fc2ブログ
管理画面

日本人は日本人の立場で考えれば良い

今日から9月、暑さはまだまだ残っておりますが、それでも水道の蛇口から流れる水には冷たさが戻り、朝晩の空気にはひんやりとした感触を覚えるようになりました。早朝から深夜まで大音量で鳴き続けていた蝉もいつの間にか鳴りをひそめ、代わって秋の虫が幽き音を奏でております。

この夏は、ツイッターで自ら馬鹿を晒し、人生に簡単には消えない汚点を付けた若者たちが話題になりました。アイスケースに入ったり、ピザ生地を顔面に貼り付けたりといった、道徳的社会規範的に非常識なだけではなく、不特定多数に対する攻撃的迷惑行為と映るおふざけをツイッターで自ら晒したものが、当人の思わぬ範囲まで拡散し、特定されて非難轟々というのがお決まりのパターンです。

それも、少なくとも彼らが日常親しんでいるはずのネットで盛んに報じられ、やらかした当人がどんな目に遭っているかも十分知り得ているはずなのに、同じことをやって同じ羽目に陥る若者が続々と報じられました。

あれを見て、「何故彼らはあんなことをするのだろう?」「何故彼らは、人の振り見て我が振りを直さないのだろう?」と不思議に思う人は多いでしょう。ですが「何故彼らはあんなことをするのか」「何故彼らは、人の振り見て我が振りを直さないのか」ということを理解してやったとしても、大して建設的とは思えません。

そんな考察に時間を費やすぐらいなら、あれを「朝鮮人のような真似」とすっぱり理解して、若者には「朝鮮人のような真似をしてはいけない」ということを徹底して教える方がよほど建設的だと思います。

「何故彼らはあんなことをするのだろうか」とは、「朝鮮人のような真似」の本家本元とも言える韓国人を観察していて、いつも思うことでもあります。

例えば、彼らは何かにつけ嘘をつきます。日本人から見れば、必要とは思えない嘘をつるつると吐きます。その結果、自ら窮地に飛び込みます。誰も彼らに嘘をつけとは言ってません。むしろ嘘をつくなと言っているのに、わざわざ必要とは思えない嘘をつき、それを咎められ責められて火病らざるを得ない状況に自ら持っていくのです。

火病らざるを得ない状況に陥るのはつらかろうと思います。苦しかろうと思います。だから嘘をつくなと再三ならず言ってやるのですが、彼らには全く通じません。

あるいは、何事も基礎をおろそかにせず、八割を以って半ばと思えと言ってやっても、もちろん通じません。彼らは何事であれ、いきなりその本質や真髄を求めようとします。基礎がない者が、いきなり本質や真髄を理解することは出来ないといくら言って聞かせてもわかりません。もし基礎もそこそこに本質や真髄を教えれば、八割辺りで会得したと慢心します。まだだと言っても聞きません。

実際、彼らに何かを教えれば、そこそこ小器用に教えたことを再現してみせたりはするのです。が、所詮八割です。しかも見た目や目立つところは意外に見事に再現するのですが、見えないところは手を抜きまくります。いや「手を抜く」という意識すら、もしかしたら彼らには無いのかも知れません。

極端な喩えをするならば、彼らが100階建てのビルを作ると言えば、100階こそが重要なのであって、1階から99階はどうでも良いのです。ましてや、土の中に埋もれて人の目に付かない基礎なんかに意を注ぐ必要はないと考えているようなものなのです。

そんな彼らにどれほど基礎の重要性や、100階を作るためには1階から99階までがなければ不可能だということを説いても、彼らは理解しません。彼らは得々としてそれなりに見事な100階を作って見せます。1階から99階までは張りぼてで基礎はグズグズですが、彼らは気にしません。

こういう彼らの性癖は、どんなに言ってやっても決して直りません。逆に、言えば言うほど小うるさい奴と疎まれるか、ウリの成功を妬んで邪魔をする奴と恨まれるでしょう。

韓国人を同じ人間と思い、話せばわかると考える日本人は多いのですが、その考えが叶うことは滅多にありません。それが何故かは、考えるだけ時間の無駄です。結論が出るまでには膨大な時間が掛かるでしょうし、膨大な時間を費やした結果、わかるのは「韓国人の習性は改善不能」という絶望だけなのです。

私たち日本人が知るべきは、「彼らが何故そうなのか」ということなどではありません。「彼らはそうなのだ」という、今現在眼前にある事実なのです。事実を事実として正しく見、知り、それに応じた正しい態度で接すれば良いのです。

ところが日本人には、いくら言ってもこれがわからない人が居ます。同じ人間の形をしていて、しかも髪と肌と瞳の色が同じで、どういう前世の罪科か日本から距離的に近いところに彼らの最大棲息地があって、歴史的に同じ文化圏に属していたことがあるものですから、どんなに言っても彼らが日本人とは別種の生き物で、思考も行動も価値観も、全て真逆と言って良いほど異なるということをなかなか理解してもらえません。そう言えば日本政府も、いまだに「韓国とは価値観を共有している」と言って憚らないのが困ったものです。

実際に彼らと接し、彼らから直撃弾を食らって初めて思い知る人は、まだ幸いです。彼らの化けの皮に気づかず、実は生きながら食われていることにも気づかず、あるいは生きながら食われようとしていることにも気づかず、韓国人を腹の底から信じ合い、通じ合える友達だと思い込む日本人は、不思議に多いのです。

そういう日本人は、単に友人と信じる韓国人だけではなく、韓国という国全体の擁護をするようになることが非常によくあります。韓国擁護は、日本の否定や非難を必ず伴います。何故なら日本を肯定することは、韓国を否定することになるからです。日本を否定しなければ、韓国を肯定することが出来ないのです。少なくとも韓国人はそう考え、そう信じています。そういう韓国人と付き合い、韓国を擁護するようになれば、必然的に日本を否定し、あるいは非難しないわけにいかなくなるのです。

日本と韓国は共に歩まねばならない運命共同体などという、ぞっとするようなことを口走りながら、韓国人は民族的習性として日本を認め、肯定することが絶対に出来ません。日本人がどんなに韓国人と親しくなっても、彼らが本当にその日本人を認め受け容れ得るのは、その日本人が韓国に帰化し、100年ぐらい韓国に住んでからでしょう。

それは日本にいる国籍同一性障害を患った在日という生き物を見ればわかります。五代も六代も日本に住まいながら、彼らは帰化を善しとしません。日本に住み、更に日本国籍になるということは、屈服であり恥辱であり背徳であると韓国人は考えているということを、彼らは実によく示しています。

それを裏返せば、日本人が韓国に帰化することで日本を裏切り韓国に屈服するのでなければ、どれほど親しくなろうとも、彼らが心から日本人を受け容れることは決してないということを示していると考えて良いでしょう。

そんな彼らを、彼らの立場で理解しようと努めることは、不可能ではありませんが無益であり有害であるということを日本人は理解する必要があります。日本人は日本人の立場で韓国人を見、知り、考え、対応すれば良いのです。



人気ブログランキング FC2ランキング

本日もクリックありがとうございます<(_"_)>
スポンサーサイト




月見櫓 韓国 日韓