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幻想の中の韓国人

韓国人は幻想の中に生きているようです。ただ幻想の中に生きているだけではなく、その幻想を破ろうとする者、幻想から現実に引き戻そうとする者に対する彼らの怒りは、常に凄まじいものがあります。

日本人が、真実を知りたがる以上に、韓国人は幻想を信じたがります。例えば盧武鉉の死についても、韓国人はほぼ一致して「自殺」と信じようとしています。日本人から見れば不思議なほどに。

関係者が自殺であったと報じ、それを韓国人は丸呑みに信じ込みました。ただ丸呑みに信じただけでなく、盧武鉉は自殺でなければならないという勢いさえ、韓国人たちからは感じられました。

動機にしても遺書にしても、あれほど不可解な点が多く、既に皆様ご存知の通りその時随行していた警護員の証言が二転三転しているにもかかわらず、韓国人は自殺であったということを疑おうとはしません。

これは何も今回に限ったことではありません。例えば盧武鉉が大統領になる直前、2002年の6月に起きた在韓米軍装甲車よって女子中学生2名が死亡した事故に関しても、同様でした。

この時も、韓国人はこぞってこれを「米軍による殺人事件だ」と叫びました。もちろんデモも行いました。

その頃の日韓チャットでは、韓国人の誰一人としてこれを事故だとは認めず、一途に殺人事件だと喚いていました。米軍が女子中学生を狙ってわざと轢き殺したのだと悲憤慷慨する韓国人は、鬱陶しいほどいました。それまで、比較的賢明で冷静だと思っていた韓国人ですら、かなり興奮気味に亡くなった女子中学生を哀悼していたのには驚きました。

当時、私が事故に対する様々な疑問点を挙げ、あれは殺人事件ではなく、単なる交通事故ではないかと言うと、彼らはそういう疑問を抱くこと自体が不愉快だと言わんばかりでした。

また燭火デモの発端である輸入牛肉に関しても同様でした。

「そんなに米国産の牛肉が危険だと思うなら、食わなきゃ良いじゃないか」という私たちに対して、彼らは一途に「売られている物は買わずにいられない。買えば食べずにはいられない」と言い募っていました。

いくら牛由来食品は回避可能だと言っても、頑として聞きません。

とにかく「アメリカから輸入された牛肉は必ず食べなければならず、食べれば狂牛病になるかもしれない」「牛由来製品に触れるだけで狂牛病になるかもしれない」という情報を、彼らは心から信じ込んでいました。それに疑義を唱える者は異端視されるだけでなく、攻撃を受けていました。

韓国人にはおそらく、「かくあるべき」、「こうでなければならない」という意識があります。その意識は幻想を生みます。韓国人社会ではその幻想は共有されます。その幻想を共有しない韓国人は、韓国人社会で生きていけぬほどの疎外を受けます。

彼らの幻想と現実が常に一致していれば、それでも良いでしょう。しかしそんな都合の良い現実は、そう簡単に出現しません。故に彼らの幻想は、非常にしばしば現実と乖離しています。乖離した現実と幻想のいずれかを選択せねばならぬ時、彼らは迷わず幻想の方を取るでしょう。いや、むしろ彼らには、幻想こそが現実なのかもしれません。「幻想と現実のいずれかを選択する」ならば、現実を認識していなければなりませんが、彼らは現実の存在を認識していないのです。

現実を現実として認識出来ず、幻想を現実として認識する精神世界とはどのような世界なのでしょうか。残念ながら、そういう精神世界を想像するには、私の想像力は貧弱過ぎるようです。

かろうじて言えることは、我々が事実をよりどころに現実を認識しようとするように、韓国人は「かくあるべき」「こうでなければならない」をよりどころに、幻想を信じようとしているのではないかと思います。



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