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「韓国人にも良い人はいる」という無意味な韓国擁護、あるいは対日工作

嫌韓を表明している弊ブログでは、しばしば「韓国人にも良い人はいる」というご意見を頂戴します。「お前がこのブログで吹聴するような悪い韓国人ばかりじゃないぞ」ということなのでしょう。

今回も「韓国にもいい人はいますよ。列車に轢かれそうな日本人を助けようとして犠牲になった韓国人もいます。」というコメントが入りました。この「列車に轢かれそうな日本人を助けようとして犠牲になった韓国人」とは、「新大久保駅乗客転落事故」の韓国人を指しているのだろうと思われますが、この事故については弊ブログでも過去記事において言及したことがあり、今更改めて言うのも言われるのも赤面しそうになるほど既出の話です。

そんな話をわざわざ仰々しくコメントされたのは、コメントされた方が「このブログの筆者は、韓国人について全く無知で、こんな良い韓国人がいたことも知らないから韓国人を悪く言うのだろう」と考えて書かれたのか、あるいはあからさまな朝鮮侮りを実演してみせることで、ネタを提供しようとお考えになったのでしょうか。

まあ、大抵前者だと思いますので、その前提でお話を進めましょう(もし後者であれば、ネタ提供の御礼を申し上げますw)。

まず、「韓国人にも良い人はいる」という主張に対して、私は一切反論するつもりはありません。と言うか、昔から私もそう明言しております

ですので今回は、その「韓国人にも良い人はいる」という主張は、一体何のためになされるのかということを問いたいと思います。

そもそも、「良い韓国人」とは、具体的にどういう韓国人のことを言うのでしょうか。もし「良い韓国人」とは、コメントで引き合いに出されたような「日本人を助けるために、自分の生命を捨てた韓国人」のことであると言うなら、私はそれに諸手を上げて賛成します。全ての韓国人が「良い韓国人」になるという保証があるならば、私の従来の持論を撤回し、日韓友好促進に方向転換することもやぶさかではありません。

しかし、「良い韓国人」が半万人に一人しかいないのであれば、その「良い韓国人」が消費されてしまった時点で、残る韓国人は全て「良くない韓国人」ということになります。仮に「良い韓国人」が半万人に一人ではなく、もっとたくさんいても同じことです。「良い韓国人」は消費されることが前提なのですから、消費し尽くせば残った韓国人は「良くない韓国人」になってしまいます。

結局、「日本人を助けるために、自分の命を捨てた韓国人」というのを「良い韓国人」の定義にしてしまうと、「そうしなかった韓国人」は全て「良くない韓国人」ということになります。私は自ら嫌韓を名乗る者ではありますが、「生きている韓国人」全てをそこまで悪く言うのは、さすがにどうかなと思います。

もっともコメントされた方は、「良い韓国人」=「日本人を助けるために、自分の命を捨てた韓国人」というつもりでおっしゃったわけではないでしょう。多分、「韓国人的に誇らしいと感じられることを実行した韓国人」という意味で例示されたのだと思います。しかし、再生産されない「良い韓国人」をどれほど例示されても、だから何としか言いようがありません。

あるいは、美談になるほどの英雄的行為をするような「良い韓国人」とは言えないけど、自分が知ってる韓国人は賢いし礼儀正しいし素直だし反日じゃないし会話も成立するしという方も、当然にいらっしゃるでしょう。もちろん私も、そういう韓国人がいることを知っておりますし、「そういう韓国人」を実際に知っています。しかし「そういう韓国人」が、韓国社会にどんな影響を及ぼすことが出来るでしょうか。

私の知る限りで、「そういう韓国人」が韓国に向かって影響力を行使した例は、ほとんどありません。全くないわけではないかもしれませんが、「そういう韓国人」が韓国に向けて影響力を行使しようとすれば、良くて無視、悪ければ社会的にも物理的にも激しいバッシングを受けることになります。

ですから「そういう韓国人」が、その影響力を韓国社会に向けることはほとんどありません。その代わり日本人に向けて行使しようとしますし、既に行使している例も珍しくありません。それはそうでしょう。韓国人に向けて行使すれば良くて無視、悪ければ生命身体社会的に抹殺されかねませんが、日本人に向けて行使すれば、受け容れられ共感を得られ、賞賛され、場合によってはカネにもなるのですから。

ですが日本人に対する「良い韓国人」アピールは、「そういう韓国人」が意図するしないに関わらず、日本人に対する韓国の工作活動になります。日本人に対し、「韓国人にも良い人はいる」と思わせることで、韓国に期待を持たせたり、韓国を誤解させる役割を果たしてしまうからです。

だからと言って、「そういう韓国人」に「我が身の危険を顧みず、日本ではなく、韓国に向けて影響力を行使せよ」と迫ることも出来ません。何故ならそれは、「そういう韓国人」に、まさに「日本人のために、自分の生命を捨てろ」と言うに等しいことだからです。

結局のところ「良い韓国人」がどんなに数多くいても、その韓国人たちが韓国社会を変えることはあり得ません。そういう韓国人と個人的なお付き合いをする分には問題ないかもしれませんが、その韓国人に韓国社会を変化させる期待や要望を寄せるのは、ただ無意味なだけではなく、残酷でさえあるでしょう。

そんな「良い韓国人」を引き合いに出して、日本人の嫌韓感情を牽制し、韓国を擁護しようとする行為は、韓国に利するための対日工作以外には、何の意味もないと私は考えております。



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