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同じ結果を期待しているのならば別だが

一昨日、日韓チャットで「昨日明洞に行って来たが、日本の方たちがとても多かったです」と言う韓国人がいたので、ふと思いついて「明洞を通る日本人全員に話しかけたのですか?」と聞いてみました。

その韓国人は怪訝な顔付きが目に浮かぶような調子で、「え?それは違いますよ」と答えました。

「見ただけで日本人とわかるのですか?」と私が聞くと、その韓国人は「服装とか率直に韓国人と日本人は雰囲気自体が違います」と答えました。

そこでさらに「韓国人なら、誰が見ても、日本人と韓国人を見分けることは容易ですか?」と聞いてみました。

「韓国人なら誰でも」というような、韓国人全体を一般化する問いに対しては、韓国人は必ずと言って良いぐらい強い警戒心を抱きます。今回も「ひとごとに違います」と答えられるんだろうなあと思いつつ聞いてみたのですが、その韓国人は即座に「普通はできます」と答えました。

かなり拍子抜けしながらも、これはその韓国人の個人的な考えかもしれないと思って、別の韓国人に「明洞を歩いていて、見ただけで、「あれは日本人」ってわかる?」と聞いてみたところ、こちらも即答で「わかる」とのこと。

普通の韓国人なら、特に言葉を交わさなくても、見ただけで日本人と韓国人が見分けられる、というのが一般的と言っても良いようです。いわんや何がしかの発言が有った場合をや。

ところで前回記事に「マスコミの報道を「もしや」と疑うのと同じように、前エントリーで示された「確信」も「もしや」と疑ってみたまでです 」というコメントがありました。これは有りです。むしろ弊ブログでは大いに歓迎します。と言っても、弊ブログでは嘘八百を並べているからというわけではありません。

弊ブログでは、事実については出来るだけ誤解を生じないように意識して書いているつもりですし、ばれない嘘をつけるほど器用ではありません。しかし、私自身が嘘をついているつもりはなくても、誤って事実と異なることを書く可能性はあり得ます。

「誰それが言ってるから」という理由で、自分の頭で考えることや、自分で判断を下すことをやめてはいけないと思います。たとえその「誰それ」が、専門家やその道の権威であってもです。どんなに優れた人間だろうと、専門家だろうと、その道の権威だろうと、神ならぬ身であれば間違うことがあるのです。ましてや優れてもいなければ、専門家でもその道の権威でもない私ですから、尚更にその可能性は高まります。

全ては、単なる判断材料です。最終判断は自分の頭で、自分の責任で下すことです。それを怠れば、そこへ付け入ろうとする悪意の輩を喜ばせるだけです。

ただし、闇雲に疑うだけで終わるのは、闇雲に信じるだけで終わるのと同じです。疑いを持ち、それについて自分で調べ、自分で納得出来る自分なりの解答や判断を得るところまでが、到達すべき最低ラインだと思います。

さて、韓国人と日韓チャットで話していたり、あるいは韓国関連について調べていて、しばしば感じることがあります。それは彼らの「譲歩」が、こちらの譲歩を引き出すための投資として行なわれているということです。

本来、投資というものは損を出すこともあるのですが、そこは韓国人ですから損を出すことなど一切考えずに投資しておりますし、その投資に見合う以上の利益を期待しています。その期待を裏切れば、悪いのは判断を誤った自分ではなく、自分に利益を与えない相手です。その相手が日本人であれば、尚更にその意識は高まります。

例えば、日韓チャットで日本人が集まって話している部屋があるとします。そこへ韓国人が入ってきます。韓国人が言わなくても良い寝言を口走り、日本人から十字砲火を浴びます。コテンパにされた韓国人が叫ぶように言います。

「韓国人を引きずり込んで、多勢に無勢でいじめるために日韓チャットをしているのか!」

誰もその韓国人を引きずり込んでなどいないし、その韓国人に来てくれと頼んだ覚えもありません。別にいじめるつもりもなく、その韓国人が自分で勝手に入ってきて、自分で勝手に墓穴を掘って、その結果として、自分が掘った墓穴に叩き込まれているだけの話です。

しかし韓国人的には、「せっかく韓国人様が入ってきてやってる」のです。「日本人は無条件にそれを喜び、韓国人様を歓迎しなければならない」と確信しています。故にそうしない以上、「悪いのは日本人」であり、「日本人はそれを自覚しなければならない」のです。

例えば、日本語で日本人に向けてブログを書いている韓国人がいるとします。そのブログを日本人が読んで、内容や文章表現について注文をつけます。そのブログを書いている韓国人だけでなく、そのブログに来る日本人までもが言います。

「外国人が母国語ではない言語で書いているのだから、そんなに突っ込むべきではない!」

誰もその韓国人に日本語でブログを書けとは言ってませんし、頼んだわけでもありません。その韓国人が勝手に日本語でブログを書いて、自分の意思でその文章をネット上に公開しているのです。ネット上に文章を公開する以上、それに対する批判や反論は、当然あるに決まっています。それらを甘受する覚悟がないならば、チラシの裏にでも書いていれば良いのです。

しかし韓国人的には、あるいは人の好い日本人的には、「母国語ではない言語で文章を書いているのだから、そのことをまず何よりも高く評価するべきである」となります。故にその文章の論理的矛盾や自家撞着、文章表現上の誤謬を看過しないばかりではなく、そこを狙って衝く日本人は「悪い日本人」であり、「悪い日本人は反省して謝罪しなければならない」となります。

あるいは、入国査証の件です。韓国が外貨獲得のために、日本人の訪韓ビザを一方的に免除しました。その後韓国が言います。

「ウリナラは日本人のビザを免除しているのに、日本がウリ国民の訪日ビザを免除しないのは、相互主義にもとるニダ」

誰も韓国に対して、日本人の短期渡航ビザを一方的に免除してくれなどと頼んでいません。韓国が、日本人観光客の落とす金を目当てに勝手に日本人の短期渡航ビザを免除したのです。しかし韓国は、日本も韓国人に対して、韓国が日本人に行なったと同じ待遇をするべきであると主張しました。しかも、お人好しの日本人がそれを後押しして、そうしない日本やそれに反対する日本人を非難しました。

また、外国人参政権も然りです。在韓日本人団体は韓国に対して、在韓外国人の参政権を認めろなどと(少なくとも在日朝鮮人団体ほどには)要求していません。にも関わらず、韓国で極めてわずかな在韓外国人の地方参政権が認められたことをもって、在日外国人の圧倒多数が朝鮮人である日本に対して、在日外国人の参政権を認めないのはサベツだと言います。しかもお人好しの日本人(以下略。

日本は、そろそろ韓国のこういう策略にはまるのはやめても良いのではないでしょうか。こういうのは、平等とか公平とか、ましてや相互主義などというものではありません。単に日本が韓国に舐められているだけ、あるいは日本に韓国が甘えているだけのことです。

韓国に関する情報が不十分だった20年前、30年前ならいざ知らず、日韓の国交が樹立してからだけを数えても、もはや40年余りが経過しています。その間に日本は、韓国に関することで、浴びるほどの煮え湯を飲んでおります。これ以上日本が煮え湯を飲み続けても、韓国が変わることは絶対にあり得ません。それは、これまでの日韓関係で十分に証明されていることです。

「今までと同じ考えや行動を繰り返して、異なる結果を期待するのは狂気である」という有名な言葉は、日韓関係にも当てはまると思います。



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