らは自己中心的で理不尽な要求を繰り返し続けております。

おまけに、これに「友愛」などと言って応じようとする日本人がいるために、南北朝鮮の自己中心的で理不尽な要求は已むところを知りません。これに対して毅然と対応しなければ、日本が滅亡するまで、彼らの自己中心的で理不尽な要求は已むことがないでしょう。

このような南北朝鮮を「モンスターネーション」、朝鮮人を「モンスターピープル」と呼ぶか、あるいは言葉どおりの意味も込めて、「モンスターコリアン」と呼んでも良いのではないかと思います。

この場合、最も問題なのは、彼らがいわゆる比喩としての「モンスター」というだけではなく、言葉どおりの「モンスター」でもあるために、人間の理屈や道理で是非を説いても通用しないという点なのかもしれません。



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幻想の中の韓国人

韓国人は幻想の中に生きているようです。ただ幻想の中に生きているだけではなく、その幻想を破ろうとする者、幻想から現実に引き戻そうとする者に対する彼らの怒りは、常に凄まじいものがあります。

日本人が、真実を知りたがる以上に、韓国人は幻想を信じたがります。例えば盧武鉉の死についても、韓国人はほぼ一致して「自殺」と信じようとしています。日本人から見れば不思議なほどに。

関係者が自殺であったと報じ、それを韓国人は丸呑みに信じ込みました。ただ丸呑みに信じただけでなく、盧武鉉は自殺でなければならないという勢いさえ、韓国人たちからは感じられました。

動機にしても遺書にしても、あれほど不可解な点が多く、既に皆様ご存知の通りその時随行していた警護員の証言が二転三転しているにもかかわらず、韓国人は自殺であったということを疑おうとはしません。

これは何も今回に限ったことではありません。例えば盧武鉉が大統領になる直前、2002年の6月に起きた在韓米軍装甲車よって女子中学生2名が死亡した事故に関しても、同様でした。

この時も、韓国人はこぞってこれを「米軍による殺人事件だ」と叫びました。もちろんデモも行いました。

その頃の日韓チャットでは、韓国人の誰一人としてこれを事故だとは認めず、一途に殺人事件だと喚いていました。米軍が女子中学生を狙ってわざと轢き殺したのだと悲憤慷慨する韓国人は、鬱陶しいほどいました。それまで、比較的賢明で冷静だと思っていた韓国人ですら、かなり興奮気味に亡くなった女子中学生を哀悼していたのには驚きました。

当時、私が事故に対する様々な疑問点を挙げ、あれは殺人事件ではなく、単なる交通事故ではないかと言うと、彼らはそういう疑問を抱くこと自体が不愉快だと言わんばかりでした。

また燭火デモの発端である輸入牛肉に関しても同様でした。

「そんなに米国産の牛肉が危険だと思うなら、食わなきゃ良いじゃないか」という私たちに対して、彼らは一途に「売られている物は買わずにいられない。買えば食べずにはいられない」と言い募っていました。

いくら牛由来食品は回避可能だと言っても、頑として聞きません。

とにかく「アメリカから輸入された牛肉は必ず食べなければならず、食べれば狂牛病になるかもしれない」「牛由来製品に触れるだけで狂牛病になるかもしれない」という情報を、彼らは心から信じ込んでいました。それに疑義を唱える者は異端視されるだけでなく、攻撃を受けていました。

韓国人にはおそらく、「かくあるべき」、「こうでなければならない」という意識があります。その意識は幻想を生みます。韓国人社会ではその幻想は共有されます。その幻想を共有しない韓国人は、韓国人社会で生きていけぬほどの疎外を受けます。

彼らの幻想と現実が常に一致していれば、それでも良いでしょう。しかしそんな都合の良い現実は、そう簡単に出現しません。故に彼らの幻想は、非常にしばしば現実と乖離しています。乖離した現実と幻想のいずれかを選択せねばならぬ時、彼らは迷わず幻想の方を取るでしょう。いや、むしろ彼らには、幻想こそが現実なのかもしれません。「幻想と現実のいずれかを選択する」ならば、現実を認識していなければなりませんが、彼らは現実の存在を認識していないのです。

現実を現実として認識出来ず、幻想を現実として認識する精神世界とはどのような世界なのでしょうか。残念ながら、そういう精神世界を想像するには、私の想像力は貧弱過ぎるようです。

かろうじて言えることは、我々が事実をよりどころに現実を認識しようとするように、韓国人は「かくあるべき」「こうでなければならない」をよりどころに、幻想を信じようとしているのではないかと思います。



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追悼盧武鉉韓国前大統領

5月23日早朝、韓国の盧武鉉前韓国大統領が登山中に滑落、頭部に重傷を負ってそのまま死亡されたそうです。

遺書があったということで、自殺と断定されているようですが、謀殺じゃないかと疑ってる韓国ウォッチャーも少なからずいらっしゃるのではないかと思います。それは今後の成り行きの中で明らかにされたりされなかったりするでしょう。

全くの個人的見解ではありますが、私は自殺説にはやや懐疑的です。

厚顔無恥に人の皮をかぶせたような朝鮮人の中でも、選りすぐりの鉄面皮エリートでなければなれないのが韓国大統領職です。更に歴代の韓国大統領の中でも、突出したお笑い芸人っぷりを発揮していた盧武鉉が、「収賄で逮捕されるかも」程度のことで自殺するようなタマとは到底思えません。

仮に本当に逮捕されたとしても、仮にそれで有罪判決が出たとしても、仮にどんなに重い刑が言い渡されたとしても、前例を鑑みれば恩赦が行なわれる可能性は極めて高く(ほぼ100%と言っても良い)、死んでまで回避しなければならないほどの重刑を負わされることは、ほとんど考えられません。

更に、盧武鉉の自殺に関する報道を見る限りでは、奇妙に思える点がいくつもあります。

まず遺書がパソコンのファイル内にあったということ。パソコンで作成した文書は、誰が作成したものかわかりません。ですから、法的拘束力のある遺言書などは、一定の条件の下に、自筆あるいは印字されたものに自筆の署名と押印が必要になっています。

遺言書にそういう決め事があるのは「この文書は、確かに故人の意思を表した文書である」ということを証明するためです。逆に言えば、パソコンで作成されたファイル内の文書だと、「故人の意思で作成された文書ではない可能性もある」とみなされるということです。

もちろん、遺書と遺言書は異なります。しかし「パソコンで作ってファイルに保存されているだけの文書は、誰が作成した文書なのか、正確には判断出来ない」といういうことを、元弁護士であった盧武鉉が知らなかったとは考えられません。

また盧武鉉の最後の登山に同行したのは警護員一名だったそうです。報道によれば、【みみずく岩(筆者註:自殺現場)に立ち村を見下ろしながら考えに沈んでいた盧前大統領は6時40分頃警護員に「ひょっとしてタバコを持っているか」と尋ね、警護員が「ありません。持ってきましょうか?」と言うと「その必要はない」と言った】そうです(ハンギョレより)。

この「みみずく岩」とは同記事によると【登山路に沿って20分程度上が】ったところにあるそうです。すると、この警護員は警護担当者が自分ひとりしかいないにもかかわらず、タバコを取りにいくためだけに往復約40分の間、盧武鉉をひとりにするつもりだったのでしょうか。

更にこの時、もし盧武鉉が本気で自殺しようと思っていたとしたら、「タバコを取ってきてくれ」と警護員に言った方が都合が良かったはずです。何故なら、そう言うことで盧武鉉は、約40分間というたったひとりの時間が得られたはずだからです。

また盧武鉉はカトリック信者で洗礼も受けております。皆様ご存知の通り、カトリックにおいては、「神に対する罪」として、自殺を厳に戒めています。

もちろん、これらの考察は全ては国際常識を備えた文明人を基準とした考察ですから、国際常識のない亞人類にはそのまま適用出来ないかもしれません。

ですから、盧武鉉自らダイブしたという可能性も全くないとは思いませんが、何とも釈然としないものが残ります。

ただし盧武鉉に、自ら死んででも隠さねばならないことがなかったとは思っておりません。それは、誰もが思いつくとおり、北朝鮮との関係です。

盧武鉉は、「親北朝鮮」で片付けるにはあまりにも北朝鮮に偏った、ありていに言ってしまうと北朝鮮工作員としか思えぬほどの姿勢を貫いておりました。もし収賄で逮捕されれば、金の流れと共に、当然その部分も集中的に突付かれるでしょう。

それを考えれば、自殺の可能性は十分にあります。しかしその場合は、自らの人生を恥じたり悲観したり悩んだり、責任を感じた末の自殺ではなく、工作活動失敗の責めを負った工作員の自決と理解した方が良いでしょう(ただし、もしそういう事情であったとすれば、自殺した可能性と同時に、工作活動失敗の責めを負わされての【処刑】であった可能性も出てきますが)。

いずれにしても、この人については色んな評価がありますが、とりあえず弊ブログとしては朝鮮半島を舞台に踊り狂った「稀代のエンタテイナー」という評価を下しておきたいと思います。そういう意味では、まことに惜しい人を亡くしました。

もし今後長く存命であれば、近日収賄容疑で逮捕されていたであろう確率は極めて高く、更にはそれまでの北朝鮮との関係の露呈や、失言舌禍の期待も十分にあり、韓国及び朝鮮半島ウォッチの素材として長く楽しめただろうにと思うと、まことに金の卵を産む鶏を失った心持ちです。

ともあれ、死ねば皆仏と申します。謹んで故盧武鉉前韓国大酋長のご冥福をお祈り申し上げます。

もっとも仏になったと言っても彼の逝き先は、おそらく彼が愛した地上の楽園の、初代国家主席のいるところでしょうけれど。



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語るに落ちる

とうとう東京でも新型インフルエンザの感染者が出たそうですが、感染者数の多い地域に程近い私が住む地域では、街の人々のマスク装着率は体感で50%強ぐらいでしょうか。

こんなにマスクを着けている人々の姿を見るのは、二十年ぐらい前に行った吹雪のスキー場以来です。スーパーやコンビニによっては、従業員にマスク装着を義務付けているところもあるようで、その旨の貼り紙をしたコンビニも見ました。

花粉症の頃と違うのは、マスクを装着する人の年齢の幅の広さです。花粉症の季節にはほとんど見なかった小さな子供たち(幼稚園~小学校低学年ぐらい)までもが、可愛らしいキャラクターのイラスト入りマスクを着けておりました。

肝心要の高校生ぐらいの青少年たちに、見た感じのマスク着用率が低いのは気になりましたが、まあオシャレ盛りの年頃なので、校外でまでマスク着けてられないのかもしれません。

とにかく、日本における新型インフルエンザの拡大っぷりは大変なものがありますが、幸いなことに鳥インフルエンザほどの強い毒性はないようです。ただ、新型インフルエンザの毒性が季節性インフルエンザと変わらぬものであったとしても、季節性インフルエンザで死亡者数が1万人を超える年もあるようですし、また比較的若い人の方が罹りやすいと言われておりますが、心身が弱っている人、老人は普通の風邪でも命取りになることがあります。

やはり老若男女を問わず、また病気の種類を問わず、感染しないさせないという姿勢と意識は大切だと思います。

さてそんな日本と裏腹に、アジア初の感染者と、二次感染者の発生を報告したものの、その後の新型インフルエンザ感染者の報がぱったりやんだ韓国。

そんな韓国では、新型インフルエンザ発生に関して「政府と国民の間のリスク・コミュニケーションは世界最強。伝染病の流行など危険状況が発生した場合、政府は国民に十分に説明し、国民はこれによく従う」「国民の教育水準が高く、政府の指針に一糸不乱に従っているため、新型インフルエンザは広がっていない」と豪語し、お約束の「キムチが新型インフルエンザに効く」で、ホルホル発動しております。

それらが本当なら良いのですが、韓国の実情を多少なりとも知る人なら、率直に言って話半分にも聞けません。

韓国では(韓国以外の国でもそういうところは多いそうですが)「マスクをしている人=感染者」というイメージがあるそうです。そこまでは良いのですが、あの国のことですから、「感染者=差別されて当然」という風にイメージがぶっ飛んでいるであろうことは想像に難くありません。実際、某日韓翻訳掲示板では、日本に対するその手のスレッドが乱立しております。そのために、韓国では今もマスクを装着している人は非常に少ないという話が、在韓日本人のブログなどで紹介されております。

また韓国では、1989年まで医療保険が国民皆保険ではなかったせいもあってか、何だか具合が悪いなと思ったら、病院ではなく薬店に行くことが多いようです。実際、韓国の街角には、「ヤク(=薬)」というハングルの看板を非常によく見かけます。

客が薬店の店主に病状を伝えると、店主がそれに応じて薬を見繕ってくれるらしいのですが、これがまたよく効くそうです。と言うか、効き過ぎるぐらい効かないと韓国人的には物足りないようで、日本人には効き目が強過ぎることが多いとか。

しかし薬店では、症状に対する薬は買えても、病気の診断まではしてもらえません。と言うか、薬店で病気の診断をしてはいけないはずです(やってるらしいけど)。

そもそも韓国でアジア初の新型インフルエンザ感染者が出た時、韓国では最終的な感染判断が出来ず、米国に依頼していたぐらいですから、感染者が薬店で薬を買ってそれで済ませていれば、尚更にわかるはずがありません。

さらに韓国の衛生観念が、日本と比べれば話にもならないレベルなのは、ちょっと韓国を知っている方ならば誰でもご存知でしょうから、ここではいちいち述べません。

それらの事情を一番よく知っているのは、実は韓国人自身です。だからこんな記事が出るのでしょう。

以下翻訳。
日本右翼新聞の産経新聞が韓国で「新種プルル」(訳註:プルル=英語圏でのインフルエンザの略称「フルー」の朝鮮語訛り)感染者が少ないのは「国民性が低くて、まともに申告をしないため」という趣旨で報道して論議がおきている。

産経は20日「日本で去る16日新種プルル感染が初めて確認されて感染者が急速に増加しているが、同じアジアでも韓国や中国などは大きく膨らまないでいる」としながら、分析記事を掲載した。

産経はこの記事で、ウラシマ ミチュヨシ(浦島充佳)東京慈恵会医科大助教授の話を引用、「(韓国や中国は)新種プルル感染者がないことではなく、感染者を把握することないためだろう」と報道した。

新種プルルの潜伏期間は7日であることを勘案する時、検疫を強化しても発熱がなければ把握できないということだ。


▲産経報道画面キャプチャー

ウラシマ助教授は、また日本人の国民性も感染者増加と関連があると主張した。 彼は「日本人は誠実で、インフルエンザ症状があれば医療機関で検査を受ける」としながら、「他の国は医療制度の差があって、症状が重くならない限り病院に行かない」と話した。

日本は抗ウイルス薬である「タミプルル(訳注:もちろん「タミフル」のこと)」使用量が世界第一であり、簡易検査キットの普及で把握がやさしい。

日本国立感染症研究所感染症情報センター関係者も日本のインフルエンザ監視システムが忠実だという点を新種プルル感染者急増の理由に上げたと産経は報道した。

朝鮮日報が引用した産経新聞の記事には、【韓国で新型インフルエンザの感染者数が少ないのは、「国民性が低くて、まともに申告をしないため」】などとはどこにも書いてありません。

つまりこの記事は、「韓国人の国民性が低くてまともに申告をしない」ということを韓国人自ら暴露したも同然なわけで、全く「語るに落ちる」とはこのことです。



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韓国で、老人より若者の方が反日意識が強い理由

大阪・兵庫で新型インフルエンザがずいぶんな勢いで拡がっているようです。困ったことにその発生エリアが、私の住む地域からさして遠くないので、全然他人事ではありません。

これから高温多湿な時期に入るのですから、そんなに心配することはないんじゃないかななどと素人考えをしながら、万が一にも感染したら、自分ひとりの問題ではなくなっちゃうので、一応帰宅時の手洗いとうがいを励行しようと思っています。

しかし怪我の功名と言うか不幸中の幸いと言うか、今回の事態に対して、韓国政府が日本を危険地域に指定したとやら。

危険地域とかそんな韓国らしくもない、奥歯に物の挟まったような言い回しをせずに、渡航禁止とか、何なら国交断絶でもかまいませんので、がっつりストレートに宣言していただきたいものです。期間は是非10年でお願いします。もちろん、韓国年の10年で。

さて、韓国では、日帝時代を経験した老人について、今の若い韓国人は「残酷で悲惨な日帝時代を過ごした哀れな老人」という視線で見ています。

故に韓国人に反日について問えば、「実際に日帝時代を体験した老人の反日意識は強いが、若者はそうではない」と言います。

これは事実でしょうか。

私は事実ではないと思っています。日帝時代を体験した老人たちよりも、日帝時代を知らない若者の方が、ずっと反日意識は強いと思います。

日本統治時代を体験した台湾の老人が語るように、韓国の老人にも、日本統治時代に対する様々な複合感情があると思います。それは一言で語れるようなものではありません。その思いの片言半句だけをとりあげれば、憎しみや反感、怨恨だけを抱いているように見せかけることも出来るのは、先日放送されたNHKスペシャルを見れば、お分かりいただけるかと思います。

実際に日帝統治を体験した老人よりも、日帝時代を全然知らない若者の方が反日感情が強いことは、例えて言えばこんな話に似ているかもしれません。

あるところに、ひとりの老婦人がいたとします。彼女は貧しい家で生まれ育ちましたが、年頃になって親兄弟が決めた相手と結婚しました。その相手は、働き者の事業家でした。

夫婦の間には、育ちの違いから来る多少の軋轢もありました。時代が時代でしたから、時には夫が妻をひっぱたくようなことも、あったかもしれません。しかし、概ね幸福な結婚生活だったと言えるでしょう。

ところがある日、夫が事業に失敗して破産しました。彼女の家族は「あんな男と一緒にいても不幸になるだけだ」と言って、彼女と離婚しろと夫に迫りました。夫は、夫婦の家財道具すべてを彼女に譲って、身ひとつで去って行きました。

周囲に言われるがままに結婚し、言われるがままに離婚したその女性は、夫から譲り受けた家財道具一式も親兄弟に奪われ、当時の風潮では離婚歴がある女性は再婚もままならず、半ば飼い殺しで親兄弟たちに養われていました。

月日が流れ、その女性も年を取りました。自分の子供や孫はいないけれど、甥や姪や、その子供たちを、まるで自分の子や孫のように可愛がっていました。

ある時、その子供たちがおばあちゃんに聞きました。

「おばあちゃん!おばあちゃんは昔悪い男に酷い目に遭わされたんだって?お父さんが言ってたよ、おばあちゃんは昔、悪い男に騙されて、キズモノにされたんだって。おばあちゃん、キズモノなんだねえ、可哀相だねえ」

子供たちは、「キズモノ」という言葉の意味はよくわかっていませんでした。しかし、多分何か禍々しい意味があるのだろうと、漠然と思っていました。

それを聞いた彼女は驚いて言います。

「それは違うよ。おばあちゃんと結婚していた男の人は、働き者で素敵な男性だったよ」

子供が言います。

「おばあちゃん、今でもまだその男の人に騙されてるんだ?やっぱりお父さんが言ったとおりだね!おばあちゃん、可哀相!!」

彼女は一所懸命否定しますが、子供たちは言います。

「おばあちゃん、ボクお父さんから聞いて知ってるよ。おばあちゃんを騙していた悪い男は、おばあちゃんを怒鳴ったりひっぱたいたりしたことだってあるって、お父さん言ってたもん!」

彼女は困惑しながら言います。

「確かにそんなこともあったよ。でも夫婦だったら、時にはそういうこともあるんだよ。あの人は悪い人じゃなかったよ!」

子供たちはもうそれ以上言いません。哀れなものを見るような目をして、彼女を見ます。

彼女も、もうそれ以上の言葉が出ません。

それ以来、彼女は子供たちにその話をされても、黙って静かに微笑むだけになりました。それを見た子供たちは、「やっぱりおばあちゃんは、お父さんが言ってた通り、悪い男に騙されてキズモノっていうものにされたんだ」と確信します。

やがてその話が巡り巡って枝葉や尾ひれが付き、子供たちの間では、おばあちゃんは昔悪い男に騙されてレイプされて散々にキズモノにされて、それで結婚出来なかったんだと言われるようになります。

同じような境遇の別の老婦人は、とうとう開き直って「そうだよ!ホントに酷い男だった!おばあちゃんはあの悪い男にこんなことやあんなことまでされてさせられて、もうズタボロだよ。おばあちゃん可哀相だろう?」などと言って、子供たちの同情を買おうとする者まで出てくる始末でした。

子供たちはそういうおばあちゃんたちに大いに同情するとともに、見たこともないその「悪い男」に激しい怒りを燃やします。

「もしその時ボクがいたら、ボクがその悪い男をやっつけてやったのに!!」と悲憤慷慨する子供も少なくありません。

子供同士でその話題になると、どれだけその「悪い男」に対して憤っているかを競うように話します。それがおばあちゃんへの慰撫と同情と愛情のバロメータになると、彼らは信じているのです。

彼らの話の中で、「悪い男」像はどんどん膨らんでいきます。その「悪い男」が、残虐であればあるほど、彼らの愛する「おばあちゃん」は純粋で天真爛漫な聖なる女性になり、その「聖女」を汚し貶め虐げた「悪い男」は、どんどん悪魔のようなイメージになっていき、その悪魔に汚され貶め虐げられた聖女に対する同情と義憤は、ますます膨らんでいくという無限ループです。

現在の韓国で、老人よりも若者の方が反日感情が強いというのは、上記のような喩え話に似ていると思います。

韓国の若者たちは、彼らが教わった悪辣で残虐な日本のイメージを彼ら同士でさらに膨らませ伝え合います。それは、彼ら自身の体験に基づくものでない分、限度がありません。

その上彼ら自身は、彼ら自身が抱いている悪辣で残虐な日本のイメージを、日帝時代を体験した老人たちのものだと思っています。

「日帝時代を体験した老人の方が、反日感情が強い」と話す韓国の若者は、その若者自身の持つ反日感情を、「日帝時代を体験した老人」を使って示してみせているのだと考えた方が事実に近いと、私は考えております。



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同じ結果を期待しているのならば別だが

一昨日、日韓チャットで「昨日明洞に行って来たが、日本の方たちがとても多かったです」と言う韓国人がいたので、ふと思いついて「明洞を通る日本人全員に話しかけたのですか?」と聞いてみました。

その韓国人は怪訝な顔付きが目に浮かぶような調子で、「え?それは違いますよ」と答えました。

「見ただけで日本人とわかるのですか?」と私が聞くと、その韓国人は「服装とか率直に韓国人と日本人は雰囲気自体が違います」と答えました。

そこでさらに「韓国人なら、誰が見ても、日本人と韓国人を見分けることは容易ですか?」と聞いてみました。

「韓国人なら誰でも」というような、韓国人全体を一般化する問いに対しては、韓国人は必ずと言って良いぐらい強い警戒心を抱きます。今回も「ひとごとに違います」と答えられるんだろうなあと思いつつ聞いてみたのですが、その韓国人は即座に「普通はできます」と答えました。

かなり拍子抜けしながらも、これはその韓国人の個人的な考えかもしれないと思って、別の韓国人に「明洞を歩いていて、見ただけで、「あれは日本人」ってわかる?」と聞いてみたところ、こちらも即答で「わかる」とのこと。

普通の韓国人なら、特に言葉を交わさなくても、見ただけで日本人と韓国人が見分けられる、というのが一般的と言っても良いようです。いわんや何がしかの発言が有った場合をや。

ところで前回記事に「マスコミの報道を「もしや」と疑うのと同じように、前エントリーで示された「確信」も「もしや」と疑ってみたまでです 」というコメントがありました。これは有りです。むしろ弊ブログでは大いに歓迎します。と言っても、弊ブログでは嘘八百を並べているからというわけではありません。

弊ブログでは、事実については出来るだけ誤解を生じないように意識して書いているつもりですし、ばれない嘘をつけるほど器用ではありません。しかし、私自身が嘘をついているつもりはなくても、誤って事実と異なることを書く可能性はあり得ます。

「誰それが言ってるから」という理由で、自分の頭で考えることや、自分で判断を下すことをやめてはいけないと思います。たとえその「誰それ」が、専門家やその道の権威であってもです。どんなに優れた人間だろうと、専門家だろうと、その道の権威だろうと、神ならぬ身であれば間違うことがあるのです。ましてや優れてもいなければ、専門家でもその道の権威でもない私ですから、尚更にその可能性は高まります。

全ては、単なる判断材料です。最終判断は自分の頭で、自分の責任で下すことです。それを怠れば、そこへ付け入ろうとする悪意の輩を喜ばせるだけです。

ただし、闇雲に疑うだけで終わるのは、闇雲に信じるだけで終わるのと同じです。疑いを持ち、それについて自分で調べ、自分で納得出来る自分なりの解答や判断を得るところまでが、到達すべき最低ラインだと思います。

さて、韓国人と日韓チャットで話していたり、あるいは韓国関連について調べていて、しばしば感じることがあります。それは彼らの「譲歩」が、こちらの譲歩を引き出すための投資として行なわれているということです。

本来、投資というものは損を出すこともあるのですが、そこは韓国人ですから損を出すことなど一切考えずに投資しておりますし、その投資に見合う以上の利益を期待しています。その期待を裏切れば、悪いのは判断を誤った自分ではなく、自分に利益を与えない相手です。その相手が日本人であれば、尚更にその意識は高まります。

例えば、日韓チャットで日本人が集まって話している部屋があるとします。そこへ韓国人が入ってきます。韓国人が言わなくても良い寝言を口走り、日本人から十字砲火を浴びます。コテンパにされた韓国人が叫ぶように言います。

「韓国人を引きずり込んで、多勢に無勢でいじめるために日韓チャットをしているのか!」

誰もその韓国人を引きずり込んでなどいないし、その韓国人に来てくれと頼んだ覚えもありません。別にいじめるつもりもなく、その韓国人が自分で勝手に入ってきて、自分で勝手に墓穴を掘って、その結果として、自分が掘った墓穴に叩き込まれているだけの話です。

しかし韓国人的には、「せっかく韓国人様が入ってきてやってる」のです。「日本人は無条件にそれを喜び、韓国人様を歓迎しなければならない」と確信しています。故にそうしない以上、「悪いのは日本人」であり、「日本人はそれを自覚しなければならない」のです。

例えば、日本語で日本人に向けてブログを書いている韓国人がいるとします。そのブログを日本人が読んで、内容や文章表現について注文をつけます。そのブログを書いている韓国人だけでなく、そのブログに来る日本人までもが言います。

「外国人が母国語ではない言語で書いているのだから、そんなに突っ込むべきではない!」

誰もその韓国人に日本語でブログを書けとは言ってませんし、頼んだわけでもありません。その韓国人が勝手に日本語でブログを書いて、自分の意思でその文章をネット上に公開しているのです。ネット上に文章を公開する以上、それに対する批判や反論は、当然あるに決まっています。それらを甘受する覚悟がないならば、チラシの裏にでも書いていれば良いのです。

しかし韓国人的には、あるいは人の好い日本人的には、「母国語ではない言語で文章を書いているのだから、そのことをまず何よりも高く評価するべきである」となります。故にその文章の論理的矛盾や自家撞着、文章表現上の誤謬を看過しないばかりではなく、そこを狙って衝く日本人は「悪い日本人」であり、「悪い日本人は反省して謝罪しなければならない」となります。

あるいは、入国査証の件です。韓国が外貨獲得のために、日本人の訪韓ビザを一方的に免除しました。その後韓国が言います。

「ウリナラは日本人のビザを免除しているのに、日本がウリ国民の訪日ビザを免除しないのは、相互主義にもとるニダ」

誰も韓国に対して、日本人の短期渡航ビザを一方的に免除してくれなどと頼んでいません。韓国が、日本人観光客の落とす金を目当てに勝手に日本人の短期渡航ビザを免除したのです。しかし韓国は、日本も韓国人に対して、韓国が日本人に行なったと同じ待遇をするべきであると主張しました。しかも、お人好しの日本人がそれを後押しして、そうしない日本やそれに反対する日本人を非難しました。

また、外国人参政権も然りです。在韓日本人団体は韓国に対して、在韓外国人の参政権を認めろなどと(少なくとも在日朝鮮人団体ほどには)要求していません。にも関わらず、韓国で極めてわずかな在韓外国人の地方参政権が認められたことをもって、在日外国人の圧倒多数が朝鮮人である日本に対して、在日外国人の参政権を認めないのはサベツだと言います。しかもお人好しの日本人(以下略。

日本は、そろそろ韓国のこういう策略にはまるのはやめても良いのではないでしょうか。こういうのは、平等とか公平とか、ましてや相互主義などというものではありません。単に日本が韓国に舐められているだけ、あるいは日本に韓国が甘えているだけのことです。

韓国に関する情報が不十分だった20年前、30年前ならいざ知らず、日韓の国交が樹立してからだけを数えても、もはや40年余りが経過しています。その間に日本は、韓国に関することで、浴びるほどの煮え湯を飲んでおります。これ以上日本が煮え湯を飲み続けても、韓国が変わることは絶対にあり得ません。それは、これまでの日韓関係で十分に証明されていることです。

「今までと同じ考えや行動を繰り返して、異なる結果を期待するのは狂気である」という有名な言葉は、日韓関係にも当てはまると思います。



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危機感を持とう

日本人の危機感の無さは、世界的に見ても群を抜いているでしょう。着々と進む対日工作は、NHKの対日思想工作番組然り、朝日のネット輿論操作活動然りと、いまやその姿を隠そうともしなくなっています。

韓国人などは、その自覚の有る無しに関わらず、対日思想工作を行なう者が少なくありません。中には、日本語で日本人に向けて、そういうブログを書く韓国人までいます。

それらのブログは必ず、「韓国を理解してもらうため」ではなく、「日本人の蒙を啓くため」に書かれています。そのようなブログは、書いている韓国人の自覚の如何に関わらず、日本人にとっては対日工作活動なのです。

しかし、日本人のほとんどはそういうブログを読んでも、そのブログの内容に反論することがあっても、そのブログそのものを「対日思想工作活動である」とは夢想だにしていません。

稀にそれを指摘する者がいると、「まさか」「大袈裟だ」「ありえない」などと言って、指摘する者を「ありもしない存在と戦っている」などと揶揄します。

ところで韓国を見てみましょう。

私が韓国を初めて訪れたのは1990年です。当時の韓国では、高い場所から写真を撮ることは厳に禁じられており、またたとえ街中でも、無闇に撮影することは憚られました。

当たり障りのないところを撮っているつもりでも、どこが撮影禁止か通りすがりの旅行者には俄かに判断出来ません。注意書きも全てハングルなので詳細には読めません。

仮に撮影禁止ではないものを撮っていても、「妙なところに妙に興味を持っている」と思われた時点で、怪しまれて通報されたり連行されたりする可能性も、決して小さくはなかったのです。

「間諜申告は113」という貼り紙を頻繁に見かけましたし、街頭のあちこちに武装した立哨兵がいました。毎月15日前後は「民防の日」とされ、日中突然街中に警報が鳴り響き、市民に避難を促す怒号が轟いていました。

これらは全て、北朝鮮の潜入と工作活動に対する危機感からのものでした。

それからわずか20年も経たぬ今日の韓国はと言えば、北朝鮮に対する危機感など薬にするほどもありません。今、多くの韓国人にとって北朝鮮人とは、主義こそ違えど、飢餓に苦しむ貧しく哀れな人々であり、援けるべき同胞です。

その結果、現在の韓国では、北朝鮮勢力のやりたい放題が見事にまかり通っています。燭火デモなどは、明らかに北朝鮮勢力の煽動ですが、韓国人にそれを指摘しても、彼らは頑なに否定します。

そんな韓国の現状を見れば、「対南工作は完了した」と金正日が豪語したと噂されるのも、あながち根拠の無いことではないと思われてなりません。

日韓チャットで韓国人に「韓国は北朝鮮に思想的に侵略されている」と言うと、彼らは鼻で笑っているのが目に見えるような調子で言います。「まさか」「大袈裟だ」「ありえない」と。

弊ブログでも再三述べていますが、日本にとっての韓国は、メリットはほとんど無く、デメリットばかりの存在です。その上国交断絶も出来なければ日本が朝鮮半島から遠く離れて太平洋側へ移動することも、韓国を含む朝鮮半島そのものを消滅させることも出来ないのが現実です。

ならば害にしかならぬと嘆くだけよりは、日本の「反面教師」として、韓国を使うのがせめてもの有効活用というものでしょう。

日本人がもしこのまま危機感を持たずにいれば、日本はやがて特定アジアを始めとする諸外国からの思想工作によって、韓国が北朝鮮勢力に思想的に侵食されたのと同じように、思想的に侵略されてしまうでしょう。それでも北朝鮮勢力に侵食されている現在の韓国が一見平穏に見えるように、日本も俄かに表面上は変わらないかもしれません。しかしそれは、あくまで表面上だけです。

もはや韓国は手遅れでしょう。今の韓国から北朝鮮勢力の影響を排除することは、不可能だと思います。

翻って我が日本です。日本の「危機感の無さ」については、韓国を笑うことは出来ません。しかし、人のふりを見て我がふりを直すことは、日本人の方が韓国人などよりずっと出来ると信じています。

マスコミ等からの情報をいちいち「これは思想工作だろうか」と疑うことは、確かに気持ちの良いものではありません。しかし悪意の人々は間違いなく存在します。「まさか」「大袈裟だ」「ありえない」で悪意の人々の考えや行動をまかり通らせれば、それによって損なわれるのは、自分ひとりではありません。家族や親戚、恋人や友人知人、果ては故郷や国土、さらには「日本人」という存在そのものが損なわれるのです。

「疑え」と言われればあまり気持ちの良いものではありません。ならば「危機感を持て」と言われるならば、まだ受け入れ易いでしょうか。日本人の危機感の無さに由来するダメージは、もはや手遅れという感も拭えなくはありませんが、まだ間に合うかもしれません。ダメでも元々です。

今からでもひとりでも多くの日本人が、「まさか」「大袈裟だ」「ありえない」の代わりに、「もしや」「あるいは」「万一」という危機感を持つように意識することを願ってやみません。



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これも一種の火病発作

既にあちらこちらの韓国ウォッチ系ブログでネタになっていますが、先日5月1日にソウルで、日本人観光客が燭火デモの取り締まりに巻き込まれて連行され、暴力を振るわれたという記事が、韓国のインターネット新聞、oh my newsに掲載されました。

米国産牛肉輸入に関する捏造報道に端を発した燭火デモは、いまだにグダグダと行なわれ続けております。デモそのものもグダグダなのですが、更にこれに対する韓国言論の主張もグダグダと言うか、支離滅裂な状態になっております。

市民勢力からは敵方とされている割に統計上の支持率の高い朝鮮日報などは、昨年のデモの際、社屋に暴徒の襲撃まで受けたのですから、デモに対して否定的な立場なのは差し引いても、比較的客観的且つ冷静な論調です。

それに対し、「信用出来る言論」として市民勢力から高い評価を得ている(らしい)ハンギョレや、市民勢力そのものが記者でもあるoh my newsの論調は、少なくとも韓国の燭火デモを最初からウォッチしている私などから見ると、「狂っている」としか思えぬほど無茶苦茶です。

今回のこの記事も、率直に言って私は「ガセ」だと確信しております。

以下翻訳。
"こいつ外国人のふりをしやがる"... "バキッ!"

日本人観光客も殴打・連行された

デモ見物する「青天の霹靂」... 警察、旅券確認されるや、捨てるように解く

09.05.06 17:20|最終アップデート09.05.06 17:22

労働節と燭火デモ1周年記念式の時、強硬鎮圧をした警察が去る2日夜、ある日本人男性観光客を捕まえて、むちゃくちゃに殴打したことがわかった。この日本人観光客は自身が韓国人でないという意を数回表わして、機動隊バスに強制搭乗を拒否し、戦闘警察らから"外国人のふりをする"として軍靴の被害に遭った。

また彼は、強制連行される過程で鞄など個人所持品を紛失したが、見つけることはできなかった。 日本大使館のある関係者も「そのような事実があることを知っている」と話した。 しかしこの関係者は、「この事件をどのように処理するのか」等の質問に対しては「ノー コメント」とだけ答えた。

強制搭乗拒否する"外国人のふりをした"殴打

去る2日、ソウル、明洞ミリオレ付近で警察に連行されたペク・某(37)氏は6日、<オーマイニュース>と電話通話で、「2日夜10時50分頃、ミリオレ付近のある階段に座ってデモを見物して、警察に捕まっていった」と言い、「30代初めと見える、ある日本人観光客も一緒に引きずられて行って、戦警(訳註:戦闘警察の略。日本で言うところの機動隊)たちに殴打された」と明らかにした。

ペク氏によれば、連行当時現場には20人余りの市民らが集まっていた。 この席にはデモした人、外国人観光客、知人らと酒席を終えて帰宅しようとしていた市民らが混ざっていた。

ところが突然戦警100人余りが集まると、「こいつら皆捕まえろ!」と言いながら市民たちを連行し始めた。 抵抗する人々はその場で殴打された。ペク氏は「当時警察は、道路にいた人々はそのままにして、階段にいた人々だけ捕まえて行った」として「ミランダ原則告知などもなかった」と明らかにした。

ペク氏は戦警4人に引きずられて行き、彼のそばにいたある日本人観光客も、手を後ろに捻じ曲げられたまま戦警3~4人に捕まえられた。 彼は他に連れはなく、一人だった。

ペク氏と日本人観光客は、連行現場から150m程度離れた明洞ホテル付近の機動隊バスに引きずられて行った。 連行された途中この日本人観光客は日本語で「自身は外国人」と抗弁し、後には下手な英語で「ポリナ(foreigner)」と叫んだ。 しかし戦警らは聞こうともしなかった。

この日本観光客は、機動隊バスに強制搭乗することを拒否した。 しかし戦警が「外国人の真似するな! **セッキ」と言いながら軍靴で向こう脛を3~4回強く蹴飛ばした。 結局この日本人観光客は、べそをかきながらバスに上がるほかはなかった。

ペク氏は「『この人、どう見ても外国人のようだ』と話したが、戦警らは手のつけられない状態であった」と話した。

パスポート提示に当惑する警察... 失くした鞄は、我関せず

後になって、英語をちょっと話せる先任兵が現れて、「パスポート」と話すや、日本人観光客は自身の旅券を取り出して見せた。

ペク氏は「彼が旅券を見せてくれるや戦警らは非常に当惑していた」と言って、「突然親切な態度を取ると、上部に何か報告するようだった」と話した。 この日本人観光客は「連行過程で赤い鞄を失ってしまった」と抗議したが、「それは仕方ない」という返事しか貰えなかった。

警察は夜11時20分頃、日本人観光客を新世界百貨店付近で捨てるように放っておき、バスに連れられてきていた韓国人11人を九老警察署に連れていった。

ペク氏は「警察は特別な物証もなく4日夜8時30分まで約46時間の間、私を留置場に閉じ込めて調査した」として「唯一の証拠はデモ現場付近に立っている私の姿を撮った『採証写真』だった」と話した。

ペク氏は「監禁されていて、我々の社会の民主主義がだいぶ危険に直面しているということを実感した」と言い、「インテリア工事の途中、軍手が挟まれているという理由だけで、石を投げた疑惑で連れられてきたおじさんがいた。彼の同僚が機動隊バスの中まできて事実確認をしたが、警察署に引きずられて行って、不拘束で解放された」と伝えた。

ペク氏は「現政権が頑として捉えて閉じ込めたまま最小限の弁解の機会さえ与えなくて,過去集会写真と対照してみた後、物証がなければ解くが、それも不拘束で解く」と言い「謝罪はできなくても、ある警察は「『瓜田に履を納れたことが、あなた方の過ちだ」というコメディ同様の話をした」と舌打ちして言った。

一方、「ある日本観光客が韓国警察に引きずられて行って,殴打されたことがあるのか」というオーマイニュースの質問に対して6日午後、駐韓日本大使館のある関係者は「そのような事実があるということを知っている」と答えた。

しかしこの関係者は「日本人観光客が直接駐韓日本大使館に申告したのか、そうでなければ韓国警察や外交部から連絡を受けたのか」「この事件を外交問題とするだろうか」「 これからどのように処理するだろうか?」等の質問に対しては「ノー コメント」とだけ答えた。

この関係者は「本人(日本人観光客)との関係があって詳しく説明することはできない」と明らかにした。

何故この記事に出てくる「日本人観光客」の部分をガセだと思うかと言いますと、まずこの「日本人観光客」の描写が、あまりにも不自然だからです。

韓国語も英語もろくに話せない日本人観光客が、深夜の11時前後に、戦闘警察が出動するようなデモを、たったひとりで見物していたというのは、極めて不自然です。

もしその日本人観光客が、ディープな韓国ウォッチャーであったとすれば、韓国名物燭火デモを見物していても不自然ではないと思う人がいるかもしれません。しかし、そこそこディープな韓国ウォッチャーを自認する私でも、現場で何の解説もないデモを、深夜にたったひとりで見物する気にはなれません。第一、ディープな韓国ウォッチャーであれば、韓国で行なわれるデモの危険性も、十分熟知しているはずです。

では逆に、その日本人観光客は韓国のことを余り知らない、暢気で善良な親韓日本人であったとしましょう。

そんな日本人観光客が、たまたまその場を通りすがっただけと言うならば別ですが、深夜に至るまで、たったひとりで、デモ参加者と間違われるほどの至近距離で、デモを見物するでしょうか。

更にこの日本人観光客は、日本語で「自身は外国人」と言い、下手な英語で「ポリナ(foreigner)」と言ったとされています。しかし普通の日本人は、外国で現地人と間違われた場合、「自分は外国人である」とはまず言いません。ましてやその「外国」が、外見的に見分けのつき難い特亞であれば尚更です。

この、oh my newsの記事の真意は、「デモした人」ばかりではなく、「デモを見物していただけの人」、即ち無辜の市民まで捕らえ、暴力を振るう警察の無法さを強調したいがために、「絶対にデモ参加者ではない人物」であり、「警察に無法を働かれても、韓国人的に配慮する必要を感じない人物」の被害者を登場させたかったのだと思います。

多少の国際常識があれば、「デモに外国人が巻き込まれた」となれば、即ち外交問題になりかねないということに思い至りますから、こんなことをでっちあげたりはしないでしょう。しかし、もとより日本人相手なら何をやっても良いという意識が韓国人には普通にある(それは記事中に、被害者であるはずの日本人に対する侮蔑表現が散見される点からも容易にご理解いただけると思います)上に、龍山惨事を見ればわかるように、もはや燭火デモに加担する韓国人にそのような理性は存在しません。

要するに、敵対する存在を攻撃するためなら、自分が被る損害さえも厭わぬ(と言うか、相手に打撃を与えることばかりに気持ちが行って、それによって自分が損害を被ることに気づかない)彼らのいつもの発作、いわゆるネット用語で言うところの「火病発作」の一パターンと考えて良いでしょう。

以上に述べましたとおり、個人的に私はoh my newsの記事の「日本人観光客」の部分は完全にガセだと確信しております。

また、万が一この事件が事実であれば、日本人の渡航中の安全に関わる重大な問題でもあります。5月10日現在で、外務省の海外安全ホームページの、韓国に関する情報を掲載しているページには当該事件の情報は全く載っておりません。

日本政府は日本国民の渡航中の安全のために、速やかに韓国政府に対して事実関係の確認及び日本国民への周知を行なって欲しいと願う次第です。



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嫌韓を「韓国(人)いじめ」と言う輩の真意

最近、数年前に読了した韓国関連本を何冊か読み返しています。

読了したと言っても、暗記するほど読んだわけではないので、読み返すまで忘れていた内容もたくさんあります。しかし、それ以上に再読を楽しませてくれるのは、以前読んだ時は気づかなかったことや、時勢が変わったために読んだ時とは違う見方が出来るようになった点が散見されることです。またいずれ、それらをネタに何か書けたらと思います。

いつになるかわかりませんがw

さて表題の件。

「かつては嫌韓だったが、今は改心した」、あるいは「今は親韓である」という人は、そんなに多くはないようですが、皆無というわけでもなさそうです。

以前、弊ブログでもそういうコメントを書いた人がいましたが、そういう人たちの中には、「嫌韓」を「韓国いじめ」と解釈している人がいるようです。

先日、妙に達者な日本語で意味不明瞭な文章を書く韓国人のブログで見かけた「元嫌韓」を自称する人が、「私が嫌韓だったときの苦しみは計り知れません。必死でみんなに韓国は悪い国だって伝えようとしたし、日本の歴史の汚点を韓国のせいにしました。韓国の粗探しをして喜んでました。私はいじめられてからいじめはしないと決めた。なのに自分はいじめっことなんの変わりもないことをしている。いじめる快感はあるけど、自己嫌悪ですよ」などとコメントしておりました。

弊ブログをご覧の皆様であれば、嫌韓を「必死で韓国は悪い国だと皆に伝えようとする」「日本の歴史の汚点を韓国のせいにする」「韓国の粗探しをして喜ぶ」ことだと定義し、「(韓国を)いじめる快感はあるが、自己嫌悪で苦しんだ」というのを見て、即座に強い違和感を覚えるでしょう。

最近の私は、嫌韓から飽韓もしくは諦韓に移行しつつあるために、このブログも「韓国ウォッチ系ブログ」と名乗る方がしっくりきます。が、以前ははっきりと「嫌韓ブログ」を名乗っていました。

そんな弊ブログですが、「韓国は悪い国だ」と必死で宣伝しているつもりは全くありませんし、「日本の歴史の汚点を韓国のせい」にしたことなど一度もありません。日本の過去の歴史の最大の汚点であり、日本が積極的に望んで行なったわけでもない日韓併合でさえ、韓国のせいにした覚えはありません。

韓国や韓国人の粗探しをして喜んだこともありません。だって韓国や韓国人の粗など、探す必要ありませんから。むしろもっと減らすなり隠すなりしてくれまいかと思います。私が探したのは、韓国や韓国人の長所の方です。

韓国という国と関わらねばならぬ不幸を嘆いたことは幾度となくありますが、韓国をいじめて喜んだことなど一度たりとてありません。

そもそもいじめとは、快感を覚えるようなことなのでしょうか。

私は弱い者は庇護するべきだと思っていたので、弱い者いじめはしたことがありません。卑怯者ならいじめたと言われるようなことをしたことはありますが、何しろ相手は卑怯者です。実際に酷い目に遭ったのは私の方ですから、私が卑怯者相手にしたことを「いじめ」と言うべきだとは、今でも思っておりません。

子供の頃、級友や上級生などから、いじめと思しき行為を受けたことは幾度かあります。ただ、私は子供の頃から、あまりそういう行為に接しても長く悩むことがありませんでした。相手の態度に違和感を感じても、多分嫌われたのだろう、それならばしかたないと早々に諦めてしまい、相手の陰険な態度に接しても、距離を置いて飄々と過ごすのが常の、まことにいじめ甲斐のない子供でした。

いじめられてる者から期待するような反応が得られないと、いじめている者は何故かイライラしていじめをエスカレートさせるようです。それでもなお私は淡々とやり過ごしていたのですが、ある時、いじめられているはずの私が静かに、しかし突然ブチ切れたことがあります。

中学生の頃、1ヶ月ほどの間、私をいじめているつもりだったらしい同級生がいました。例によってあまり気にせず淡々と過ごしていたのですが、ある日その同級生が取り巻きたちと一緒に嫌がらせのつもりか、私もいた教室の一隅で、聞こえよがしに私の陰口を言っておりました。それまでの間、連中の些細な、しかし度重なる嫌がらせを淡々とスルーしてた私でしたが、その日は何を思ったか、突然連中の傍へ向かって行き「あ?何だコラ、やんのか?」と言いざま、首謀者の胸倉つかんで詰め寄ったことがあります。

その時の私はムカついてはいましたが怒っていたわけではなく、殴るつもりもありませんでした。単に相手に逃げられないように捕まえたら、それがたまたま胸倉(というか、制服のブレザーの襟元)だっただけなのですが、それまで私をいじめてるつもりだった当の同級生は、胸倉をつかまれたということに酷く驚き、何かモゴモゴと言い訳のように「お前が悪いんだ」というようなことを言ってました。私はそいつの胸倉をつかんだまま「何故こいつはこんなに驚いてるのだろう?」と不思議に思ったことを覚えています。

その光景は、傍目には殴り合い寸前に見えたのか、それまでニヤニヤしながら眺めていたそいつの取り巻きや、我関せずを決め込んでいたクラスメートが慌てて仲裁に入りました。

その後は相手が態度を緩和させたのでそれなりに仲良くなり、そいつの取り巻きや傍観していたクラスメートからは、一目置かれるようになりました(ちょっと遠巻きにされていただけと言う説も有り)。

今、その時の相手の反応から思うことは、「いじめる快感」はいじめられた者がいじめる者の思うとおりにへこみ、うろたえ、顔色を伺ってくるのでなければ、得られないのではないかなということです。

いじめられているはずの私の反応が芳しくないためにいじめをエスカレートさせた我が級友を思うと、「いじめる快感」というものは、「相手を自らの精神的支配下に置き、意のままに翻弄し、弱っていくのを見ながら優越感を感じること」ことなのかもしれません。

さて、前述の自称「元嫌韓」の言うとおり、もし「嫌韓」=「韓国(人)いじめ」であるならば、嫌韓は韓国や韓国人を精神的支配下に置き、意のままに翻弄して弱っていくのを見ながら優越感を感じて楽しんでいるということになります。

しかし実際問題として、韓国も韓国人も、嫌韓の精神的支配下にはありません。韓国や韓国人が勝手に嫌韓の望むような方向に自爆することはあっても、嫌韓の意のままに翻弄されるようなことは全くありません。日韓チャットで韓国人と論争にもならぬ罵倒合戦に陥った私が得るものは、快感どころか徒労感と絶望感です。

嫌韓の苦しみは自己嫌悪のためではなく、徒労感と絶望感に苛まれることです。それでもなお、嫌韓として韓国人に対峙し続けるのは、そうしなければ私たちの方が韓国人の思惑にはまり、意のままに翻弄される恐れがあるからです。

そうです、【相手を精神的支配下に置いて意のままに翻弄し、もって優越感を感じよう】としているのは、日本人ではなく韓国人の方なのです。嫌韓は単にそれに対抗しているだけのことです。

「嫌韓」=「韓国(人)いじめ」などとナチュラルに放言する者の国籍や血統は定かではありませんが、何であれそう言う者の真の意図は、「嫌韓」とはこのように歪んだ人たちだと誤解させるためのネガティブキャンペーンか、あるいは朝鮮人によく見られる自己投影、即ち「自分がそう思ってるから相手もそう思ってるに違いない」という心理の表出ではないかと思った次第です。



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【名誉韓国人】と名乗れ

時々記事内容とは別に、弊ブログの動作や表示についてのご意見ご要望を承ることがあります。もちろん、その類のご意見ご要望も歓迎いたしておりますし、原則として可能な限り、いただいたご意見ご要望に対応させていただきたいと思っております。しかしながら機種やブラウザ等、個々の環境による表示や閲覧条件の差異は、どうしても回避出来ません。

そこでまことに恐縮ですが、弊ブログの表示や閲覧に関するご意見ご要望をお申し付けの際は、同時にご利用の環境をお知らせいただければ、対応の可否や異常表示の原因などの判断材料になり、より確実な対応を行なうことが可能になるかと存じます。

それから対応可能なご要望については、よほどのことがない限り24時間以内に対応いたします。お申し付け後、24時間経っても変化がない場合は、まことにお手数ですが今一度お申し付けください。

2度お申し付けいただいたにも関わらず状況に変化が無い場合は、弊ブログ側からは、ご要望にお応えすることが出来なかったとご理解ください。また弊ブログ側でも、対応後24時間以上経過して追加のご要望がない場合、問題は解決済みと判断させていただきます。

ご意見ご要望コメントは公開でも非公開でも、拍手コメントからでもかまいません。どうぞご理解ご協力をお願いいたします<(_"_)>

さて、日韓チャットに限らず、日韓翻訳掲示板や、あるいは現実社会においても、日韓について日本人と韓国人とが討論しているその場で、やたらと日本の悪い点を強調し、それをもって韓国側の非を相殺し、韓国を擁護しようとする日本人が必ずいます。ここではそういう日本人をとりあえず【良心的日本人】と呼称します。

その【良心的日本人】は、本当に日本人であるか否かは問いません。実際の国籍や血統に関わらず、日本人であるかのように振る舞い、周囲もそれを疑っていない場合は、とりあえず日本人であると看做します。

日本人と韓国人が日韓問題について討論する際に登場するこの【良心的日本人】は、日本の悪い点を殊更に強調して韓国人に提示し、日本人側を牽制し、韓国を擁護することで、何を画策、あるいは期待しているのでしょうか。韓国人から「この人は良心的な日本人だ」と評価され、好意を持たれることを期待しているのでしょうか。

もしそうならば、確かに韓国人からはそういう評価は得られるかもしれません。しかしその評価は、「日本という国は、やはりウリが思っていたとおりの『悪い国』『非難されるべき国』『生物学的且つ道徳的に劣った国』だ」という韓国人の確信を、日本人として更に裏書することによって得られるものです。それは言わば、日本を売り渡して、韓国人の好意や歓心を得たも同然と言って良いでしょう。

それを『売国奴』とまで言えば大袈裟だとか言葉が過ぎるだとか言われるかもしれません。ならば『貶国奴』か、それとも『侮国奴』か、『蔑国奴』、あるいは『罵国奴』でも良いでしょう。いずれにしても、韓国人に媚びを売るために、祖国(と周囲に思わせている)日本を踏みにじったことに、変わりはありません。

我が一身のみに対する韓国人からの、その場限りの評価を高めるために、自らの祖国である(と他者に思わせている)はずの日本を、貶めたり侮ったり蔑んだり罵ったりする者が得られるものは、『日本人』のお墨付きを得て、より一層強化された韓国人の『日本卑下』の意識です。『日本人』の呼称がある限り、良心的であろうとなかろうと韓国人のその意識からは外されることはありません。ならばいっそ【良心的日本人】と呼ばれる人々は、【良心的日本人】などではなく、【名誉韓国人】とでも自ら名乗れば良いと思います。

【良心的日本人】ならぬ【名誉韓国人】のやることは、喩えて言うならば次のような状況に似ると思います。

父親が車を運転していました。その息子は助手席に座っていました。その息子は、別にナビゲートしていたわけでも何でもありません。ただぼんやりと、車窓からの風景を眺めていただけです。

道路は片側2車線でそれなりに流れてはいましたが、走行車線にも追越車線にも、数メートル間隔で車が走っていました。

突然、父親の運転する車のすぐ右斜め前の追い越し車線を走っていた車が、ウィンカーも出さずに、父親が運転する車の走っている走行車線に入ろうとしました。どうやらその車の前を走っていた車が制限速度で走っているのに焦れて、それを走行車線から追い越そうとしたようです。

その車を運転していた人は、父親が運転する車が、自分の車のすぐ左斜め後ろを走っていることに気づいていたかいなかったかはわかりませんが、後方確認もせずに、ウィンカーも出さず、追越車線から、走行車線を使って追い越しをしようとして、車線変更をしたのです。

流れに乗って車を走らせていた父親は、不意に右斜め前から自分の車の前に入ろうとしたその車を避けきれずに、その車の左後方と接触してしまいました。幸い両者に怪我はなく、損害は双方の車両だけでした。

事故直後は、接触した車の運転手が父親に平謝りで、全面的に自らの非を認めていました。ところが数日が過ぎると、誰かに入れ知恵でもされたのか、その運転手の言うことが変わってきました。

「お前の車は俺の車の後方に当たっているのだから追突だ。追突の場合の過失割合は、追突した方が100%だ。だからそちらの車の修理代は払わないし、俺の車の修理代はそちらが全額払え」

父親は激怒して言いました。

「あの状況でどうやって私が接触を回避出来るのか。右側車線から左側車線を走る私の車の直前に飛び込んできたそちらの車を避けるために、私が単独でガードレールに突っ込んで自爆すれば良かったとでも言うつもりか。第一あなたはウィンカーも出してなかったではないか。後方も確認せずに車線変更したのだろう?それが証拠に、そちらの車の後方に当たってると言っても車の左側面の後方じゃないか。そもそも、走行車線を使って追い越そうとしたこと自体が間違いではないか。あの時あなたもそれは認めていたはずだ。そちらの車の修理費などびた一文払うつもりはないし、私の車の修理費は当然そちらに全額負担してもらう」

両者の言い合いを聞いていた息子が言いました。

「お父さん、こちらにも過失があったはずだよ。何の過失も一切全くなかったなんて言い切れないだろ?だいたいお父さんがもっと車間を取るか、スピードを落とすかしていれば、ぶつからなかったんじゃない?」

相手側は喜んで言います。

「父親は分からず屋だが、息子さんは賢い。よく物の道理をわきまえている。素晴らしい。息子さんの言うとおりだ。だからそちらが100%過失を負え!」

父親は怒って息子に言います。

「何だと?お前は事故の瞬間を見ていたのか。見た上でそう思うのなら、その理由を言ってみろ。と言うか、そもそもお前はどちらの味方なのだ」

息子が答えて言います。

「僕は窓の外を見ていたから、事故の瞬間は見てなかったけど、でも常識的に考えれば、お父さんに全く落ち度がなかったなんて言えないはずだよ。もし本当にお父さんに全く落ち度がなかったなら、事故そのものが起こらなかったはずだよ。だからこちらにも非があったのは間違いないだろ。どちらの味方とかそんなの関係ないよ。僕は家族だからって偏ったことは言いたくないんだ」

もし私がこういう息子を持っていたら、その場でぶん殴って勘当します。息子が自分に味方しないことに腹を立ててではありません。それが家族会議の中での発言であればともかく、今は加害者との直接対決の真っ最中なのです。このバカ息子は、自分自身の美点をひけらかしたいがために、背後から父親を撃つような真似をしたも同然なのです。

息子をそんなバカに育てた自分の愚かさを激しく責めるのは後々改めてゆっくりじっくりやることにして、とりあえず今は対決の真っ最中です。味方を背後から撃つことに躊躇を覚えぬ者は、可及的速やかに自陣から排除しなければなりません。そういう者が自陣内にいるということは、敵の攻撃よりも遥かに危険です。敵よりも先に排除しなければ、自陣に取り返しのつかない損害を及ぼすことは、疑いありません。

日韓問題についても、何も日本人ならば日本を無条件で褒め称え肯定せよ、日本の欠点や落ち度をあげつらうことは一切許さぬ認めぬと言ってるのではありません。日韓問題についてであれ何であれ、日本の欠点や短所や過去の過ちを、日本人同士で考察したり議論することは、国内輿論として当然に有りですし必要です。また日本に対する客観的な意見を外国人に聞くのも、参考になるでしょう。

しかし日韓問題について討論しているその時に、韓国人の前で殊更得意げに、日本の欠点や短所、過去の落ち度をあげつらい、韓国を擁護することで「僕ってリベラル」と悦に入るような【良心的日本人】は、前述の喩え話に引いたバカ息子の同類です。

そんな【良心的日本人】は速やかに日本から排除するか、あるいは【良心的日本人】ではなく【名誉韓国人】として、韓国側にくれてやった方が、日本の国益には大きく寄与するでしょう。少なくとも、【良心的日本人】によって日本が損害を被ることは、減らせると思います。

蛇足ながら喩え話に引いた妙に状況描写の詳しい交通事故は、フィクションです。



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韓国人全てに共通するもの

昨日は日本人韓国ウォッチャーのアイドル的存在である、盧武絃前韓国大酋長が、韓国最高検察庁に事情聴取されたとやら。せっかくあの手この手で証拠隠滅を図っていたようですが、まことにこういうことにかけては、韓国という存在は予想を外しません。

韓国人は「韓国は」「韓国人は」と言われると、脊髄反射のように「一部を見て全体を判断しないでください」「韓国人全てがそうではありません」「それなら日本は」「日本人も同じです」と言う韓国人は珍しくありません。むしろ、そう言わない韓国人の方がよほど珍しい。

日韓チャットで「韓国人ってみんな「一部を見て全体を判断しないでください」って言うよね」とこちらが言うや、韓国人に「韓国人全てがそうではありません、一部を見て全体を判断しないでください」と返された時には、笑い死にするかと思いました。

今回、盧武鉉前大酋長が不正資金疑惑で事情聴取を受けた件に関して、韓国人の「一部を見て全体を判断しないでください」という御託に従い、韓国の歴代大統領全員を見てみることにしましょう。
・初・2・3代大統領 「李承晩」
 彼の養子が実の両親を殺害。不正選挙を糾弾されハワイに亡命。そのまま客死。

・第4代大統領 「尹譜善」
 クーデターで退任を余儀なくされる。軍法会議で懲役3年の判決。

・第5~9代大統領 「朴正煕」
 長男が麻薬服用で逮捕される。狙撃事件発生。弾がそれて夫人に命中。死亡。直後、金載圭KCIA部長によって暗殺される。

・第10代大統領 「崔圭夏」
 学生デモ等が収まらず、粛軍クーデターを実行。結局収まらず、光州事件発生。8ヶ月で退任。

・第11・12代大統領 「全斗煥」
 光州事件において反乱首謀罪で死刑判決。後に恩赦。

・第13代大統領 「盧泰愚」
 退任後に収賄容疑で逮捕。光州事件の内乱罪も発覚。懲役17年の判決。後に恩赦。

・第14代大統領 「金泳三」
 在任中に経済危機に陥りIMFの介入を招く。次男は利権介入による斡旋収賄と脱税で逮捕。 

・第15代大統領 「金大中」
 光州事件の首謀者として無期懲役の判決。息子3人を含む親族5人が金がらみの不正事件

・第16代大統領 「盧武鉉」
 任期中に野党による大統領弾劾訴追案が可決され、一時的に大統領職務を停止。のちに復帰。
 親族がパチンコ・パチスロ関連で逮捕。本人も再選時に買収疑惑があったが捜査は任期中という理由で中断。 
 機密の入ったHDDを盗んだり機密情報を消したり国のシステムを不正にコピーし持ち出し破壊工作。
 不正資金の供与に関して、夫人である権良淑の授受を認めるも、自身の関与は否定。最高検察庁の事情聴取を受ける。←今ここ

こうして見ると、韓国大統領のほとんど(全てと言っても過言ではない)は、自身や近親が不正や犯罪に手を染めています。

韓国人としては、「それは大統領だけだ!多くの韓国国民はそうではない!」と言いたいかもしれません。しかしこの事実は歴然と、「権力を得た韓国人は、ほとんど全てが不正や犯罪を行なう」ということを示しています。

前回の記事のコメント「彼らにとっての【権】とは【わがまま】のことであって、それこそ、裾野の一個人から、大統領までもが、すべてこう考えている。 」というコメントがありましたが、これはまことに的を射ています。

コメントにある通り、韓国人のほとんど全ては「権」と「わがまま」を同一視していると考えて間違いありません。「権」は「権力」の「権」ということもありますが、「権利」の「権」でもあります。彼らが常々日本に対して自ら「被害者」であることを主張するのも、それによって日本に謝罪や賠償を求める「権利」を得られると考えているからでありましょう。

妙に日本語の読み書きが達者な割に日本に対する知識も理解も浅く、書いている文章は意味不明で矛盾だらけだけど、日本人を折伏しようとする意欲だけはやたら旺盛な某脳足りん君などは最近、「なんでも反日の二文字で理解するのはよくないよね」などと嘯いていましたが、確かにその通りです。

ただし、「反日」の二文字で韓国人の異常性を正当化しようとしたり、あるいは日本人に理解させようとしていたのは、日本人ではなく韓国人の方だったりします。

最近の韓国では、その手法があまりにも陳腐化してしまい、また韓国の反日に対する日本人側の意識や態度の変化も知られるようになってきたので、韓国人自身も「韓国は反日じゃない」と言い始めてはいますが、元々彼らの狙いは反日そのものではありません。反日によって得られる権利だったり、権力なのです。「反日」で権利や権力が得られなくなるのであれば、彼らが「反日」というカードを捨てることに躊躇はありますまい。

しかし日本人から見れば、韓国人の日本に対する一方的な権利主張や、韓国内における権力獲得やその維持のための日本非難は即ち反日に見えるし、実際反日でもありますので、「韓国は反日である」と理解する方が簡単なのは簡単です。

一種の方便として「韓国は反日である」と言い、また理解するのは、日本人にとっては大変取っ付き易いためにかえって、日本人にとって「韓国の反日」だけに目を奪われないということは、大変に難しいことでもあります。

もし理解がそこで留まってしまうと、韓国人に「韓国は反日じゃない」と言われたり、韓国の「Nippon Feel」を見たりして、「なるほど、韓国は反日じゃないんだ」と思ってしまった場合の反動は、大きいものになるかもしれません。

韓国人のほとんど全てが、自分自身の権利ばかりを主張し、他人にも権利があることに慮りがまったくと言って良いほど行かないのは、彼らにとって「権」の字が付くものは必ず「自らの意のままになること」、即ち「わがまま」であるからだということを理解することは、韓国人という生き物についての正しい理解を深める大きな足がかりになると思います。



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