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韓国人は老人を敬わない

先日報じられたニューヨークのマクドナルドで、韓国系の老人が長時間席を占拠することで生じた店との確執は、最終的にはマクドナルド側の大幅な譲歩によって終結することとなりました。

この件については、正直あまり注目しておりませんでしたが、結果には少々驚かされました。これはアメリカの韓国系議員の働きが大きかったようですが、それと合わせて、アメリカにおける人種差別問題の深刻さが大きく作用したこともあるでしょう。

日本人、ことに韓国をある程度知る者からすれば、韓国人に譲歩するなど愚の骨頂です。それは日本が、過去に何度も何度も何度も何度も(中略)何度も韓国に譲歩しては、その都度必ず間違いなく煮え湯を飲まされてきたからわかることです。逆に言えば、日本人であっても韓国をほとんど知らない者であれば、韓国人に譲歩することの愚と恐ろしさを知らないのが普通でしょう。

しかも被害者の立場で交渉する(と言うか、ゴネる)際の韓国人は、極めて狡知で執拗です。それが日本における在日特権の温床となったことも韓国人を知る者には常識ですが、韓国人を知らない者には俄に信じられない事実です。

更に言えば、アメリカにおいて人種差別主義者というレッテルを貼られることは、日本人が考えるよりもずっと深刻なことのようです。日本で「レイシスト」と呼ばれるのと、アメリカでそう呼ばれるのとでは、受ける打撃の大きさが全然違います。ましてやアメリカを代表する企業のひとつであるマクドナルドが、そういうレッテルを貼られることは、如何なる犠牲を払ってでも回避しなければならないことだったのではないかと私は想像しております。

今回の件における「犠牲」とは即ち、問題となったニューヨークの店舗が、韓国におけるタプコル公園の如くになることです。

今回の問題を取り上げた韓国の言論は、朝鮮日報だけのようですが、その朝鮮日報は今回の件をアメリカにおける韓国系移民の問題であるかのように語っております。

アメリカにおける韓国移民一世は、カネを稼ぐことに追われ米国社会に溶け込むことが出来ず、また英語が話せないために同じ韓国系の若い世代の移民とのコミュニケーションも取れず、同じ境遇同じ世代の移民同士で交流するしかないのですが、その場所がアメリカではマクドナルドとなりました。

しかし韓国本国でも、それは全く同様です。アメリカと違うのは僅かであってもカネのかかるマクドナルドではなく、全くカネのかからない公園や老人会館を利用する老人が一般的という点でしょう。

ソウルのタプコル公園は老人がたむろしていることで有名です。どこからやってくるのか、白や黒、灰色といった無彩色系の服を着た老人(ほとんど男性)が集まって、愚痴をこぼしあったり討論をしたり朝鮮将棋をしたりその観戦をしたりしております。

春や秋といった気候の良い時期なら屋外の公園も良いでしょうけれど、今のような厳寒の時期や盛夏でしたら、屋内の老人会館に集まることも多いのではないかと思います。

数年前、私はソウルの老人会館を訪れたことがありますが、そこにはびっくりするほど多くの老人がいました。どういうシステムになっているのかよくわかりませんが、送迎用と思しきバスが老人会館の前に横付けすると、中からぞろぞろと老人男女が降りてきて、吸い込まれるように老人会館に入っていきます。

中に入ると文字通り長蛇の列があり、その先頭では給食が配られておりました。卓球やビリヤードをする老人がいるかと思えば、タプコル公園と同じく朝鮮将棋などのボードゲームに興じる老人もいます。

しかし大半の老人は、とりとめのないおしゃべりをして過ごすようです。

アメリカの韓国系移民のように言語の問題があるわけではないにも関わらず、韓国の老人たちも、若い世代とは明らかに隔絶しておりました。

韓国で儒教的道徳が幅を利かせていた頃であれば、若い世代に煙たがられようとも、ガンコジジイにゴウツクババアと陰口を叩かれようとも、無理やり若い世代を捕まえて説教を垂れたり昔話を聞かせたりすることも出来たのでしょうけれど、今の時代の韓国でそんなことをした日には、自分が持っている杖で殴り殺されることさえあります

日本人の中には、いまだに「韓国では老人が尊重されている」と信じている人も少なくないようです。例えば、「韓国の電車やバスでは、老人に必ず座席を譲る」というのは、韓国で老人が尊重されている証拠であるかのように頻繁に言われることです。しかしそれは決して敬老の精神に基づいて行なわれるものではありません。そうしなければ、自分が社会的に悪者にされ、指弾の対象となる恐怖から、渋々行なわれるものです。

ですからその恐怖がなかったり稀薄である場合には、彼らは実に老人に対して冷淡で酷薄です。それが韓国における高齢者の自殺率の異常なまでの高さに結びついているのでしょう。

実際、アメリカのマクドナルド騒動においても、マクドナルドが韓国系移民老人を受け入れないのであれば、韓国系移民の力を合わせて老人が安心して憩える施設を作ろうではないかという方向には全く行っておりません。一私企業たるマクドナルドにその役割を強要し、認めさせるためにしか彼らは動きませんでした。

ここにも、韓国人高齢者に対する韓国人社会の冷淡さを見る思いがした今回のマクドナルド騒動でした。


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日本が嫌がることが韓国の至福

韓国ウォッチャーで、安重根の名前を知らない人はいないでしょう。伊藤博文を暗殺したテロリストです。と言えば、大抵の韓国人は激怒します。

事実、今月19日に中国のハルビンに安重根を称える記念館が出来た件に関し、菅官房長官が「日本の初代首相を殺害し、死刑判決を受けたテロリスト」を「一方的な評価に基づき主張している韓国と中国が連携して国際的に展開するような動きは、地域の平和と協力の関係の構築に資するものではない」と強く批判したところ、韓国与党セヌリ党の洪文鐘事務総長は、「安(重根)義士がテロリストなら、周辺国への無慈悲な侵略と略奪を行なった日本はテロ国家だ」と述べたそうです。

報道では比較的穏やかな言葉に置き換えられていますが、実際はもっと汚い言葉で激しく罵っていたのだろうと、私などはニヤニヤしてしまいます。

この「○○が××ならば、△△は□□である」という話法を、韓国人は大変好んで用います。しかもしばしば、「ならば」の前後がつながりません。

今回の洪文鐘の発言もそうです。「安重根がテロリストならば、日本はテロ国家だ」と洪文鐘は言います。ですが韓国人の常識では、安重根はテロリストではありません。ということは、韓国人的には、日本はテロ国家ではないということになります。

しかし、「日本はテロ国家だ」というのが、韓国人の認識であることはまちがいありません。何故なら「周辺国への無慈悲な侵略と略奪を行なった」という前文は、韓国人の常識だからです。「安重根はテロリストではない」という韓国人の常識に従うならば、「周辺国への無慈悲な侵略と略奪を行なった日本は、テロ国家ではない」と言わざるを得ません。しかし、それでは文脈が崩壊します。

では「テロ国家だ」の方は変えずに、「周辺国への無慈悲な侵略と略奪を行なった」という文章の方を、日本側の主張に従った表現、例えば「大東亜の共栄のため欧米列強から積極的に学び、以って欧米列強の侵略に対抗し、東亜を率いて先頭に立って戦おうとした」とでも言えばどうでしょうか。文脈的には成立するかもしれません。ですが今度は、発言者の韓国での立場が崩壊するでしょう。

いずれにせよ韓国では、安重根はテロリストではないということになっています。

これについて、かつて日韓チャットである日本人会員が「暗殺はテロか?」と韓国人に聞いたことがあります。韓国人は「暗殺はテロです」と答えました。続けて「伊藤博文を暗殺したのは誰か?」と聞くと、韓国人が「安重根です」と答えます。「では伊藤博文を暗殺した安重根は、テロリストか?」と聞くと、ほぼ全ての韓国人が「いいえ、安重根はテロリストではありません」と答えるのです。

「暗殺はテロ」という認識と、「伊藤博文を暗殺したのは安重根」という認識がありながら、「安重根はテロリストではない」という結論に全く矛盾を感じないのだから、韓国人はまことに不思議な生き物です。

尤も、日本人が思うほど韓国における安重根は、有名人ではないようです。

数年前、韓国の言論(朝鮮日報だったと思います)で、「若者に安重根義士の話をしたら、「それで安重根義士は、内科医ですか?外科医ですか?」と言われた。全く今どきの若い者は抗日義士の名前も知らないプンスカ」という文脈の記事がありました。韓国語では、「医師」と「義士」がどちらも「ウィサ」という同音(ハングル表記も全く同じ)であるため、漢字も、安重根が義士であることも知らない若者は、「安重根義士」を「安重根医師」と勘違いしたのです。

韓国に、抗日義士と呼ばれる歴史的人物は多数います。有名なのは、尹奉吉や李奉昌でしょうか。韓国の歴史教科書に写真入りで載っているこの二人ならば、韓国人の若者も医師と間違えたりはしないでしょう。

その韓国の歴史教科書は、安重根については極めて冷淡と言っても良い扱いをしています。小学校の歴史教科書では「安重根義士は義兵を起こして戦い、満洲にわたり独立運動をつづけた。安重根義士は、日本の侵略を防ぐためには侵略の首領を除かねばならないと考え、中国のハルビンで伊藤博文を処断したのである」といくらか行数を割いてはいますが、高校の歴史教科書になると「義兵として活躍していた安重根は、満州のハルビン駅で、韓国侵略の元凶である伊藤博文を射殺した」とあるのみで、どこに載っているか探すのに苦労するほどです。

勉強イコール教科書の丸覚えとされている韓国の学生が、「安重根ウィサ」と言われて「義士」ではなく「医師」と思うのも無理はありません。

何故韓国人は、安重根に対しこんなに冷淡なのでしょうか。

ひとつには、安重根が「日韓併合前の独立運動家」ということがあるでしょう。安重根がどこからの独立を目指して義兵を起こし、独立運動をつづけていたのかという説明が、韓国の歴史教科書には一切ありません。ちなみに韓国では、「独立」と言えば即ち「日本からの独立」と脊髄反射する韓国人が普通です。だからソウルにある「独立門」は、「日本からの独立」を記念して作られたものだと、韓国人は信じて疑いません。しかし正しくは、清からの独立を記念して作られたものです。

それはさておき、もうひとつの理由としては、安重根の犯行が韓国人的に成果を出せなかったということもあるでしょう。「日本の侵略を防ぐためには侵略の首領を除かねばならないと考え、中国のハルビンで伊藤博文を処断した」のに、結果的に日韓併合を防ぐことは出来ませんでした。それどころか、日韓併合反対派であった伊藤博文が亡くなったことで、日韓併合が促進されたという見方もあるほどです。

詳しく説明すれば藪をつついて蛇を出すような真似になりかねない危うさが、安重根の犯行の背景には存在します。そのために、あまり詳しく説明することが出来ないのかもしれません。

しかし今回、日本がハルビンの安重根記念館に反応して見せたことで、韓国人にとっての安重根義士の株は暴騰するのではないでしょうか。

日本と日本人に嫌がらせをすることは、韓国人にとっては至福の行為です。更に日本人がそれに反応してくれれば、韓国人としては思わず嬉ションしてしまいそうになるほどの快感なのです。米国における慰安婦像の設置にも、それがモチベーションのひとつとなっていることは疑いありません。

今回、菅官房長官が反応してみせたことで韓国人は、「ウリが安重根義士を持ち上げれば持ち上げるほど、日本は嫌がるに違いない」と思うかもしれません。そうなれば、何とかの一つ覚えが始まるでしょう。

もちろん、今回の菅官房長官の対応が悪いものだったとは全く思いません。黙っていれば、日本が韓国の主張を認めたものと、韓国以外の国にも受け取られてしまいます。NOと言うべき時に言うことは必要です。今回の件で何が悪かったと言えば、何よりも相手が悪かったと言うしかありません。

「構えば嬉ション無視すりゃ火病 好きにさせればつけあがる」というのは、私が日韓チャットに常駐し始めた頃に作った都々逸ですが、現実の韓国人もやはり日韓チャットの韓国人と全く同じです。

日本にとっては、存在そのものが迷惑としか言いようのない国が、韓国という国なのです。


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嫌韓は根拠提示を義務付けられる

竹島の日まで一ヶ月を切りました。今年もやります竹島プロジェクト

実は既に年初から参加を決めておりましたが、今年はあえて竹島の日一ヶ月前まで待ってみました。その方が、「竹島の日」の印象を強めるかなと思ったのでw 

ともあれ今年も右も左も関係なく、「竹島は日本領土」を改めてアピールしていきましょう。

さて「日本のイメージ」という本があります。奥付によると出版は1998年、著者は韓国系日本人の鄭大均氏です。前書きにあたる「はじめに」は、「本書は『韓国のイメージ』(中公新書、一九九五年)の姉妹編にあたるものである」という言葉から始まります。

「韓国のイメージ」の方は、実はまだ読んでいません。この先も、読むかどうかわかりません。「日本のイメージ」の「はじめに」に記された内容から鑑みるに、「韓国のイメージ」とは「日本人から見た韓国のイメージ」がテーマとなっているようですが、「日本のイメージ」はその逆、つまり「韓国人から見た日本のイメージ」がテーマになっています。

確かに、この「日本のイメージ」というタイトルの「日本」の部分には、ご丁寧に「(イルボン)」というルビが振ってあります。「ニッポン」でも「ニホン」でも、おそらくは「Japan」でもない、「イルボン」のイメージがテーマということなのでしょう。

その内容は、膨大な資料からの引用がかなりの部分を占めます。膨大な資料からの引用がかなりの部分を占めるといえば、「悪韓論」もそうでした。それは何故でしょうか。

思うに、その本に記されていることが、韓国人にとって「日本人に知られたくないこと」「韓国人にとって都合の悪いこと」だからでしょう。

「悪韓論」で、著者の室谷克実氏は次のように述べます。

 この本も「事実は事実だ。事実を書くのに遠慮してはいけない」というスタンスを貫いた。
 付け加えるべきは、「私の独断ではない」ことを示すために、韓国の公式統計や韓国の「権威ある」マスコミ報道を、主たる典拠にした点だ。
(悪韓論P.7 「はじめに」より)

即ち、韓国に関する「事実」を書くと、何故か独断だとか偏見だとか歪曲だとか捏造だと騒がれるのです。それを未然に防ぐには、資料、それも出来れば日本人によるものではなく、韓国人が書いた資料を提示しつつ論じなければならないというのが、暗黙のお約束になっているのです。

弊ブログでも時々、「根拠を提示しろ」というコメントを頂戴します。要するに「お前、嘘ついてんじゃねえだろうな」「それが本当だという証拠を見せろ」という意味なのだろうと受け止めています。

弊ブログでは、出来る限り根拠や資料を提示して論じようと努めているつもりです。しかし弊ブログで書く全ての主張に根拠や資料を付すことは簡単ではありません。それに弊ブログは既に過去記事が資料や根拠と言っても良い状態になっています。

私自身が生まれて初めて知ったことで、更に弊ブログで述べるのもお初ということには、まず必ず資料や根拠を付しているつもりですが、「その話、何度目だ」と常連読者の方から突っ込まれそうなことならば、資料や根拠の提示は省略していることが多いかもしれません。

それは、私が意見の公開を紙媒体ではなくネットで行なっているからです。即ち、弊ブログを読んでいる方は例外なくネットに接続出来る環境にある方であり、弊ブログの過去記事を全て読むことが可能で、且つ弊ブログに書いてないことでも、検索することが出来るはずなのです。

「思いつく限りのキーワードで許す限りの時間検索し倒したが、あなたの主張を担保する資料はネットのどこにも一切見当たらなかった。一体何を根拠にあなたはそういうことを主張するのか」というコメントならば、これは誠実に全力で回答しなければならないと思います。

しかし「通りすがりの者ですが、この記事に書かれたことの根拠は?」というコメントであれば、最大限好意的に回答するとしても、「過去記事読んでね(はぁと)」としかお答えのしようがありません。

紙媒体でその手は使えませんので、「日本のイメージ」と「悪韓論」では、予め大量の資料を引用しているのでしょう。

しかし本の主題が逆の場合、即ち韓国人にとって周知したい事、望ましい事が主題の場合、その根拠や資料を求められることは多くありません。

以前「これを読めば韓流ドラマがより一層面白くなる」といった感じのキャッチコピー(正確に覚えていません)が付された、朝鮮の歴史について書かれた本を立ち読みでパラパラめくってみたことがあります。いちいち突っ込んでいたら、1ページ進むのに何時間も掛かりそうなほど実に韓国的欺瞞に満ち溢れた内容でした。

そう言えば私は韓国の歴史教科書を日本語に翻訳したものを、二冊持っています。一冊は小学校用で、もう一冊は高校用です。高校用は、小学校用の三倍ほどの厚みがありますが、内容は概ね同じです。

解説の多少や内容の難易の差はあっても、同じことを教えているんだからそんなこと当たり前じゃないかと言われるかもしれませんが、小学校の教科書に「わが国の歴史が深く、最初の国家である古朝鮮をたてた檀君王倹が神の孫であるという事実」とあれば、高校の教科書には「檀君神話は長い歳月を経て伝承され記録に残されたものである。後世に付け加えられたり削除された要素もあるが、これは時代により関心事が異なるためである。しかしこの記録は青銅器文化を背景にした古朝鮮の成立という歴史的事実を反映しているのである。記録によると、この時期の人びとは山林地帯に居住しながら農耕をしていた。この時、桓雄部族は太白山(妙香山、平安南・北道と慈江道の境界)の神市を中心に勢力をもち、天の子孫を名乗りみずからの部族の優越性を誇示した」とあるのです。

高校生用の教科書になれば、さすがに小学生用の教科書と違って「檀君は神の孫」という単純な書き方はしておりませんが、それでもどちらの教科書においても、「檀君神話は事実である」という前提で語られているのです。

これこそ「根拠は?」と突っ込むべきことだと思うのですが、日韓チャットで見聞きした限りにおいて、これに疑問を抱いている韓国人を見たことは一度もありません。

檀君神話については、かつて幾つか韓国人に質問したことがあります。まず、獣祖伝説を持つ民族の場合、先祖である獣は通常、崇拝対象になるものです。しかし韓国人が熊を崇拝しているという話はほとんど聞きませんし、熊に崇敬を示す韓国人を見たことも、一度もありません。それは何故なのか。

また檀君神話においては、朝鮮人の祖先になった熊と、朝鮮人の祖先になり損なった虎以外に、「人間」が既に存在することが示唆されています。熊と虎は檀君に「人間にしてください」と願うのですが、それは当時、熊や虎よりも人間の方が上位であったということにほかなりません。つまり、朝鮮人の祖先よりも上位の「人間」が、朝鮮人の祖先よりも早くに、朝鮮に存在したことになっているのです。その「人間」は誰で、どこへ行ったのか。

そういう質問を韓国人にしたことがありますが、韓国人は「考えたこともなかった!」「言われてみればそうだ!」と驚くばかりでした。

結局、韓国人にとって都合の良い、あるいは心地良い話であれば、根拠も資料も必要なく鵜呑みに信じ込まれますが、そうでない話は全て嘘か捏造と断定されてしまうために、しつこいぐらい根拠や資料を添えなければならないという縛りがかかっており、それが韓国内に限ったことではないということなのでしょう。

嫌韓は山のような資料を読み解かねばならず、親韓は駄法螺や妄想を鵜呑みにすれば良いのだから、まことに不公平な話だと思います。

もっとも、「事実」は「事実」であるがゆえに根拠や資料の提示が可能ですが、「妄想」や「願望」「捏造」は根拠や資料がそもそも存在しないのですから、当然その提示も不可能です。しかも、山のような資料を読み解く内に、嫌韓には親韓が信じている駄法螺や妄想の出処や元ネタも見えてくるのです。

駄法螺や妄想を鵜呑みにして根拠も資料も最初から知らない上に、知ろうとも思わない親韓に質問して時間を無駄にするよりも、自分で調べて考察する方がずっと確実です。

それもあって、嫌韓系の書籍には資料がてんこ盛りになり、親韓系の書籍は、親韓にとって心地良いファンタジーばかりが散りばめられ、嫌韓と親韓の知識的距離は加速度的に広がっていくのでしょう。


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千年不変の韓国

現在の日韓関係は、史上最悪とまで言われています。そのせいか、現在の日本では韓国関連のニュースが激減し、精神的には大変快適なのですが、ブログのネタ的には少々苦しい日々です。韓流捏風の頃は韓国時事ネタが否応もなく目についたものですが、このところさっぱりお見限りなのは、私の気のせいではないでしょう。

第二次安倍政権以前であれば、日韓関係が多少悪化しても、韓国がひっくり返って駄々をこねれば、日本は苦笑いしつつも手を差し伸べるという、対等な国家同士とは思えない態度をとっていました。しかし第二次安倍政権発足以後、日本の韓国に対する態度は正常なもの(韓国から見れば極めて冷淡)になっています。

日本の韓国に対する態度の正常化によって、韓国では実際に影響を受け始めた者も少なくないらしく、韓国民も焦りを覚えて始めたのでしょう。韓国民の間では日韓首脳会談を求める声が高まっているといいます。

これに対し日本側は一貫して「ドアは常にオープンにしている」と言い続けていますが、対する韓国側の朴槿惠大統領はいまだ及び腰です。

考えてみれば当然というものです。韓国の世論調査で、「日本との関係改善に朴槿惠大統領が積極的に取り組むべきだと考え、約半分が安倍晋三首相との首脳会談も開くべきだと望んでいる」という結果が出ているとは言え、それを真に受けて本当に日本との関係改善に乗り出したり、韓国側から日韓首脳会談を要請したりすれば、100%以上の確率でそれを理由に批判され、攻撃されることになるのがわかりきっているのです。あとで梯子をはずされることがわかりきっているのに、ホイホイ二階に昇るバカもありません。

そういう現状を鑑みると、現大統領の実父朴正熙元韓国大統領という人は、韓国人としては稀有な存在でした。我が身に被る攻撃を物ともせずに、ひたすら自分の信じる道を突き進み、且つそれなりの実績を残した韓国人は、韓国成立後では彼ひとりではないでしょうか。

朴正熙は1917年生まれですから、彼の受けた教育はほとんど日本式のものであったでしょう。その上更に日本の陸軍士官学校を出ているせいか、彼の考え方はかなり日本人的に見えます。彼の考え方の何がどう日本人的かと言えば、何よりもまず韓国と韓国人(=朝鮮と朝鮮人)についての認識が、日本人的です。

1970年に出された「朴正熙選集-韓民族の進むべき道」という著書で彼は韓国人の特徴として「利己主義」「傍観主義」「虚勢」「党派意識」「特権意識」「自主精神の欠如」「民族愛の欠如」「開拓精神の欠如」「企業心の不足」「アイデアの不足」「退廃した国民道義」「怠惰と不労所得観念」「奴隷的な屈従の固まり」を揚げます。

また、韓国社会については「法よりも腕力の強い者が勝つ世の中」「弱く金もコネもない者は生きていけない不平等社会」「姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会」「情実人事、猟官運動、貪官汚吏、不正蓄財が当然と考えられる価値が転倒した社会」と糞味噌に言っております。

これを日本人が言うことに、さほどの精神的負担はありません。所詮は他人事です。他人の短所を指摘したり批判したりすることは、誰にだって出来ます。しかしその指摘や批判が自らにも向けられると思うと、誰しも口が重くなるものです。

それでも、今の韓国人の中に、この程度のことを言う者が皆無というわけではないかもしれません。ですが私の知る限りでは、韓国人がここまで韓国と韓国人を冷静に見つめてしまうと、投げやりになるか開き直るか、そうでなければ韓国人であることを辞めようとするのです。

朴正熙が並の韓国人と異なるのは、韓国人として、何としてでも韓国人を叩き直そうとしたことでしょう。そのためなら日本に近づくことも厭いませんでした。今も昔も、堂々と日本人と仲良くする韓国人を、韓国人は激しく攻撃します。よって朴正熙は、韓国においては「売国奴」の意味を持つ「親日派」の汚名を被ることになります。

それでも彼は信念を持って、自国と自民族を立て直そうとしました。結局彼は凶弾に斃れることになりましたが、彼の志を正しく継ぐ韓国人がいれば、今の韓国は、今より多少はマシな国になっていたかもしれません。

当時の日本と韓国の関係が比較的良好であったのは、日本が朴正熙の言動に期待を見出していたからででしょう。

しかしそれも李明博前大統領の言動によって断たれました。李明博の次の大統領が、朴正熙の実子である朴槿惠に決まった時に、彼女が朴正熙の遺志を継ぐのではないかと期待した向きも少なくなかったようですが、それはかつて朴正熙が親日派と言われていたことがあだになりました。

彼女は実父による「親日派」のイメージを払拭するためにも、対日強硬姿勢を取らざるを得なかったのです。

こうして韓国のリアルタイム現代史を振り返って思うのは、常々弊ブログで主張している「韓国にもまともな人物は存在し得るが、仮に存在してもその人は必ず叩き潰されて追い落とされるから、結局いないのと同じである」ということです。

韓国における最大の権力者である大統領でさえ韓国を変えることが出来ませんでしたし、朴正熙以後、彼に匹敵する人物が出てくることもありません。血を分けた実の娘でさえ、朴正熙が命を懸けてでも改めようとした嘆かわしい韓国人そのものにしかなれなかったのです。

いみじくも朴槿惠現韓国大統領が言った「今後千年、変わることがない」というのは、日韓の立場ばかりではなく、彼女の亡父が指摘した韓国自身のことをも示唆していたのかもしれません。



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韓国人の素っ頓狂にも一理あり

先だって、韓国国防部が「助けられたことは忘れろという言葉がある」といったとガジェット通信が報じ、まとめブログでも盛んに取り上げられておりました。

助けた方が助けられた方に向かってそう言うのはまだわかりますが、助けられた方がどこへ向けてであっても「助けられたことを忘れろ」などというのは、まさに礼も恩も恥も知らない韓国に相応しい発言ではあります。しかしそれでは納得出来ない違和感を覚えたので、原文を当たってみました。

結論から申し上げますと、ガジェット通信が報じた「助けられたことは忘れろ」という表現は、少々誤訳気味ではないかと思います。

該当部分を翻訳(機械翻訳後、手動で微調整)すると、以下のようになります。

【(韓国国防部の金報道官は)日本が私たちの発言について、揚げ足取りに終始していることは、「人々の間にも言いたいことはあるがきりがない。そうして人間社会が維持されるものであり、国家間にも礼があり、度がある。事必帰正(「すべての過ちは、必ず正しい道理に帰する」という意味の四字熟語)だ」とし、「他と同じような友邦だが、いちいち計算するのは、そんなのもを超えている。「助け与えたことは忘れろ」という言葉もある。この問題で両国間の関係に影響を与えることは望ましくない」と述べた。】

まわりくどい言い方をしていますが、大胆に意訳すれば「日本がウリ軍隊に弾を貸した貸したと騒ぎ立てるから、話がややこしくなったんだ。仮に日本にウリ軍隊が本当に弾を借りた(という過ちがあった)としても、あとでこっそり返せば(過ちは)なかったことになった話だった(正しい道理に帰する)のだ。それを日本が騒ぎ立てて問題化するのは国家間の礼儀にも悖る行為である。他にも友邦はあるが、貸し借りのことをいちいち計算するのは、友邦としての行動ではない。俗に「カネを貸すときは、あげたと思って貸せ」と言うではないか。(弾を貸した貸したと日本が騒ぐことによって)この問題で日韓関係が悪化したら、日本のせいだ」と言ってるのでしょう。

これを「韓国国防部が「(日本に)助けられたことは忘れろ」と言った」と解釈するのは、事実とややニュアンスを異にするのではないかと思います。いずれにせよ助けられた立場の人間が言う台詞ではないのは翻訳修正をしても変わりませんが、ガジェット通信の報じた「韓国国防部が「助けられたことは忘れろ」という言葉があるといった」内容では理屈も何もなく、「やっぱり韓国人は頭おかしい」と思うしかありません。

以前にも申し上げたことがあるように、日本人から見ると韓国人は極めて素っ頓狂で、いつ如何なる理由で何をしでかすかわかりません。日本人の想像を絶するようなことを、とんでもないタイミングでするりつるりとやらかします。

しかしそれがどんなに私たち日本人から見て素っ頓狂に見えても、彼らの言動には彼らなりの理が、一応あるのです。その「彼らなりの理」を知ることが、嫌韓には重要なことだと私は確信しております。

ガジェット通信の記者が、韓国国防部報道官の発言を機械翻訳で読んで、単純にそれを真に受けたのか、それとも昨今の嫌韓ブームに乗じて、こういう翻訳の方が読者にウケるとでも思ったのかまではわかりませんが、前者とすればあまりにもずさんな記事ですし、後者とすれば日本の嫌韓勢に対する侮りであり、且つ韓国に利する行為だと思います。

かつて「嫌韓であるならば尚更に正しく知るべき」「再度「嫌韓であるならば尚更に正しく知るべき」」という記事を書きました。

韓国や韓国人を知ると、俄に信じられないようなことが頻繁に出てきます。そこへ思い込みや誤解、誤認識、真に受けられたジョークなどが紛れ込むことも、極めて頻繁です。

嫌韓初心者のうちはそれに引っかかるのも経験だとは思いますが、ある程度韓国と韓国人がわかるようになれば、今度はそれを見極めることが出来るようになるのも、嫌韓を名乗る人には必要な技能と考えます。

韓国人の素っ頓狂をメディアで見て、「韓国人頭おかしい」と嗤うだけなら、別にそんな技能なんて身につける必要はないかもしれません。しかし、日本の現状は、いつどこで韓国人に遭遇し、しかも濃厚に関わりを持たざるを得ない羽目に陥るかわからないぐらいです。

メディアを介して韓国人の素っ頓狂を見聞きしても、韓国人の理を知っており、誰にも邪魔されることなく韓国人の素っ頓狂について考える時間を十分に与えられれば、私でも上手く対処する方法(最低限、避難する方法)を考えつくでしょう。

けれど、韓国人がいきなり目の前に現れ、複数の人間が好き勝手なことを言い合う中で韓国人の素っ頓狂に遭遇し、瞬時に最善の対応を判断出来る日本人は、どれぐらいいるでしょうか。

韓国人は、ネットの中の電気信号ではありません。実際に存在するものです。

しかも彼らは、私たち日本人に対し強い憎悪を抱きつつ、何とかして近づきたいという焼けつくような思いを同時に持っている生き物なのです。私たち日本人が彼らとの接触を全く望まなくとも、彼らは私たちにどうにかして近づこうとしますし、首尾よく近づけば彼らは私たちをどうにかして毀損したい、取って代わりたいと思うのです。

そういう彼らへの対応を誤らないようにするためにも、彼らの素っ頓狂がどういう彼らの理から発するのかを、私たち日本人は正確に知っておく必要があると私は確信しております。



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韓国の文化が貧弱な理由

このところ韓国関連は時事関連でもパッとしたものがなく、韓国考察もやり尽くした感があり、ネタに困る今日この頃ですが、読者諸姉諸兄におかれましては、ご健勝でお過ごしでしょうか。

乾いた雑巾を絞るが如きになりますが、今日も今日とて韓国考察をしてみたいと思います。

韓国を知ると、しばしばそのケンチャナヨっぷりに驚かされることがあります。例えば、彼らは花を花としてしか見ません。彼らとて咲く花を見て心を動かすことは、よくあるようです。ですが春に咲く梅も桜もレンギョウも、彼らにとっては全て「花」でしかありません。

それは例えば「料理」にしても同じです。私が韓国を初めて訪れた1990年、最も楽しみにしていたのは韓国料理でした。私が当時持っていたガイドブックには、韓国語がわからなくても、現地でそれを見せればオーダーできるようにと、たくさんの韓国料理写真がカラーで掲載されていました。私はその料理写真を見ながら、この料理はどんな味だろうと想像し、一日三食として七日間なら最大でも21種類しか食べられないことを残念に思ったものです。

この時、実際には韓国に10日ほど滞在したのですが、料理を21種類も食べることはありませんでした。最初の三日間は、韓国内を覆う悪臭に激しく消耗させられ、それを押して食べた参鶏湯に入っていたにんにくと朝鮮人参に負けて、その後更に三日ほどほぼ完全に食欲を失い、セウカン(韓国版かっぱえびせん)とポカリスエットで過ごしたからです。

更に、韓国料理も必ずしもガイドブックに載っていた通りのものとは限りませんでした。最も激しく異なる印象を持ったのは、プルコギでした。現地で、ガイドブックにカラー写真で載っていた焼き肉風のものとは似ても似つかない、汁気たっぷりの鍋が運ばれてきた時には、つたない朝鮮語で店員に「これ、プルコギ?」と確認したものです。

プルコギとは、朝鮮語の「火(プル)」と「肉(コギ)」を合成した言葉です。私が持っていたガイドブックには「火で肉を焼くから、プルコギ」という解説も付いていました。ですから私は、プルコギと言えば絶対に焼き肉風のものが出てくると信じて疑っていなかったのです。しかし出てきたのは、むしろ「煮肉」でした。

プルコギは、しばしば「日本のすき焼きのような料理」と言われます。なるほど、すき焼きも汁気たっぷりの鍋料理ですし、「焼き」と言いながら割り下で肉を煮ています。そういう意味では、あの汁気たっぷりの「プルコギ」も同様と言えるかもしれません。ですがすき焼きには必ず肉を焼く工程があります。客に供する場合も、必ず肉を焼く過程が入ります。それがない場合、その料理は「すき焼き風煮」であって、「すき焼き」とは言いません。

私が生まれて初めて食べたプルコギには、肉を焼く工程は全くありませんでした。釈然としないまま食べたプルコギの味は、覚えていません。

韓国で当節流行りの「サムギョプサル」にしても、その料理名から料理法を想像することは容易ではありません。「サムギョプサル」とは、肉の部位の名前でしかないからです。日本語で言えば「三枚肉」です。三枚肉を煮るのか焼くのか蒸すのか揚げるのか生なのか、まるで説明がありません。

もちろん、日本の料理だって名前で調理法や味を全て説明している料理ばかりとは限りませんが、それにしても韓国料理の名前の投げやりっぷりとは比較になりません。

そう言えば韓国で言うところの「茶」とは、「色や味の付いた飲み物」であるという説明を、近所のスーパーの柚子茶に付されたPOPで見て吹いた記憶があります。

「茶」とは、茶の木の葉っぱを加工したものを用いた飲み物のことであって、茶の木の葉っぱを用いないものは、厳密には「茶」とは言いません。日本でもコーヒーや麦茶などをお茶にカテゴリすることはありますが、それは供された時の見た目や味が「茶」によく似ているからです。韓国のように、柚子のマーマーレードを湯に溶いたものまで「茶」とは言いません。

こういう韓国人の「こだわり」のなさは花や料理や茶に限らず、韓国の全てがそうだと言えます。

文化とは、物事に対する民族の「こだわり」が生み出すものと言えるでしょう。韓国には、その「こだわり」が極めて少ないのです。代わりに彼らにあるのは「執着」です。

「こだわり」と「執着」は似ています。「こだわり」は、今では肯定的な意味で用いられることが多いのですが、辞書を引けばわかるとおり、本来は否定的な意味の言葉でした。肯定的に用いられる場合、その意味は「ものづくり」の技術や材料や工程において、一見些細で省略可能な、あるいは無駄に思えるようなことでも、それが品質の維持や向上のために必要不可欠なものと確信し、愚直に頑なに守り、あるいは主張することと言えるでしょう。

「執着」は、「それが良い」と信じてそれにしがみつくこととでも言えば良いでしょうか。ただし「それが良い」と信じる根拠は、自らの判断によるものとは限りません。それが自らの判断によるものであれば、「執着」もやがて「こだわり」になるかもしれませんが、彼らの「執着」は大抵の場合「第三者による判断」が基準になっています。

対象の良し悪しを自分で判断しませんから、内容よりは外見を重視します。自分で良いと信じているわけではないので、他人から見て良いと信じられるかどうかが重要になるのでしょう。

韓国に文化が育たないのは、そういう韓国人の気質が理由ではないかと私は考えます。

韓国は今、必死で国家ブランドとやらを確立させようとしています。ですがそれも、「他国から見て韓国が良いと思えるかどうか」が基準になっています。他国人から何をどう言われようと、韓国人自身が良いと思うものを育てようとしているわけではありません。

彼らが必死になって素晴らしいと思い込もうとしているハングルにしても、自分たちが良いと思っているだけでは不安で不安でしかたないらしく、一所懸命他国人を引き合いに出して、その優秀性を認めてもらおうとしています。しかし、当のハングルの整理や研鑚は、極めて蔑ろにされているのです。

嫌韓には、あの無機的な記号を見ると不快を催すという人が少なくありません。実は私もですw しかしそれはハングルが韓国を象徴しているからであって、ハングルそのものに罪があるわけではありません。ハングルは比較的に新しい文字であるため、いまだ整理が不十分で未熟な部分は多いと思いますが、それは時間が解決するでしょう。もっとも、それも韓国人にハングルに対する「こだわり」があればの話ではありますが。

ともあれ、韓国に文化が乏しい理由は、韓国人自身に自国文化に対する「執着」はあっても、「こだわり」がないためではないかと愚考する次第です。



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韓国人は「ありがとう」と言わない

昨年末に、日本の自衛隊が南スーダンでPKO任務にあたっている韓国軍に銃弾1万発を提供した件について、現地の韓国軍隊長は率直な感謝の意を伝えたということになっております。

しかしふと思ったのですが、日本人の「感謝の意」と、韓国人の「感謝の意」は、同じものでしょうか。

日本語の「ありがとう」に該当する韓国語として、「カムサハムニダ」という言葉があります。この「カムサハムニダ」という言葉は、漢字語の「感謝(朝鮮語音でカムサ)」と、「~する」という意味を持つ動詞「ハンダ」の丁寧表現「ハムニダ」によって成立しています。即ち、直訳すると「感謝します」という表現になります。

これは、どうやら日本語が由来のようです。日本統治時代に、日本語の「感謝します」という言葉をそのまま朝鮮語に翻訳したものだといいます。

では朝鮮固有語に「ありがとう」に該当する言葉はなかったのかと言えば、必ず「ある」という答えが返ってきます。朝鮮固有語で「ありがとう」は、「コマプスムニダ」という言葉だとされております。この言葉は「コマプタ」という動詞の丁寧表現で、口語ではコマウォヨなどと砕けた表現で使われることが多いようです。

というわけで、日本語の「ありがとう」に該当する言葉は、韓国語では「カムサハムニダ」と「コマプスムニダ」の2種類ということになっています。

言葉が分けられているということは、日本語に翻訳すればひとつであっても、韓国語では異なるニュアンスを持つということです。「カムサハムニダ」の方がやや堅苦しく形式的になり、「コマプスムニダ」の方は比較的柔らかな表現で、前者は公的な場で、後者は私的な場で用いられることが多いといいます。

「カムサハムニダ」の方は日本語が由来ということもあって、お決まりの「日帝残滓」論のやり玉に挙げられることもあるようですが、もはや人口に膾炙し過ぎてしまっていて、今更撲滅することは難しそうです。

というわけで、韓国語には2種類の「ありがとう」がある、と日本人は教えられます。しかし、この2種類の「ありがとう」と言われる言葉は、本当に日本語の「ありがとう」と同じ意味の言葉でしょうか。

日韓チャットでもしばしば陥りがちだった錯覚に、「韓国人が翻訳文のような口調で話している」というものがありました。下手をすると、「翻訳文のような日本語で話している」という錯覚に、無意識の内に陥ることさえ、きわめて頻繁にありました。

日本語自慢をしたがるバカを除けば、日韓チャットの韓国人は全て韓国語で話しているに決っています。それも韓国では、流暢で自然な口調で話しているはずです。私は彼らが書くハングルを読むには読めても、韓国語はそのままではほとんどわかりません。わかるのは、日本語に変換された翻訳文の方です。ですからぼんやりしていると、無意識の内に彼らが翻訳文のような日本語を話していると思ってしまうのです。

これと同じことが、「ありがとう」と「カムサハムニダ」あるいは「コマプスムニダ」にも言えるのではないでしょうか。

日本人が「韓国語で「ありがとう」は「カムサハムニダ(あるいはコマプスムニダ)」だと聞けば、無意識の内に「ありがとう」と「カムサハムニダ(あるいはコマプスムニダ)」という言葉は、どちらも全く同じ意味、同じニュアンスを持つと思ってしまいます。

この辺りで、私が何を言っているのかよくわからくなってきた人が多いのではないかと思いますw 韓国語で「ありがとう」は、「カムサハムニダ(あるいはコマプスムニダ)」ということは、事実です。だから日本語の「ありがとう」=「カムサハムニダ(あるいはコマプスムニダ)」で、何が間違っているのかと。

日本語の「ありがとう」と、韓国語の「カムサハムニダ(あるいはコマプスムニダ)」は、確かにどちらも誰かに何かを与えられたり、嬉しくなるようなことを言ってもらった時に使うとされています。

しかしその意味するところは、どうでしょうか。日本語で言う「ありがとう」で伝えたいこと、受け取ることと、韓国語で言う「カムサハムニダ(あるいはコマプスムニダ)」で伝えたいこと、受け取ることは、同じでしょうか。仮に、その言葉を発する者の意識が同じだとしても、それを受け取る者の認識はどうでしょうか。

日本人の感覚では、「ありがとう」と言われることは一般的には嬉しいことです。自分のしたことが、一定以上の評価を得た証左だからです。ですので、日本では「ありがとう」という言葉は、積極的に発せられるべきとされています。

例えば客と従業員という間柄なら、従業員が客に向かって「ありがとうございました」というのは当たり前です。しかし客の方から従業員に対して「ありがとう」と言うことも、日本では全く珍しくありません。ローカルの路線バスなどでは、客がバスを降りる時、バスの運転手に「ありがとう」と言って降りていくところを見た人は珍しくないでしょう。

もちろん、それは客と従業員という関係だけではありません。親や兄弟、夫婦や恋人という極めて親しい関係の相手であっても、「ありがとう」という言葉は出し惜しみしない方が良いというのは、日本では常識に近い意識です。

翻って韓国ではどうでしょうか。韓国では「カムサハムニダ(あるいはコマプスムニダ)」と言われることは、必ずしも嬉しいことではないようです。それは韓国語の「カムサハムニダ(あるいはコマプスムニダ)」が、上位の者から対等以下の者に与える恩寵のようなニュアンスがあるからのようです。

だから韓国人は、あまり「カムサハムニダ(あるいはコマプスムニダ)」と言わないといいます。うっかり「カムサハムニダ(あるいはコマプスムニダ)」と言えば、時と場合と相手によっては、大変な失礼になることもあるからです。

日本では、「ありがとう」という言葉は人間関係の潤滑剤です。言うか言わないか迷ったら、とりあえず言っとく方が人間関係は確実にスムーズになります。しかし韓国では逆なのです。

そう言えば、日本人と結婚した韓国人が、配偶者に対して抱く不満のひとつに、この「ありがとう」があるということをどこかで読んだ記憶があります。何かにつけ「ありがとう」と言う日本人配偶者に対して、韓国人配偶者は「よそよそしい」「遠ざけられているような気がする」という不満を抱くのだそうです。当然、日本人配偶者は韓国人配偶者とは真逆の不満を抱くでしょう。

日本と韓国は何かにつけ似ていると言われますが、その実は真逆という例がしばしばあります。日本語の「ありがとう」に当たる韓国語が、日本語の「ありがとう」と同じ意味を伝えるわけではないということは、日本人が持ったり示したりする感謝の意と同じものを、韓国人は持たないということを、私たち日本人は知っておく必要があるかもしれません。



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渡航の是非を検討してください

昨日のやしきたかじんさんの訃報には驚かされました。病気が病気でしたから、不思議ではないと言えば不思議ではないのですが、まことに残念です。

関東の人には馴染みの少ない芸能人で、お笑い芸人だったと思っている人も少なくないのではないかと思いますが、やしきたかじんさんの本業は歌手でした。

「鈴虫の声を持つゴキブリ」と評されたように、大阪のおっさん丸出しの口調と性格とは裏腹な、甘く切ない歌声に魅了された人は少なくありません。その歌は演歌と言うほどベタではありませんが、ニューミュージックとか、最近で言えばJ-POPと言えるほど時流に沿ったものでもなく、歌手としても独特の存在でした。私もファンと言うほどではありませんが、何故かベストアルバムを一枚持っております。

その名を全国区にしたのは、やはり「たかじんのそこまで言って委員会」でしょう。評価は様々ですが、日本で韓国に対する率直な意見を言い始めた番組のひとつであったことは確かだと思います。

まことに惜しい方を亡くしました。ここに心より哀悼の意を捧げます。

さて、韓国です。と言っても、最近ネタになるようなめぼしいニュースは聞こえてきません。昨年末に、日本の陸上自衛隊が南スーダンで国連平和維持活動にあたっている韓国軍に弾薬1万発を提供したという報道がありました。

これは日本国内側からは、武器輸出三原則に当たるの当たらないのという議論が起きそうになりましたが、相手が韓国ということで、反日を是とすることで韓国に共感しているらしいサヨク陣営は強い追及をすることが出来ず、不完全燃焼に終わりました。

韓国は韓国で、日本に軍事面で借りを作ったことがよほど不快だったのでしょう、逆切れのような態度を示しておりました。

この逆切れについても、韓国を知らない人なら驚き呆れるかもしれませんが、多少なりとも韓国を知っている者なら、全く驚くことが出来ません。以前から言っておりますが、韓国人は足ることを知らない生き物です。常にあらゆることに対して感謝せず不満を抱いております。その相手が日本であれば、更にその症状は激化します。

今回の日本の陸上自衛隊による弾薬供与について、昨年末に月見チャットでこれをお題にした記事をリクエストされたのですが、今回の件は日本に対する韓国の反応としてはよくある類型のひとつに過ぎず、日本が韓国に関わるべきではない理由となる事例が、またひとつ積み上げられた程度にしか私は考えておりません。

ただその時に月見チャットで「この件は韓国軍のクーデターの原因になり得る」という意見が出たことには、若干の興味を引かれました。

日本の援助や協力に期待するのは、韓国の軍隊に限ったことではありませんが、その援助や協力が生死に直結しているのは、軍隊だけでしょう。実際、今回日本から弾薬の提供を受けた韓国軍の隊長は率直な謝意を示したと言われています。それを踏みにじり、後足で砂を掛けたのは戦場から遥か彼方にいる政府高官や韓国言論です。それに対する韓国軍の不満は、あっても不思議ではないでしょう。

ただ、韓国人の韓国政府に対する不満は、何故か日本に向くことがあります。今回の件で私が彷彿としたのは、これまでにも何度か述べたことがある壬午軍乱です。

韓国人は思い付きと思い切りと希望的観測で動く場合が多く、それが図に当たれば劇的な展開を見せることもしばしばありますが、長期展望がないため、多くの場合結果は尻すぼみに終わります。

韓国におけるクーデターと言えば現大統領の実父朴正熙によるものが有名ですが、今の韓国に朴正熙に匹敵する人物がいるのかどうかという疑問もあります。

それに朝鮮半島情勢的にも、韓国軍によるクーデターが起きれば、その事態に北朝鮮が反応しないとは思えません。と言うか北朝鮮の工作活動の結果としての韓国軍のクーデターという事態も考えられます。

そうなれば、韓国軍のクーデターの矛先が日本や日本人に向くことは十分考えられます。

つまり、日本が韓国軍の求めに応じて弾薬を提供したことが韓国軍のクーデターにつながり、韓国軍のクーデターの矛先が何故か韓国政府にだけではなく、日本と日本人にも向くという、日本人にとっては全く意味の分からない事態になる期待恐れがあるのではないかと思います。

今の韓国軍に、クーデターを率いるだけの能力を持つ人物がいるとは思えませんので、仮にクーデターが起きてもそれが成功するとは全く考えられませんが、クーデターの成否に関わらず、事態が発生すれば日本と日本人に対する被害が発生する確率は極めて高いと思われます。

それでなくとも、日本の最高裁判所に相当する大法院から個人に至るまで、日本と日本人に対して不当な要求や行為を示すことが、現在の韓国では珍しくありません。

今までも、日本人にとって韓国は行って楽しく安全な国とは言い難いものがありましたが、これからの韓国は、単に面白くないだけではなく、明確に日本人にとって危険で不快になる可能性が高い国になるでしょう。

親韓派は今も盛んに日本人に向けて韓国をアピールしているようですが、韓国で不測の事態が発生しても、日本人を誘致した彼らが何らかの助け舟を出してくれる期待は全く持てません。

日本人の安全と安心を、韓国が国ぐるみで無視している以上、日本人は韓国への渡航の是非を検討し、渡航する場合は十分な安全措置を講ずること、及び不要不急の渡航は極力控えることをお勧めします。

一番良いのは、韓国なんかに行かないことであるのは、言うまでもありませんが。



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【Fact】vs【朝鮮インチキ】

私は普段テレビをほとんど見ません。そもそも、我が家には機能しているテレビが存在しません。故に、我が家はNHKとは合法的に受信契約を締結しておらず、当然ながら受信料も支払っていませんざまあみろ。

だからと言って、テレビを見ることが全くないわけではありません。

今日、髪の毛を切りに行ったのですが、その店のテレビでジャパンプライドという番組を見ました。内容は「花火職人プライドマッチ」というもので、日本の花火職人がイタリアまで出かけて行って、イタリアの花火職人と対決するという企画物です。

場所はイタリア、審査員は全員イタリア人、日本人花火師が花火を作る材料や打ち上げの資材も全て現地調達という、日本人花火師にとっては単にアウェイというだけでは足りないほど過酷な条件での勝負となりました。

勝敗の結果はともかくとして、その番組を見て思ったことは、イタリアと同じ半島国の韓国で似たような企画をやれば、やる前から韓国の勝利は確定するのだろうなということでした。イタリアもいろいろ言われている国ではありますが、それでも車やファッション、芸術や料理に関する分野においては、文句なく世界に誇れる文化を発信する国です。自分の感性に素直に正直に「良いものは良い」と感じ、躊躇なくそれを公言出来る国や国民であるかどうかは、その国の国柄を大きく左右することになるのでしょう。

さて話はごろっと変わって、コメント欄で【Fact】についてのご意見を頂戴しましたので、今回はそれについてちょっと考えたことなどを。

昨年末に、特定秘密保護法が成立公布されました。

特定秘密保護法とは、【国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される中で、我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、これを適確に保護する体制を確立した上で収集し、整理し、及び活用することが重要であることに鑑み、当該情報の保護に関し、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定めることにより、その漏えいの防止を図り、もって我が国及び国民の安全の確保に資することを目的とする】(特定秘密の保護に関する法律第一章第一条より)法律です。

この法律の制定については、私は遅過ぎるぐらいだと思っていたのですが、世間はと言うか、日本の主要マスコミはこの法律に大反対で、散々にこき下ろしていたようです。

日本の主要マスコミがこの法律に反対する理由は、まず「知る権利」を侵害されるからといいます。だがちょっと待ってほしい(-@∀@)。そう言うマスコミこそが現在進行形で、「報道しない自由」を錦の御旗に、国民の知る権利を侵害しているのではないでしょうか。

特定秘密保護法では、情報を特定秘密に指定する人は、防衛大臣や外務大臣、警察庁長官ら行政機関の長と定められていますが、実務レベルでは大臣のもとにいる官僚が判断するとされます。これもまた、大マスコミ様のお気に召さないようです。

国民から見れば、何が秘密かもわからず、情報を特定秘密に指定する判断が正しいかどうかをチェックすることが出来ない、即ち、官僚の恣意で情報を特定秘密にすることが出来るというのがその理由のようです。

だがちょっと待(以下略。マスコミが「報道しない自由」を行使する場合、どういう情報を報道しなかったのかは国民に一切周知されません。更にその判断を誰がしているのか、その判断が正しいかどうかのチェックも、当然国民にはタッチ出来ません。

政府と企業とは異なるとマスコミはうそぶくでしょう。ですがマスコミは、国の三権である司法立法行政に並ぶ第四の権力と言われています。しかもマスコミ自身、その権力を自覚し、用いているのです。

特定秘密保護法にマスコミが反対する理由は、国民に向けて発する情報を操作する権利は、第四府であるマスコミが独占するべきものであって、国家権力にその権限を渡したくないということなのでしょう。

こんな旬を過ぎたネタを持ち出した理由は、先に述べた通り【Fact】の重要性を指摘するコメントを頂いたからです。

もとより【Fact】が、情報発信者によって歪められたり隠されたりすることは、朝鮮関連に限った話ではありません。ですが朝鮮関連では、【Fact】が歪められたり隠されたりすることが、極めて甚だしいということは言えます。

また、【Fact】は常にひとつですが、常に一面的であるとは限りません。見る人の立ち位置や目の高さや角度によって、ひとつの【Fact】に対する解釈が異なるというのも、よくあることです。

だからこそマスコミは情報を出来るだけニュートラル且つ多面的に受け取れるように配慮して発信するのが本来だと思うのですが、「報道しない自由」を堂々うそぶく辺り、マスコミにその自覚は皆無と見えます。

ならば情報を受け取る側としてはどうすれば良いのでしょうか。マスコミの恣意的な情報操作に為す術もなく従わなければならないのでしょうか。

決してそんなことはありません。申し合わせでもしない限り、いくら思想的に似た傾向を示すマスコミ各社であっても、会社が異なれば意見も主張も異なるのが自然で普通です。それらを見比べ、また自分でも出来るだけ情報源に近いソースを探し、それらを重ねあわせれば良いのです。そうすれば各社が情報を操作した部分が削ぎ落とされ、共通した情報部分だけが浮き彫りになります。

それから、誰かが言ったからそれが正しいとか、ここに書いてあるからこれが正しいといった、情報を判断する最終責任を他人に放り投げるようなことをしないことが肝要です。

【Fact】は確かに強くはあります。しかし【Fact】がどれほど強くとも、それを受け取る自分自身が歪めて解釈してしまっては元も子もありません。

どこからどんな【Fact】に関する情報が集まろうとも、それを理解し判断する最終責任者は自分自身であるという自覚を持つことが肝要であり、その自覚を持つことが【朝鮮インチキ】に振り回されないようになることだと確信する次第です。



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2014年は日本に嫌韓が定着する年になりますように

新年あけましておめでとうございます。本年もブログ月見櫓をよろしくお願いいたします<(_"_)>

年初は、韓国と全く関係のないこんなめでたいニュースにうひょーと叫んでおりました。昨年と比べると、まことに心穏やかな新年を迎えておりますw

ところで私は昨年の新年最初の記事に、「いまだ少数派であろう嫌韓勢力」と書きました。あの時点では、確かにそうだったと思います。

しかしこの一年間で、日本にはかなり嫌韓が広まりました。いくら日本に嫌韓が広まったと言っても、さすがに嫌韓が日本の圧倒多数勢力とまでは言えませんが、それでも韓国と聞いて、何も考えず無邪気に好きと即答出来る日本人が激減したことは間違いないでしょう。

だからと言って安堵しているというわけではありません。韓国と聞いて、何も考えず無邪気に好きと言える日本人が減ったとは言っても、具体的に韓国について知っている人が増えたというわけではないでしょう。

何も考えず無邪気に韓国を好きと言えなくなった日本人が増えたのは、これまで日本の大手メディアではほとんど報じられることのなかった韓国に関する批判的・否定的な記事や意見が増え、詳しいことはよくわからないけど韓国って何か変じゃない?という印象が日本人の間に広がった結果ではないかと思います。

これはある意味、かつて仕掛けられた韓流捏風と構造的には似ていると思います。大手メディアによって乱発された韓国に好意的な報道が、詳しいことはよくわからないけど韓国って何か良いらしい、という印象を惹起し、その結果として、無邪気に韓国を好きと言った人が多かったのが、かつての韓流捏風だったのではないかと思います。

ただし現在の日本における嫌韓の台頭が、韓流捏風のようにどこかの誰かが恣意的且つ力尽くで仕掛けたものではないという点は、大きく異なります。また一部の人が誤解(あるいは曲解)しているように、日本人の韓国や朝鮮に対する潜在的なサベツ意識が引き鉄となったわけでもありません。

それはネットで韓国人の反日意識の直撃を受けた人々によって自然発生的に始まり、長い間大手メディアからは無視され、権威からは否定され、何も知らない人たちからは嘲笑と軽侮の視線を受けながら、着々と資料を探り事実を積み上げていたものが、時を得て注目されるようになっただけの話です。

そうは言っても、大手メディアが韓国に対するネガティブな記事や意見を盛んに報じたことが、現在の日本の嫌韓の高まりにかなりの寄与をしたことは確かでしょう。

けれど嫌韓気運は、かつての韓流捏風のようにスポンサーがついているわけではありません。今は韓国に関するネガティブな記事や意見が売れるので大手メディアも渋々取り上げていますが、売れなくなれば大喜びで黙殺するようになるでしょう。

大手メディアにそうさせないためには、日本人の韓国に対する監視の目を緩めないことが肝要ではないかと思います。

もちろん、日本人の韓国に対する監視の目を緩めるなと言っても、韓国から一瞬たりとも目を離すなとか、四六時中韓国のことを考えろとか、論文が書けるぐらい韓国のことを熟知しろとかいうわけではありません。そんなことをしていたら、あっという間に韓国なんて見るどころか、考えることさえ嫌になります。そうなってしまっては本末転倒です。

まずは韓国や朝鮮についての基礎知識を得、それが少なくとも100年前から変わらず、おそらく今後100年経っても変わらないであろうということを知り、時々、そう3日置きぐらいに韓国関連のニュースやブログを見て、ああ、やっぱり韓国は変わらないのだなあということを確認していれば、昨年一年で劇的に嫌韓が広がったように、今年一年で日本に嫌韓が定着するようになるかもしれません。

そのためにも、3日置き更新の弊ブログを今年もよろしくお願い申し上げます<(_"_)>



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