ネットの韓国人は嫌韓の想像上の生き物ではない
というわけで前回記事の流れをごく簡単に補足しますと【日韓チャットで長年韓国人の本性を見るなどして、韓国や朝鮮について十分熟知しているつもりであっても、一旦リアルの朝鮮人に取り込まれると、日本の国益や憂国をカモフラージュにして、特亞的印象操作を行なうようになる者がいる】という実例のご紹介でした。
更に、そうなってしまったが為に、中国朝鮮族配偶者が信じる中国の政治的プロパガンダの発信を黙認するのみならず、それに対する日本人側の異論は一切受け入れないという姿勢を支持している(少なくとも一切否定しない)ことが、かのブログのご紹介に踏み切る最大のポイントになりました。
他人の個人的な家庭内事情に干渉する意志は、私には全くありません。ましてや相手は、成人式ダブルスコアクラスの大人です。その大人が、自ら選んだ朝鮮人配偶者のために自らの人生を擲ったとしても、本人が十分に納得していることであれば、それはそれでひとつの幸せの形と言えるでしょう。少なくとも本人が十分に納得し満足している以上、それをブログで発信したとしても、「おめでとうございます末永くお幸せに」以外に他人が言うべき言葉はありません。
あるいは、同じ穴にはまった同士で、自分たちは幸せだよねそうだよねと確かめあうのも、もちろん有りです。それで彼らが、自分たちは幸せだと思い続けることが出来るのであれば、これもまた他人がとやかく言うべき筋合いではありません。
もし彼らのブログが、そういう主旨の仲良し夫婦ブログであるだけだったなら、私は間違いなく何も言わなかったでしょう。
ところが実際には、かのブログでは、本当に少しずつですが、徐々に中国朝鮮族配偶者の政治的意見や日本批判の記事が目立ち始めておりました。それらは日本人配偶者が中国朝鮮族配偶者の意見を聞いて書くというスタイルを取っておりましたので、わずかに気になりつつも、様子を見ておりました。
以前にも書きましたが、ターゲットとする相手にわずかな譲歩を迫り、それを少しずつ積み重ね、最終的に相手の完全譲歩を獲得しようとする手法は、モラル・ハラスメントを行なう者の常套手段であり、朝鮮人が得意とすることでもあります。
ことに朝鮮人のそういう行為は、ネットよりは現実の方に多くのサンプルがあります。例えば竹島問題もそのひとつと言えますが、それ以外にも日韓問題や在日朝鮮人関連に若干の知識がある方なら誰でもすぐに「ああそう言えばあれはそうだよな」「これもそうだよな」と数え上げることが出来るでしょう。日韓関係や在日朝鮮人問題の多くは、それで成り立ってると言っても過言ではありません。
そのことを知らぬわけでもないどころか、並以上に知っていながら、自分ひとりが納得尽くで取り込まれるだけならいざしらず、ネットを通じて不特定多数の日本人に向け、日本の国益や憂国をカモフラージュにして、さももっともらしく配信する行為は、どんなに好意的に解釈するとしても限界があります。そこへ駄目押しに、中国朝鮮族配偶者自らが中国の政治的プロパガンダを発信されたので、これは黙過すべきではないと思ったのが、弊ブログでかのブログを取り上げることになった経緯です。
ただそれは別として、かのブログの日本人執筆者側の朝鮮人に対する心情については、部分的ではありますが同意出来る点があります。
日韓チャットを離れると、私もかのブログの日本人執筆者のように、「チャットで見た、およそ人類とは思えないほどの、少なくともインターネットを自由自在に使える環境にある文明人とは絶対に思えないほどキチガイじみた韓国人たちは、私の勘違いか、あるいは何かの間違いではないだろうか」と思うことがあります。その気持ちは、実は痛いほどよくわかります。それほどまでにチャットで見る韓国人は、酷い生き物なのです。
翻って現実の韓国人はと言えば、確かにチャットで見るほどキチガイじみた者は、まずおりません。日本人を見るや否や、いきなり猿のチョッパリのと喚き散らしたり、何度追い払われても狂ったようにドクトウリタンを連呼しながら日本人につきまとう韓国人は、いくら韓国人社会であっても、極めて少ないでしょう。
それどころか、ネット上ではあれほどまでに傲岸不遜で無礼千万なくせに、現実では年長者に対する礼を守り(大抵の場合、私たちの方が年長ですので)、親しみを込めつつも丁寧な言葉遣いとへりくだった態度を崩さない韓国人の方が普通です。それはおそらく、韓国人以外の朝鮮人も同様だと思います。
並の日本人の感性ならば、存在そのものを認めたくないほど見苦しいネット上の韓国人と、現実の韓国人や朝鮮人の、礼儀正しくも人懐っこい好意を示す姿を見比べれば、やはり好ましいと思った方を信じたいと思ってしまうものです。
しかしここで私たちが忘れてはならないのは、ネットと現実の韓国人、どちらがより真実の彼らの姿に近いかということです。
ネットの韓国人は、嫌韓の想像上の生き物でもなければ、インターネット内の電子信号が偶発的に示す機械的な現象でもありません。現実では礼儀正しくも人懐っこい好意を示す韓国人たちが、自らの手で表現する、彼ら自身の赤裸々な内面なのです。
私たちは、彼らのその二面性にこそ全力で意を注ぐべきなのですが、それを失念させようとするのもまた、彼らの常套手段のひとつです。
それらの事実に目をつぶり、朝鮮人の薄くて浅くて上っ面が全てと信じ込み、またそれをこそ信じるべきと唱えて行なう朝鮮(人)考察など、少なくとも日本人にとっては、害にこそなれ益になることは絶対にないと、私は断言いたします。
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