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ハリボテ韓国人

日韓チャットでのみならず、韓国映画を見たり韓国人の書いた本を読んだりするといつも思うのが、韓国人には軸や芯と呼び得るものがないということです。

彼らは、うわべだけは必死に塗り飾り装い繕っていますが、中身は空っぽです。その自覚があるのかないのかは、日本人から見るとよくわかりませんが、彼らはそれを実に上手に利用します。

彼らは、まるで軟体動物のように、ぬるりぐにゃりと話題や主張や態度を変えます。それが何らかの軸に基づいているのであれば、たとえ表層が多少変化しても何とか対応出来ますが、彼らにはその軸や芯がないので、慣れない内は扱いにまことに手を焼きます。

先日も述べましたが、韓国人には脳内に確固とした理想の韓国人像があります。それは礼儀正しく、長幼の序を重んじ、人情に厚く、悪を憎み正義を貫き、率直で磊落で陽気で快活といったイメージの好人物です。彼らが他者を非難する時、彼らは無条件でその脳内の理想の韓国人と化します。

「理想の韓国人」と言いましたが、これは「そうあるべき韓国人像」ではなく、「そうでなければならない韓国人像」です。彼らがそういう人物を目指して精進する必要など一切ありません。自分はそういう人物であるという思い込みひとつで、彼らはいつでもどこでも誰に対してでも、「理想の韓国人」となることが出来るからです。

彼らの考える「理想の韓国人」は、おそらく映画やドラマの中でしか見ることは出来ないでしょう。それどころか、映画やドラマの中で見る、そういう設定の人物でさえ、時々矛盾点(見る人が相当鈍感だったり、映画やドラマの設定や脚本がよほどよく出来ていれば、漠然とした違和感程度のものかもしれませんが)が見つかるでしょう。何故なら、彼らの考える「理想の韓国人像」とは、あくまで彼らが抱いているイメージだからです。

何らかの芯や軸や実像があって、それに「礼儀正しい」とか「長幼の序を重んじる」とか「人情に厚い」とか「悪を憎み正義を貫く」とか「率直で磊落で陽気で快活」などといった肉付けが行われているのではありません。まず最初に「そうでなければならない韓国人」として「礼儀正しく、長幼の序を重んじ、人情に厚く、悪を憎み正義を貫き、率直で磊落で陽気で快活」というイメージが成立してしまっており、彼らはそれをすっぽりと被っているだけなのです。

軸や芯や実像がなく、表面だけで成立した、言わばハリボテのようなものが彼らのイメージする「そうでなければならない韓国人」です。しかもそのハリボテはうわべの厚みがそれなりにあり、かつスライムの如く弾力に富むものだから、韓国人に慣れない者には、それがハリボテだとにわかに気づかないかもしれません。中にはまるっと騙されてしまう者もいるでしょう。韓国人に影響されて、自らもそういうハリボテで鎧うようになる人もいるかもしれません。

中学二年生ぐらいの頃にやった覚えがある方も少なからずいらっしゃるかもしれませんが、自らの芯や軸や実像を確立させずに、誇大に飾り立てたハリボテで鎧うことは、知識や経験が乏しい者にも比較的簡単な作業です。そうすることで、他人よりも秀でた自分を、実に簡単に作り上げることが出来ます。

たいていの人は、そのハリボテが長持ちするものでもないし、見る人が見ればたちまち見抜かれてしまうし、その上どれほど華美に飾り立て誇大に見せることが出来ても、所詮ハリボテですからおよそあらゆる外力に弱いことを、じきに思い知らされます。そういう経験をすることによって、ハリボテに比べればずいぶん貧弱であったとしても、揺るぎない自分自身というものを育てていかなければならないことを悟る人がほとんどでしょう。

しかし韓国人の場合は、それを悟ることがありません。韓国は、社会全体もハリボテ構造になっているからです。更に人や社会だけではなく、歴史や文化でさえも彼らは平気で作り替え塗り直し飾り立てますが、それらにもやはり芯も軸も、実体もありません。

彼らに、それはハリボテであるということを指摘するのは困難です。彼らも、自らの外面がハリボテであることを全く知らないわけではないと思います。しかし、彼らにとってはそれこそが標準です。最初から芯や軸がなく、その必要性を悟る環境もない彼らにとっては、ハリボテこそが実像であり、自我です。それをハリボテであると指摘されることは、彼らにとっては実像や自我の否定に等しいことになります。

本当に実像や自我がハリボテである自覚があり、それに矜持を持っていれば、「ええ、私はハリボテですが、それが何か?」と言うことが出来るでしょう。しかし韓国人には、自身の実像や自我がハリボテであることを時に利用しながらも、それが「ハリボテ」であるという明確な自覚はなさそうです。また「ハリボテ」というイメージは、彼らの理想の韓国人像にはそぐいません。だから彼らは、自らハリボテであることを認めないし、それを指摘されれば侮辱されたと憤ります。

韓国人はハリボテで鎧い、それを利用することによって、彼らの自尊心を守っているようです。しかし本当の自尊心を持つ者であれば、自分を実像より誇大に見せることを潔しとはしないでしょうし、また他人から憐れみを受けることは厭うはずです。ところが、彼らは自らの不利に気づくと、実にすんなりと、かつ自ら進んで相手の憐れみを乞います。

ふんぞり返って相手の頭を踏み付けにしようとしたくせに、相手にその足を取られてひっくり返されるや否や、彼らは相手に憐れみを乞います。それにほだされて取った足から手を放せば、彼らはその足でまた平然と、むしろ嬉々として、こちらの頭を踏み付けようとします。

それが韓国人の考える自尊心だと言うならば、それでも良いでしょう。しかし韓国人の唱える自尊心とは、何故か日本人の考える自尊心と変わるところがありません。

そういう韓国人に正面から誠実に対応するのは、単に虚しいだけではなく、場合によっては大変危険です。本物のハリボテならば、どれほど他者を威圧するような装飾を施されていても、口を聞かないし自分では動かない分だけまだマシです。しかし韓国人というハリボテは、他者を踏み付けにするために自ら動き、人語を自在に操るのです。

日韓チャットで慣れているつもりの私でさえ、実はしばしば彼らの口先に翻弄されます。慣れてない方ならば、尚更でしょう。彼らは、表層のハリボテで、時に日本人の装いをしたり、時に善人や好人物の装いをしたり、時に紳士や淑女の装いをしたりします。しかしその本質は韓国人であり、しかもその本質たる韓国人は虚像という、まことに日本人には理解が難しい生き物なのです。


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