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平成25年年末ご挨拶

今年もいよいよ押し迫り、まもなく新しい年になります。この一年、弊ブログをご愛顧いただき、まことにありがとうございました。今年も、例年に違わず良いことも悪いこともありました。しかし総じて、日本にとっては良い一年だったと私は感じております。

昨年末に民主党から政権を奪還した自民党のスローガンの如く、徐々にではありますが日本が取り戻されつつあるのではないでしょうか。

特にサヨク系の人や親韓・親中な人に顕著なのですが、今の日本を「右傾化している」と非難する人々がいます。「右傾」という言葉を辞書で引くと【保守的・国粋主義的になること。右翼的な傾向を強くすること】となっております。ですが、今の日本を保守的・国粋主義的と言うならば、現在国家として成立している国で保守的・国粋主義的でない国などないと言い切っても良いぐらいです。

私が思うに、今の日本を「右傾化している」と非難する人々は、日本人が日本という国を大切に思うことを、何が何でも阻止したい人々なのでしょう。

日本人が日本という国を大切に思わず蔑ろにすれば、日本という国はいやが上にも弱体化します。そうなれば、日本を毀損したい人々が付け入る隙は幾らでも出来ます。やりようによっては、日本人の方から諸手を上げて日本を毀損する人々を迎え入れるように仕向けることも、難しくありません。

それが現実となったのが、あの悪夢の3年3ヶ月でした。

昨年末にようやくその悪夢から覚めることが出来ました。しかも悪夢の3年3ヶ月を取り戻す勢いで安倍政権が快進撃を始めたのには、嬉しく思う反面、高転びに転んだら大怪我するぞとハラハラしたものです。

ところで自民党は「日本を取り戻す」と言っておりますが、私は別に日本に強い国、大きな国になってほしいとは思っていません。私が日本になってほしいのは、「普通の国」です。「普通の国」と言うだけではあまりにも漠然としています。具体的には「日本人が日本という国に愛国心を持つことをタブーと思わない国」、「日本人のための国」です。

かつて弊ブログでも、日本人の日本に対する愛国心アレルギーが浮き彫りになったことがありました。あれは私には、結構ショックな事実だったのです。「それほどまでに日本人は自国に愛国心を持ってはいけないと刷り込まれているのか」と。

しかしそれも徐々にではありますが、修正されつつあるように感じます。その原因はいろいろありますが、中朝韓の特亞三国による反日が、日本人に広く知られるようになったのも、大きな原因のひとつでしょう。

特に韓国の反日には、見るべき理由がありません。

日本と中国・北朝鮮はイデオロギーを異にしますから、イデオロギーの対立が反日の理由と思おうと思えば無理やり思えなくもありません。しかし韓国は、仮にも日本と同じ西側陣営の一員です。

また日本の発展は、韓国にとっても大きなメリットになり得ます。と言うか、実際これまでになってきました。

日本人の愛国心の向上を妨げ、日本人が日本を蔑ろにするように仕向けることで韓国が得られるメリットは「自己満足」だけなのですが、韓国人はそれを理解することが出来ない人々なのです。そのことが、日本人にも少しずつではありますが浸透しつつあります。

誰でも、自分自身が攻撃されるだけなら、堪えることは出来ます。しかし自分の大切な人やものが攻撃されることには、なかなか黙ってはいられません。日本が韓国に、根も葉もないことで罵られたり貶められることに憤慨することは、日本人にとっては何よりの愛国心の涵養のきっかけになったのでしょう。

今後どうなるかは歴史の流れの中で判定されることになるでしょうけれど、2013年は、日本が「普通の国」になる一歩を踏み出した年と言うことが出来るのではないでしょうか。もし2013年が「日本が普通の国になる一歩を踏み出した年」であるならば、来たるべき2014年は、日本を「普通の国」にするための軌道に乗せる年になるかもしれません。もしそうなれば、日本に「普通の国」になってほしくない国は、あの手この手で日本の「普通の国」化を妨害してくる年になるかもしれません。

いずれにせよ、嫌韓の私にとって2013年は、期待を大きく上回る良い年でした。だからこそ2014年は、前年の記憶に引きずられて緩んだり驕ったりすることなく、また前年の記憶から来る期待通りに日本の「普通の国」化が進まなかったり、もしかすると後退したりしても、無闇に落ち込んだり腐ったりしないように、平常心と中庸を心がける年にしたいと思っております。

それでは間もなく訪れる新しい年が、日本と皆様にとってより良い一年になりますように、また来年も弊ブログに変わらぬご指導ご鞭撻ご声援を賜りますようにと願って、平成25年の年末ご挨拶とさせていただきます。


平成25年(西暦2013年)12月31日
筆者敬白
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ファーストレディは親韓派?

安倍総理の靖國神社参拝を受けて、「日本が世界から孤立する」系の煽りが、主に親中・親韓勢力から出ています。特にアメリカが安倍総理の行動について批判的な見解を表明したことを、鬼の首を取ったように浮かれはしゃいでいるのが目につきます。

もっとも今回の件に関するアメリカの見解については様々な解釈が可能なようですが、いずれにしてもこの件に関する外国からの批判や非難には、「Not your business」を貫くのが最善と考えます。

安倍総理は、血統の良さと滑舌の悪さと、良く言えば穏やかな、悪く言えば気の弱そうな外貌に加えて、前回総理を辞任することになった原因の持病に関するネガティブキャンペーンの影響で、打たれ弱い人物のようなイメージがありますが、あれでなかなか図太い人物のようです。もっともそうでなくては海千山千の政治家が跋扈する自民党で、二度も総裁に選ばれることもないでしょう。

それは昭恵夫人の話からも伺われます。

ところで昭恵夫人は、嫌韓勢からはかなり嫌われているというイメージが私にはあります。先に掲げた田原総一朗氏との対談の中でも出てきますが、結構な親韓派だからのようです。実際に月見チャットの常連からも、昭恵夫人に対する批判的な意見を聞いたことがあります。

実は私は、昭恵夫人が嫌いではありません。好きと言うほど積極的に好きというわけでもありませんが、何となく憎めない人だなあという印象を持っています。それは、これまでに何度か昭恵夫人の対談記事を読んだことがあるためでしょう。

私はこれまでに、親韓という理由だけで親韓の人を批判したり、非難したことは一度もありません。好き嫌いは人それぞれだからです。

弊ブログでは一貫して日韓は発展的に関係を解消すべきだと訴え続けています。これに関しては、異論も反論も歓迎しています。何故なら、賛成意見ばかりでは薄っぺらな結論になってしまうからです。

「日韓は発展的に関係を解消するべきだ」と唱え、同意見の人同士で「そうだそうだ!」と言い合っているだけでは、「何故日韓は発展的に関係を解消するべきなのか」ということが何も知らない人には全く伝わらないでしょう。

それどころか、同意見の人の中にも、「理由は全然わかんないけどみんなが「そうだそうだ!」って言ってるからそうなんだろう」と思って「そうだそうだ!」と一緒になって言う人もいるかもしれません。

そういう人が増えることを、私は全く望んでいないのです。「日韓は発展的に関係を解消するべき」である理由を、韓国について何も知らない人にもきちんと説明出来る人が増えることこそが、私の願いなのです。

異論や反論とは、見方を変えれば賛成論の穴や破れを指摘するものです。穴や破れを補修すれば、賛成論はより強化されます。もし仮に穴や破れが補修出来ないほど大きかったり広範囲に渡るものであれば、それは賛成論の方が穴や破れであり、異論や反論の方により強く大きい正当性があるということもわかります。

人は神様ではありませんから、いつも必ず正しいとは限りません。間違うこともあります。私なんかはしょっちゅう間違ってばかりですw 

自分の意見の穴や破れを補修してもらえるかもしれないという期待と、間違いに気づかせてもらえるかもしれないという意味で、異論や反論は重要だと私は考えています。

しかし「日韓は発展的に関係を解消するべき」というテーゼは、「日本の国益のため」ということが絶対にして最大の前提です。「韓国の国益を守るために、日本の国益を損なってでも日韓は関係を維持すべきだ」と言う主張は、異論とも反論とも認めません。それは異論でも反論でもなく、日本の韓国に対する無条件の服従と隷属の強要であるだけです。

さて昭恵夫人に話を戻しましょう。彼女は結構な親韓派であるといいます。なるほど先に掲げた対談によれば、韓国語が話せるほどではないけれど、辞書があれば読めるそうですし、日韓交流おまつりにも韓国大使館でのキムチ作りのイベントにも参加したといいます。かつては韓流ドラマに傾倒していたとも仄聞します。

日本の首相夫人が率先して日韓友好を促進する姿勢を示すことは、日韓の発展的関係解消を望む私から見れば忌々しいに違いないと思う方は多いかもしれません。

しかし先に書いた通り、私は昭恵夫人に対して悪感情を持っておりません。その理由としては、先にも書きましたが、昭恵夫人の対談記事を幾つか読んだことがある、ということが挙げられます。対談記事は基本的に話し言葉で書かれるので、書き言葉よりはずっとその人柄が浮き彫りになるのです。

例えば私はブログでは書き言葉を用いています。そのためか、私のことを冷静で論理的で客観的などと評価する人を時々見かけます。しかし月見チャットでは話し言葉がメインのため、誰も私を冷静で論理的で客観的などとは言ってくれませんw 

もちろん昭恵夫人に悪感情を持たない理由は、対談記事を読んだことだけではありません。

私は、首相夫人という立場にある人が韓国を実体験として知ることを悪いこととは思いません。悪いのは、韓国に取り込まれることです。韓国を知っている人と、韓国を知らない人であれば、どちらがより韓国に取り込まれやすいでしょうか。

更に首相夫人という立場にある人には、外交官としての役割も期待されます。外交官の基本は、日本の国益を前提とした他国との友好関係の構築でしょう。全権大使でもない限り、独断で他国との関係悪化を促すような言動は出来ますまい。

確かに昭恵夫人は首相夫人としては、良く言えば明るくてフレンドリー、悪く言えば軽佻浮薄に見えます。しかし人は見かけやイメージだけでは判断出来ません。先に書いた通り、配偶者である安倍総理がまさにそうではありませんか。

長年夫婦をやっていると、互いに似てくるなどとよく言います。安倍夫妻が発する親しみやすさ(あるいは付け入りやすさ)のイメージは、もしかしたら似た者夫婦だからかもしれませんw

いずれにせよ安倍総理になってこの一年、嫌韓としてはホクホクのし続けでした。昭恵夫人が盲目的な親韓派であったとしても、そのことで安倍総理の姿勢がブレたということがない以上、昭恵夫人個人の嗜好の範囲の話であって、他人が口出しするべきことではないでしょう。

それに嫌韓には、一度は親韓であった人が多いはずです。私もそうでした。韓国は、周知の通り知れば知るほど嫌いになる国です。韓国に関心が高く、積極的に韓国を知ろうとする人ほど、たとえ韓国に好意を抱き続けるとしても、嫌韓の主張にも理解を示さざるを得なくなるのです。

少し前の首相夫人のように、たとえ警備員がいるとしても、夫の留守中、官邸に韓国俳優を引っ張りこんだりするような親韓派はどうかと思いますが、知識として韓国を知ることは、日本の首相夫人という立場にある人には必要なことだと私は考えます。

要は、嫌韓か親韓かという分け方ではなく、韓国を正しく知っている(知ろうとしている)か否か、もしくは韓国に取り込まれているかいないかという分け方で見るべきだと私は考えています。現時点で、昭恵夫人が韓国に取り込まれているようには見えませんし、昭恵夫人に安倍総理がコントロールされているようにも見えません。

むしろ、昭恵夫人が韓国を知った結果、隠れ嫌韓になるのではないかと密かに楽しみに心配しているぐらいですw



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靖國問題という試薬

昨日、安倍総理が靖國参拝をしたということで、中国と韓国とそのお友達である日本の反日マスコミがキーキー言うのはお約束というものでしょう。そこへアメリカや台湾、EUからも批判が出たということで、日本国内の親中親韓連中は大喜びしているようです。

私は個人的には、靖國参拝問題について日本国内で日本人同士が賛否を戦わせるのは全く問題がないと思っています。しかし、中国や韓国、及びその他の国からのイチャモンにまで、真面目に対処する必要は、全くないとも思っています。

理由は単純です。靖國参拝問題は完全に日本の国内問題だからです。よって、靖國参拝是非論が日本人同士によるものであったとしても、反対論者の主旨が「中韓への配慮」であれば、討議に値しないと思っています。

今回の安倍総理の靖國参拝についても、批判の多くは中韓の反発や批判を主眼に置いています。では日本の総理大臣が靖國参拝しなければ、日本と中韓の関係は良好を保てるのかと言えば、それは全く保証されません。と言うか、靖國参拝をしなかった間の日本と中韓の関係は、決して良好とは言えませんでした。特にここのところの日本と中韓との関係悪化は、清々しいほどでした。

つまり、日本の総理大臣が靖國参拝をしてもしなくても、中韓は日本を批判するのです。むしろ、日本が中韓の批判に全力的に配慮するという姿勢を示せば、彼らはそれを上回る配慮を求めて、日本に対するイチャモンを増やすだけでしょう。

そもそも要人による靖國参拝の是非は日本の国内問題なのですから、中韓のイチャモンなど徹頭徹尾無視しても良いはずです。なのにそれに配慮し、その結果として更に中韓との外交関係を複雑化させることになっているというのが、現状でしょう。

真っ当に考えればバカバカしいにも程があります。しかも日本の反日マスコミは、そのバカバカしい話で紙面を埋めているのですから、購読料を払って読んでいる者はたまったもんじゃありません。

靖國参拝を報告した安倍総理のフェイスブックには「いいね!」が今朝の時点で5万を超えたといいます。日本国民の多くが、安倍総理の靖國参拝に理解と共感を示している証拠と考えて良いでしょう。

即ち、日本国民の理解と共感に対し、中韓の言いがかりと反発というのが、靖國問題の外見的構図といえるでしょう。これまでは、後者を必要以上に重視し配慮した対応であったわけですが、今回の安倍総理は、日本国民の理解と共感を重視したのです。日本人ならば、前者と後者のどちらを重視するのがより望ましいのか、考えるまでもありません。

それでも尚、中韓の批判がどうの配慮がこうのと言いたいのであれば、まずは日本がこれまでに行なった中韓への配慮に見合うだけの配慮を、中韓が日本に行なってからの話でしょう。

一方的且つ永遠に、日本だけが中韓その他の国からの批判を傾聴し、あるいは配慮し、その見返りは一切求めてはいけないなどという片務的で消極的な対応を続けることが日本の国益になると思っている日本人がいるとすれば、その人は意識的か無意識的かはわかりませんが、精神的に中韓の忠実な下僕あるいは奴隷であり、そんな人の主張に国ぐるみで従えば、日本が国ぐるみで中韓の忠実な下僕あるいは奴隷にさせられてしまいます。

そうなることこそが日本の国益なのだと真顔で堂々と言い放つぐらいならいっそ潔いというものですが、仮に本当にそう言われたとしても、その主張に同調する気には全くなれません。

日本人が日本の祖先を祀った神社に参拝することに、外国人が口出しする権利はありません。まさにNot your businessなのです。

今回の安倍総理の靖國参拝は、日本と中韓との友好関係回復を妨げたと主張する連中も少なくないようですが、そういう日本国内からの脅迫的批判こそが、中韓に対日批判の燃料を提供しているのです。

歴史的背景や中韓の民族性などについての知識が全くなく、それゆえに反日マスコミの煽りに乗せられてしまったという人も多分たくさんいるだろうとは思うのですが、確信犯的にそういうことをする連中は、血統や国籍はともかく精神的には日本人ではなくて、支那・朝鮮人に近いかそのものだと考えて良いと私は断言します。

靖國問題はある意味、そういう連中をあぶり出す試薬的問題と言うことが出来るかもしれません。


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狂牛病騒動と嫌韓気運

クリスマスイブの今宵、皆様方におかれましては、楽しくお過ごしだったでしょうか。私はクリスチャンではないので、鶏の腿肉も食わずパーティもせず、淡々と夜を迎え、その勢いで寝落ちしてしまって更新が大幅に遅れたことをまずはお詫びいたします<(_"_)>

さて、クリスマスとは全く関係のない話ですが、昨今の日本における嫌韓気運を見てるうちに、何となく狂牛病騒動に似ているなと思ったのでそれについて書こうと思います。

狂牛病と言えば、私にはふたつの記憶があります。ひとつは、日本で狂牛病が注目される以前の話です。

当時、欧州旅行のパッケージツアーにセットされていた昼食に、ご当地名物の牛肉料理がありました。ところがそれが狂牛病騒動のために、牛肉を使わない別の料理に変更されるという通達が、欧州旅行の専門業者からあったのです。

当時の私たちは、狂牛病について名前ぐらいは知っていましたが、それが人間に感染するとか、その原因が牛肉料理だとかいうことについては知らないのが普通でしたし、知識として知っていても、現実感は皆無でした。

ですからその通達を見て、私たちは「大げさな」と笑ったものです。

その頃、私は某巨大匿名掲示板の食べ物板をよく見ていました。今は食べ物板もずいぶん細分化されていますが、当時のカテゴリーは「食べ物」だけしかありませんでした。その中に、狂牛病に関するスレッドがあったのです。

当時の私は、特に狂牛病に関心があったわけではありませんが、よく訪れる板の中にあるので、見るともなしに見てしまいます。その内に、狂牛病の危険性について嫌でも知ることになりました。

となれば、欧州旅行のパッケージツアーで名物の牛肉料理が自粛された理由も腑に落ちます。

それどころか、某巨大匿名掲示板に書かれた情報を見る限り、危険なのは牛肉料理に限らないのです。インスタント食品には牛肉エキスが使われているし、ゼラチンにも牛の腱が使われていることがありますから、ゼラチンを使ったお菓子類も危険です。

しかし周囲の人にその話をしても、誰も真に受けません。私が名物の牛肉料理の提供を自粛した欧州旅行の専門業者を嘲笑したように、私も周囲の人に嘲笑されました。

しかたないので、私はひとりで牛関連食品を避ける生活をしていたのです。

それからしばらく経って、狂牛病騒動の波は日本にも到達しました。その頃には私は、狂牛病に関する知識もある程度備わり、闇雲に牛関連食品を恐れる必要はなく、また用心のために自粛したいのであれば、どういう食品を避ければ良いのかがだいたいわかっていました。ですから、日本に狂牛病騒動が到達した時には、さほど驚きも慌てもしませんでした。

ですが私の周囲の人々は、少し前の私と同じく、牛関連食品に関してはパニックとヒステリーに近い状態になりました。

私はそれに対して、自分の経験も踏まえて牛関連食品に関する危険性と対処法について説明したのですが、マスコミという一種の権威が述べることと、私という何の権威も持たない一個人が述べることに温度差が有り過ぎて、私の言うことに耳を傾ける人は多くありませんでした。

そんな日本での狂牛病騒動も一段落して、そんなことがあったことさえ忘れられた頃、韓国で狂牛病騒動が勃発しました。これが狂牛病に関するふたつめの記憶です。

しかもそれは政治と絡んで、日本における狂牛病パニック及びヒステリーとは比較にならないほどの激しさだったのです。

当時日韓チャットにいた私は、自分の経験と日本での反応を踏まえた上で、日韓チャットにいた韓国人に狂牛病について説明しました。しかしそれに耳を貸そうとする韓国人がいなかったことは、これまでにもちらっと述べたことがあります。

狂牛病に関する騒動という観点では、日本と韓国の反応の違いというのも興味深いのですが、今回私が思うのはその点ではありません。

今回思ったのは、時に現実はネットを後追いすることがある、ということです。

もちろん、何か事態が起きるのは現実が先です。けれどそれが話題になり、人々の注目を集めるに至るには、現実よりもネットの方が先になることが、ままあるのです。

まさに狂牛病はそのパターンを踏襲しましたが、私にとっては、現在の日本における嫌韓気運も同じなのです。

私がネットを通じて、韓国のキチガイっぷりを知った頃、私はパニックとヒステリーに近い状態で韓国について周囲に説きました。しかし周囲は韓流捏風真っ只中です。誰もが、私の嫌韓主張に耳を貸さないか、貸しても半ば嘲笑をもって聞いたものです。

それから幾星霜。私の嫌韓ももはや諦韓に至り、韓国の危険性とその対処法についてある程度の知識を得、比較的冷静に韓国について考えたり話したりすることが出来るようになりました。

対する現実の方はと言えば、私が韓国を知ってパニックとヒステリーに近い状態になったのと同じような現象が起きつつあります。

自分の経験を顧みれば、初めて韓国を知った人々がそういう状態に陥ることはよく理解出来ます。いわば韓国を知った者の通過儀礼のようなものでしょう。

日本における狂牛病騒動がそうだったように、日本における嫌韓気運もやがて落ち着きを見せるようになるかもしれません。しかし狂牛病が忘れ去られたことによって落ち着いたわけではなく、狂牛病に関する公的な検査やトレーサビリティの徹底によって落ち着いたように、韓国についても、日本の公的な対処法が確立し、韓国の狂気にある程度のバリアが成立しなければ、落ち着くことはないのではないかとも思います。

何事につけ危険性しか知らされず、自衛する以外にバリアがないとなれば、パニックやヒステリーに陥りやすいのは当たり前です。今の日本における嫌韓気運の高まりはまさに、韓国の危険性のみが流布され、その対処法がまだ徹底されていないためでしょう。

かつてのように、テレビとラジオと紙媒体しか情報伝達手段がなかった時代であれば、これまでのように忘却による鎮静化も期待出来ました。しかし今日のようにネットが身近な情報ツールになれば、忘却による鎮静化はほぼ期待出来ません。

となれば、日本における嫌韓気運が鎮静するには、日本人各人が韓国に関する知識を拡充し、個人的にその対処法に自信を持てるようになるか、日本政府が公的に韓国に対する防御壁を作り、日本国民を韓国から守るシステムを構築し、それを日本国民に周知させるかしかないでしょう。

前者は、知識量やその理解に個人差もあるでしょうから、なかなか難しいものがあるし時間もかかります。仮に実現すれば日本にとってはその方がより望ましいと思いますが、韓国にとっては文字通り致命的な事態になるでしょう。

後者ももちろん、万全に行なおうとすれば決して容易とは言い難いのですが、最低ラインとして、政府主導で在日特権や韓国に対する特恵的待遇を撤廃すれば、相当の効果は期待出来ます。その程度の対処では日本にとって万全とは全く言えませんが、その分韓国にとっては、完全に息の根を断たれるまでの事態には至らずに済むでしょう。

くり返しになりますが、もし日本政府が韓国の狂気に公的な対処を取らなければ、忘却による鎮静化が期待出来ない以上、日本人は各人で韓国に対する知識を深める=韓国に対する嫌悪感が限界まで高まり、それを突き抜けて諦めに至ることによって鎮静化するしかありません。

個人的には、その方が日本にとってはより望ましいとは思います。ですがそれには余りに時間がかかりますし、個人差が大き過ぎますから、それによるひずみも避けられません。

それよりは、韓国の息の根を断つには至らないという点で若干物足りずもどかしいものはありますが、比較的穏やかで迅速で均質な効果が期待出来る公的対処の方が良いのかもしれないなと、狂牛病騒動のパターンと照らし合わせて考える次第です。



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日本人は北朝鮮の対南工作より韓国の対日工作を懸念すべき

知識人であっても、韓国を正しく理解しているとは限りません。むしろ知識人の方が、韓国を誤解しやすい面があるかもしれません。

「(韓国は)自由と民主主義、国際法の遵守といった価値観を共有して日本の側に立ってくれればいい」と週刊ポストで櫻井よしこ女史が述べておられたそうです。

常々櫻井氏の意見の多くには、私も賛同するところが多いのですが、この意見には肯うことが出来ません。

櫻井氏は韓国が「自由と民主主義、国際法の遵守といった価値観」を持ち得ると考えているようですが、韓国と韓国人を知る者ならば、誰もがそれに疑問を示すでしょう。

更に言えば、日本が韓国にとって絶対悪であるという大前提を、櫻井氏は失念しているか知らないか、知っているが何らかに理由であえて度外視しているかのどれかです。日本と同じ価値観を共有することも、日本の側に立つことも、韓国人にとっては民族と民族の歴史に対する裏切り行為であり、断じて許容出来ない条件であることは、弊ブログをご覧の皆様には既に常識でありましょう。

櫻井氏はそれを「北朝鮮による対南工作の結果」だと主張しておられるようです。

韓国から北朝鮮の工作を排除すれば、韓国の対日感情は良くなり、日韓関係は改善され、ひいてはそれが日本の国益になると考えておられるようですが、最初のボタンを掛け違えているとしか言いようがありません。

櫻井氏に限ったことではなく、北朝鮮の唆しによって韓国が反日を募らせているという主張を最近しばしば聞きます。ことによると北朝鮮の対南工作に韓国の反日助長というものも本当にあるのかもしれませんが、それに大喜びで乗っかっているのは他ならぬ韓国です。韓国が北朝鮮の工作を嫌がって死に物狂いで反日をやめようとしている国内情勢が見えるとでも言うなら、多少なりとも議論の余地があるかもしれませんが、現状そんな消息は全く聞こえてきません。

何故、知識人として世に名を知られている人々が、韓国のことを間違って理解しているのでしょうか。

私は、知識人と言われる人々に限らず、韓国を誤解させる最大の原因は、韓国人そのものだと考えています。何故なら韓国人自身が、韓国と韓国人を大きく誤解しているからです。

韓国人は見栄張りな上に、対人関係における上下を異常に気にします。そのため、現在では高校を卒業した韓国人のほとんど全員が大学に進学します。大学に進学しないと、人間扱いされないからです。ただし、韓国の大学進学率が100%を超えているからといって、大学に進学した韓国人全員が大学を卒業しているわけではありません。

昔よく言われたことに、「日本は大学に入るのは難しいが、卒業は簡単だ」という話があります。大抵これに「アメリカは大学に入るのは易しいが、卒業は難しい」という続きがくっついておりました。この話を韓国に引き当てるとすれば、「韓国は大学に入るのも出るのも難しい」と言えるでしょう。

入学も卒業も難しいなんて、韓国の大学はそんなにレベルが高いのかと驚く人がいるかもしれませんが、それは早とちりというものです。学力レベルで言えば、押しなべて韓国の大学はさほど高くありません。何しろ日本で言うところの「専門学校」までもが、韓国では「大学」にカテゴリされているのです。

ですから、ただ単に大学に進学するだけならば、韓国でもさほど難しくはありません。難しいのは、ソウル大学を始めとした韓国人なら誰もが入学を希望する、即ち競争率が極めて高い超有名大学に入ることなのです。

次に「出るのも難しい」ですが、これもまた、学力とはあまり関係がありません。アメリカの大学では、入学すると課題やレポートが連日山のように出され、それらを着実にこなしていかなければ単位が認められず、結果として「卒業が難しい」ということになるようですが、韓国の場合はアメリカと全く事情が異なります。

韓国の大学生の卒業を最も困難にしているのは、おそらく大学の授業料でしょう。

かつての韓国では、一家の長男のために、家族が総出で働いて学費を捻出しておりました。20年ぐらい前までの韓国人風俗嬢の決まり文句は、「弟を大学にやるために、こんな仕事をしている」でした。これにほだされてカモられた日本人男性は数知れません。

しかし少子高齢化の昨今、身体を売って学費を稼いでくれる姉がいる韓国人はそんなに多くはいないでしょうし、現在の韓国で大学に進学するのは、一家の長男だけではありません。かつては大学になど進学しなかった女の子も、現在では皆大学へ進学するようになっているのです。

そのため韓国では、親が学費を負担し切れない場合は、大学に入学すると同時に自分自身の学費のために借金を背負う学生が少なくありません。それも、日本の奨学金のような無利子あるいは低利ではなく、結構な高利の借金のようです。

韓国人大学生はその借金を返すためにアルバイトをするわけですが、身体を売るならばまだしも、学業の片手間のアルバイトで返せるような額ではありません。しかも韓国人は韓国人だから、借金があってもつましい生活をするということが出来ません。

結局、アルバイトに専念して借金を返済すると言って大学を休学し、そのまま退学してしまうというパターンが結構珍しくないようです。あるいは信用枠の関係で借金すら出来ず、従って学費が払えず、結果として大学を辞めざるを得ないことになる者もいるとか。

ですからもし、学費の心配を全くしなくて良い韓国人であれば、韓国の大学は入るのも出るのも大して難しくはないのです。

そういう大学であっても、卒業すれば大学卒であって、インテリの端くれを名乗ることになります。たとえ大卒でなくても、韓国人には小賢しい者が多いのですが、大卒の称号は韓国人の小賢しさを更に増幅します。

日本の知識人が会ったり話したりするような韓国人は、大抵がそういう韓国製インテリのなれの果てでしょう。彼らは必ず、日本人と話している時は非常に調子の良い話をします。しかもそれは必ずしも嘘ではないのです。「その場では」ですが。

そういう韓国人とばかり話していれば、韓国は明日にでも変わるのではないかと、明日は無理でも、来年には変わるのではないかと素直な日本人なら心の底からそう思ってしまうかもしれません。

しかし、いやしくも世に名を知られた知識人の自覚があるのであれば、そんな彼らの口車に乗せられ、日本人に向けて韓国に都合の良い思想を流布するブースターとなること自体が、韓国による対日工作活動そのものであることにも思いを馳せるべきではないかと思う次第です。



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その日が来るまで

日本人の書店離れが叫ばれるようになって久しいようですが、私は相変わらず本屋が好きです。

ネットで本を買うのは、確かに手軽で便利です。欲しい本が決まっているならば、ピンポイントで探し当てて注文出来るネットの方が、本を買うに捗るのは間違いありません。

それでも私は、本屋が好きです。壁という壁に、棚という棚に、みっしりと本が詰まった店内をそぞろ歩くとき、私の頭の中は、本への漠然とした期待でいっぱいです。

私が本屋を訪れる場合、どんな本が読みたいという具体的なイメージがあることは多くありません。自分が抱えている疑問や悩みを解決してくれたり、不安を和らげてくれたり、ものすごく興味深いことを教えてくれたり、現実を離れ、空想の世界で思う存分遊ばせてくれたりするのではないかという極めて漠然とした期待を抱いて、居並ぶ本の背表紙を流し見歩けば、一時間や二時間はあっという間です。

もちろん、そんな雲をつかむような期待に沿う本が、本屋を訪れる度に見つかるわけではありません。見つかっても困ります。我が家の家計に占める書籍費の問題も大いにありますし、本の収納スペースの問題もありますし、本を読む時間にも、限りがあるのです。

それでも本屋訪問の何度かに一度は、自分の期待に沿った本を見つけます。その本を手に取った時の、期待が現実となって自分の手の中にあるという喜び。その本を持ってレジへ向かう時に、気を抜けば思わずスキップしてしまいそうになるウキウキ感は、ネット購入では絶対に味わえません。

というわけで、私はちょくちょくリアル書店を訪れるのですが、昨今の書店では韓国に対する厳しい論調の本が目立つようになりました。

意外に思われるかもしれませんが、私は最近出た韓国に対する厳しい論調の本は、あまり読んでおりません。理由は、私にとって目新しいことが書かれているわけではないのがわかっているからです。

読みもしないで何を言うと言われるかもしれませんが、これだけは読まなくてもわかります。何故なら、書かれている対象が韓国だからです。

前からくどいほど言っている通り、韓国は薄くて浅くて上っ面です。誰が見ても、どんなに掘り下げても、韓国が韓国である限り、本当の新発見はありません。新発見のように思われるものがあったとしても、それは単にかつて一度発見されながら、その余りの薄っぺらさにたちまち忘れ去られてしまい、再び発見されても、かつて発見されていたことさえ俄に思い出してもらえないだけだったりします。

韓国をよく知らない間は、その素っ頓狂さにいちいちびっくりすることも多いのですが、ある程度韓国を知り、韓国人の習性に慣れてくると、彼らの斜め上やねじれも、ある種の枠の中に収まるものであることに気づきます。

最近の韓国に対する厳しい論調の本が、その「枠」から外れた内容のものだとは思いません。何故なら、その「枠」に収まるようなことであっても、韓国を知らない人には俄に信じがたいものであることが多いのです。それを外れた内容であれば、韓国を知らない人には信じられる信じられない以前に、全く理解出来ないでしょう。

ですから従来からの韓国ウォッチャーは、最近の「韓国に対する厳しい論調」系の本には、同意出来ても満足出来ない人が多いのではないかと思います。少なくとも、私はそうです。

しかし現在そういう本が盛んに発売されているということは、韓国をそれほど知らないながらも、韓国に対する厳しい意見を読みたいという人が増えているということなのでしょう。

出版社も本屋も商売です。それでなくとも最近の出版不況は深刻といいますから、読者のニーズがあるなら、それに応じた内容の本を積極的に出すのは当然です。書店に韓国に対する厳しい論調の本が目立つようになってきたのは、おためごかしではない韓国論を求める人が増えてきた証左といえるでしょう。

日本の嫌韓を、ネットの中だけの現象とたかをくくっていた韓国人や親韓派は、泡を食っているに違いありません。いまや日本の嫌韓は、確実に現実の中で存在感を増してきました。弊ブログを含む、韓国ウォッチ系ブログが唱え続けてきた韓国や朝鮮に関する警鐘も、ようやく現実として認識されるようになってきました。ネットの巷で展開される韓国に関する認識を見るにつけ、もはや弊ブログの役目は終わったのではないかと思うこともしばしばです。

ですが、喉元過ぎれば熱さを忘れるということもありますし、韓国も黙って日本人に嫌われるがままになっているとは思えません。

弊ブログが、既に言いたいことは言い尽くしているのに、いつまでもだらだらとブログの更新を継続しているのもそれが大きな理由です。ブログの更新が止まれば、その時点でそのブログに書かれていることは、全て過去のこととなります。それが過去のことではなく、今も継続されているということを示すためには、更新を続けるしかないのです。

日本人は、高い警戒心を持ち続けていないと、容易に韓国人に懐柔されてしまいます。日本人の警戒心の高さを維持するためにも、警鐘は鳴り続けなければならないのです。

日本と韓国が、物理的もしくは制度的に断絶されるその日まで。



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歴史は繰り返す

今月12日、北朝鮮で、金正恩の後見人と目されていた張成沢が国家転覆罪で死刑になったそうです。

張成沢は金正日の妹婿であり、金正恩の叔父に当たります。金正日の三男であり、若年の正恩が後継者となるに当たっては、張成沢の強力なバックアップがあったとされ、先月までは北朝鮮の実質的なナンバー2と言われていました。

張成沢は失脚が趣味のようなところがあり、過去にも2度ほど派手に失脚しています。しかしその都度、ほとぼりがさめるとしれっと中央に復帰しており、今月頭に張成沢の失脚と側近の公開処刑が報じられた際にも、私は「失脚が事実としても、殺されていないなら復権の可能性はあるだろう」と考えていました。

しかしその後あっさりと死刑になったところを見ると、北朝鮮の国内情勢というのは私たちが想像する以上に混沌としているのではないかと思われます。

日本は北朝鮮とは国交がなく、故に現地に日本大使館も存在せず、現地事情を収集整理する外交官ももちろんいません。即ち、日本政府としては公的且つ直接的に北朝鮮の国内情勢を知ることが出来ない状況にあり、全ては伝聞に頼るしかないというもどかしい状態ではあります。

もっとも、国交があって現地に大使館も領事館もあり、当然現地駐在の外交官や調査官も居ながら、今までの日本政府が韓国をどの程度理解していたかには甚だ疑問がありますが。

それはともかくとして、今のところ北朝鮮の国内情勢というのは、これまで同様不透明なままです。もちろん、伝聞と垣間見を想像力でつなぎあわせて憶測を組み立てることは可能ですし、既にそれを行なっているブログもあるでしょう。

ですが私個人としては、その作業にはあまり食指が動きません。何故なら憶測が当たっても外れても、どの程度当たったのか、どの程度外れているのかがわからないからです。

そこで伝聞と垣間見を想像力でつなぎ合わせたものよりも、単純に今回の件で思ったことを述べて見ようと思います。

今回の件で、私は遠い過去に朝鮮半島で起きたある事件を彷彿としました。

それは滅亡した百済の復興のために、日本で人質となっていた百済王の世子豊璋が、鬼室福信に担ぎ上げられ、滅亡した百済を復興しその王となるべく朝鮮半島へ戻った後に、何故か自身を担ぎ上げた鬼室福信を殺害した事件です。

鬼室福信は、百済の第三十代の王である武王の甥に当たります。即ち、百済第三十一代王である義慈王とは従兄弟であり、百済第三十一代王の世子である豊璋から見れば、従兄弟伯叔父(傍系尊属)に当たります。

それは今から1350年ほど昔の話です。当時、日本と百済は同盟関係にあり、その証として王子二人が日本に献上されていました。その内の一人が、百済王世子である豊璋です。

西暦660年、百済は唐の侵攻によって滅亡します。百済の遺臣であり、前述した通り彼自身も百済王家に属する鬼室福信は、百済再興のために日本で人質となっていた豊璋を担ぎ上げると共に、日本に加勢を求めます。

西暦663年、日本は百済遺民と連合し、白村江で唐・新羅の連合軍と決戦することになります。歴史に名高い白村江の戦いです。この直前、どんな確執があったのか、豊璋は鬼室福信を殺害します。

周知の通り、結果は日本・百済遺民連合軍の大敗となり百済は完全に滅亡、豊璋は唐へ連行され、歴史から消え去ることになります。

この一連の歴史物語の中で、自身を王として推戴しようとした有力な家臣、しかも傍系とはいえ自らの尊属を殺害したという点が、今回の金正恩による張成沢粛清を彷彿とさせました。

そればかりではありません。日本に人質として献上されていた王子は二人いたのです。

豊璋は鬼室福信に担ぎ上げられて半島へ戻りましたが、弟であるもうひとりの王子善光(禅広とも)はそのまま日本に残り、子々孫々に渡って長く平穏安楽に暮らしたという記録が残っています。それが、金正男を連想させるのです。

もちろん、何もかもが当時と同じではありません。百済の時は兄が王に推戴され、弟が日本に残りましたが、北朝鮮は弟が独裁者の後継となり、兄は帰国することが出来ず外国暮らしというように兄と弟が逆転しておりますし、日本と北朝鮮の関わりは、当時の日本と百済の関わりとは全く比較にならないぐらい稀薄です。中国が韓国と連合して北朝鮮を武力侵攻するということも、まずないでしょう。

それでも、1350年余の時を経て、多少の相違はあるにせよ、似たような人間関係の相克が再び繰り広げられるというのは、何かを暗示するのではないかと思ってしまうのです。

歴史は繰り返すといいます。再びあの頃の人間模様が、役者や背景を変えて再現されることになるのかもしれません。

そうなった時、日本がどの役をやり、どういう出番を与えられるかまではわかりませんし、北朝鮮と連合せずに韓国と連合すれば良いというほど単純な展開になることもないでしょう。

一番良いのは、半島で如何なる事態が勃発しようとも、日本は一切の関与を拒むという姿勢を貫くことだとは思いますが、言うは易く行なうは難しと言うとおり、それが出来れば苦労はしないというものです。

1300年以上も昔から日本の隣に朝鮮半島があるということは、日本にとっては頭痛の種と言うよりは災いの根源であり、今回の北朝鮮の粛清騒動を見る限り、それは今も変わらないということを痛感させられる出来事ではないかと思います。



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日韓友好必須論者が少なくないのは何故?

日本にも韓国にも、日韓友好必須論者は少なくありません。

そういう人たちは、日本と韓国はどうあっても友好する必要があると信じています。当人が信じる分には、信仰の自由というものもあることですから別に構わないのですが、何故かそれを日本と日本人全体にまで押し付けようとするから困ります。

弊ブログでは以前から述べていることですが、日本にとって韓国は必要不可欠な存在ではありません。むしろ百害あって一利なしに近い存在です。日本にとっての韓国の価値は、考えられる限り韓国に好意的に考えたとしても、反面教師ぐらいのものです。

対する韓国といえば、日本は必要不可欠な存在です。日本がなければ現在の韓国は成立し得ず、また今後存続することも出来ません。日本は彼らの「恨」の根源であると同時に、生命線でもあるのです。

ですから韓国人が日韓友好必須論を唱えるのは、不快ではありますが理解は出来ます。日本との友好的な関係が途絶されれば、彼らの生活に大打撃が及ぶのは必至だからです。

しかし韓国では、日韓友好必須論は、以前にもご紹介した通り、極めて消極的な唱えられ方をしています。何故なら韓国人は、「日本がなければ韓国は成立し得ず、存続も出来ない」ということを認めたくないからです。

もし韓国で、「日本がなければ韓国は成立し得ず、存続も出来ないのだから、日韓友好は何を犠牲にしても維持し続けなければならない」などとおおっぴらに主張すれば、たちまち火だるまにされるでしょう。

対する日本では「日韓友好は必須である」と言うだけで、何らの理由も根拠も示さなくても、当然のようにすんなり受け入れられてきました。それは時に「日韓友好がなければ日本は存続し得ない」とでも言わんばかりの勢いを見せることもありましたが、それに異論を唱える人は極めて稀でした。

しかしそれも、昨今の日韓関係の冷え込みによって、「日本にとって韓国は必要不可欠な存在ではない」ということが実証されつつあります。

それでも尚、日韓友好を唱える人々は日本に存在します。

その内の幾許かは、在日かもしれません。あるいは、在日と極めて親しかったり、在日に利益を提供されていたり、弱みを握られていたりする人かもしれません。それはたとえ国籍が日本であっても、韓国人の身内とも言うべき人々です。そういう人々が、自分の身内たる韓国人のために日韓友好を唱えるのは、やはり不快ではありますが理解は可能です。

しかし最も多いのは、無邪気に「人であれ国であれ、仲が悪いより良い方が良いに決まっている」と思っている日本人だろうと私は考えています。「一年生になったら、友達百人出来るかな」のマインドをそのまま維持している人々と言って良いでしょう。

このところの嫌韓報道の増加によって、そういう人々にも韓国の実態が知らされつつはあるのかもしれませんが、韓国の実態というのは、仄聞した程度では俄に信じることが出来ません。何しろ韓国情報は、ジョークのような事実もあれば、事実のようなジョークも少なくないのです。それに人間、実際に自分が被害に遭わなければ実感出来ないということもあります。

更に言えば、日常生活では韓国などよりも重要な案件は幾らでもあり、韓国を知ったり韓国について考えることなんかに割く時間などないのが普通でしょう。

そういう人々は、「何故日韓友好が日本にとって不要なのか」などということなど、考える機会もないに違いありません。

一般論では、「人であれ国であれ、仲が悪いより良い方が良いに決まっている」というのは、間違ってはいないでしょう。しかし、それも相手によります。ヤクザやキチガイ相手に「仲が悪いより良い方が良いに決まっている」と言うのはどうでしょうか。

日本にとっての韓国は、ある意味ヤクザやキチガイに近いのです。

ヤクザやキチガイには、執着したり依存する相手が必要不可欠です。ヤクザやキチガイが自分の血縁者であれば、特に理由がなくても面倒を見なければならないかもしれません。ですがそれが赤の他人であれば、ヤクザやキチガイに執着されたり依存されたいと思う人はそんなに多いのでしょうか。特に理由がなくても、執着されたり依存されれば黙って面倒を見るべきだと思う人は、そんなに多いのでしょうか。

もし、そう思う人がいるのであれば、日本と日本人を巻き込まず、そう思う人たちだけで韓国へ行って、思う存分執着されたり依存されたりすれば良いと思うのですが、何故かそういう人たちが韓国に移住したり、するつもりだという話を聞いたことがありません。

つまるところ日韓友好必須論を唱える人というのは、真面目に日本のことも韓国のことも考えていない人なのだろうと思います。あるいは、真面目に韓国のことだけを考えている人なのかもしれません。

しかし日本人ならば、まずは日本のことを第一に真面目に考えるべきではないかと思いますし、日本のことを第一に真面目に考えれば、日韓友好は不要どころか有害という結論に至るのです。

それでも日本にとって日韓友好は必須だと主張する方は、是非ともその理由を教えていただきたいものだと熱望する次第です。



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韓国に絶望せよ

かつては、韓国ウォッチャーなら常識というようなことでも、嫌韓ネタが日本のメディアで報じられることはほとんどありませんでした。しかし最近ではそのタブーも薄れてきたのか、日本のメディアが嫌韓ネタを打ち出すのをしばしば見かけるようになりました。反面、韓国関連の報道は少なくなったような気がします。

かつては毎週のように、日本のメディアで韓国の芸能人が来日したと報じられ、その度に韓国言論では日本中が興奮しただの、熱狂しただのと報じられ、それを某巨大匿名掲示板がネタにする、というサイクルがあったような気がしましたが、このところそういう報道はすっかり見かけなくなりました。

芸能関係以外の、韓国素っ頓狂ネタもずいぶん減ったようですし、国際時事ニュースでも、韓国の影はかなり薄いように感じます。

韓国関連のニュースが減れば、韓国をネタにしてブログを書いてる身としては、必然的にネタに困ることになるわけで、実際困っていることは困っているのですが、それはブログを書く時だけの話で、それ以外の時はまことに清々しくあります。

もっとも、韓国関連の報道が減ったからと言って、韓国が消滅したわけでもなければ、韓国人が多少なりともマトモになったわけでもないでしょう。

人間、どうしても自分の目に見えないものは、認識するのが難しいものです。私自身の韓国に対する警戒心を維持するという意味でも、このブログは書き続けなければならないのかなと思います。

韓国について書いてきて思うことは、韓国について考える者は、韓国に対する一切の希望を捨てよということです。

韓国は、良く言えば若々しいと言うことが出来るかもしれません。悪く言えば、未熟で幼いということなのですが、問題は韓国が未熟で幼いことではなく、韓国がそのレベルから成長しないということです。

李氏朝鮮時代、朝鮮人は極めて早婚だったそうです。記録に残っているのは当然両班に限りますが、女子は16~20歳、男子は10~12歳ぐらいで結婚したといいます。

男子の方が早婚なのは、早く結婚することで、家系を継ぐべき男子を一年でも早く得るためだったそうです。

そのため当時は、結婚したばかりの少年が大人の服を来て煙管を持ち、精一杯大人のつもりでふんぞり返っているのを見かけることがあったといいます。

今の韓国は、ちょうどその少年を思わせます。

その少年に遭遇した人は、子供が大人を気取っているのを見れば、その瞬間は微笑ましいと思うかもしれません。ですがもしその少年と付き合わざるを得ない立場になれば、大人を気取る子供の扱いの面倒臭さを思い知るでしょう。

それでも、その少年が成長して大人になれば、真っ当になるだろうと期待するでしょう。そう思わなければ、付き合っていられませんから。

しかしその期待は、いつまで待っても叶うことがありません。時折、少年が見せる奇妙な老獪さを、成長の兆しかと思って期待を募らせることもありますが、それは野生動物にもある本能的な狡知でしかないのです。

10年、20年とその少年と付き合い続け、少年の外見が壮年となっても、中身は少年のままです。

それでも、一度期待してしまった人は、期待していた時間が無駄だったとは思いたくなくて、更に待ち続けようとします。ちょうど、博打に負ければ負けるほどカネを突っ込むヘボ博徒のように。

相場の格言に「見切り千両」という言葉があるように、自分が間違っていたことに気づいた時は、速やかに間違いを認めることで、更なる大損を回避することが出来ます。

韓国もいつか変わる、きっと成長すると期待して、ヒトやカネやモノを費やせば、それは必ず損になります。日本はかつてそれで一度大火傷をしたはずなのに、いまだに韓国に期待する日本人は後を絶ちません。

韓国に期待してはいけません。韓国には、絶望するべきなのです。絶望することで初めて、韓国を冷静かつ正当に評価することが出来るようになるでしょう。

日本人が韓国に絶望することが、正しい日韓関係のスタートラインになると、私は確信しています。



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韓国が消滅すれば嫌韓は悲しむか

先日、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたというニュースがありましたが、それを聞いてまず一番に思ったことは、「韓国人が火病りそう」でした。

その後のニュースで、韓国もキムジャン(キムチを漬けるシーズンのこと)がユネスコの無形文化遺産に登録されたということを知りましたが、それで韓国人が満足するとは到底思えません。

何しろ韓国人の自己評価の高さは異常と言って良いレベルにあり、彼らは自分たちが高く評価されることを当然と考えております。更に日本が得をしたり評価されるようなことがあれば、韓国人という生き物はそれを即ち自分たちの損や侮辱と考えます。

さもなくば「日本に出来た、あるいは得られたことなら、ウリにも出来る、得られるに違いない」と何の根拠もなく確信し、日本と同等以上の得や評価を当然のものとして要求します。「ノーベル賞」と言えば、少しでも韓国を知る人にはご納得いただけるでしょう。

そもそも韓国は、確か最初は「キムチ」そのものを無形文化遺産に登録申請していたはずです。しかも申請しただけで、「登録は確実」と勝手に自分たちで盛り上がり、ユネスコから「特定の食品を無形文化遺産に登録することはない」と警告を受けました。

結局登録されたのは「キムチ」そのものではなく、「キムチを漬けるシーズン」の方でしたが、これもまた彼ら流の自分勝手な拡大解釈をほしいままにするのでしょう。

更に日本の「和食」が無形文化遺産に登録されたことで、韓国人は必ず「韓食も!」と言い始めるのだろうなと思うと、まことに鬱陶しい限りです。

「和食」の無形文化遺産登録に限ったことではなく、嫌韓になると良きにつけ悪しきにつけ韓国が絡んでくることを懸念するようになります。その度が過ぎると、「フォースの韓国面」に陥ることも、ままあります。

そうでなくても、何かにつけ絡んでくる韓国についての批判や考察をする嫌韓を指して、「お前らホントは韓国好きなんじゃないのか」と揶揄する人は多いのです。常に韓国に注目し、寝ても覚めても韓国のことばかり考えるなんて、韓国が好きでなきゃやってられないという発想なのでしょう。

ならば嫌韓は、韓国が消滅すれば悲しむでしょうか。

これは先だって「嫌韓が韓国を救う?」という記事を書きましたが、その中で述べた「韓国が本当に嫌われるようになったときに助けてくれるのは、親韓ではなく嫌韓である」ということと裏表になるかもしれません。

確かに、「韓国が無くなったら寂しい」と言う嫌韓はいなくもありません。何しろ韓国は、見方によっては面白いと言うことも出来るからです。もっとも韓国を面白いと思える人は、厳密には「嫌韓」ではなく、「呆韓」とか「楽韓」といった段階でしょう。並の嫌韓には、韓国の存在は大変に鬱陶しく不快でしかありません。

ならば何故、四六時中その鬱陶しくて不快な韓国のネタやニュースを探し、考察をするのかと問う人もいるかもしれません。

まず私個人に関して言えば、「四六時中韓国のネタやニュースを探し、考察している」ということはありません。こんなブログを書いてて何を言うと言われるかもしれませんが、事実です。

月見チャットでも、韓国について解説を求められれば何でも答えますが、聞かれなければ自分の方から進んで韓国についての講義をすることはほとんどありません。話題がない時に韓国の斜め上ネタを持ちだしてゲラゲラ笑うということは時々ありますが、余程の見事な斜め上でない限り、大抵の斜め上には免疫が出来ているので、ゲラゲラ笑うこともそんなに多くありません。

このブログを更新するその日は、致し方なく韓国のニュースを調べたり、韓国について考えたりしますが、書き終えてから次の更新の日までは、思考の内を韓国が占める割合は1%もあるでしょうか。

要するに韓国とは、少なくとも私にとっては、靴の中に入った小さな石粒のようなものです。その石粒自体の価値はありませんが、一歩足を踏み出すごとに石粒は足裏を刺します。その痛みは、耐えられないほどの激痛というわけではありませんが、その石粒のことを失念出来るほど小さくもありません。

一歩踏み出し、石粒が足裏を刺す度に、どうすればその石粒を靴の中から排除出来るだろうかということで頭がいっぱいになります。靴を脱いで逆さに振れば、たちまち解決することはわかっていますが、それが出来ない状況の間は、その痛みと不快に耐えるしかないのです。

もし同じように、靴の中の石粒の不快感に耐えている人がいれば、そのことを互いに愚痴りあうことで、多少の慰めを得ることが出来るでしょう。

韓国というのは、まさにこの靴の中の石粒のようなものなのです。

もし靴の中の石粒がなくなれば、その人は同じ境遇にある人と共通の話題もなくなるかもしれません。だからと言って、靴の中の石粒の不快さに耐えていた人が、靴の中の石粒がなくなることを悲しむでしょうか。

もしかしたらそういう被虐趣味の人も稀にいるのかもしれませんが、私にそういう性癖はありません。韓国がなくなれば赤飯で祝っても良いとさえ思っています。

何しろ靴の中の石粒は、ひとつではないのですから。



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何故日本政府は、韓国を切り捨てないのか

日本は、世界一の親韓国と言われます。対する韓国は、世界一の反日国と言えるでしょう。

自国にネガティブな態度を示す国に対しては、同じくらいとまではいかずとも、ネガティブな意識を持つのが普通なのに、日本はまるで韓国に媚びるように、甘々な態度を示し続けています。

それには様々な理由があるでしょう。例えばアメリカとの関係がよく言われます。

日本とアメリカは同盟関係にあります。そのアメリカは、韓国と同盟を結んでいます。日本と韓国は同盟を結んでおりませんが、アメリカを介した間接同盟的な関係にあると言えます。

日本と韓国が事を構えることになれば、双方と同盟を結んでいるアメリカは面白かろうはずもありません。そもそも韓国の戦時作戦統制権はアメリカ軍にあります。日本と韓国の間で武力衝突が起きれば、アメリカの立場は非常にややこしくなります。そんなことをアメリカが望むわけがありません。

日本さえおとなしくしていれば、アメリカは韓国軍の戦時作戦統制権を持っているのですから、韓国軍の暴発を抑え込むことは容易です。ですから日本に対しアメリカが「韓国と揉めるな」という圧力を掛けていても、不思議ではないどころか、そういう圧力がない方が不思議と言えるレベルでしょう。

日米同盟が日本にとって重要な同盟であることに異論を唱える人は、余程の反日主義者だけでしょうけれど、日米同盟の重要性は単に日米の二カ国間だけにとどまりません。もし今後日米同盟が破綻するようなことがあれば、世界の軍事的経済的バランスが大きく崩れる恐れは極めて強いのです。

日本の安全保障は当然として、世界の安全保障にも関わってくる問題ですから、万事穏便に運びたい日本としては、アメリカと揉めることだけは避けなければなりません。もっともそういう問題がなくても、「たとえ相手に非があったとしても、他人や他国を怒らせてはいけない」という意識は、日本人の骨髄まで達しています。仮にアメリカからの圧力が全くなくても、日本は積極的に韓国と悶着を起こそうとはしないでしょう。

加えて日本政府は、日韓友好を日本国民の民意と思っているのではないでしょうか。

なにしろ、ほんの10年前の日本では、「韓国が嫌いだ」と口にすることさえ周囲を伺いつつ、声を潜めて言わねばなりませんでした。対する親韓派は、声を大にして韓国を褒めそやし、あばたをえくぼと言い張っていました。

政治家のもとに来る陳情も、韓国や韓国人に好意的な意見や希望ばかりだったでしょう。嫌韓デモなど、日本中のどこを探してもありませんでした。

在日は様々な便宜を期待して、政治家に擦り寄り、数々の特権を獲得していきましたが、日本国民がそれに対する不平や不満を言うこともありませんでした。仮にあっても、政治家に辿り着く前に親韓(あるいは親朝鮮)勢力によって揉み消されていたのでしょう。

「韓国を悪く言ってはならない」「韓国を嫌ってはいけない」という意識は、日本人に広く深く浸透していました。政治家はそれを察知していたはずです。

韓国に厳しい態度をとれば非難や抗議、苦情が殺到します。それを言っているのが日本国籍を持つ日本人とは限りませんが、では韓国に甘い態度をとれば、日本国籍を持つ日本人から非難や抗議、苦情が殺到するかと言えば、そんなことは全くないのです。ばかりか、褒められることさえあります。それを「日本国民の民意」と受け取るなと言う方が無理というものでしょう。

それに朝鮮人は本国韓国人も北朝鮮も在日も、他人に取り入るのは巧みです。その手管に籠絡された政治家も少なくないどころか、はっきり多かったでしょう。否、「多かった」ではありません。現在進行形で多いはずです。

それでも、もし「日本国民の民意」が「嫌韓」とまではいかずとも、「韓国に対する必要以上の配慮は不要」という意志を明白に示していれば、どんなに朝鮮人が上手く取り入ったとしても、政治家がそこまでズブズブにはならなかったでしょう。しかし現実には、「日本国民の民意」も、韓国に対しては甘々だったのです。

「だから日本が韓国に甘くてもしかたない」と言いたいのではありません。これは逆を言えば、韓国に対して厳しい視線を日本国民が持つようになり、それを明白にすれば、政治家も否応もなくそれに応じなければならなくなるということを言いたいのです。

事実、日本で嫌韓気運が高まるにつれ、それに同調を示す政治家もぽつりぽつりと出てきました。もちろん、まだ多数とは言えませんが、それでもはっきりと日本に対する韓国の無理無体を明白に非難する政治家が出てくるようになったのは、明らかに進歩と言えます。

それでもまだ、日本政府は十分に親韓的です。例えば、安倍首相はいまだに韓国を「重要な隣国」と言って憚りません。それを非難する嫌韓も少なくありませんが、安倍首相から見れば、日本の国民はまだまだ親韓傾向が強いということを示しているとも言えるのです。

政治家に嫌韓アピールを続けることが無駄とは思いません。ですが同時に、日本国民のコンセンサスも確立する必要があるでしょう。これはいわば車の両輪です。どちらが欠けても、あるいはどちらかだけが肥大しても、前に進むことが出来ません。

「他人や他国を嫌うこと」は、普通の日本人には抵抗があります。嫌う理由をきちんと説明出来なければ、サベツと言われかねないからです。ある意味、「他人や他国を嫌うこと」には責任が伴うとも言えます。その点、「他人や他国を嫌わないこと」は無責任で良いから楽です。

しかし安易に楽な道を選び続ければ、そのツケはいつか回ってきます。今日の歪んだ日韓関係も在日特権も、そのツケと言えるでしょう。そのツケを、私たちの次の世代に遺して良いはずがありません。

多くの日本人が韓国の事実を知り、現在の歪んだ日韓関係や在日特権の是正を叫ぶようになれば、政治家もそれを無視することは出来なくなります。そういう政治家が増えれば、政府も韓国に対する態度を厳しくせざるを得なくなります。

現時点では、日本からの日韓断交など「夢のまた夢」ですが、もし日本政府が韓国に厳しい態度を取れるようになれば、日本からの日韓断交も「夢か現か」ぐらいにはなるかもしれません。

何でもそうですが、一足飛びに全てが望み通りになることなんてそうあるものじゃありません。面倒でももどかしくても、地味で面倒な作業をひとつひとつこなしていく内に、気がついたら待ち望んでいた場所に辿り着いているものです。

今は面倒でもどかしいかもしれませんが、一人でも多くの日本人に韓国の事実を広め、日本国民の韓国に対するコンセンサスを確立することが重要なのだと私は確信しております。



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