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韓国人は想像力がない

韓国人と話したり、あるいは韓国関連の報道を見ていると、彼らの想像力のなさに気づくことがあります。

何事も原因があって結果が生じます。それはある程度人生経験を積んだ者には、当たり前のことです。しかし韓国人は老若男女を問わず、自ら蒔いた種子が芽を生やした場合、それが自らの望まぬ芽であれば、酷く驚き、うろたえます。

例えば、彼らが日本や日本人に向かって酷い悪口を言ったり、謝罪や反省、賠償を求めたりすることなどは典型的と言って良いでしょう。彼らはそうすることが、日本人を怒らせるなどとはまったく想像していません。

そうすることで彼らは、日本や日本人が自らの罪科に気づき、気づかせてくれた韓国人の徳の高さに気づき、恐れ入り畏まり、涙を流して心から反省し、許しを求めて韓国人に平伏すべきであると思い、その実現を強く期待していますが、こういうのを「妄想」と言うことはあっても、「想像」とは言いません。

人間の場合、妄想が想像の代替にならないことは、これもまた経験によって悟ることが出来ます。ところが韓国人の場合、妄想によって人々の身体や生命を奪うのみならず、幾度となく国そのものまで損なってきたという歴史を持ち、それを彼ら自身も学んで知っていながら、同じ轍を踏もうとします。

原因があって結果が生じるということを想像出来ない彼らは、時系列もまた理解出来ません。時間は常に現在から未来への一方通行です。その逆はあり得ません。「あるいは」「もしも」を夢想するのは個人の自由ですし、思考の遊びとしては面白いと思います。しかしそれは、学問としての歴史を学び語る場合、強い禁忌になっています。なぜならば、妄想に基づいた「あるいは」「もしも」を歴史に混ぜていくと、現在にたどり着けなくなるからです。

過去はもはや動かし得ぬ事実であり、それが故に現在が存在します。また現在は未来から見た過去であり、現在の結果如何によって未来が変わります。韓国人はそれをまったく理解しません。

それを「彼らは出来るけどしない」のか、「しようと思っても出来ない」のかと問えば、人によって異論はあるでしょうが、私は後者だと確信しています。

彼らの歴史を振り返ると、ある意味絶望の連続です。彼らにとって冷静に将来を想像したり、予想したりすることは、絶望を悟ることでもあります。絶望を悟れば、あらゆる動物は生きていくことが出来ません。絶望を悟らぬようにするためには、想像力がなければ良いわけです。

実際、想像力のない彼らはまことに強く逞しいのですが、その彼らに無理矢理現実を直視させ、そこから導き出されるであろう未来を予想させようとすると、激烈に反発するか、あるいは見るも哀れなほどにへこみます。

彼らの歴史を振り返れば、過去を冷静に分析し、現在を客観的に判断し、それを基に冷静に未来を予想するなどという行為は、必ずしも良い結果をもたらさなかったという事例に事欠きません。冷静な予想が上位の者の耳に心地良いものであればともかく、もし上位の者の意に逆らうものであれば、予想した本人のみならず、一族郎党の存続が脅かされました。

あるいは、上位の者に収奪されるだけの一生を送らなければならなかった朝鮮庶民にとって、想像力というものは何の利益も希望ももたらさなかったのでしょう。

故に彼らの想像力は、常に恣意的に歪められることになったのではないでしょうか。冷静で客観的な想像が彼らに絶望をもたらすのであれば、それを恣意的に歪めることで希望を持とうとした、あるいは絶望から目を逸らそうとしたのではないでしょうか。

しかし、恣意的に歪められた想像力は、想像力ではなく、あえて言うならば妄想力でしょう。妄想力は近視眼的且つ刹那的に見れば、彼らに良い結果をもたらしたこともあるかもしれません。もちろん鳥瞰的且つ長期的に見ればどうかということは、歴史が雄弁に物語っていますが。

そんな彼らであっても、今後国際社会において経験を積めば、きっとある程度は成長して、今よりは人間に近い想像力を備え得るようになると考える人は多いようです。しかし、朝鮮人によって形成される国がある限り、それは叶わぬ望みだと私は思います。世界のどこにいようとも、朝鮮人が形成する国がある限り、彼らの意識はそこへ戻っていくからです。日本で生まれ育ち、五代を経て、しかも最早祖国に帰る意思もないくせに、なお朝鮮人であり続け、またあり続けようとする者が少なくないことからも、それは明らかだと思います。

それはいわば、巣を潰さない限り、個体をどれほど駆除しようとも、絶えることのなく這い出てきて私たちを戦慄させる例の生き物と同じです。だからと言って巣を潰せば、個体個体が森へと散って、やがてカブトムシやクワガタムシになるなどということもあるはずがありません。

つまるところ彼らの想像力の欠如は、種としての能力の限界であるというのが、前述した「彼らはしようと思っても出来ない」と私が確信する所以です。



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備えあれば憂いなし

最近、弊ブログでリンクしている韓国ウォッチ系ブログに、休止状態になっているものが増えてきたなあと思っている今日この頃です。

要するにそれだけ韓国関連のネタがなくなってきたためか、韓国をウォッチし続けるモチベーションを失ってしまったブログ管理人が多いというわけです。

実際、韓国関連のネタと言えば、放火・強盗・強姦・殺人などの韓国国技関連か、あるいは食中毒関連か、そうでなければ反日か、さもなければパクリ関連ぐらいしかありません。

あとは、彼らの身体を張った斜め上行動の天然ギャグを観察して楽しむぐらいです。それとて最初のうちは珍しさも手伝って面白く見ていられますが、慣れてくるとだいたいパターンが読めてきます。そのパターンをある程度見切ってしまうと、もう見ていても面白くないどころが、ド下手なコメディアンの舞台を無理矢理見せられて、しかも笑えと強制されているような理不尽さと不快感を覚えるようになります。

また韓流捏風と共に韓国に関する情報もある程度広がったおかげで、何故韓国や韓国人を警戒しなければならないかということも、それなりに共有されるようになりました。そのため逆に、韓国に対する注意や警戒の必要性を感じたり理解していても、「今更改めて言うことじゃないかも」と思ってしまう人が多くなってきたのかもしれません。

日本人は、どうしても他者を悪く言うことを善しとは出来ません。どんなに正当な理由があろうとも、どれほど相手が卑怯で悪辣で残虐であろうとも、エンドレスで繰り返し非難し続けることを拒みます。

もちろん非難し続けることを拒むからと言って、卑怯で悪辣で残虐な相手を許容するというわけではありません。一般に日本人は、「そういう存在」を自らの意識の中にいつまでも留め置くことに、強い拒否感を持っていると言った方が良いでしょう。

日本人から見た韓国人という生き物は、まさに「そういう存在」であるために、知れば知るほど話題にするだけでも強い不快感を伴うようになります。よって日本では、韓国や韓国人についての不快感を覚える情報は徐々に排除されたり拒否されるようになります。

やがて最初のうちは珍しがったり面白がったりして受け入れられていた韓国情報も、やがては飽きられ疎ましがられ、拒否されるようになります。

反面、韓国に関連していても耳触りの良い情報ならば、聞き流されることはあっても、拒否されることはさほどにありません。ですから韓国に関する聞き心地の良い情報は、まるでサブリミナル広告のようにあちらこちらのメディアにちりばめられ、気づかぬうちに、あるいはあえて気づかぬようにして、日本人の意識に刷り込まれます。

翻って韓国では、日本や日本人はまことに気楽に嘲り罵ることが出来る対象です。韓国において日本を侮蔑罵倒するという行為は、自らの教養と良識と愛国心を誇示出来るという効果もあって、韓国人にとっては爽快感を感じる行為でしょう。ですから韓国において、日本を嘲り罵るということが禁忌になることはありません。

逆に、韓国人にとって日本を認めたり肯定したりすることは、屈辱や背徳を感じる行為です。当然、それをおおっぴらに話題にすることは禁忌です。しかし韓国人にとって日本は無くてはならぬ存在でもあります(その事実もまた、韓国人にとっては腹立たしいのですがw)から、彼らはしばしば「日本の文化や文明は全て韓国が起源になっている」と考え、またそう主張することでバランスをとろうとするわけです。

日韓のこういう相手に対する意識の齟齬は、結局のところ、互いに対する無理解へとつながっていくわけですが、相手に対する無理解に基づいた友好や善隣関係など、絶対にあり得ません。

私は以前から、日韓は友好や善隣関係などではなく、発展的に関係を解消すべきだと唱えております。それが双方にとってどうかはともかく、少なくとも日本側にとっては、間違いなく幸いであると確信しております(異論反論のある方、歓迎しておりますw)。

確かに韓国や韓国人を観察し続けたり、それについて議論を重ねたりし続けることは、日本人にとっては大変不快な行為です。それはよくわかります。だからやりたくないと思っている方に続けろとは申しません。

しかし、せめて韓国という国や韓国人という生き物がどのようなものか、日本にとってどういう存在かは常に心の片隅に留め置いて、必要になればいつでも取り出せるようにしておいていただきたいと、切に願うばかりです。



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自省無き韓国人に自浄無し

全国的に概ね好天に恵まれた秋の連休、皆様如何にお過ごしでしょうか。

この20日、21日に、「日韓交流おまつり」とかいうイベントが、初めて日韓同時に開催されたとか。そのイベントで、日本の首相夫人が朝鮮語で挨拶したとか、その首相夫人の母親が韓流ブームにはまってるとかいう、そんなどうでもいいようなことがニュースになってたような気がします。

私も時々拝見している【コリアニメやつあたり】というブログによると、ソウルでの「日韓交流おまつり」はかなりお寒い状況だったようです。日本では初開催、連休の中日、好天という好条件に恵まれ、更に在日団体の動員もあったようですから、それなりに集まったのでしょうかね?

さて、表題の件。

韓国について少し知り始めると、韓国人のほとんどが常にウリナラマンセー、ウリ民族最高ーと言ったり信じたりしてるようなイメージを持つ人がいるかと思います。私も、最初の頃はそういうイメージを持っていました。

しかし実のところは、韓国人も結構韓国や韓国人を批判したり、韓国や韓国人の問題点や短所を指摘したりしています。

韓国の新聞のインターネット版には、読者の意見が投稿出来るものが多いのですが、それらを見ていると、韓国人の短所や韓国の民度の低さ、韓国社会の悪弊をかこち憂いている韓国人は、ザクザクいます。あるいは日韓チャットの韓国人でも、少し誘導してやればその手の話はいくらでも引き出すことが出来ます。

例えば、少し古い話になりますが、韓国の電車の車内でペットの犬の落し物を処理せず放置して下車した女性の動画がネットで公開され、ネチズンのすさまじい非難を浴びたことがあります。

またあるいは、昨年燭火デモの人出を狙って露店を出した高齢の女性と露店商取締係が口論になり、露店商取締係が女性を殴打するという事件もありましたが、ネットでその動画が公開されるや、高齢の女性露店商を暴行した露店商取締係は、集中砲火の非難を浴びて警察に出頭しました。

日本人的に「それはあかんやろ」と思うようなものに対して、韓国人も同じように「それはいけないニダ」と言うことは、実は結構よくあるのです。

それだけを見ていれば、もしかすると彼らの間でも、自己批判や自省による自浄作用が期待出来るかもしれないと思います。しかし実際には、彼らの間で自浄作用が奏効することはありません。

何故なら、彼らは韓国や韓国人を批判しますが、その批判されるべき「韓国や韓国人」の中に、批判している自分自身も含まれるとは、全く思っていないからです。

彼らが、「反省は敗者の屈辱」と考えているということは、以前にも述べたことがありますが、「反省したら負けかなと思ってる」という彼らの意識は、「反省させたら勝ちかなと思ってる」ということの裏返しでもあります。

ですから彼らは盛んに日本や日本人に対して「反省汁」と喚き散らすわけですが、それは日本や日本人だけに留まらず、時に韓国や韓国人にも向けられます。しかし韓国人が行なう、韓国や韓国人に対するいかなる批判も警句も慨嘆も、そこに「自分自身が含まれる」とは考えられておりません。それらは全て、「自分自身以外の人々が解決するべき問題である」という確信の下に行なわれております。

よってどれほど韓国や韓国人に対する批判や非難をしても、それを自らの反省材料にして、良きは伸ばし悪しきは正すということが、韓国人には出来ません。

韓国人の書いた韓国や韓国人に対する批判や非難、反省を促すようなことを述べた文章は案外よく見ますが、その中に「自分にもそういう部分があるので、まず自分から、そういう悪癖を直していこうと思う」という意味の文章が入ってるのを、私は見たことがありません。

最近の中央日報にも、韓国と韓国人に対する批判や反省のようなコラムが載っていましたが、これにもやはり「執筆者自身に向けられた反省」は含まれておりません。

韓国が100年前と変わりがなく、おそらく100年後も変わらないであろう理由のひとつは、この「批判や非難はするが、その対象に自分自身は決して含まない」という意識が、韓国人(と言うか朝鮮人全般)に極めて普遍的な意識だからだと思います。



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天皇陛下の訪韓について

とうとう鳩山政権が誕生することになりましたが、何故か韓国言論は異常なほどに喜んでいます

日韓関係において、韓国が喜ぶものは概ね日本にとって喜ばしからぬものであると考えて良いということは、日韓の過去を振り返れば明らかです。私自身がアンチ民主党ということを抜きにしても、鳩山政権というものが日本にとっては喜ばしからぬものであることが、韓国の反応からもよくわかります。

しかも韓国にこれほどまでに気に入られているわけですから、鳩山政権に対して例の法則が発動する可能性は極めて高いと覚悟せざるを得ません。

鳩山政権に対して例の法則が発動したら、法則発動ざまぁwwwと指さして笑ってやりたいところですが、日本の国政を担う政権に法則が発動すれば、当然日本国民である私も無関係でいられるはずがなく、そう考えると何とも理不尽な気分を満喫しております。

さて、日本で親韓反日政権が発足してしまったことに関係があるのかどうかよくわかりませんが、韓国では天皇陛下の訪韓論議が言論を賑わしているようです。

日本国民としては、あんな瘴気渦巻く穢れた場所へ、天皇陛下の御行幸を願うなどというのは、治安上の面から言っても論外至極な話です。それでもまだ「弊国に陛下の御行幸を賜ることが叶いますれば、至上の光栄でございます。むさくるしいところではございますが、何卒御行幸の御高配を賜りますよう韓国大統領以下国民一同、伏して御願い申し上げ奉ります」ぐらいのことを言うならば、可愛げないこともないと考えられなくもありません。

しかし連中がそんな殊勝な態度を示すはずもなく、それどころか「韓国に来たけりゃ謝罪汁」などという主張が、韓国言論では一般的のようです。

この、韓国言論の主張を見て思い出したのは、日韓チャットに入り浸り始めた頃、韓国人から挨拶代わりに言われていたことでした。

当時、日韓チャットで韓国人と話していると、早い段階で「友達になりましょう」と言われることは珍しくありませんでした。その頃の私は、あまり韓国人のことをよく知らなかったということもあり、大して深く考えもせず「良いですよ」と答えていた時期がありました。

ところが、私がそう答えると韓国人は即座に「では過去に日本が韓国に対してしたことを謝罪してください」と言うのです。

意味も訳もわからないのに、謝罪なんてしたくありません。私がそう言うとある韓国人はがっかりし、またある韓国人は激怒して、私を散々に罵りながら去って行きました。

彼らにとって「日本人」というのは、どうやらブランドのようなもので、「日本人の友達を持つ」というのは、韓国人同士の間では、ブランドバッグやアクセサリーを持つのにも似た一種の優越感を覚えるもののようだということは、以前も述べたことがあります。更にその日本人から謝罪を受けるというのは、彼らにとって自分が完全に日本人の優位に立ったことを確認出来るということになり、この上ない快感を感じることが出来るのでしょう。

インターネットを通じたチャット相手という、本当に日本人なのかどうか確認し得ない相手に対してさえそうなのですから、韓国人から見た【日本人ブランド】の中でも、最高位であり且つ日本国民から唯一にして絶対的な崇敬を集めている天皇陛下を謝罪させることが出来れば、韓国人の有頂天が留まるところを知らず噴きあがるであろうことは、極めて容易に想像がつきます。

噴きあがった韓国人が「日本人の中で最高の天皇陛下がウリに謝罪したのだから、日本国民はすべからくウリに対してへりくだり、ひれ伏すべき」と思うようになるであろうと考えるのは、決して大袈裟でも被害妄想でもありません。

そもそも、個人同士であっても、友好に先立って謝罪を求めるような輩と友誼を結ぶことは出来ません。それが国と国であれば尚更のことです。天皇陛下の訪韓は、日韓友好に何らの寄与もしないどころか、日本人の韓国に対する感情が今以上に悪化する材料になるでしょう。

確かに私は嫌韓で、日本人の対韓感情が悪化することについてはどちらかと言えば歓迎しております。しかし、だからと言って、天皇陛下を犠牲にしてまで日本人の対韓感情を悪化させたいなどとは、微塵も願っておりません。

韓国人が望んでいるのは陛下の訪韓ではなく、陛下を韓国で謝罪させることだということを、日本側は十分理解した上でその是非を判断しなければ、日本の象徴である天皇陛下に対して、取り返しのつかない汚点をつけることになるでしょう。



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日韓現在過去未来

昨今の日本における韓流捏風は、どこかで誰かが必死で煽れども、鳴かず飛ばずになってきました。それに従い、良きにつけ悪しきにつけ日本人の韓国に対する関心が薄れてきたことを、秋の訪れと共にしみじみと感じます。

元来、韓国人という生き物は、個体ごとの行動様式にあまり多くのバリエーションがありません。日韓チャットにおいても、それは同様です。日韓チャットでは、それを踏まえて「こう突付けばこう反応する」と読みながら突付く楽しみ方もあるにはあります。しかしそのワンパターンさに、こちらの方が耐える限界というものもあります。

そういうわけで飽きが来れば、まもなく冬が訪れるのは自然の理というもので、私が日韓チャットの韓国人の行動パターンに倦んできているように、日本人の韓国に対する関心は、これから冬の時代に入るだろうと思います。

日本人の韓国に対する関心が衰えれば、日本人の意識から韓国や韓国人は忘れ去られることになります。しかし日本人の意識から韓国や韓国人が消滅しても、韓国や韓国人そのものが消滅するわけではない以上、その忘却はやがて日本で再び韓国ブームを引き起こす温床になるということは、以前も述べたことがあります。

その際にも述べましたが、アクセスが比較的容易なインターネット上で、韓国に関する情報を発信する人がいる限り、「韓国とはどのような国か。韓国人とはどのような生き物か」ということが忘れ去られるということは、最小限に抑えることが出来るのではないか、仮にすっかり忘れ去られたとしても、思い出す必要に迫られた際に、アクセスの容易な記録として残すことが出来るのではないかと思います。

日韓チャットの過疎化が既に1年以上続いている状況で、「日韓チャットを通して見る韓国」と銘打った弊ブログとしては、幾度も「もう潮時か」と思いました。何しろ取材元が事実上消滅寸前なのです。

更新前夜に、一行書いては消し、また一文書きかけては消しなどというのはまだマシな方で、書くことが何も思いつかずに、キーボードに手を置いたまま呆然とモニターを見つめていたことも、これまで何度もありました。

日韓チャットで観察してきた韓国人については、もう十分過ぎるほど書いてきたのではないか、今後新しい記事を書かなくても、これまでに書いた過去の記事を読んでもらえれば十分にわかってもらえるのではないかと思ったことは、一度や二度ではありません。

それでも「やはり書き続けよう」と思うのは、弊ブログがアクティブである限り、誰かが読みに来るだろうと信じるからです。私が書き続けている限りは、それがたとえ同じネタの繰り返しであったとしても、きっと(たとえ来訪が間遠になったとしても)読みに来続けてもらえるだろうと思うからです。

今日9月16日、民主党政権が誕生します。おそらくこの政権下で、在日に対する参政権が認められることになるでしょう。最初は地方における投票権だけでしょうが、即日国政選挙や被選挙権も要求し始めることになるのは、過去の実績からも明白です。これは私たち日本人が自ら選んだ結果です。

その結果、日本に対する韓国人の関与は、今後深く広く大きくなることはあっても、消滅することはありません。今後私たち日本人が韓国や韓国人を忘れれば忘れるほど、韓国人にとってはつけ入るスキが増えることになるということに、私は危機感を覚えます。

韓国人が、何年経っても全然進歩が無く、また日本に対する悪意(厳密には羨望と嫉妬)に満ち溢れている連中であることをお知らせするためには、日韓チャットというナマよりナマな韓国人の行動様式が、毎度毎度同じパターンの繰り返しであることをご覧にいれるのもまた、意味のないことではないでしょう。

明後日9月18日に、弊ブログは開設満4年を迎えることになります。これまでの皆様の応援に心より深く御礼申し上げ、また今後も引き続きご支援いただけると信じて、これからも精一杯書き続けていきたいと思います。



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餌付けは危険

2009年9月11日午前2時01分に、日本の新型ロケットH2Bの打ち上げが行なわれ、無事に成功したようです。

ちょっと前に自称純ウリナラ製ロケットの打ち上げが行なわれ、衛星軌道投入に失敗したのは記憶に新しいところですが、今回日本が打ち上げた新型ロケットH2Bは、自称純ウリナラ製のロケットとはラベルもレベルも段違いに違います。

何でも今回の日本のH2Bロケットは、アメリカのスペースシャトルの後継として、国際宇宙ステーションへの物資輸送の責務を担っているものだとか。ということは、今回のH2Bロケット打ち上げ成否については、単に技術大国ニッポンの矜持のみならず、国際的な宇宙開発の発展にも大きく関わってくることになります。それだけに、H2Bロケット打ち上げ関係者の感じていたプレッシャーの大きさも、自称純ウリナラ製のロケット打ち上げなどとは桁違いだったことでしょう。

もちろん、今回のロケットは打ち上げ成功だけで話が終わるわけではなく、これから多くの任務と課題をこなしていかなければならないわけで、まだまだこれからも大変だとは思いますが、ともあれH2Bロケット打ち上げ成功については、全ての関係者の皆様に心からのお祝いの気持ちと、ありったけの賛辞を贈りたいと思います。

H2Bロケット打ち上げの日の夜、私たちは日韓チャットでそのライブ中継を見ておりました。その中には韓国人もいるにはいましたし、それ以外にも数人の韓国人が出入りしたりしてはいたのですが、そのほとんどはロケットや宇宙開発の話に紛れることさえ出来ずに、黙って出て行くだけでした。

韓国言論があれほどまでに大騒ぎしており、また複数の在韓日本人のブログによれば韓国の一般市民の関心の高さも非常に高かったということなので、今回の日本のロケット打ち上げに寄せて、日韓チャットで韓国人から何らかのコメントや感想があっても良いと思ったのですが、どうやら負け惜しみさえ出すことが出来なかった様子です。

そもそも、韓国人にとって「初めての純ウリナラ製ロケットの打ち上げ」ということはさして重要ではなかったのでしょう。それによって得られるだろうと強く期待していた「賞賛」や「栄誉」に対して、韓国人は激しく反応して興奮していただけなのです。

彼らが欲しているのは栄誉や賞賛という果実だけであって、それを実らせた樹木が何か、どのように育てたのかなどということは興味や関心の対象外であるのはもちろんのこと、その樹木をそこまで育てた人の苦労や、場合によっては「その果実を実らせた樹木は、自分の所有物ではない」という事実にさえ思い至ることはありません。

それが彼らの間だけのことならば、日本人としてはどうでも良いことなのですが、困ったことに非常にしばしば、我が日本の実らせた果実に彼らは手を出してきます。

それだけでも鬱陶しいことこの上ないのですが、彼らが手を出すのに応えて、果実を分けてやろうとする日本人も、日本には少なからずいるという事実が大変な問題だと私は思っております。

日本の観光地の中には、野生の猿が現れるところが幾つかあります。私の住む大阪の近郊にある箕面も、「箕面と言えば猿」と言うぐらい猿が出没することで有名でした。

名物となった箕面の猿たちにエサを与える観光客が増え、観光客からエサをもらうことに慣れた猿は、やがて観光客が自主的にエサを差し出さなければ、襲ってでも奪おうとするようになりました。そのため現在箕面では、猿にエサを与えることは禁じられており、猿は観光客のいるエリアから完全に駆逐され、観光客とは接触しない地域へと隔離されております。

同様の現象は猿の出没する観光地のほとんどで起こり、そのほとんどで猿にエサを与えることを禁じるようになっているはずです。

韓国人に対しても、日本はこれまでふんだんにエサを与えてきました。しかも、いまだにそれをやめようとしていません。その結果どうなるかということは、既に犯罪白書にくっきりと現れているにも関わらず、日本は毎年のように韓国人の訪日ハードルを下げていっております。

これは言わば、観光地で観光客からエサを奪う習慣のついた猿を、更に自宅の庭に呼び込むにも似た愚行です。しかも今後しばらく日本の政権を担当するのがアレですから、自宅の庭に呼び込んだ獣が家の中に乱入しようとも、家人を害したとしても、「友愛」などと言って看過するでしょう。

せめて弊ブログから、韓国人にエサを与えるのがどれほど危険なことなのかを発信することで、韓国人にエサを与えることの危険を知り、また餌付けされてしまった韓国人に対する自衛策を練ることの出来る人を、わずかなりとも増やすことが出来ればと願ってやみません。



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韓国人は何故ああなのだろうか

日韓チャットの常連日本人の間で非常にしばしば浮上する議題に、「韓国人は何故ああなのだろうか」というものがあります。

日韓チャットの韓国人参加者や、日韓チャットの韓国人運営者、あるいはニュースに登場する本国及び在外、在日韓国人などの所業を見るたびに、嘆息と共に浮上するこの議題の結論はいつも「だって韓国人だからさ」となるわけですが、もちろんこれで得心が行くわけがありません。故に幾度でも、この議題は飽くことなく浮上します。

日韓チャットの常連韓国人の中には、常連日本人から「韓国人は何故あのようなのだろうか」という議題が出るたびに、揶揄を込めて「その話、前にも出なかったですか」と言う者もいます。

先日、日韓チャットでその常連韓国人と話をしていた時にそういう話になり、「「韓国人があのような理由」の仮説はいくらでも出せるが、結論は出ないな。だって検証出来ないもの」と私が言いました。

するとその常連韓国人は、「いや、私はそれなりに結論付けています」と答えました。

私が「どのような結論?」と聞くと、日本語に直して2500字(ハングル原文では2900字)弱の「韓国人と社会意識」というタイトルの小論文を送ってきました。

それによると、韓国人の根源的な問題は文盲にあるという結論になっておりました。

確かに、韓国人の情報リテラシー以前の情報検索や情報収集能力は、ハングル専用教育によって非常に大きく損なわれております。ハングルしか読めないことを「文盲」と言い切るのはいささか言い過ぎの感がなきにしもあらずですが(せめて「機能性文盲」程度でw)、言わんとすることは理解出来なくもありません。

ただ果たして本当にハングル専用による情報の検索や収集能力の欠如や低下だけが、「韓国人があのような」理由になるかと言えば、残念ながら諸手を挙げて賛同する気にはなれません。

何故なら、日本で生まれ育ち、日本語を母語として習得している在日の中にも、「韓国人らしさ」を発揮する者が少なからずいるからです。

もちろん、在日ひとりひとりの「韓国人らしさ」の濃度には個人差があるでしょう。しかし、彼ら在日が形成している社会は、本国ほどではないかもしれませんが、日本の中では「韓国人らしさ」を濃厚に保っております。

前述の日韓チャット常連韓国人は、小論文の前段で「どの国の人間であっても、人間としての性質は大概同じである。韓国人が韓国人的性格を持つに至るのは、韓国という国家の中にいるからである」と述べているのですが、その理屈は在日の存在で否定されてしまいます。

韓国人としては認めたくないのでしょうが、「韓国人があのような」理由は、文化的社会的な問題ではなく、韓国人というか朝鮮人という種の根本的性質が原因であると私は思います。

ただしこれは、「韓国人的性質」と言うよりは、「獣性」を抑制する能力に欠けると言った方が正確だと思います。この「獣性」は、動物である以上人間にも当然備わっており、文明人の中にも、時にそれを抑制出来ない人間が存在することもまた事実です。

ただ、一般に人類はこの「獣性」を極力コントロールしようと努めてきましたし、そのコントロールが行なえない人間は社会から排除されてきました。その結果として、人類の大脳新皮質は他の動物と比べると大きく発達するわけですが、大脳新皮質が存在するからと言って、獣性も動物としての人間にとって必要になることもありますから、人類が獣性から完全に解放されることはありません。

要は「人間性」とも言うべき「理性」と、動物としての人間に本来備わっている「獣性」のコントロールを行なう能力を習得出来、「理性」によって社会を形成することが出来るかどうかが、人間として重要なわけです。

韓国人の場合、その理性と獣性のコントロールの限界が、少なくともコンピュータや携帯電話を日常的に使うレベルの文明国に所属する人間のレベルとしては甚だしく低いわけで、それは識字能力や情報収集能力に起因するわけではないと思います。

この原因を追究し、徹底的に解明するためには、多くの朝鮮人を用いてさまざまな実験を行なう必要があるでしょうが、それは現在の文明社会では人道上不可能でしょう(支那でなら可能かもしれませんがw)。

故に、「韓国人は何故ああなのだろうか」という私たちの疑問が解明される日は、少なくとも私が生きている間はないのではないかと思っています。



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韓国人を知って良かったと思うこと

私が日韓チャットを始めてかれこれ7年余り、このブログを始めてそろそろ満4年になりますが、現在その当の日韓チャットそのものは昔と違って過疎りまくっており、あまりネタもログも取れなくなってきました。そのために、弊ブログでは同じようなネタの繰り返しや焼き直しや使い回しが増えてきました。

その反面、全く韓国に興味も関心もなさそうな人や場所から、韓国ウォッチ系ブログや韓国ウォッチ系掲示板等で語ってるような話を見かけることは、以前と比べると飛躍的に多くなりました。

思いもかけぬところでそういうのを目にすると、今まで実際に韓国人と接した人しか知り得ず、その上その知識や情報を共有する場所も手段もなく、そのために日本人にあまり知られずに済んでいた韓国と韓国人の実態が、本当に広く知れ渡ってきているのだなあと感慨もひとしおです。

しかし韓国人をよく知るということは、精神衛生上大変よろしくないことも少なからずあります。

何しろ彼らのやることなすこと、日本人的美意識に照らすと非常に美しくないことが多いのです。その根本には、彼ら自身が彼ら自身とその所業に対する自覚に激しく欠ける部分が大きいということは、既に述べました。

そういう韓国人を見る機会が多ければ多いほど、彼らの均質的な品性の下劣さに精神的な体力を奪われると言うかエネルギーを削られると言うか、とにかくげんなりさせられることは多くなります。

日韓チャットという、ナマよりナマな韓国人の巣窟に入り浸っていれば、げんなりの機会は現実よりも激しく多くなります。

それでも、日韓チャットを通して、韓国人という生き物を知ることで良かったと思うことはあります。

ひとつは彼らを反面教師とすることが出来ることで、もうひとつは彼らを知ることで、自分が日本人であるということを強く自覚するようになったことです。

反面教師については、改めて説明する必要もないと思いますので、もうひとつの「自分が日本人であるということを強く自覚するようになった」ということについて、簡単に述べてみようかと思います。

一般に日本人は、あまり自分が日本人であるということを意識していないことが多いように思います。それは「日本人である」という意識があまり必要ではない環境に生活しているからでしょう。

日本から出たことのない日本人にとって、自分が日本人であるということは、自分が人間であるということと同じ程度に当然のことです。人間がいちいち自分は人間であるということを意識しないのと同じように、日本人は自らが日本人であることをあまり意識しません。

加えて、ただでさえ隣国や外国人と接触する機会が環境的に少ない上に、戦後日本人の自覚と自信を損なうような教育が広く長く行なわれていることもあって、日本人は自身が日本人であるということを、あえて意識しないようになったのではないかと思います。

それは、海外に行ったことのある日本人の多くが、海外に出て初めて自分が日本人であるということとを痛感するという経験をすることからも、ご理解いただけるのではないでしょうか。

その上、西洋人から見ればぱっと見には見分けの付かない韓国人の所業を知るようになれば、日本人ならば普通に「あいつらと日本人を一緒に見られたくない」という意識を持ち、それと同時に自らの「日本人として恥ずかしくないようにしなければ」という意識が強くなるのは、ごく自然なことだと思います。

「朝鮮人じゃあるまいし」という類の叱責の言葉は、朝鮮人(韓国人を含む)を知らない人が多かった頃は、サベツ的だと言われて非難されましたが、朝鮮人の所業が広まることによって、「朝鮮人じゃあるまいし」という叱責の言葉がサベツ的意図からのみ発するものではなく、事実に基づく強い警戒の念が込められたものであるということも、広まるようになりました。

「おまえは朝鮮人か」と言われることがどのような意味なのかを知れば、日本人は否が上にも、自身が日本人であることを強く意識することになります。

愛国心を持つことも、日本人としての自覚を教わることもなかった私たち日本人にとって、韓国人という存在は、それまで清浄な空気が吸えることを意識もしていなかったところへ放り込まれた悪臭を放つ汚物のようなものです。

それによって、それまで意識することもなかった清浄な空気のありがたさと、その維持の大切さを、改めて感じることが出来るようになったわけですから。

もっとも、そうとでも思わないとやってられないというのが本音ではありますが。



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不快生物駆除に関する考察

日中の気温はいまだに30度を超えることがありますが、朝晩の涼しさと、空の高さは秋の到来を確信させます。

ところでコメント欄に釣りに来た人がいるようですが、過去に釣りかと思われるコメントは幾つかありましたし、それがネタになるなら釣られることもやぶさかではありませんので、あえて応じたこともありました。

しかし今回のものは、あまりにもお粗末過ぎて釣られる気にもなれませんでしたので、晒しを兼ねて生暖かく放置することにしました。

釣りに来るなら来るで、もう少しこちらが相手にしたくなるような工夫を凝らした上で来るのが最低限の礼儀というものではないでしょうか。今後釣りに来る方は、少なくとも弊ブログのネタになるぐらいのクオリティを携えた上でお越しください。

さて、表題の件。

生きた化石と呼ばれるほど太古の昔から存在し、過酷な自然と、更に過酷な環境の変化にも耐え抜いて生き残り、現在では人間が作り出した環境に順応して繁殖している生物がおります。

彼らは人間から見れば不潔に見える環境を好み、残飯や生ゴミなどを好みます。

その生物を知る人は、その生物に触るどころか見るのも嫌ですし、出来れば存在そのものを否定したいほどなのですが、彼らは人間の住むところであればたいていのところで出没する可能性が極めて高く、またその繁殖力も生命力も非常に旺盛なので、完全に駆除することは容易ではありません。

その生物は、単体だけならば駆除はさほどに困難ではないのですが、一度大繁殖すると駆除しても駆除しても、次々と果てしなく出没する彼らに、こちらの気力を削がれること甚だしいものがあります。

反面、世の中には彼らのことをあまり知らない人もいて、そういう人は彼らを見ても毛嫌いもせず、人によっては珍しがったり、中には手元に置いて大切にしたり可愛がったりする人もいるそうです。

確かにその生き物は際立ってグロテスクな形状をしているわけではありません。むしろその属としては平凡な形状ですから、何も知らない人が見れば、特別な嫌悪感を抱くことはないのかもしれません。しかし、彼らのことを少しでも知ってる人が見れば、その生き物を見ただけで受ける生理的嫌悪感は、拭いがたいものがあります。

彼らを上手く利用して人間の役に立てることも出来なくはないのですが、彼らは人間の役に立つような飼育環境におとなしく収まるものよりも、勝手に人間の住む環境に脱走してきて繁殖を始めるものが多く、脱走した先で繁殖を始めたら駆除は非常に困難です。

彼らの繁殖域と繁殖力を考えれば、現実的には彼らを地球上から完全に根絶することは困難でしょう。しかしだからと言って、彼らを放置し彼らの繁殖するがままに任せれば、彼らによって媒介される病気や環境悪化は馬鹿になりませんし、何より彼らと遭遇することによって受ける精神的ダメージは大きなものがあります。

彼らを見るのも触るのも嫌だという方の気持ちは非常によくわかりますが、だからと言って、見て見ぬふりをし続ければ、彼らはそれを幸いとして持ち前の繁殖力で爆発的に増殖し、私たちの生活環境をより一層おびやかすことになるでしょう。

それを防ぎ、彼らを出来る限り駆除して私たちの視界から遠ざけるためには、常に環境の清潔を心掛け、かつ彼らの生態をよく知ってそれに応じた対処をする必要があります。

そのためには見るのも嫌だなどとは言っておられません。彼らが出没する限り、私たちの周囲に出没するものがどういうタイプのものなのかを判断し、正しい対処をするためにも、彼らの観察を続けることは必要だと思います。



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韓国人と趣味の話が出来ない理由

何か「早く民主が勝ったのを記事にしてくださいよ」というコメントが入ってたのですが、弊ブログは基本的に三日おきの更新ですので、早くも遅くも関係ないんですが。

それから、基本的に韓国ウォッチがメインである弊ブログにそれを求めるっていうことは、民主が韓国と濃密に関係しているということを、そんなに誇示したいということなのでしょうか?まあ、実際に民主党は韓国と濃密に関係しているわけですが。

多分、民主党が勝ったということで、アンチ民主党を標榜している私が地団駄を踏むのが見たいだけなのだと思うのですがw

今回の選挙とその結果について、私個人は民主党には投票しませんでしたが、私たち日本国民の意思としては、民主党に国政を任せるという選択をしたわけです。その結果がどのようなものになるか、私は有権者の一人として見つめていきたいと思っております。もしこれで日本が終わるとすれば、私は最後の日本人世代として生まれ、生きることが出来たことを幸せだと思うことにします。

日本の未来を中韓に売り渡そうとする政党に政権を任せるという選択をしたのは現在の私たちですが、日本が終わる時、日本人として生まれたことで悲惨な目に遭うのは現在の私たちではなく、私たちの次の世代なのです。その理解と自覚を持った上で日本国民が今回の選択をしたのであれば、これは日本国民の総意として甘受すべきでしょう。

もっとも、政権を担うということは矢面に立つということで、2番手以下の時はブイブイ言わせてた政治家が、矢面に立った途端に受ける風当たりの強さに耐えかねて吹っ飛ぶということは、これまでに幾度となくありました。

今回「圧勝」したという民主党に、矢面に立った時の風圧に耐えられる政治家がいれば良いですね(棒。

以上コメントのリクエストにお応えしました。

さて今日も今日とて韓国人のお話をば。

前回記事のコメント欄を見ていて思ったのですが、日本人の場合、趣味や嗜好の話になると大なり小なり「自分の意見」というものを持っている方が普通です。チャットでもそういう話になると良い感じで盛り上がることがよくあります。

前回記事のビール話についても、それぞれにご意見をお持ちの方がさまざまなコメントをくださっており、大変楽しく拝読いたしました。

日韓チャットで韓国人と話をしても、こういう盛り上がり方をすることはまずありません。基本的に彼らは「自分の意見」というものを持っていないのか、それとも言ってはならないと思っているのかわかりませんが、あまり出そうとしません。

だからと言って彼らが黙っておとなしく日本人の話を拝聴するなどということもあまりなく、日本人同士で話が盛り上がり始めると、韓国人は途端に詰まらなさそうな顔が目に浮かぶような態度になり、どうにかして話を潰すか逸らそうとし始めます。

そんな時の韓国人の話の逸らし方は、たいてい唐突に別の話題を出すというやり方です。これは本当に唐突で、例えば実際にあった例では、それまで韓国内の交通手段について話をしていたら、次の瞬間にいきなり「昨日明洞でクレープを食べました。クレープ本当に美味しいです!」と言い出すといった具合です。

そこで仮に、それまでの話題を中断してクレープに話題を移したとしても、韓国人がそれについてくることはまずありません。

日本人が総じて比較的オタク気質であるということもあるかもしれませんが、それにしてもせっかく眼前に、たいていのことは調べられる箱があるというのに、韓国人がその箱の機能を活用することは極めて稀です。

これは趣味に限らず、あらゆることで共通しておりまして、彼らは興味や関心を持ったことについて、上っ面を撫でるような情報収集をすることはあっても、自ら対象を掘り下げていくということをほとんどしませんし、誰かが詳細に調べた内容や結果に対しても、さほどの関心を示しません。

思うに、結局のところ彼らは、例えばビールであれば「ビール」そのものに興味や関心があるのではなく、「ビールに興味や関心を持っている自分」に注目を集めたいだけなのではないでしょうか。

韓国人と話をしている時に、同じテーマについて話しているはずなのに、いつも話題が微妙にかみあわないような妙な歯痒さを感じ、また話が盛り上がれば盛り上がるほど韓国人が話題を潰そうとしたり逸らそうとしたりするのは、日本人側が「テーマそのもの」について話をしているのに対し、韓国人側は「テーマを話題にしている自分」について話をしているからではないかな、と思った今回のビール話でありました。



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