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日韓両国の悲劇

先日、日韓チャットで韓国人と話していた時に、韓国人が「日本と韓国は似ている」と言うので、日本と韓国の決定的な違いは何かという話になりました。

私は「日本人は自らの短所や欠点、錯誤や失策に出会った場合は、自分自身にその原因を求めようとする人が多いが、韓国人は自らの短所や欠点、錯誤や失策に出会った時に、ほとんどの人がその根源や原因を他者に求めようとする。それが日韓の決定的な違いだろう」と言いました。

韓国人が責任を転嫁する対象は、大統領を始めとする政治家だったり、財閥を始めとする企業だったり、あるいは朝中東を始めとする言論だったりと、時と場合と気分で様々ですが、要は自分以外の誰かであれば誰でも良いのです。更にもし仮に、彼らの身の回りから責任転嫁する相手が尽きたとしても、彼らには日本があります。

日本がある限り、韓国人の責任転嫁癖はなくなることはありません。責任転嫁癖がなくならない限り、彼らは自らの短所や欠点、錯誤や失策と真摯に向き合うことは永遠に出来ないでしょう。即ち、彼らの短所や欠点、錯誤や失策は永遠に根本的解決を見ることはないということになります。

私はこれを「種の能力的限界」だと思っているのですが、どうしても彼らを人類にカテゴリしたい方は少なくないようで、なかなか表立って同意してくださる方はいません。確かに、人の形をして人の皮をかぶっている彼らを亞人類呼ばわりすれば、一歩も間違わなくても下手をしなくても、人種差別主義者と思われる可能性は濃厚ですので、それはしかたがないことなのでしょう。

更に日本は彼らの責任転嫁先であると同時に、目標でもあります。「日本に追いつき追い越せ」は、韓国の国家的スローガンと言っても良いでしょう。日本という成功のお手本を完全にコピー出来れば、ウリナラも日本と同じどころか、ウリ民族の優秀さで、日本よりもっと素晴らしい国に出来るに違いないと彼らは夢想しています。

しかし、彼らがそう言い続け、思い続けて幾星霜、いまだに韓国は日本を追い越すどころか、追いつくことさえままなりません。2002年のW杯で日本より韓国が上位になったとか、ソニーを三星が抜いたとか、その他のささやかな部分で日本に追いついたとか、日本を追い越したとか思えなくもないこともないような気がした程度のことはあっても、全体像から見ればまるで届いていません。

それに苛立ち、またあるいは前述の自らの責任転嫁癖を薄っすらと感じて、「日本など消滅してしまえば良いのに」と口走る韓国人も、時々おります。日本さえなくなれば、韓国は自ら設定した達成目標に苦しむこともなくなるし、日本に責任転嫁することもなくなって、全てが上手くいくようになる気がするのでしょう。

けれど、もし本当に日本がなくなれば、韓国もまた韓国として存在することは出来なくなります。韓国は、そういう経済構造の上に成り立っている国だからです。

南北分断も確かに韓国の悲劇ですが、日本と縁切り出来ないことの方が、韓国にとっては重大で痛烈な悲劇であるかもしれません。

韓国が日本なしでは成立しない国という現実は、日本にとってもまた悲劇です。日本を憎悪し、嫉妬し、隙あらば害を為そうとしながら、同時に羨望と憧憬を満身にたたえて、日本に全身全霊で寄りかかってくる韓国を、我が日本は切り捨てることが出来ないのです。

両国に共通するこの悲劇は、日本が消滅しても解決出来ませんが、韓国が消滅すれば円満に解決するのではないかと思います。何故か日韓共に、それは言わないお約束になっているようなのが、まことに不思議なことなのですが。



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韓国人は足元を狙う

日韓チャットで韓国人の相手をしていていつも思うのは、彼らの伝統的対日本人マニュアルが確実に受け継がれていることです。それは、遺伝子レベルで刷り込まれているのではないかと思うほどです。

「彼らの伝統的対日本人マニュアル」とは、弊ブログでも何度かお目にかけたことがありますが、明治6年から明治8年の日本の内閣公文別録に記載された「朝鮮人待日本人六條」と言われるものです。

アジア歴史資料センター」(通称「アジ歴」)ではこの公文別録を閲覧することが出来ますが、以下はその該当ページの画像と、それをテキストに起こしたものです。
明治6~8年内閣公文別録朝鮮始末 三 P.91
クリックで拡大します。

(前略)曾テ韓人 我ヲ待ニ 六條ノ秘訣アリト聞ケリ 偶 住永友輔 左ノ文ヲ得テ出セリ 果シテ 其 聞所ノモノナラン
 一 遜辭  屈己接人辞氣温恭
 一 哀乞  勢窮情迫望人見憐
 一 怨言  失志慷慨激出怒膓
 一 恐喝  将加威脅先試嚇動
 一 閃弄  乗時幸會翻用機関
 一 変幻  情態無常眩惑難測

これは朝鮮人が日本人に対する時の秘訣、即ち
一 謙遜する  自分を低くして接し言葉遣いも雰囲気もうやうやしくおだやかにする。
一 哀れみを乞う  困りきったような情をあらわし憐憫で見られるようにする。
一 怨みを言う  精神を失ったかのように憤ってはらわたから激しい怒りを出す。
一 恐喝  まさに威圧し脅しをかけておそれさせる。
一 閃くように弄する  あらゆる機会を用い時に乗じて翻弄する
一 変幻  同じ態度をせず眩惑し推し量ることを難しくする。
の六ヶ条を記したものです。

この記録は明治7年のものと言いますから、今から135年も前の文書になりますが、現在の日韓チャットの韓国人も老若男女を問わずと言うか、明らかに若い(幼いと言っても良いぐらいの)韓国人までが、このマニュアルに則った行為を自然に行います。おそらくこれは彼らの本能レベルの所作で、マニュアルがあるとか、それに則っているなどということは意識することさえなく行なっているのだろうと思います。

そんな彼らにかかれば、何も知らない日本人などは伝い歩きの赤ん坊を突っ転ばすよりも容易に転がすことが出来るでしょう。

以前、コメント欄にて、「日本人が逆立ちしても韓国人に勝てないものに、接待がある」という記事を紹介していただいたことがあります。

その記事に曰く「現在、ネット上では、俗に言う「嫌韓」の日本人が増えていているように感じる。私が思うに、その「嫌韓」の日本人の男性10名が、韓国にて韓国流の怒涛の接待を受けた場合、少なくとも5人は嫌韓では無くなるであろうと予想する。また少なくとも8人は、再度韓国に来たいと思うであろうことは間違いない。それほどまでに韓国の接待術は優れていると言わざるを得ない。また、おとなしくて生真面目な民族特性を持つ日本人は、韓国人には組し易い相手でもある」とあります。

「韓国の接待術」が何を基準に優れているかという点については、多少の異論があるかもしれません。しかし「相手を籠絡し、意のままに操る」という目的を達成するための接待という点に注目すれば、前述の記事は残念なことに事実だと私も思います。この韓国式接待術で、多くの日本の技術者がころりと転がされ、どれほど大量の貴重な技術を流出させたか、想像も出来ない(と言うか、したくない)ほどです。

これら朝鮮人待日本人六條や韓国式接待術は即ち、日本人には足元が定まっていない者が多いということを、韓国人たちがよく知っているからではないかと思います。

日本人は、海外から伝わるものや外国人に対しては、比較的柔軟に対応する習慣があります。その際に、対応する者の軸足ががっちり定まっていればさほど問題はないのですが、軸足が定まっていない者が海外から伝わるものを受け入れようとしたり外国人を相手にする場合、もし相手側に悪意があれば、日本人は非常に簡単に転がされます。更にもし、その相手が韓国であれば、これはもう確実に悪意の塊と考えて良いでしょう。

反面、軸足ががっちりと定まっている者に対しては、韓国人は為す術がありません。日韓チャットでも彼らは、私たちに対しても対日本人マニュアルをひと通り試みますが、こちらがビクともしないとわかると、ある者は捨て台詞を吐いて、ある者は無言で出て行きます。

韓国人に対する基礎知識を詰め込み、ハリネズミのように警戒し武装しても、彼らは巧みに私たちの足元を狙ってきます。軸足が定まっていなければ、どれほど理論武装した嫌韓であっても、彼らの対日本人マニュアルや韓国式接待術でころりと転がされる恐れは、十分にあります。

韓国人に足元を狙われないように、またもし狙われてもびくともしないほど堅固に、私たちは自らの足元をがっちりと定めておく必要があるのではないかと、日韓チャットの韓国人の振る舞いを見るたびに痛感しております。



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教育で変わり得るのは人間だけ

韓国と韓国人について、時々聞くご意見に、「元々の韓国人が悪いのではなく、韓国の教育が悪い」というものがあります。

私はこういう意見を聞くたびに、「日本人を悪いと思わない。悪いのは日本政府だ」と言う韓国人を連想してしかたないのですが、それを差し引いたとしても、韓国の教育が悪いというのは事実でしょう。

韓国の教育における悪い部分をあげろと言われれば、ハングル専用や教科書丸暗記という学習方法等の問題点もあげられますが、それ以上に思想や情操教育の部分に、大きな問題があると思います。

彼らの教育の根幹は「自尊」ではないかと個人的に考えているのですが、彼らは自らの負の要素を認め受け入れ愛することが出来ません。そのために彼らの教科書では、彼らの負の要素を極力伏せてウリナラマンセー、ウリ民族最高を謳います。しかし彼らから負の要素を削ると、その残りはかなり少なくなります。その不足を補うために、彼らは他者卑下を添加します。

また、本来は反共親米であるべき韓国なのですが、北朝鮮の思想に染まった全教組の教師たちによる反日反米親北教育がかなり浸透していることは、学生の多い日韓チャットを見ているとよくわかります。そのために生じる思想的ねじれも、彼らの習性や性格に大きな影響を与えているでしょう。

では、韓国の教育が改善されれば、韓国人も多少は人間らしさを獲得することが出来るのでしょうか。

もし韓国の教育が改善されれば、「多少の」人間らしさを獲得する韓国人が出てくる可能性はゼロではないかもしれません。しかし韓国人社会全体としては、改善された教育そのものに対して、強い拒否反応を示すと思います。

それはかつて日帝統治期に行なわれた日本式教育を現在の彼らが激しく憎み、また現在の日本における在日朝鮮人達が、日本の教育を受けることを頑なに拒み、あるいは以前ニュージーランドにおいて、ニュージーランド人日本語教師が韓国人学生に刺された事件がありましたが、その時の韓国人たちの反応(韓国人学生が日本語教師を刺したのは、日本語教師が日本的な考えを持っていたからだ等)からも容易に想像が付きます。

彼らが忌避するのは何も日本式教育ばかりではありません。口先では、韓国の教育について不満を言ったり、問題点を指摘する韓国人は、掃いて捨てたいほどいます。それが高じて、子弟を幼いうちから海外へ留学させる韓国人も、少なくとも日本と比べれば非常に多いようです。

しかしアメリカでは現地の教育に馴染めずに非行に走る韓国人青少年の増加が問題になっており、その中には無差別大量殺人という大事件にまで至った例があるのは、弊ブログをご覧の皆様なら既にご承知のことだと存じます。

韓国の教育が、韓国人の非人間的さを醸成することに大きく貢献していることは、おそらく事実でしょう。しかし根底にある問題は、そのような韓国的教育を彼ら自身が強く望み、進んで受け入れているということだと思います。

人間は、確かに教育次第で変わることが出来ます。しかし教育で変わり得るのは、人間だけです。どれほど賢くても、どれほど能力があったとしても、どれほど優れた教育を施しても、犬や猫や馬やチンパンジー等に人間としての自覚を持たせることが出来ないのと同じです。

そもそも人間でない生き物に、教育で人間に変わることを期待すること自体が、酷と言うものです。



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共依存関係を断ち切るには

前回記事のコメントにて、「日本で言う「右翼」と、韓国で言う「右翼」が同じものだと仄聞したが、それは事実か」というご質問を頂戴いたしました。それについてはかなり以前になりますが、チャットログで韓国人が「右翼の定義」について言及しておりますので、それをご参照いただければよろしいかと思います。

個人的には、韓国人の発する言葉の意味を探ろうとすること自体に、若干の無理があるかなと思っています。彼らの用いる言葉は、人間の用いる言葉に大変よく似ており、また人間の言葉として解釈することがある程度可能であるために、つい人間の言葉と同じように、その言葉の意味を解釈しようとしてしまいます。

実は私も、非常にしばしば彼らの言葉を人間の言葉として解釈しようとしてしまう方なのですが、実際のところ彼らの話す言葉は、禽獣の鳴き声か、あるいは人間の声だとしても、せいぜい乳幼児の泣き声と同じ程度にしか意味を持たないと理解しておいた方が無難だと思います。

さて日韓チャットですが、以前と比べると格段に韓国人と話す機会が多くなりました。せっかくなので、これまでのような出会い頭にカウンターパンチを食らわす対応を極力控えて、優しく丁寧に対応するようにしてみました。

しかしその結果は、出会い頭にカウンターパンチを食らわすのと大差ありませんでした。かかる手間と時間が増えただけで、結果が同じなのであれば、真綿で包んでじっくり締め落とされるよりは、一撃でノックダウンさせられる方が韓国人的にも楽なんじゃないかと思います。

更に韓国人にとって気の毒なのは、カウンターパンチで仕留めるのとは違って、優しく丁寧に受け答えをすることで、韓国人に幾許かの期待を抱かせてしまうことです。下心を抱いてやってきた彼らに期待を持たせておいて、おもむろに締め落とすのですから、その落差はカウンターパンチで瞬時に叩き落されるよりはずっと大きいものになるでしょう。

もちろん、韓国人と見れば見境なく叩き落したり締め落としたりしているわけではありません。少なくとも私は、長年日韓チャットで積み上げた経験から導き出した一定のルールを自ら設定しております。そのルールに反しなければ、多少の言い争いになっても普通に対応しております。

そのルールとは、それほど厳しいものでも難しいものでもありません。「入室したらまず挨拶をする」とか、「みだりに罵倒語を用いない」、「翻訳チャットなのだから極力正しい自国語を用いる」といった程度の、はっきり言えばルールというよりは一般常識といった方が良いぐらいのものです。しかしそれを守れない韓国人は、非常に多いのです。

それを守れない連中を叱り、場合によってはぶん殴り、次第によっては問答無用で部屋から蹴り出したりしておりますと、三人に二人はそれを逆恨みして嫌がらせを始めるか、そうでなければ全く無関係な別の部屋へ行って、自分の落ち度を伏せて、受けた仕打ちの恨み言だけを言い触らしているようです。

そういう彼らの所業を見ていると、日帝統治時代の朝鮮で、法を違えた朝鮮人が、日本人の巡査にこっ酷く叱られたり逮捕されたりした時も、同じように逆恨みして闇討ちを仕掛けたり、同じ日本人というだけで全く無関係な人(あるいは反撃しなさそうな人)を狙って襲うことで鬱憤を晴らそうとしたり、自分の落ち度や悪行を隠して、受けた仕打ちだけを殊更に言い触らしていたのだろうなあということが、想像ではなく実感として理解出来ます。

つまり彼らに優しくテマヒマかけて教え諭しても、彼らはそのテマヒマに感謝するどころか、かえって恨みを倍増させるだけなのです。ならば苛烈に四の五の言わず言わせず、一方的にこちらのルールでがんじがらめに縛り上げ、それに一寸でも反したら間髪入れず弁明も許さずぶん殴るというやり方が、朝鮮人と接する場合、双方にとって最も合理的な方法だと思います。

実際に支那は、何百年もの間、そういった苛烈なやり方で朝鮮を支配したのに対し、日本は朝鮮を35年間優しく(少なくとも支那と比べれば段違いに優しかったはずです)テマヒマかけて教え諭し与え養ったわけですが、その結果朝鮮人がどちらを強く深く激しく恨んでいるかを見れば、どちらの方法が合理的であるかは明白です。

ただ、どちらの方法が合理的かということを頭でわかってはいても、日本人はどうしても支那人ほど苛烈にはなれません。それどころか日本には、ちょっと強めに対応しただけで「酷い」だの「可哀想」だのと棚の上からうるさく喚き散らす連中が少なくありません。

結局はそうやって甘やかすことをやめられない日本人と、それを見越して恨み言を言う朝鮮人との間で、共依存関係が成立してしまっているわけです。

それでも海が障壁になっていた頃であれば、どうにか対処出来なくもなかったかもしれません。しかし今や、韓国人の年間訪日者数は2008年度公式発表で200万人余り。その上北朝鮮からだけでなく、韓国からの密航も少なからずあるようですので、実際の数字は更に増えるでしょう。

海が障壁ではなくなり、更に日本政府が方針として韓国人の訪日ハードルを下げまくっている今日、朝鮮人との共依存関係を断ち切るには、日本人それぞれが自覚を持って朝鮮人に毅然と対応するしかないと思います。

ネットの巷では、韓国や北朝鮮という朝鮮人の国の異常さや朝鮮人という生き物の生態が、ずいぶん知られるようになってきました。あとはそれが現実社会でも公然と語られ、常識として日本人の間で共有されるようになれば、朝鮮人に対して毅然と対応できる日本人も増えるのではないかと期待する次第です。



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日韓で共有し得るのは

昨日、コメント欄に妙なコメントが入りました。最初見た時は、そのコメントの余りの品性の無さに消そうかなと思ったのですが、せっかく自ら進んで恥をさらしに来たのだからと思い直して、あえて放置しております。弄りたい方がいらっしゃいましたらご自由に、ただし手についたらエンガチョ言われる可能性をご理解の上、自己責任でおやりください。

さて使用する日韓チャットを旧に復して数日、稀少種との遭遇にわずかな期待を抱きつつ、韓国人の相変わらずさに激しくうんざりしております。

昨日も数人の韓国人の屁理屈に付き合わされていたのですが、そのうちの1名が、自分は当直中の医者だと言い張りました。

ログ自体は、その韓国人が屁理屈を捏ねまくってるだけでさほどに面白くないのですが、この自称韓国人医師、医師を名乗る割に「統合失調」という単語の意味がわからず、「漢字はよく理解出来ないので、あまり使わないでくれ」と言い出しました。

確かに、「統合失調」という単語は比較的最近、言い換えのために用いられるようになった単語ですから、韓国人にはわからないかもしれません。しかしわからなくとも目の前に便利な箱があるのですから、調べれば済むことです。

そう思って「統合失調という単語ぐらい、辞書で引け」と言ったのですが、全く調べようともせずに「韓国の修学能力試験(筆者註:韓国の大学入試)には漢字は出ないから、わからなくて当然だ」と減らず口を叩きます。

医師ともなれば、未経験の症例に出くわすことはよくあるでしょう。経験が浅い医師であれば尚更です。その時に「修学能力試験に出なかったからわかりません」では済みません。あらゆる手段を動員して、調べるのが普通のはずです。そもそも、わからないことがあれば調べるという基本姿勢は、医師ならずとも社会人であれば当然です。

ですから「漢字がわかるかどうかではなく、辞書が引けるかどうかの話をしているのだ」と言ったのですが、その自称韓国人医師は、それがまったく理解出来ません。

当直中にチャットをしているという勤務態度の不真面目さは韓国人としては普通です(その韓国人がそう言っていましたw)が、仮にも医師を名乗る者がが辞書も引けないというのはどれほど韓国の医師は程度が低いのだと言ってもなお「修学能力試験に出ないのにどのようにわかるのだ」と言い張ります。

余りの馬鹿さ加減に「【朝鮮では、修能試験に出ないことは、わからなくて普通です。朝鮮人義士(「義士」と「医師」は朝鮮語では全く同音なので、わざとこう書きました。もちろんこの韓国人、こちらが種明かしするまで気づきませんでした)が言ってましたから間違いありません】と日本人に宣伝しても良いか」と私が言えば、必ず宣伝しろとその自称医師に言われたので、ここにご紹介します。

ちなみにその自称医師の所属病院名はソウル牙山病院、所属部署は教育修練部、自称医師が日韓チャットで使用していたIDは「gsilla」です。

私のブログで必ず紹介すると約束したので、ここに晒しあげご紹介いたします。

韓国で急病になったら、出来るだけ帰国してから治療を受けるか、それがダメなら何とかして日本人医師を探すかした方が安全だと思いました。ましてや安いからとかプチだからとか言って韓国で整形手術を受けるなんてのは、自殺行為と紙一重だと思います。

この自称医師が落ちた午前2時半辺りから日韓チャットがダウンしたため、そろそろ切り上げようと思っていたら、知り合いの韓国人がSkypeのチャットで話しかけてきました。

そこでしばらくその韓国人と話をしていたのですが、その時の話題が「日韓の価値観は共通か」になりました。

日韓首脳会談で両首脳が「日韓は同じ価値観を持っている」「日韓は価値観を共有する」と言ったことは、先日の記事でもご紹介いたしました。

しかし韓国を多少なりとも知る日本人ならば、日韓が同じ価値観を持っているとか、日韓で同じ価値観を共有出来るとは到底思えません。

では韓国人はどうだろうと思って聞いてみたのですが、その韓国人は政治にあまり詳しくなく、日韓首脳会談の要旨についても知らなかったようで「日韓が同じ価値観を共有するなんて、どこの誰が言ったのですか?それは減らず口で挟んだ嘘です」と言っておりました。

この時に、「日韓は同じ価値観を共有し得るか」という話になったのですが、私の個人的な考えでは、実は韓国人の中には、日本的な価値観に共感する人は案外少なくないと思っております。しかしその価値観に「日本」が付くことに、韓国人は強い抵抗を感じるようです。それは何も今に始まったことではありません。

かつて日韓併合の際、朝鮮側の立役者となった李完用が言ったとされる「日本は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らない」というフレーズがあります。

これは「「李完用侯の心事と日韓和合」の中で紹介されている言葉で、本旨は「世界中で日本だけが朝鮮を真っ当に扱ってくれる国だ」ということを言っているのですが、この前置きとして言われる「日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らない」というフレーズは、まことに朝鮮人の本心を如実に物語っているなあと常々思っております。どんなに素晴らしい価値観であったとしても、それが「日本流」であればそれだけで、彼らは「気に入らない」のです。

素晴らしいものは全て韓国のもので、劣悪なもの、野蛮なものは全て日本のものでなければ、韓国人は受け入れられません。「日本流だろうと何国流だろうと、良いものは良い」と素直に受け入れ咀嚼し飲み込んで吸収する能力が韓国人にあれば、韓国も変わり得ると思います。

しかし彼らには絶対不変の真理として、ウリナラマンセ、ウリ民族最高があります。どんなに彼らが上っ面だけで謙遜したとしても、ほんのちょっと突付くだけでそのメッキは剥がれます。

昨日私がSkypeのチャットで話していた韓国人も決して例外ではありません。私と話していると、いつも何とか反論したくてしかたないと自分で言います。しかし言ってることが全て当たっているので、反論が出来ないと残念そうに言います。

李完用もそうですが、この韓国人のように「日本人の言ってることが正しければ、どんなに気に入らなくても受け入れるべきだ」と考えるまでが、私は韓国人の限界だと思っています。

と言うか、日本人が「日韓は価値観を共有出来る」と言うのと、韓国人が「韓日は価値観を共有出来る」と言うのは、実は同じことを言ってるように見えて全然違うことを言っております。

日本人側が言う場合は言葉どおりの意味ですが、韓国側が「韓日は価値観を共有出来る」と言った場合は「日本は韓国の価値観を無条件で受け入れることが出来るはずだ」と言ってると、日本人は理解しておいた方が間違いありません。

もし日韓で共有し得るものがあるとすれば、「日韓の価値観は異なる」「日韓で同じ価値観を共有することは出来ない」という認識だと思います。



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古巣の日韓チャットにて

一昨日、これまで使っていた日韓チャットが終了したために、以前使っていた古巣の日韓チャットへ舞い戻りました。実は以前から、そちらの方がわずかに賑わっているという話は聞いていたのですが、色々面倒だったので行っておりませんでした。

私が古巣の日韓チャットに舞い戻った日は、それまで私が利用していた日韓チャットが終了した影響もあってか、日韓共に結構人が集まっており、久々に韓国人が頻繁に出入りするチャットを味わうことになりました。もっとも、例によって入ってくるなりそれまでの話の腰をへし折るか、自分の話しかしない韓国人ばかりでしたが。

何しろガンダムの話をしているのに、「私はウルトラマンが好きだ」と言い出す阿呆はいるわ、誰も聞いてないどころか、はっきりと拒否しているのにひたすら「Skypeする人はいないか、誰かSkypeで私をHelpしてくれ」と言い続ける馬鹿者はいるわで、最近あまり韓国人とチャットで同室することがなかった(と言うか、それ以前に待機室でぼさーっとしてることの方が多かったために耐性が落ちていた)私は、いちいちそれらにムカついておりました。

韓国人と話をしていると、他人の話をぶち壊して、無理矢理にでも自分の話に持ち込もうとするか、あるいは無反応に近いぐらい従順にこちらの話を聞くだけかのどちらかであることが大変よくあります。

どちらが多いかと言えば、もちろん話をぶち壊そうとする韓国人の方が圧倒的に多いのですが、従順に話を聞いているからと言って、その韓国人と話が弾むことはまずありません。そういう韓国人は、ひととおり話を聞くと最後に「良いお話ありがとうございました」「良い情報をありがとうございました」と礼を述べるのが常で、一見大変礼儀正しく誠実に見えます。

しかし「良いお話」「良い情報」と言いながら、その韓国人がその話をどのように受け取ったのか、どのように理解したのかという反応はものすごく希薄ですし、その話が後にフィードバックされることもほとんどありません。ですから彼らに何を話しても、たとえ丁寧に礼を言われても、まるで枯れ井戸に小石を放り込んでいるような心地でまことに張り合いがありません。

韓国人同士の会話を見ていてもたいていそういうパターンですから、おそらくは実際の韓国人同士の会話も同様なのでしょう。

つまり韓国人の場合、会話や討論によって相互に知識を交換・共有し、それをより一層膨らませるということをしないようです。2人以上の発言者がいる場合、必ず誰かひとりが主導権を握り、あとのメンバーはそのご高説を黙って拝聴するだけなのです。

彼らの間では、誰かが発言の主導権を握るまでは、熾烈な口論が繰り広げられることが珍しくありません。何も知らない人が見ればその光景は、活発な討論が行なわれているかのように見えなくもありません。しかし実際のところは、内容よりも声の大きさを戦わせているに過ぎないのです。

日本人の場合は、お題を巡って各人が持つ知識を出し合い、あるいはそれぞれが調べ、考察し、それらを開陳し、また話し合います。そうすることで各人の持つ知識や資料、考察が積み上げられ、わずかずつでも磨き上げられていきます。

ところが韓国人の場合は、声の大きい者が主導権を握ると、あとの者はただ発言の主導権を握った者の主張を黙って聞くか、聞き流すだけです。その発言を元に意見を述べることがないのはもちろん、その発言について調べるとか考察を始めるということも、ほとんどありません。

2002年のW杯前後から、日本人は日韓チャットや日韓翻訳掲示板、あるいは某巨大匿名掲示板におけるハングル板などで韓国と韓国人を観察し、考察し、意見を交換し、知識を共有してきました。

その結果、マンガ嫌韓流を始めとする嫌韓系書籍が多数出版され、あるいは嫌韓系(最近では韓国ウォッチ系と言う方が近いかも)のブログやサイトが多くの日本人の目に触れるようになりました。

現在の日本では、韓国人がどのような生き物なのかということについて、少なくともネット上では2002年当時と比べると飛躍的に理解が進んでおります。

対する韓国人側はと言えば、某脳足りん君なども、いまだに性懲りもなく日本語ブログを書き続けておりますが(彼は複数の日本語ブログを持っており、そのうちのいくつかは休止状態になっておりますが、いくつかはまだアクティブです)、やはり「ブログで自分の意見を述べ、それを読んだ人の意見を聞いて、改めて考察する」ということは頑なにしようとしません。常に一方的に自分の意見や、自分の意見に合致すると思われる他人の意見を持ってきて貼り付けるだけです。

これは別に某脳足りん君だけに限ったことではなく、韓国人全般にその傾向が極めて強いのは、燭火デモにおける彼らの言動を見てもわかりますし、韓国言論からもそういう傾向が強く見られます。おそらくは、韓国の学者や技術者なども同じではないかと思います。

韓国においては、1998年から段階的に日本文化の開放が行なわれたせいで、以前より日本に詳しくなったと思っている韓国人は非常に多いと思います。しかしそれは単に日本のサブカルチャーの情報公開が韓国で解禁されただけのことで、その根源に対する考察や意見交換、知識の共有は全くと言って良いほど行なわれておりません。

それどころか相変わらず「日本語の起源は朝鮮語」と、仮にも韓国の大学総長が得意げに発表しているぐらいですから、いまだにネット上であっても韓国人の日本や日本人に対する理解は、2002年当時と比べてもさほどに変わっていないでしょう。

せめて彼らが、他人の話を聞くという芸を覚えれば、少しは人類に近づく可能性があるかもしれませんが、「他人の話を聞いたら負け」と思っている彼らがそんな芸を覚える望みがあるはずもなく、久しぶりに盛況な日韓チャットを通じて韓国人を見て、種としての限界というものはまことに高く険しいものであるなあとしみじみ思った次第です。



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嫌韓は一日にして成らず

私が利用していた日韓チャットは、もう1年以上も管理者が管理を放棄しており、事実上終了していたも同然でしたが、先日とうとう本格的に終了の告知が出ました。

終了日時は漠然と10月中旬としか書いておりませんが、もう秒読みなのは間違いないでしょう。その後は新しいチャットサービスに移行するらしいですが、そちらは多分ログが取れない仕様になっていると思われます。仕方ないので、私は古巣の日韓チャットへ舞い戻ることを検討中です。

最近の私は、日韓チャットにログインしても待合室でぼさーっとしてることの方が多いので、現在利用しているチャットサービスがなくなったからと言って俄かにブログ執筆に大きく影響するということはありません。古巣の日韓チャットもなくなれば、弊ブログのサブタイトルを変更する必要があるかもしれませんが。

日韓チャットから日韓翻訳掲示板に移行しても良いんですが、チャットでの討論と掲示板での討論はスタイルが違います。長年慣れ親しんだスタイルから新しいスタイルに急に変更することに対して、精神的負担を感じるというのは、もう若くないということかもしれませんw

さて、最近ネットの巷では韓国に対する意識がはっきりとネガティブに傾いてきております。これはネットに限ったことではなく、世界的な傾向のようでもあります。

かつて、日本人が海外旅行先に集団で押し寄せて、現地のマナーにそぐわぬ行動を取るということで、ひとしきり叩かれた時代がありました。もっとも一番叩いていたのは、当の日本人だったような気がしなくもありません。

その後、日本人の年間渡航者数が1千万人をコンスタントに超えるにようになると、海外旅行慣れした人が増えてきたせいか、以前ほど酷い言われようはしなくなりました。

ところが日本人の海外での評判と反比例するように、韓国人の海外での評判は年々歳々悪化しているような印象を受けます。

韓国で、海外渡航が自由化されたのは1980年代後半だったと思います。日本の場合、海外旅行が自由化されたのは確か1960年代後半。それから日本人の海外渡航者数が1千万人を超えるまでには、およそ20年余りを必要としましたが、韓国では自由化後16年ほどで海外渡航者数1千万人を突破。2006年度の統計結果では、日本人の人口に対する出国率13.7%に対し、韓国人の出国率は24%と、大きく日本を上回っております。

もちろん人口は日本の方が倍以上ありますから、人数で言えば海外に出ている日本人の方が多いはずなのですが、韓国人の方が日本人の倍以上態度がでかいので、日本人よりも悪い意味で目立つのかもしれません。

そんなこんなで、リアルでもバーチャルでも嫌韓は世界的に増大傾向にあると言って良いと思うのですが、日本のネットでは「嫌韓」に反応する「嫌嫌韓」という人々の存在も最近目立ってきました。

実は、私はこの「嫌嫌韓」という人たちの気持ちも、わからなくはありません。

日本人的感覚では、他者を一方的且つ完膚無きまでに否定し罵倒することは、何かバランスが悪い感じがします。そのバランスを取ろうとして、特に考えなしに韓国をちらっとでも褒めると言うか、認めるようなことを言うと、まるで親の仇のように攻撃されることがあります。

それがある程度品のある内容ならまだしもなのですが、どうしても韓国関連は生理的嫌悪を催すようなネタに終始しがちです。

そのためか、日本のネットの巷では「嫌韓」が現れると「嫌嫌韓」も現れ、彼らの不毛な応酬に嫌韓でも嫌嫌韓でもないギャラリーがうんざりするという現象がしばしば見られます。

ケースバイケースではありますが、この現象については私はあまり良いとは思っておりません。何故なら、この現象が蔓延すれば、「韓国を話題にすることそのものがタブーになる」と思うからです。韓国を話題にすることそのものがタブーになれば、韓国の実態を知らせることはどんどんアンダーグラウンド化していきます。

韓国が消滅するか、あるいは日本と韓国が完全に没交渉になるということが保証されているならば、韓国を日本人の意識から除外することは悪いことだとは思いません。しかし現実問題としてそれは不可能です。ならば、常に韓国や韓国人に対する警戒が公言できる環境が必要ではないかと私は考えています。

過激な嫌韓発言は、ある程度韓国の実態を知っている人には効果的かもしれません。しかし、どうしてもそれは、不快な内容に傾きがちです。韓国の好き嫌いは別として、その不快な内容を嫌悪する人が出てくるのは、これもまた防ぎようがないでしょう。

その結果が、「韓国を話題に出すことそのものをタブーとする」となってしまっては、「知らない国は好きな国」の日本人にとってマイナスになることはあっても、プラスになるとは思えません。

韓国のことをほとんど知らない日本人に、いきなり韓国の実態を見せ付けても、ほぼ確実に信じようとしません。それほど日本人的感覚では、韓国の実態とは荒唐無稽に見えるのです。

以前にも言ったことがありますが、泳いだことのない人をいきなり海に放り込んでも、10人が10人泳げるようにはならないわけで、中には「一生二度と水に入らない」と言い出す人も出てくる可能性があるわけです。

それと同じく、韓国について何も知らない人にいきなり韓国の実態を見せ付けて溺れさせるよりも、まずは韓国を話題に出すことをタブーとしないようにした上で、韓国の事実を淡々と知らせることが効果的だと思います。「知らない国は好きな国」のままでいられるのが、何より困るのです。

そのためには、以前から言っておりますが、親韓から入っても良いのです、と言うか普通はそれが自然だと思います。嫌いなものよりは、好きなものの方が興味や関心を抱きやすいでしょうから。

ローマは一日にして成らずという格言がありますが、嫌韓もまた一日で成るものではありません。過激な嫌韓発言をしたければ、そういう場所はネットの巷にいくらでもあります。もし気に入った場所が見つからないなら、私のように自分でそういうブログを立ち上げても良いわけです。

発言の時と場所を選ぶという思慮分別は、発言内容に説得力を持たせるためにも重要だと思います。



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10月9日日韓首脳会談の要旨を見て

現在はハッピーマンデーとかいう制度のおかげで違いますが、本日10月10日は、かつて体育の日でした(今年の体育の日は10月12日になってるのかな?)。何でも10月10日は晴天の確率が高い特異日だそうで、それもあってか、昔はこの日に地区の運動会とか行なわれていたものです。

ところで昨日9日は日韓首脳会談が行なわれていたそうで、何気にその要旨に目を通して軽いめまいを覚えました。

まず何よりも「東アジア共同体構想」についてです。要旨によると、これについて李大統領は「いい考えだ。日韓は同じ価値観を持っているので協力していける」と述べ、鳩山首相が「価値観を共有する2国が核となり、さらに多くのアジアの国々との協力を深め実現に向けて一歩踏み出そう」と述べたそうです。

有史以来現在に至るまで、日韓が互いに互いの価値観を押し付けようとしたことはあっても、同じ価値観を共有したことは一度もなかったはずですが、いつの間に日韓が同じ価値観を共有するようになったのでしょうか。それともこの日韓首脳会談で言及されたのは、私が知る「日韓」とは別の「日韓」の話なのでしょうか。

そもそも正しい韓国人であれば、日本が提唱する「東アジア共同体構想」については「日帝によるアジア侵略の再現か」と吼えるべきです、ってのは冗談ですが、言うに事欠いて「日韓は同じ価値観を持っている」というのはどうかと思います。

日本人から見た韓国を語る時、弊ブログのような嫌韓系で糞味噌に言われるものを除いても、たいてい「似て非なる」とか、「近くて遠い」という枕詞が入ります。適当なガイドブックを見ても、日本人と韓国人の価値観が異なることについては、必ず言及されます。

これは韓国人から見た日本人の場合でも同様です。かつての日韓チャットでは、しばしば日本を訪れたことのある韓国人が、これから日本を訪れるという韓国人に対して、先輩風を吹かせてアドバイスするのを見ることが出来ましたが、そのわずかな会話の中からだけでも、日韓両国民の価値観の違いというものは浮き彫りにされます。

日韓については、人々の髪や瞳の色が黒(か黒茶)で、肌が黄色いという点だけに限れば、確かに似ているかもしれません。しかしその皮一枚下は、まるで正反対と言っても良いほど異なります。

日本人は静謐を好み韓国人は騒擾を好みます。日本人は淡色を好み韓国人は原色を好みます。日本人はコンパクトを好み韓国人はダイナミックを好みます。日本人は法を優先すべきと考え韓国人は情を優先すべきと考えます。日本人は勝って兜の緒を締め、韓国人は戦ってる最中にちょっとでも優勢になったら、それだけで勝ったと思って浮かれます。日本人は気持ちを伝えるために言葉を選びますが、韓国人は気持ちを伝えるために言葉を選びません。

このように日韓の人々の差異は数え上げるとキリがありません。逆に、日韓で共通の価値観と言われても、私には咄嗟に思いつきません。そう言えば、某巨大匿名掲示板で時々見かけますが、日韓で全く同じ言葉を言っても、意味がまるで異なるという例もありました。

日韓首脳会談では、日韓の歴史認識についても言及されておりましたが、今現在の日韓についても正しく認識出来ていないのに、過去の歴史認識が正しく出来るはずがありません。日韓で共同して教科書を作ろうという話があるようですが、日韓歴史共同研究でも激しく紛糾しておりましたので、どちらかが妥協しない限り日韓共通の教科書など出来るはずもありません。

この場合、日韓いずれが妥協する可能性が高いかと聞かれれば、当然日本と答えるしかないでしょう。何故なら韓国側が妥協すれば、妥協を認めた韓国人は韓国国民から殺される可能性が小さくありませんが、日本側ではそんな心配をする必要はありませんから。

相互理解と言うならば、まずは日韓双方がそれぞれに異なる価値観を持っていることを互いに知り、それを認めることから始めるのが本来ではないかと思います。しかし今回の日韓首脳会談では、最初のボタンをいきなり掛け違えて始まっているのです。

最初にボタンを掛け違えれば、途中はごまかせても、最後に必ず帳尻が合わなくなるのは理の当然です。日韓関係の帳尻が合わなくなることはこれまでにもあったことですが、困るのはそれよりも、「途中をごまかされる」ことだと私は思います。

日本列島を日本人の所有物ではないと断言し、在日外国人の参政権に個人的には前向きで、しかも日韓が価値観を共有していると信じている人物が日本の首相をやっているという事実は、特亞三国の国益には寄与することはあるかもしれませんが、日本の国益に寄与することがあるとは到底思えないと、日韓首脳会談の要旨を見て思った次第です。



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正しい記録より望ましい記憶

先日コメントで教えていただいたのですが、サーチナの【韓国ブログ】に、「日本人は記録に執着し過ぎ?」という内容の韓国ブログが紹介されています。

以前、陳舜臣氏という華僑の作家が書いた、「日本的 中国的」という本を読んだことがあるのですが、それによると中国人が記録の天才だとすれば、日本人は記録の保存の天才なのだそうです。

中国人は記録魔で、様々なことを実に細かく記録します。その結果膨大な史料を残しておりますが、その史料を革命や戦乱などで大量に損なったり失ったり、あるいは政治的意図から意図的に破棄したりしているのも、また事実です。

翻って日本では、もちろんこれまでの史料が全て欠けることなく残っているわけではありませんが、それでも最早中国には残っていないような古い御物が正倉院に残されていたりするし、また中国で消えた文化が、現在の日本に残っているということから、日本人の記録の保存能力は極めて高いと述べておられました。

この「記録魔」と「記録の保存魔」の二国に挟まれた朝鮮はと言えば、これは先の韓国ブログで韓国人が言ったように、記録することも、記録を残すこともあまり上手ではないようです。

しかしそれは、先に述べた【韓国ブログ】で言われるところの「韓国人は、「『そんな面倒なことをして何になる。そんなことをしなくても、生活には支障ない』と言い出す人が多く、記録を重要視していない」からではないと思います。

この【韓国ブログ】では、日本が記録に「執着」する理由として、「日本は自然環境が韓国よりも遥かに不利な島国であるため、記録は危機に対処するひとつの手段となっている。記録を通して、自分たちが経験した過去の出来事を伝え、対処する」ためだと述べます。

実際のところ、日本の自然環境が韓国より遥かに不利というのは、地震と台風に関してのみではないかと思います。むしろ乾燥気味で低山しかないのに禿山が多く、埃っぽい土色の朝鮮半島よりも、水分に富み滴るばかりの緑に包まれた日本列島の方が、生活上の環境条件が良かったことは、それこそ過去の記録を見れば明らかです。

更に四方を海に守られていたために外敵の侵入が少なく、比較的安定していた日本と比べると、年中行事のように外敵に攻め込まれ、趣味の如く国を滅ぼしてきた朝鮮の方がずっと、生存のために記録する必要に迫られていたはずです。

実は韓国人は、記録は残しませんが、記憶は残します。しかしその記憶は、しばしば彼らの願望や恨(ハン)に基づいて、作り変えられています。実際に日帝統治を経験した韓国人よりも、光復後に生まれ育った韓国人の方が、ずっと日帝の残虐さを強烈に記憶しているのが好例と言えるでしょう。

以前、韓国人高校生が日韓チャットで「日本が戦車で韓国に進駐した」と言い張ったログをご覧に入れたことがあったと思います。その韓国人高校生は、日本が戦車で朝鮮半島を蹂躙した写真を見たことがあると言い張りました。

ならばその写真を見せてみろと言う私の要求に応じて、その韓国人高校生はネットを検索します。すぐ見つかると思った日本の戦車による朝鮮進駐はしかし、彼がどれほど検索しようと見つかりません。結局存在しない写真が出てくるはずもなく、チャットログで彼は、腑に落ちないながらも自分の記憶が間違っていたことを認めております。

しかしその記憶はおそらく、その高校生ひとりの記憶ではないでしょう。何故なら、韓国が戦車で蹂躙されている映像や写真は大量にあるからです。

言うまでもなく、それらは全て朝鮮戦争の時のものなのですが、韓国人たちは新しい方の「朝鮮戦争」の記憶を消して、古い「日帝の侵略」として記憶しています。その理由は、その方が彼らにとって望ましいからとしか考えられません。

人間の記憶は結構いい加減なものですから、記憶違いは別に珍しくはありません。しかしたとえ記憶違いであったとしても、信用に値する記録があれば、間違っていた記憶を修正することが出来ます。

ところが、韓国人の場合は記憶と異なる記録を見れば、記録の方を訂正しようとしてしまいます。正確な記録よりも、望ましい記憶を優先してしまうのです。

韓国人が記録を残さないというのは、彼らが横着であるということも大いにあるでしょうが、残された記録から自らを省みて過ちを正し、未来への礎にすることよりも、望ましい記憶に浸ってホルホルしたり、相手より自分が優位に立つための材料にすることを優先したがるという彼らの性癖も、決して小さくないのではないかと思う次第です。



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日韓、現実と認識の差

韓国でアンケートを取ると、日本は常に「嫌いな国」のベストスリーに入っていますが、同時に「学ぶべき国」という項目でも必ず上位にランクインします。彼らにとって日本とは、「嫌いだけど学ぶべき国」ということなのでしょう。

ところで、彼らの「学ぶ」とは、教科書に書かれたことを丸呑みに暗記することだというのは、以前述べたことがありますが、彼らが言う「日本に学ぶ」というのも、それと同様です。即ち「日本が西洋の文化や技術を精密に真似たように、我々も日本を精密に真似れば良い」などと彼らは考えています。

日本が、文化や技術から思想に至るまで、様々な文物を海外から取り入れることに比較的躊躇がない国だということは、歴史が物語っています。そういう歴史的背景から、日本人には文化や技術、思想は海外から流れ込んでくるものだという意識が潜在的にあると言えるかもしれません。

しかし、いくら日本人が海外の文化や技術、思想などを取り入れることに「比較的躊躇がない」と言っても、それについて「全く葛藤もない」というわけではありません。歴史を顧みれば、海外からの文化や技術、思想の流入に対しては、日本人も常に強い葛藤を抱いていました。

その葛藤を乗り越えた上で、取り入れた文化や技術、思想を存分に消化吸収し、更にそれらに改善や改良を加えて新しい独自の文物を作り上げるまでが遠足です。お手本を丸呑みに飲み込んで、腹に収めるだけではダメなのです。

また仮に、韓国が日本の文化や技術や思想を綺麗に丸呑みしても、たどりつき得る最高地点は「よく出来た日本のコピー」までです。それを目指して果てしなく日本のコピーを続けるということは、韓国人にとって強い葛藤を伴うでしょう。

韓国が日本に学ぶ努力やそれに伴う葛藤は、日本が西洋の文化や技術、思想を取り入れた時の努力や葛藤に匹敵するものかどうかは、量る術がないからわかりません。しかし韓国人の主観的には、優るとも劣らぬものであろうことは想像に難くありません。それを韓国人が乗り越え得るかどうかという疑問も強くありますが、仮に韓国人がその葛藤を乗り越え得たとしても、行き着く先は「韓国の小日本化」です。

更に問題は、韓国人が考えている日本と韓国の差の距離感が、思いっきり間違っているということです。かなり多くの韓国人が漠然と信じていることのひとつに、「日韓の差はさほどに大きくない」ということがあります。彼らは、韓国が日本のすぐ背後を追いかけていると信じています。その気になれば、手が届く程度の距離なのだと。

しかし現実の日本と韓国の差は、非常に大きいものです。端的な例で言えば、先だって打ち上げられた日韓のロケットの差ぐらいは楽にあるでしょう。それは単に性能についてのことだけでなく、日本ではH2Bロケットの優秀さを全くと言って良いぐらい吹聴せず、韓国ではKSLVロケットを実際以上に優秀であるかのごとく吹聴してたという状況も、国家としての日韓の差と非常によく似ています。客観的なスペックについては、Wikipediaに日本(H2Bロケット)と韓国(KSLVロケット)それぞれのロケットについての記載がありますので、興味のある方は比較の参考になさってください。

更に言えば、日本は「韓国との差が大きい」ということに安心感を覚えていません。もちろん一億二千万余りもいる日本人の中には、ひたすら韓国を高く評価し、日本は韓国を手本にすべきなどとと考えているへそ曲がりも皆無ではないでしょうが、圧倒多数の日本人は韓国など眼中にありません。日本が目指しているものは、韓国をはるかに大きく引き離している現在の日本より、更に遠く大きいものだからです。

韓国人が「ウリナラは日本とさほど差がない」と考えている時点で、追いつこうとする相手との距離感を読み違えているのですから、彼らがどれほど日本に学び、精密に真似をしようとも、永遠に追いつくことは出来ません。追いつけない以上、追い越すことなど当然出来るはずもありません。ですから、韓国人が「日本に追いつき追い越せ」などと言ってる間は、日本は韓国の追随など一切気にする必要がありません。

逆に、「ウリナラは日本に永遠に追いつくことが出来ない」と韓国人の多くがはっきり悟る日がくれば、日本にとってはその方がいろんな意味で危険な事態と言えるかもしれません。



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あるいは「朝鮮人」と書いて「モンスター」と読むか

9月の過ぎ去り方が異常に速かったような気がするのは、きっとあのシルバーウィークとやらのせいでしょう。気が付けば10月です。とうとう今年もあと3ヶ月。早いなあ。

さて、しばらく前から「モンペ」という言葉をネットの巷で見かけることが時々ありました。何故この文脈でご婦人の作業用ズボンの名前が出てくるのだろうと不思議に思っていたら、実は「モンスターペアレント」の略だったということがあります。

Wikipediaの「モンスターペアレント」の項目を見ると、その定義としては「学校に対して自己中心的で理不尽な要求を繰り返す保護者」となるようです。

しかし実際にモンスターペアレントが理不尽な要求を突き付ける相手は、ひとり学校のみにとどまることはありません。近くは親戚やご近所さんから、やや広くは居住する地域社会一帯、下手をすれば日本国家全体を相手に、彼らはその理不尽な要求を繰り返し突き付けようとします。

常々思うに、この「モンスター」たちの言動や思考は、非常に朝鮮人たちの言動や思考に近い。彼らの根本にあるのは「権利意識の暴走的肥大」「自己責任意識の欠落」「他者依存(決して「他力本願」ではない)」です。これに「自尊心と名付けた劣等感」「根拠のない選良意識」がプラスされれば、朝鮮人のマインドと寸毫変わるところはありません。

どんな醜い事柄であっても、横文字にしたりカタカナで書くとその言葉の持つ意味の生々しさが薄れ、その分何となくスマートさが付与されるような気がするのは、日本語の持つ不思議さです。

まだ日本でははっきりと定義づけられていなかったり、日本語や漢字熟語にすると意味が余りに限定され過ぎて逆に誤解を招いてしまいそうな物事や事柄に対して、横文字やカタカナを用いるというのは、確かに大変便利です。また、何となく格好良さげに見えたり聞こえたりするという効果を期待して、日本語や漢字熟語に出来る言葉であっても、あえて横文字やカタカナを用いるということも、非常に一般的です。

しかし、「モンスターペアレント」と呼ばれる対象に対しては、呼称によってその醜悪さを薄める必要も感じないし、それ以上にスマートさを付与する必要も覚えません。むしろその対象から受ける醜悪で不快で迷惑な印象を、出来るだけ忠実に再現するような呼称を、積極的に用いるべきではないかと思います。

そもそも「モンスター」にも色々あります。「モンスター」と言われてクッキーモンスターを思い浮かべる人だって、必ずいるでしょう。あるいは「ゲゲゲの鬼太郎」に代表される水木しげる氏のキャラクターを連想する人もいるかもしれません。少なくとも「グエムル」を連想する人よりは多いと思います。

「モンスターペアレント」で言われるところの「モンスター」という単語によって表現しようとしたイメージは、クッキーモンスターやゲゲゲの鬼太郎よりはグエムルこそがずっと近いと思うのですが。

そこで思うのが、「モンスター」という曖昧で、人によって受ける印象が異なる架空の生物の代わりに、「朝鮮人」という実在の生物の呼称を用いることです。「朝鮮人」という呼称や漢字表記がストレート過ぎると言うのであれば、そこでこそ日本語の特性を生かして横文字にしたりカタカナにすればよいでしょう。即ち横文字でChosonin Parent、あるいはカタカナでチョソニンペアレント。略せばチョンペ。

語感的にも、モンペと呼ぶよりはそう呼ばれる対象の実態をより忠実に、かつ生々しく再現した呼称ではないかと思う次第です。



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月見櫓 韓国 日韓
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