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日韓友好を阻害しているのは日本の嫌韓なのか

私の住むマンションの敷地内には、結構な面積の緑地があって、その中に銀杏が数本植わっています。朝、散歩がてらに銀杏の実を拾っていく人を時々見かけたので、先だって私も十粒ほど拾ってみました。

ご存じの方も多いと思いますが、銀杏の実は茶色くて柔らかな、しかし猛烈に臭い果肉(って言うか、それこそが「銀杏の実」と言うべき部分なのかもしれませんがw)に包まれております。しかもこの果肉を素手で触るとかぶれるらしく、昔の人はよくこんな物を食べようと思ったなあと感心します。

十粒程度の銀杏であれば、手袋をして流水に晒しながらワシャワシャっと果肉を剥いてもそれほどの手間ではありません。たくさん収穫した場合は土に埋めて果肉を腐らせてから綺麗に落とした後、保存のために天日干しするらしいのですが、十粒程度なら保存するまでもなく紙袋に包んで電子レンジで加熱してすぐに食べました。下処理中の果肉の臭さには閉口しましたが、採れたてのギンナンは茶碗蒸しの中でお見かけするものよりもずっと透明感のある美しい翡翠色で、思った以上に美味しかったです。

なお、大阪は銀杏を結構大きな道路の街路樹として植えているところが結構あって、車が頻繁に行き交う道端で大きなビニール袋にわしわし収穫している人をたまに見かけます。交通安全的にどうかというのと、ギンナンなんて丼で食うものでもないのにあんなに採ってどーすんだと思うんですが、もしかしたら商売で収穫してる人なのかもですね。

ついでにせっかく韓国ウォッチブログなので、銀杏に関する韓国語のトリビアをひとつ。韓国では、「銀杏」と「銀行」が全く同じ発音なので、「銀杏の木」を「銀行の木」と勘違いしている韓国人が結構多いそうです。酒席の話題としてもウケるネタになるかどうか怪しいぐらいどうでも良い知識ですがw

さて親韓が口をそろえて言う決まり文句があります。「日本人が思うほど韓国人は反日ではない」「韓国の反日は政治家やマスコミが煽っているだけで、普通の韓国人はむしろ日本が好き」といった類の台詞です。親韓の誰もがあまりにも同じことを言うので、どこかにそういうマニュアルでもあるのかと思うぐらいです。

あるいはこうも言います。「日本の嫌韓の方が韓国の反日よりも日韓友好を阻害している」と。

先だって月見チャットで、前駐韓大使が著した「日韓対立の真相」という本を読んだ方が、「なんと、ぬるい考えなのでしょう」と嘆いておられました。

日本では、「韓国なんて放っておけ」という声をよく耳にします。
これは、日本人が「韓国人の多くは反日である」と思いこんでいるからではないのでしょうか。
こちらがいかに「仲よくやっていこう」としても、あちらが拒否しているような気がしていませんか。
私にはそうは見えません。現状では、韓国人の「反日」よりも日本人の「嫌韓」のほうが強いように感じられるのです。
と書かれた「おわりに」を読んで、「何と可憐なのでしょう。ほんとにこれが外務省で大使を務めた人の意見なのかふざけるなー!!!!」と憤慨もされておられました。

この場合の「可憐」とは、よく用いられている「可愛らしい」とか「いじらしい」という意味ではなく、「憐れむべき」という意味でしょう。

嫌韓をやっていると、「日本の嫌韓の方が韓国の反日よりも日韓友好を阻害している」という類のご意見は、「日本人はもっと大人になって、韓国人の感情的な言動を受け流して(あるいは受けとめてw)やるべき」的なご意見と共に、非常に頻繁にぶつけられます。

韓国をあまり知らない人よりも韓国にかなり詳しいと思われる人がこの手のご意見を唱える傾向が強いために、韓国をあまり知らない人がこの手の意見に引きずられることは、甚だしいものがあります。

既にこのブログを書き始めた頃から折に触れ幾度となく反論しているのですが、10年経った今もこの手のご意見が衰える気配はありません。

せめてこちらが唱えた反論を聞いた上で、何らかの対策を加えて再反論してくれるのならまだ建設的なのですが、何故か彼らは同じ主張を同じ手法で飽かず繰り返します

その中には、韓国人の手先となって意図的に対日工作の一環としてそういう主張を行なっている親韓日本人もいるのでしょうけれど、恐らく大半の親韓日本人がかなり本気且つ無邪気にそう唱えているのではないかと私は推察しております。

私も嫌韓を標榜する者ですが、実は親韓がこの手の主張を唱える気持ちは、わからなくもありません。

韓国をあまり知らずに、ネット上の知識を元に嫌韓な人には想像しても実感が難しいのですが、現実の韓国人がかなり人懐っこいのは一面の事実だからです。

ネット上ではなく、現実に知り合った韓国人がいる方には実感としてお分かりいただけると思うのですが、彼らは付き合いの浅い内は、大変に人懐っこく且つ礼儀正しいということが珍しくありません。

日本人側が年上であれば、まるで父母か兄姉を敬う如く恭しく接しますし、日本人側が年下であれば、まるで保護者の如く何くれとなく面倒を見てくれます。もし日本人が韓国で不快な目に遭ったり韓国の反日に顔を曇らせていれば、心から(少なくともそう見える程度には)日本人に真摯に謝ったり慰めたりすることも、意外に思う方がいるかもしれませんがかなり普通です。

そういう「現実の韓国人」を数多く見れば見るほど、「日本人が思うほど韓国人は反日じゃない」と思うようになってしまうのも無理はありません。

しかし韓国人が「日本人が思うほど反日じゃない」のは「親韓日本人と接している時」だけです。親韓日本人がいないところでは、ほぼ全ての韓国人が反日です。但し韓国の反日とは、韓国人の主観においては反日ではないということが、話をややこしくしているということは大いにあるでしょう。

彼らの主観における日本人とは、華夷思想における夷狄です。但し同時に見習うべき先進国人と考えてるのも事実で、この捻じれが大変に面倒臭くも興味深いのですが、今回はその話は措きます。

日本人が感じる韓国の反日とは、韓国人の主観においては夷狄の無知蒙昧で野卑な言動を、知識人且つ道徳人であり、精神的優位者である韓国人が教え諭すことなのです。

ですから彼らは、自分たちが反日とはあまり思っていません。彼らは、韓国で言われていること(と言うか、「ウリ」が言っていること)が絶対的に正しいことであって、それを日本人が鵜呑みにすることが日本人にとって正しいことであり、日本人のためにもなることだと確信しているからです。

しかし現実は、現在多くの日本人が感じているように異なります。この日韓双方の意識のギャップが日韓関係の軋轢の温床になっており、如何にしてこのギャップを埋めていくかが、親韓日本人が本来担うべき役割ではないかと思うのですが、何故か大抵の親韓日本人は、韓国人の「誤解です理解してください」を代弁するばかりです。

日本に向かって「お互いに歩み寄って」と言うのであれば、既に日本は散々歩み寄ったのです。日本が譲歩した分だけ韓国が押し込んできた結果が、現在の日韓関係なのです。ですから親韓日本人のお歴々は、日本に向かって「お互い歩み寄って」と言うのではなく、「日本は既に十分過ぎるほど歩み寄ったのだから、今度は韓国が歩み寄れ」と、【韓国に向かって】言わねばならないのではないでしょうか。

対する日本側ですが、これまで日本が散々韓国に歩み寄った結果が現在なのですから、同じ方法を繰り返して事態が好転するとは考えられません。日本には、「押して駄目なら引いてみろ」という諺があります。この諺にならって、日本はこれまで散々韓国に歩み寄って駄目だったのですから、今度は韓国を突き放してみてはどうかと思うのです。

現在の日本の嫌韓気運がまさに「韓国を突き放す」ことであり、その結果日韓関係は好転するかもしれません。もちろんこの場合の「好転」とは、「日本にとって」の好転ですが。

少なくとも今までの手法で既に悪化した日韓関係が、手法を変えた結果これ以上悪化したとて、「日本にとって」失うものがそんなにあるとは思えません。ある意味、「日本にとって」負けのない賭けです。そう思えば、「押して駄目なら引いてみろ」を試さない手はないでしょう。

もっとも韓国では「押して駄目なら押し倒せ」と考えるらしいのですが。



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