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平成27年年末ご挨拶

今年もとうとう大晦日になってしまいました。旧年中は変わらぬご愛顧を賜り、本当にありがとうございます。

平成27年という年は、読者の皆様にとってどんな一年だったでしょうか。私はプライベートでトラブルやらアクシデントやら何やかんやでずいぶん忙しい一年になってしまいました。

人生ってのは何年、何十年生きてたって毎日が初めて出会う日であり、その年令、例えば二十歳の時に遭遇することは、その後毎年同じようなことが巡ってきたとしても、一生に一度しかない瞬間なのだなあとしみじみ思います。長く生きたって、人間なかなか賢くなれないのもそういうことなのでしょう。

それでも、去年の自分と今年の自分が全く同じでは、歳を重ねる意味がありません。一歩だけでも良い。ひとつだけでも良い。去年より成長している自分になろうとする気持ちだけは、持ち続けなければと思った一年でした。

それは自分という個人もそうですが、日本という国も同じではないかと思います。

突然「国」なんて言うと、何とも途方が無くて「自分とは関係ない」なんて思ってしまいがちですが、国は人が作るものです。「国家の三要素」というのを中学生ぐらいで習うと思います。「領域」「人民」「主権」というやつです。この内のいずれも、「人」がいなければ成立しません。

人がいるからこその国であり、国はそこに属する人々によって如何ようにも変わっていきます。

もちろん、人間一人の力なんて微々たるものです。たった一人の英雄の力で国ががらりと変わるということは英雄譚ではよくある話ですが、どんなにスーパーな能力を持った英雄といえども、またそれが歴史小説の中の創作であったとしても、その英雄がたった一人で国を変えるなんていうことは出来ていません(但し北朝鮮の英雄譚を除く)。名も無き、しかし多くの人々がその英雄を支え、力を添えることによって、英雄が英雄たり得、国を変えるという途方もないことが出来るのです。

基礎や土台が無ければ、どんなに立派な建物もそれこそ「砂上の楼閣」です。名も無く力も無い私たちですが、国を変える基礎や土台を構築すること、即ち国を変え得る人を支えることは出来るはずです。

事実、この数年で日本は本当に変わってきました。弊ブログの初期の記事を読むとまさに「隔世の感」という言葉がピッタリ来るほどです。

しかもこの年末には日韓間の長年の懸案(と言うか韓国の反日のタネw)であった慰安婦問題が、少なくとも日本側の立場では「最終的且つ不可逆的に」解決したことになりました。もちろん、この問題が本当に「最終的且つ不可逆的に」解決したかどうかはこれからの成り行きを見守らねばなりませんが、それとは別に今までであれば日本が韓国との交渉に際し、「不可逆的」といった強い言葉や厳しい表現を用いることはなかったのは事実です。

例えば日韓歴史共同研究における逸話がわかりやすいでしょう。日本側が韓国にとって不都合な歴史的事実を提示すると韓国側が「韓国に対する愛情は無いのかー!!」と叫ぶというアレです。そう叫ばれた日本人側は、それに対しきっぱりと「あるわけないじゃん」とはきっと答えなかったでしょう。ただ苦笑や困惑で応じるばかりだったのではないでしょうか。

それは日韓歴史共同研究だけのことでは絶対になかったと私は断言出来ます。官民問わず日韓間のあらゆる交渉事において、そういうシーンが展開されていただろうことは確信しています。

それが今回は、「この話はもうこれで終わり。二度と蒸し返すんじゃねえぞ」とはっきり言ったわけですから、今までの日本の対応を考えると、この点だけはかなり頑張ったと言ってあげても良いのではないかと私は思います。

こうやって一歩ずつ、ひとつずつ変わっていけば、その積み重ねはいつか実を結ぶでしょう。もちろん蒔いた種子が全て芽吹き、育ち、実を結ぶとは限りませんが、だからと言って種子を蒔かなければ何も起きません。どんな形でも、種子を蒔くことをやめないことが重要なのではないかと思います。

慰安婦問題解決に関して少しだけ余談を申し上げれば、日本側が提供する10億円という金額ですが、ふと「今年の年末ジャンボの一等・前後賞当籤金と同じ金額だなあ」と思いました。10億円という金額は個人が得るとなれば腰が抜けるほどの超大金ですが、それでも個人が得られるチャンスがあるぐらいの金額とも言えます。それだけのカネで今まで何十年と引きずってきた二国間の懸案を「最終的且つ不可逆的に」解決出来たとしたら、結構安くあがった?とふと思いましたw

さておき、日本が韓国に対して(以前と比べれば)強い態度で出られるようになったということは、日本が変わってきたことの証と言えるでしょう。もちろん、どこかで腰が砕けるのではないかという不安は常にあります。今回の慰安婦問題の交渉についても、日本側が腰砕けの対応をしたと憤り、あるいは批判する人が少なくありません。

それは、そういう主張を持つ人々が多くなってきたということでもあります。今までであれば、日本が韓国に対し腰砕けの対応をしても、ほとんどの日本人は何も言いませんでした。少なくとも、政府が動くほどの声はあがりませんでした。と言うか、そもそも日本が韓国に対し腰砕けの対応をしたということさえ知らされず、また知ろうともしていませんでした。

しかし政府の動向に高い関心と、それに対する意見を持つ日本人は、やはり少しずつではありますが増えてきました。これは良い変化だと私は思います。日本人ひとりひとりが政府の動向に関心を持ち、それに対し賛成であれ反対であれ、意見を持つということは、国を変えていく大きな原動力になるからです。この傾向が是非今後も続くようにと切実に願います。

最後に、昨年末のご挨拶にも書きましたが、今年は書籍化を真剣に考えようとかなり真剣に思っておりました。やはり紙の書籍は、ホントにオファーが全くありません(ブログに表示する広告のオファーは結構あるんですけどねw)ので、お手軽な電子書籍から始めてみようかと思いとりあえずKindleのアカウントだけは登録したのですが、それ以上のことはまだ何もしていないという、怠け者丸出しの状態ですw 日本の変化の進み具合よりも遅い弊ブログの書籍化計画ですが、動こうという意思だけはまだしつこく持っておりますことを、こっそりご報告申し上げておきたいと思います。

それでは新しい年が日本と皆様にとってより良き年になりますように、また弊ブログにもこれまでと変わらぬご指導ご鞭撻ご声援を賜りますようにと願って、平成27年の年末ご挨拶とさせていただきます。


平成27年(西暦2015年)12月31日
筆者敬白
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「韓国人はそういう生き物」という理解が重要

官公庁の御用納めも終わり、街はすっかり歳末ムード一色です。ここへ来て日韓慰安婦問題の年内解決とか何とか、えらく騒がしいですが、現在の弊ブログは基本的には韓国人の行動や思考の分析や考察が主で、時事関連の速報性は重視しておりません。

この件については未だ不透明な部分が多いように見受けられますので、個人的には高みの見物ならぬ月見櫓での見物を決め込むつもりです。従ってこの件に関して今何らかの意見を求められても、大したことは申し上げられません。基本的には当分の間意見保留といたします。

報道を仄聞する限りでは、これで慰安婦問題は最終的とか不可逆的に解決したとか言ってるようですが、韓国言論を見れば蒸し返す気満々です。日本側もこれで韓国が素直に引き下がるとは、まさか思っていないと思うのですが、これまでの日本の対応を鑑みて、それは希望的観測が過ぎると言われれば返す言葉がありません。

正直もしこの件の最終解決の着地点を「日韓両国の完全合意」とするならば、韓国だけが完全に満足するような結論に日本が無条件で全面的に同意しない限り、最終解決に至ることはないだろうというのが私の現在の個人的な意見です。

さてそんなことはうっちゃって、いつもの韓国考察に行きますと言いたいところですが、韓国についてはもう本当に言い尽くした感があって、頭の中はカラカラと音がするような気がするほど、何も思い付きません。

ただ、自分で言い尽くしたつもりになっているためか、逆に新規参入の嫌韓の方には、弊ブログの記事はわかりにくくなってきているのかもしれないとは、ちょっと思います。

過去に何度も述べていることではありますが、日本人から見ると韓国というのは不快なだけでなく不可解です。

例えば、彼らは嘘を吐くことに躊躇がありません。しかし嘘は巡り巡って自分に返ってくることがあります。当座しのぎに嘘を吐いて、その場は何とかなったものの、忘れた頃にその嘘でしっぺ返しを食らうという経験は、誰でも一度や二度はあるでしょう。そういう経験を幾度かすれば、大抵の人は嘘を吐くことに躊躇を覚えるようになるものです。

ところが韓国人は、自分が吐いた嘘のしっぺ返しを何度食らっても、嘘を吐くことに躊躇を覚えるようにはなりません。その嘘が止むに止まれぬものならまだ理解の余地が無くもありませんが、全く必要のない嘘を吐くことさえしばしばあります。

このところの朝鮮日報では、「不参客」というテーマで韓国人の予約すっぽかし癖を批判する記事の特集を行なっているようです。

この記事群の内容は、特に取り立てて奇抜なものでも何でもなく、「予約しておきながらそれを守らないのは良くない」ということを手を変え品を変え言ってるだけのものですが、これを以て「韓国人も約束を守る意識が高まってきているのではないか」と思う日本人がいるとしたら、それこそこれらの記事を日本語版にした朝鮮日報の思う壺と言えるでしょう。

あまり韓国に詳しくない人や、最近韓国に(ネガティブな)興味を持ち始めた人にこういう話をすると、「それで困るのは韓国人自身じゃないんですか」と聞かれるます。もちろんその通りです。彼らも自らの行ないの結果に大いに困ります。しかし彼らは決して学習しないのです。

学習能力がないというわけではないでしょう。曲がりなりにも言語と思しきものを操る生き物です。韓国人だって嘘を吐けば巡り巡って自分に返ってくるということも、教えればちゃんと理解することは出来ます。

彼らに出来ないのは、それを「自分のこと」と考えるということともうひとつ、「時間の流れ」を理解出来ないことではないかと思います。

自ら吐いた嘘によって、自分自身が不便や不利益を被る場合、普通は「自業自得」と思うものです。たとえ嘘を尽かねばならない切実な事情があったとしても、それが巡り巡って不便や不利益として自分自身に返ってくれば、甘んじて受け取らざるを得ないと覚悟するのが普通です。

韓国人も、それが他人のことであればそう考えます。もしかすると、日本人以上に厳しく考えるかもしれません。しかしそれが自分のことであれば、彼らは当然のように意見を翻します。自分が嘘を吐かねばならなかった事情に照らせば、巡り巡って訪れた不便や不利益は不当なものだと彼らは本気で思うのです。

ですから、彼らは自分の吐いた嘘が原因でどんなに不便や不利益を被っても、それを省みるということがありません。嘘を吐いた他人に、その行為を省みさせるということはあっても(と言うか、非常によくありますw)、自分が嘘を吐いたことを省みて改めるという考えは、韓国人には基本的にないのです。

加えて時系列を理解出来ないというのも、彼らが嘘などの他人に迷惑を掛ける行為を自制しない原因のひとつと言えるでしょう。自らの嘘によって他人が迷惑を被るという予想が、彼らには出来ません。もっともこれは、たとえ予想が出来たとしても「他人に迷惑を掛けることが出来る偉いウリ」という彼らの思考によって、あまり抑止力にはならないでしょうが。

それよりも嘘を吐くことによって将来的にそのツケが自分自身に回ってくるかもしれないということを、彼らは徹底的に理解出来ないということの方が大きいのではないかと、私は思います。

犬の躾けなどでよく言われるのが、「悪さをしたら即、その場で叱る」ということです。時間が経ってからでは、叱っても犬には何故叱られたのか理解出来ないとされているからです(厳密に言えば、時間が経ってからでも犬は結構自分が悪さをしたことを覚えていますw)。

ところが韓国人(と言うか朝鮮人)の場合、悪さをしてすぐ罰を与えられなければ、悪さをしても(少なくとも自分だけは)良いのだと理解するようなのです。これは個体が持つ教養とは無関係のようで、有識者や権力者でもそういう傾向が強くあります。

ただこれは実は韓国人に限った話ではないかもしれません。何か悪いこととまではいかなくても、ズルやインチキをした時や、例えば仕事などでミスをしてしまって、それを隠そうとしたことは、きっと誰にでも一度や二度や三度くらいはあるのではないかと思います。

それがすぐバレてこっ酷く叱られたり厳しいペナルティを課せられれば、誰でも悪事やズル、インチキ、ミスの隠蔽などを反省し、もうしないと自ら戒めるでしょう。ところが悪事やズル、インチキ、ミスの隠蔽がなかなかバレず、従って叱られたりペナルティを課せられるということもないということは、結構あります。

自分の悪事やズル、インチキ、ミスの隠蔽などは他人にバレなくても、何をしたかは自分自身が一番良くわかっています。ですからやらかしてからしばらくはビクビクするものですが、ある程度時間が経ってもバレなければ「何だ、別にやっても良かったんだ」と思ってしまうものです。

ところが、かなり時間が経ってからそれらが発覚するということがあります。すると、悪事やズル、インチキ、ミスの隠蔽に対するペナルティだけではなく、それを長い時間隠していたということに対するペナルティも加算されるわけです。

あの時すぐバレていればこれほど厳しいペナルティにはならなかっただろうということを、普通の日本人なら理解します。ところが韓国人はこれが本当に理解出来ないのです。この韓国人が時系列を理解出来ないということは、既に過去の記事でも述べておりますが、それは何故かという理由は当座は考える必要がありません。韓国人を理解するようになれば自ずからわかるようになりますし、韓国人が理解出来ない間は、どんな詳細で的確な説明を受けても、なかなか腑に落ちるものではないからです。

彼らの嘘吐き癖や時系列の無理解に限らず、「何故韓国人はこうなんだ」ということは、韓国人を観察しているとうんざりするほど出てくるものですが、それらの理由をいちいち考えても、またそうなる理由を完全に理解したとしても、あまり意味はありません。

それよりも、まず韓国人はそういう生き物だということを思い知り、その襲来を受けた場合にはどうすれば良いかを考えておく方がずっと重要だということを、改めて強調しておきたいと思います。



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韓国人は言葉の意味を蔑ろにする

クリスマスが終わると、たちまち世間は新年を迎える準備で一気に慌ただしいムードになってまいりました。来年は申年ですが、先日街角のポスターで「未年」という文字が視界に入った気がしたので、「あれ?何で未年?」と思って二度見すると、「年末」と書かれているのを逆から読んでしまっただけでした。

さて日韓関連では年末に向けて慰安婦問題がどうたら言ってるようです。年内解決とかいう音も聞こえたような気がしましたが、変に急いで解決しても、どうせまた韓国が蒸し返すだろと冷ややかに観測しております。

というわけでそちらの方は経過観察することにして、月見チャットでも頂いていた「“社会”という言葉の意味?漢字の意味?が違うっていうのはよくわかりません」というご質問について述べてみようかと思います。

まず基礎知識として、韓国人や韓国人に共感する人は、概して言葉の意味を蔑ろにする傾向が強いという事実をご理解ください。

日本が統治していた期間、朝鮮半島では識字率が跳ね上がり、李朝期であればハングルすら覚束なかった人々もリテラシーを獲得しました。その結果、現在の韓国における語彙には、和製漢語が極めて多いということがあります。

彼らは時々発作的に日帝残滓排斥を叫び、韓国に残る和製漢語を朝鮮固有語で言い換えようとしますがが、なかなか徹底出来ないのが現実です。

その理由のひとつには、和製漢語を朝鮮固有語で言い換えようとすると、冗長になりがちということがあるようです。これは日本語において漢字語をやまとことばで言い換えれば、どうしても冗長になるのと同じ現象でしょう。

そこで彼らは、和製漢語を全て純粋な朝鮮固有語に言い換えることは断念し、和製漢語でなければ漢字語でも良いということにしているようです。

ところが問題は、現在の韓国人の漢字リテラシーが極めて貧弱であるということです。例えば韓国では「セクハラ」を「ソンヒロン」といいます。これは漢字で「性戯弄」と書くのだと、確か産経新聞の黒田氏がしきりに感心していました。なるほど、「性的嫌がらせ」と言うよりは「性を戯れで弄ぶ」という方が「セクシャルハラスメント」という言葉のニュアンスを上手く表現しているのかもしれません。

では、「ソンヒロン」を「性戯弄」と書くのだと知っている韓国人はどれほどいるでしょうか。あるいは「性戯弄」と書いて「ソンヒロン」と読める韓国人はどれほどいるでしょうか。

ここにも、日本人と韓国人の「言葉」や「語彙」に対する理解の差が如実に出ます。日本人であれば、「性戯弄」と書いてあれば何となくでもその意味を察せられるでしょうし、産経新聞の黒田氏のように、「セクハラ」という言葉に「性戯弄」という漢字を当てることに感心したり、ニヤリとすることが出来ます。

そこで日本人が韓国人に「あなたのお国はさすがに漢字の使い方がお上手ですな」などとお世辞を言えば、韓国人は普通に抜け抜けと「そうです、ウリナラでは昔から漢字を使ってましたから」などと答えるでしょう。しかし言ってる当人は、漢字の読み書きがほとんど出来ないし、「ソンヒロン」を「性戯弄」と書くことの何がお上手なのか、おそらく全く理解出来ていないでしょう。

それでも彼らは、「自分(ウリ)は漢字を理解していない」などとは全く思っていません。韓国の語彙における漢字語の割合は、正確な数字は存在しませんが、体感では少なく見積もっても6割以上、一説では8割とも言われています。それらは現在、ほとんどハングルで書かれていますが、韓国人はハングルで書かれた漢字語を見て、「ウリは漢字がわかる」と心の底から本気で思っているのです。

かつての日本でも、段階的に漢字を廃止すべく、当用漢字が定められていました。そのためでしょう、新聞は時々漢字熟語を仮名交じりで書くことがありました。

確か私が小学校低学年の頃だったと思います。産婦人科の医師が望まない妊娠をした女性から、子供に恵まれない夫婦に新生児を斡旋するという事件がありました。

私はこの事件の報道を新聞で読んだのですが、記事には「新生児あっ旋」と書かれていたために、「誰が何に驚いているのだろう?」ととても不思議に思った記憶があります。当時はまだ「斡旋」という言葉を知らなかったので、「あっ旋」の「あっ」を感嘆詞と勘違いしたのです。

今でも「障がい者」とか「子ども」と書かれているのを見ると一瞬イラッとするのはその記憶からかもしれません。ともかく、漢字を仮名交じりで書くと、その語彙の意味がわかりにくくなるだけではなく、読み間違いも起こしやすいのです。ましてや漢字語を全部ひらがなやカタカナで書けば、その言葉の意味は全くと言って良いぐらいわからなくなります。

弊ブログで時々「差別」を「サベツ」と書いていることにお気づきの方は多いと思います。そう書かれている場合、「サベツ」という表記からは「差別」という言葉の(正しい)意味が喪失されているということを示すために、意図的に行なっているのです。

漢字語をハングルにするということは、まさにこの「差別」を「サベツ」と書くことと同じことなのです。もちろん、彼らはそんなことを意図してはいません。ハングルで書いても漢字語は漢字語の意味を失わないと確信しています。

しかし現実は彼らが思うほど優しくも甘くもありません。「放水」と「防水」が同音、即ちハングルにおいて全く同じ表記であるために、KTXのコンクリート製枕木が不良品であったという有名な事件がありましたが、韓国でこれに類する話は枚挙にいとまがないどころではないでしょう。

韓国人は「文章の前後を読めばハングルで書かれた漢字語でもその意味は正しくわかりますね」と嘯きますが、「安重根は偉大な義士であった」という文をハングルで書けば、安重根を知らない人には、彼が義士だったのか医師だったのか全くわからないのです(ハングルでは「義士」と「医師」は全く同じ表記)。

それは同音異義語だけの話で、他の語彙なら大丈夫ではないのかと思う人もいるかもしれません。しかし彼らが綴るハングルは、極めて恣意的です。多少間違えても読む人が察せば良いという意識で書かれる彼らの文章は、朝鮮語ネイティブでも俄にわからないほど崩れていることが珍しくありません。

以前、韓国の掲示板を翻訳した時に、どうしても機械翻訳を通らない文章があったので、知り合いの韓国人に教えてもらおうとしたことがあります。ネイティブだけに、その韓国人はスラスラと翻訳するのですが、どうも意訳や省略が甚だしいのです。「ちょっと待った。意訳は自分でやるから、原文に忠実に訳してくれ」と言うと、「意味のわからない単語があるので、直訳は出来ない」と言います。

それは私の知り合いの韓国人の語彙力が乏しいからではなく、原文の語彙の綴りや表記が崩れに崩れまくっているためでした。日本の某巨大匿名掲示板などでも、そこでは頻繁に用いられるが一般にはほとんど用いられない言葉がありますが、韓国の場合はそういうのとも違うのです。その時その場で思い付きで綴るので(あるいは速く入力しようとして間違えるので)、生粋の韓国人でもわからなくなることがあるのです。

そういう場合韓国人はどうするかと言うと、私の知り合いの韓国人がやったように、自分で勝手に解釈してしまいます。それが正しいかどうかは、全く確認しません。自分で勝手にした解釈に基いて、返答なり反応なりをするのです。その文章も綴りや表記が崩れますが、書く方も読む方も韓国人は気にしません。結果、彼らの間で交わされる話はキャッチボールではなくピンボール状態になります。

「コミュニケーション」という言葉の本来の意味からすればそれは全く「コミュニケーション」ではありませんが、それが韓国人のコミュニケーションなのです。

コミュニケーションはいわば「社会」の基本ですが、彼らの「社会」が日本で言うところの「社会」と異なるのは、「社会」という語彙の意味的にも、また彼らの「社会」に対する意識としても、日本と大きく異なっているからです。日本人から見れば、そんなものは「社会」とは言えないのではないかと思うのですが、韓国人にとってはそれこそが「社会」なのです。

他にもまだまだ色んな要素がありますが、とりあえずは「日本で言うところの「社会」と、韓国で言うところの「社会」は違う」というのは、そういう意味で理解するのが、多分一番簡単ではないかと思う次第です。



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韓国ウォッチや嫌韓初心者の方にこそ

本日は今上陛下の82回目の御生誕日ということで謹んで御寿ぎ申し上げ、また今帝の益々のご長寿をお祈り申し上げます。

そう言えば加藤達也産経新聞前ソウル支局長の朴槿惠韓国大統領に対する名誉棄損罪で一審無罪判決が出た件でも、韓国検察が控訴を断念し、無罪が確定したとやら。この件が日韓関係にどう作用するかはさておき、無実の日本人が韓国の恣意によって冤罪を被らずに済んだことを、とりあえずは素直に喜んでおこうと思います。

さて、従来より弊ブログでは質問はもとより、異論反論を歓迎しているわけですが、先日月見チャットでもご質問を頂戴いたしました。

最近私はプライベートが結構忙しく、以前はほぼ毎日月見チャットに在室していたのですが、ここのところ週に2回ぐらいしか参加出来ておりません。またチャット参加は、私が考えている以上にハードルが高いようで、「下手なことを言ったら怒られるのではないだろうか」と考えて参加を躊躇っている方も、結構いらっしゃるようです。

ですがブログのコメント欄と違って、チャットは記事のテーマに沿った質問をする必要がありません。「記事とは関係無いんだけど聞いてみたいことがある」とか、あるいは記事と直接関係があっても、実は弊ブログにおいては既出で前提になっていることをご存知ないために疑問を感じてしまう場合などには、チャットでの質問は非常に有効だと思います。

月見チャットには私がいなくても大抵誰かが入室しております。但し入室しているから必ず応答が可能とは限りませんが、その場合は質問内容を発言しておけば、私だけではなくログを読んだ誰かが答えてくれるということもあります。

ただ、これはコメント欄でも言えることですが、あなたが質問を入力する際に向き合っているのはモニターとキーボードだけであっても、入力された文章を読んで答えるのは私であれ私以外のチャット参加者であれ、生身の人間です。その文章を読んだ人が不快を感じないような表現を極力心がけるというのは、これはネット以前の対人関係における当然のマナーであるということだけは、くれぐれもお忘れないようにお願いしたいと思います。

前置きが長くなりましたが、今回月見チャットで「韓国人にとって「社会=自分」というのが信じられない」というご意見を頂戴いたしました。これはおそらくこの記事をお読みになってのご感想ではないかと思うのですが、これに対して私が「日本語と朝鮮語で同じ漢字熟語を使ってても、同じ意味とは限らないということも何度か書いたように、日本語の「社会」と朝鮮語の「社会」は違うんだよー」と答えました。

しかし今ひとつご納得いただけなかったようで、後日再び同じ質問をされましたので、同じ答えをお返ししたわけですが、どうもこちらの言ってることが真っ直ぐ届いている感じがしません。

そこで少し突っ込んで話を聞いてみたところ、ご質問者は「日本人と韓国人は同じ人間」と思っている、ということでした。

弊ブログでは、「日本人と韓国人は同じ人間ではない」ということを再三申し上げておりますが、これはどうにも誤解を生じやすいと言うか、脊髄反射を誘うフレーズらしく、これを読むと即座に「何て酷いことを!!」とか「人種サベツ!!」とか「レイシスト!!」とか「ヘイトスピーチ!!」と思ってその場で思考停止してしまう人が結構居るようです。

「日本人と韓国人は同じ人間ではない」というフレーズは、言い換えれば「日本人と韓国人は違う人間である」ということも出来ます。多分この表現であれば、読む人に脊髄反射を起こさせずに済むのではないかと思います。この違いはきっと、「韓国人は人間ではない」という文節が過剰反応を誘うためでしょう。

ぶっちゃけ私は、「日本人と韓国人は同じ人類ではない」とかなり言いたい方です。その理由は過去記事で再々述べておりますように、私がそう考えるからではなく、韓国人がそう振る舞うからです。しかしこの考えが韓国人を知らない人には受け入れ難いのも、重々承知しておりますし、また日本人と(と言うか「人類」と)韓国人が同じ人類ではないということを証明することは、現状出来ません。しかも韓国人は人類と交雑可能なので、話は更にややこしくなっています。

というわけで、科学的な「韓国人非人類説」というのは、どんなに韓国人が非人類的な振る舞いをしたとしても、証明することは出来ないというか、するわけにはいきません。ですので「日本人と韓国人は同じ人類ではない」という主張は私個人の考えとしてあえて世間に広めようとまでは思っておりませんが、「日本人と韓国人は同じ人間ではない」ということは、最低限日本人はガッツリ理解しておかなければならないことだと思っております。

では「日本人と韓国人は同じ人間ではない」というのと、「日本人と韓国人は同じ人類ではない」というのはどう違うのでしょうか。それは簡単な話で、「日本人と韓国人は同じ人間ではない」という文章を「あなたと私は同じ人間ではない」という文章と同じ文脈でご理解いただければ良い話です。

「あなたと私は同じ人間ではない」という文章を読んで、「サベツ!」と感じる人は多分いないと思うのですが(いたらビックリだ)、何故か「あなた」と「私」の部分を、「日本人」と「韓国人」に置き換えると、途端に「サベツ!!」と思う人がいるのは実に不思議な現象だと思います。

ある意味、そう思う人こそが、「日本人」と「韓国人」をサベツ的に考えているのではないかと私は勘繰ってしまうわけですが、それはさておき、日本人と韓国人とは、本当に真逆と言って良い存在です。

外貌は比較的良く似ています。少なくともパッと見ただけで見分けが付く白人や黒人と比べると、日本人と韓国人は同じ黄色人種に分類されているために、ぼんやり見ていると全く見分けが付きません。

しかも最も直近に統治したのが日本ということもあって、現在の韓国には日本文化が非常に多く残存しております。更には、日本で好まれるものは何故か韓国でも大変に好まれる傾向があり、日本の統治が終了した後も、韓国においては盛んに日本文化を導入しまくっており、また日本と韓国以外の国において日本人になりすます韓国人が引きも切らないために、何かにつけ日本と韓国が似ているというイメージを持たれやすいということは、私も否定しません。

しかしそれは「似ている」が「非なる」ものであって、本質的に日本人と韓国人は真逆の存在であるということを、少なくとも私たち日本人は徹底して肝に銘じるべきです。更に言えば、その「似て非なる」ことを意識的無意識的に利用して、日本人を害しようとする韓国人が多いということも、私たち日本人は知っておくべきでしょう。

良い韓国人、というのは稀ではありますが確かに存在します。しかしその「良い韓国人」が、「良い韓国」を作るということは少なくとも今世紀中は絶対にあり得ません。即ち「良い韓国人」の存在など、私たち日本人の対韓認識に加味する意味も必要もないのです。むしろそれは私たちの対韓認識に誤解を植え付ける存在と言っても過言ではありません。しかも「良い韓国人」に偽装している韓国人は、それはもうごまんどころか五千万ほど居るのです。

「日本人と韓国人は同じ人間ではない」と考え(るのがどうしても抵抗あるなら「日本人と韓国人は違う人間である」でも良いですが)、「日本人としての考え」で「韓国人」を理解しようとするのではなく「韓国人の考え」で「韓国人」を理解しなければ、韓国や韓国人を理解することは難しいでしょう。

しかし「韓国人の考え」を理解するには、韓国や韓国人を知らなければならないわけで、この堂々巡りにどこから切り込んでいくかは、韓国や韓国人を知らない人にはなかなか難しいことになると思います。

弊ブログでは何度も同じことをくり返し述べているために、つい私が理解していることはもう概ね読者の皆様にも理解されているという前提で記事を書いてしまいがちなのですが、初心者の方からのご質問を戴くことで、弊ブログのそういう不備が判明します。

韓国ウォッチや嫌韓初心者の方は「こんな質問したら怒られるんじゃ?」とか「こんな質問したらバカにされる?」と思ってなかなか質問に踏み切れない方も多いようですが、そういう方にこそ弊ブログの内容を理解していただきたいと思っておりますので、どうぞ臆せずご質問くださいますよう、心よりお願い申し上げます。



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加藤達也産経新聞前ソウル支局長無罪判決に思う

今月17日、加藤達也産経新聞前ソウル支局長の朴槿惠大統領に対する名誉毀損に関する裁判で無罪判決が出ました。

判決については当然と思う反面、意外とも思います。「法」に則って考えれば当然ですが、普段の韓国であれば、執行猶予付き有罪判決で「事実上の無罪」という形にして有耶無耶にするのが妥当な線だったと思うからです。

つまり今回の判決は、今の韓国が「普段の韓国」ではないという証左になったとも言えます。「普段の韓国」であれば、何を犠牲にしてでも死守したであろう「韓国人のメンツ」をかなぐり捨てなければならない状態だということを暴露したも同然です。

もちろんそれは、特に判決を出さねばならなかった裁判所としては、断腸の思いであったに違いありません。かつての靖国放火犯の事例にしても、また盗難仏像の返還についても、韓国の裁判所は「韓国人のメンツ」を死守しました。韓国では、法より情が優先されるということを、これら過去の事例は如実に示したものでした。

ならば今回は情より法を優先した判決であったのでしょうか。答えは当然否です。今回も、韓国の裁判所は情を優先したと考えるべきでしょう。

それは判決を読み上げる際に、被告である加藤達也産経新聞前ソウル支局長を3時間も立たせっ放しにするという幼稚な嫌がらせをしたことからも、またその判決内容において「【私人朴槿惠】に対する名誉の毀損はあったが、大統領という【公人朴槿恵】に対する「名誉棄損罪」の成立要素は満たされていない」と、如何にも悔しさが滲み出ている表現を用いたことからも窺い知れます。

韓国人の「情」としては、加藤達也産経新聞前ソウル支局長の「有罪」は揺るぎないものでした。ですがそれらに対する「情」よりも、韓国の生命線である日韓関係の改善を求める「情」に、韓国の裁判所は屈したのでしょう。

要するに、今回の判決も決して「法」に基づいた冷静な判断などではなく、「情」に基づいたドロドログチョグチョの判断の結果であったと私は理解します。またある意味これは、韓国が極めて恣意的に法を弄している事実を証明した結果とも言えるでしょう。

韓国においては、常に必ず韓国人の「情」が「法」に優先されると決まっているのであれば、韓国人の「情」が即ち「法」であると考えることが出来ます。即ち韓国人の「情」に則って考えれば、ある程度の「法則性」が見出せるはずです。

ところが今回の判決で韓国の裁判所は、「ウリ(自分)」に都合が良ければ韓国人の「情」を、都合が悪くなれば「法」を自在に使い分けることを示してみせたのです。その都合の良し悪しは、生粋の韓国人でも俄には判断出来ますまい。何故ならそれには、彼らの対人関係の上下強弱に対する意識が強く関わってくるからです。

例えばもし今回の判決が日本の政権が韓国に極めて甘々な時に、あるいは中韓関係の極めて良好な時期に行なわれていればどうだったでしょうか。間違いなく躊躇いなく自信を持って、韓国の裁判所は有罪判決を出したでしょう。それは加藤達也産経新聞前ソウル支局長が起訴以前から8ヶ月に渡って出国禁止措置にされたことからもわかります。少なくとも起訴した時点で韓国は「韓国人のメンツ」にかけて、加藤達也産経新聞前ソウル支局長を絶対に有罪にしてやるという強い意思を持っていたのです。

今回は現在の日本の政権が韓国に厳しく(少なくとも韓国が期待する程甘くなくw)、中韓関係が韓国が期待していたほど薔薇色ではないことに気付き、且つ韓国経済が警戒水位に達していることを隠し切れなくなってきた時期であるというのが大きく作用したことは疑う余地がありません。

韓国裁判所は、切実に有罪判決を下したかったことだろうと思います。本来であれば11月26日に出されるはずであった判決が、12月17日に延期されたのも、判決についての議論が紛糾したからではないかと私は勘繰っています。韓国人のメンツにかけて(たとえ事実上無罪に等しい執行猶予判決であっても)有罪にすべきという意見と、現在の日韓関係を考慮して無罪にすべきという意見が拮抗していたのではないでしょうか。

今回の裁判は結果的に現在の日韓関係を考慮した形にはなりましたが、それは韓国裁判所の理性的な判断によるものなどではなく、まさに臍を噛むにも等しい屈辱に満ちたものであったはずだということは先にも述べたとおりです。それほどまでに、日韓関係の改善(による日本の援助)を、韓国は欲しているのでしょう。

しかし今回の件を以て韓国を「最後の一線では法を守る国」などと判断するのは言語道断です。むしろ今回の結果から、彼らの「法」に対する二重規範性と恣意性を、私たちは重視し、警戒しなければなりません。

今回の件は彼らの「捻じれ」がたまたま360度回転した結果であって、決して彼らがまともにまっすぐになったわけではないのです。

彼らの「捻じれ」がいつどういう状況で何度回転するかは、韓国人にもわからないでしょう。たまたまある瞬間、彼らの「捻じれ」が正面を向いたからと言って、その位置で彼らが留まるということは期待しない方が良いし、ましてやそれを彼らの恒久的な姿勢や意識と理解するのは、少なくとも日本と日本人にとっては自殺行為に等しいと言っても決して言い過ぎではないと私は考えています。



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日韓チャットでの経験は今も生きている

副題に「日韓チャットを通して見る韓国」と謳う弊ブログですが、現在は全く日韓チャットに行っておりません。時々、月見チャットを日韓チャットと勘違いして訪れる人がいますが、月見チャットは翻訳チャットではなく普通の日本語チャットですw

日韓チャット自体はまだ存在しているのかもしれませんが、参加者がいないので事実上無くなったも同然のようです。

日韓チャットの参加者がいなくなった理由のひとつには、あまりにも韓国人参加者に有利な設定での運用だったということが大きいでしょう。

そもそも日韓チャットサイトは、韓国が作ったサイトであり、その目的は「韓国にとっての」日韓友好でした。しかしそこに集まった日本人は、「韓国にとっての」日韓友好を阻害する人が少なくなかったのです。

厳密に言えば、「韓国にとっての」日韓友好に協力的な日本人も結構いました。ただ、そういう人たちはチャットに定着することがなかっただけです。

対する「韓国にとっての」日韓友好を阻害する日本人は、実に粘り強く定着し続けておりました。この【「韓国にとっての」日韓友好を阻害する】というのは、あくまで韓国人側の主観であって、そう見られた私たち自身にそういう意識は、少なくとも日韓チャットに参加し始めた当初からあったものではありません。

当初はそれなりに日韓親善を考えていたり、まあそんな大層なことは考えていなくても、日韓チャットなら韓国人女性が餌どころか針も無しで糸を垂らすだけで釣り放題という話を聞いて下心全開で訪れたりした日本人が多かったはずです。

そんなかなり呑気な気分で日韓チャットに参加した日本人ですが、チャットでの韓国人の剥き出しの敵意や悪意に驚かされます。最近はそうでもないかもしれませんが、当時は本当に挨拶もそこそこに、「謝罪しろ」「反省しろ」と日本人に迫る韓国人が普通だったのです。

それが実は敵意や悪意ではないと気付くのはかなり日韓チャットに慣れ親しんでからであって、最初は驚き、狼狽えます。日本の戦後左傾教育においても「日本は悪い」という意識を叩き込まれておりましたが、「悪い」のはあくまで「過去の日本」であって、現在の日本人はそれを反省し、あるいは糾弾する、良いとまでは言えないにしても、かつてほど悪いわけでもない人々という意識が、少なくとも私にはありました。

日韓チャットの韓国人はそれをいきなり全否定したのです。即ち、過去の日本が悪いなら、今の日本人もその罪と責任を負わなければならないのだと、出会い頭に叩きつけたのです。

「過去の日本は悪い」という教育を受けていた私は、当初は韓国人の敵意と悪意をかなり真面目に受け取っていました。しかし執拗に、しかも異口同音に繰り返される韓国人の謝罪と反省の要求に、やがて私も「そこまで言われるほど過去の日本は悪かったのか?」という疑問を持つに至ります。

私が日韓チャットに参加した頃には、既に常連日本人が一定数存在しました。常連日本人と韓国人との論争を見ていると、私が知らなかった歴史認識が次から次へと繰り出されます。それに刺激されて私自身もさまざまな資料を読み漁りました。すると今まで知らなかった(知らされていなかった)日本の歴史が見えてきます。同時に、韓国人の謝罪と反省の要求が、どれほど理不尽なものであるかも見えてきました。

それまでの私にとって歴史とは、年号と起きた出来事を機械的に覚えるだけの、言ってみれば英単語や英語の構文を覚えるのと同じぐらいに無機的なものでした。しかし英単語や英語の構文が、本来は血の通ったコミュニケーションのためのものであるように、歴史も、その当時の人々の人生の記録であるということを、実感として知るようになります。

そうやって歴史を振り返ると、過去の日本を現在の価値観で一方的に悪いと決め付けることがどれほど傲慢なことかわかるようになります。加えて、自国の過去の歴史を他国人の現在の価値観で一方的に悪し様に言われることの不快さと理不尽さも痛感するようになりました。

沈黙は肯定と同じです。韓国人の主張に沈黙で答えれば、それは韓国人の主張に賛同することと同義になるわけです。そうでなくとも、日本に対する韓国人のあまりの酷い言いように、とても黙っていることは出来ませんでした。しかし反論しても反論しても、後から後から同じことを言う韓国人が引きも切りません。同じことを何度も何度も(中略)何度も何度も言わされている内に、日本人側の主張も研ぎ澄まされていきます。

そうやって錬成され続けた日本人側の主張に、やがて韓国人側は太刀打ち出来なくなりました。すると韓国人側は、チャットサイトが韓国企業の運用であることを良いことに、チャットの仕様を韓国人側に有利になるような小細工を始めます。

例えば翻訳が韓国側に有利になるようにしたり、部屋長が設定した入室用のパスワードが韓国人には見えるようにしたりというような小細工です。あるいは、特定の日本人をチャットに参加出来ないようにすることもありました。

そういう小細工が行なわれるようになると忍耐強い日本人参加者も徐々に減り、日本人参加者が減ると韓国人参加者も減り、やがて日韓チャットに参加する人が日韓共にほとんどいなくなり、とうとう事実上チャットが廃止されるようになったわけです。

しかし日韓チャットで得た経験は、実は今も立派に生き続けております。韓国言論を読み解く時がそうです。あるいは韓国人の主張を聞く時も、日韓チャットでの経験が生かされます。

例えば、現在「靖国神社爆発音事件」と称されている韓国人によるテロ事件がありますが、犯人は「時限式の発火装置を置いた」と供述する一方で「危険な物という認識はなかった」との趣旨の説明をしていると言います。

これなどは日韓チャットで韓国人が頻繁に見せた行動様式と全く同じなのです。チャットでバレないつもりでやらかしたオイタや、その時話題になっている韓国人の凶悪犯罪などを指摘・非難すると、彼らは必ずと言って良いぐらい「大袈裟です」「過剰反応です」「気にし過ぎです」と言います。

そう言うことで自分や同胞(≒ウリ)が行なった悪事を矮小化し、以てなかったことにしようとするのです。

時限式の発火装置によって作動するものが、たとえ爆竹や花火程度のものであったとしても、それが危険なものでないわけがありません。ましてや犯人はかつて軍に所属していた経歴を持つ者です。軍に所属していたことのある者が、時限式発火装置を危険なものではないと考えるでしょうか。

自分のやったことが「大したことではない」「非難されたり罪に問われるようなことではない」ということを主張出来るのであれば、彼らはどんな素っ頓狂な言い訳でも真顔で本気で言います。そのことを、私は日韓チャットで骨身にしみるほど経験しました。

今回のテロ犯の供述も一目見た瞬間に思わず「懐かしいw」と感じてしまったほど日韓チャットの韓国人の行動様式に則っていたのです。同時に、日韓チャットでの経験がなければ、日本人はこういう韓国式言い逃れに引っかかっても不思議ではなかろうとも思いました。

そう思うと、弊ブログがいまだに「日韓チャットを通して見る韓国」と副題に掲げていても良いんじゃないかと思った次第です。



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日本の嫌韓は論理的にならざるを得ない

朝鮮日報の名物男鮮于鉦がまた「韓国人らしい」記事を書いていました。題して「便所挑発に人糞報復、日本メディアの報道姿勢は行き過ぎだ(12)」というコラムです。

対外的な事件の重大性を殊更に矮小化しようとする印象操作は、韓国人の関係した醜聞における韓国メディアの常套手段ですが、今回靖国神社で韓国人が行なった犯罪は、明らかにテロであり、それ以外のなにものでもありません。

「挑発」の意味を辞書で引けば、「[名](スル)相手を刺激して、事件や紛争などを引き起こすように、また、好奇心や欲情などをかきたてるようにしむけること」とあります。靖国神社で行なわれた明らかなテロを「挑発」と呼ぶのは、「単に刺激しただけ(でそんなに悪いことをしたわけじゃない)」と印象付ける以外のどのような意図があるのか、鮮于鉦は説明出来るのでしょうか。

事実コラムの中でも鮮宇鉦は「テロを容認することはできない」と書いています。彼自身、今回の犯罪がテロであることを否定出来ないのに、韓国人の行なった犯罪を殊更に矮小化して、日本で行なわれた韓国領事館に対する汚物投擲とイコールで結んでいます。

そもそもその汚物投擲についても、日本人が行なったかどうかは定かではありません。汚物が人糞であるかどうかは私は確認していませんが、排泄物であることは確かなようです。しかし日本人が汚物を抗議や報復に用いる例はかなり珍しいのではないでしょうか。少なくとも私は俄にその例を思いつきません。

対する韓国人が汚物、ことに排泄物に執着すること甚だしいのは、韓国ウォッチャーであれば誰もが知っていることです。彼らがキムチに執着すると同時に、これを抗議や報復に用いることがしばしばあるように、韓国人は排泄物に異常なまでに執着し、且つ抗議や報復にそれを用いることが非常にしばしばあります。

私は日本で行なわれる犯罪が全て韓国人によるものだと主張するつもりはありません。日本人にも、韓国人並に凶悪な人物はいるでしょう。血統や国籍が日本なのに、頭の中は朝鮮人という人もしばしば見かけます。

ですが、横浜の韓国領事館に汚物入りの箱が投擲された件については、日本人よりも韓国人によるものである可能性の方が濃いと考えざるを得ません。排泄物を抗議や報復に用いるという発想と、それを実行に移すという行為が、果てしなく「日本人らしくない」し「韓国人らし過ぎる」からです。つまり鮮于鉦の言う「便所挑発に人糞報復」は、どちらも韓国人の仕業である可能性があります。その可能性を一切考慮せず、「人糞報復」を日本人によるものと全くの疑いなく考える辺り、相変わらず韓国人は「日本絶対悪」という結論から一歩も動こうとしていないことがよくわかります。

韓国人は「何故日本は絶対悪なのか」ということを一切考えません。それは彼らにとって真理であり、疑うことが許されない教義でもあるからです。ですから彼らの反日は揺るぐことがありません。

対する日本の嫌韓は常に揺れ動き、また揺さぶられています。

日本においては、「嫌う」ということが否定的に考えられているからでしょう。日本において「嫌う」ことは、「拒絶」を意味します。ある対象について「嫌い」ということを自ら認めまた公言すれば、良くても「無視」、一般的には「断絶」となります。

四方を海に囲まれた日本において「嫌う」ことは、最も酷な行為になるのでしょう。それは自分か相手のどちらかが、断崖絶壁まで追いやられ海に追い落とされなければならないというイメージを伴ったのかもしれません。日本人の考える対人関係において「嫌う」ということは、人間関係における死刑宣告に等しいとまで言えばやや言い過ぎでしょうか。何にせよ日本人は、違和感を覚える相手であっても、まずはどうにかして「嫌い」にならずに済ませることは出来ないのかと考えるのが習い性になっていると言えるでしょう。

そのためか「嫌韓」と言えば「感情的だ」とか「人種差別的だ」と非難されることが頻繁にあります。言う方は気楽なものです。そう言っておけば無条件で「良い人」という立場を得られるし、何の苦労も要りません。ですが言われる方は大変です。「何故嫌いなのか」を明確に説明しなければ、向けられた非難を肯定することになるのです。

そもそも言われる方にしても、「嫌う」ということに対する否定的意識は大いにあります。最早理屈ではなく、本能に近いレベルでその意識は日本人に徹底的に刷り込まれています。ですから多少嫌だと思っても「嫌い」とはなかなか言えないものです。言って非難されるならまだ理由を説明する機会も得られますが、非難もされず白い目を向けられ、黙って「酷い人」という烙印を押されるおそれの方が断然高いのです。

また非難されればされたで、たとえきちんと嫌う理由を説明したとしても、相手はあらゆる理由を総動員して(よく用いられるのが、「一人を見て全体を判断しないでください」の類例で、「韓国人にも良い人はいる」というヤツですね)「嫌うことはないじゃない」と言うでしょう。それでも嫌いなのだと言えるほどの確固とした理由と信念がなければ、嫌韓を主張し標榜することは出来ません。

嫌韓は、長らくそういう人たちからの「攻撃」に耐え続けてきました。中には、それにうんざりして韓国ウォッチから離脱した人も少なくないでしょう。嫌いならば見なければ良いのだと言われれば、確かにその通りだからです。韓国に関する一切に目を閉じ耳を塞ぎ、韓国を存在ごと忘れ去ってしまうことが出来れば、どれほど清々しいでしょうか。

しかしそれは韓国自身が許しません。日本人が韓国の存在を忘れかけたことは過去に何度もあります。その度に韓国は、存在を誇示するかの如く難癖をつけてきたのです。韓国の主観で言えば、それは「日本の妄言」とか「挑発」が原因になるのでしょうけれど、日本としては単に「普通の国」として「普通のこと」をしようとしただけなのに、韓国がしゃしゃり出てくるのです。

嫌わずにいようとして、日本人はあえて韓国の存在を忘れようとしているのに、日本に嫌われるためとしか思えないやり方で、韓国は存在を誇示してきます。結局日本人は「確固たる理由と信念」をガッチリ構築して、揺るぎなく韓国を嫌うしかなくなってくるのです。

斯くして日本の嫌韓はどんどん論理的になっていき、韓国の反日はいつまで経っても情緒的なものから抜け出せません。そう考えると、日韓関係は既に不可逆的な状態、いわゆるポイント・オブ・ノーリターンにまで来ているのかもしれないと考えるのは、私の希望的観測が過ぎるでしょうか。



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靖国神社爆破テロ犯の不可解な行動

靖国神社に爆弾テロを仕掛けた韓国人が再び日本を訪れて逮捕されました。犯行後、まんまと韓国に逃げおおせたのに、ほとぼりも冷めぬうちに日本に再び訪れるという不可解な行動に、様々な憶測が飛び交っております。

かなり広く囁かれているのは、「日韓両政府の間で何らかの密約があった」という説のようです。

2011年に朝鮮系中国人が靖国神社に放火するという事件がありました。犯人は韓国に逃走し、後に韓国の日本大使館に火炎瓶を投げるという事件も起こしております。

この犯人を日本が日韓犯罪人引渡し条約に基いて引き渡しを求めたにも関わらず、韓国はそれを拒み、中国へ送還したことがありました。これによって日韓関係は更に悪化したと言われております。

当時の韓国は、中国と極めて良好な関係を築いていると思っていたようで、そうすることが日本に対するアテツケにもなるとでも思っていたのでしょう。日韓チャットの韓国バカ子供的表現を用いれば「ウリと中国様はこんなに仲良しニダ♪ チョッパリは仲間外れ~~、国際ひとりぼっち~~~kkkkk」というようなイメージと思えばだいたい合ってるのではないでしょうか。

そうすることで日本が焦って、「韓国さま~、頼みです、仲間に入れてください、何でもしますから(´;ω;`)」とでも言うと韓国は思っていたのでしょうけれど、案に相違して日本側は「( ゚Д゚)ハァ? おめーそんなことして良いと思ってんの?あ、そう?わかった。おめーがそういう考えならこっちにもそれなりの考えがあるから」と言って、「今後はオレに何かしてもらいたかったら、まず土下座してから言うようになw あ、ドアはいつでも開けてあるから^^」と言い放ち、本当にそうしなければ話をしてくれなくなってしまったようなものです。

その当時はそれが韓国に大きなダメージを与えることになるなどとは、韓国は全く予想していなかったのでしょう。ところが日韓関係が凍結状態になると、たちまち韓国経済は凄まじいダメージを蒙りました。「日本なんてウリナラの役に全く立ってない」とかなり本気で思っていた韓国人にとって、それは認めがたい現実だったでしょう。

しかしその現実を認めない限り、再びIMFのお世話にならざるを得なくなるかもしれないという危機感と焦燥感に迫られて、韓国も認めたくない現実を渋々認めようとし始めたところに起きたのが、今回のテロです。

韓国側としても悩ましいところです。犯人が日本国内で普通に捕まってくれていたらまだ良かったのですが、韓国に戻ってしまった時点で、日本の警察の捜査権は及ばなくなります。

当然韓国の警察が犯人を逮捕しなければならないわけですが、そうすると前例に基いて、日本への引き渡しは拒否せざるを得ません。しかしもし再びそんなことをすれば、日本の韓国に対する感情は更に悪化すること確実です。

これ以上日本の韓国に対する感情が悪化すれば、韓国は死活問題です。なんとしてでもそれは避けなければなりません。

かと言って前例に従わず条約に基づいて日本に犯人を引き渡せば、韓国民の非難の声が政権を揺るがしかねないのは想像に難くありません。前門の日本の嫌韓感情、後門の韓国の反日感情といったところでしょうか。

今回のテロは日韓の深刻な外交問題に発展しかねない事案でしたが、当人が勝手に日本に舞い戻って、日本の警察が普通に逮捕すれば、外交問題化するにしても韓国政府の悩みはかなり軽減されます。

日本政府としても、韓国のグダグダな言い訳を聞かされる苦痛が無くなったわけで、日韓両政府としては極めて良い形で犯人確保が出来たわけです。

しかし犯人にとって再び日本を訪れることに、どう考えてもメリットはありません。普通に考えれば、犯人が自主的に日本に戻ってくる合理的理由はありません。にも関わらず犯人が日本に戻ってきたのは、犯人に「日本に戻らなければならない理由」があったからとしか考えられないのです。

その理由は何かと憶測した場合、犯人個人のリスクやデメリットよりも、韓国の国家としてのリスクやデメリットを重視したためではないかと考えるのは、それなりに自然です。韓国の国家としてのリスクやデメリットを、個人である犯人が重視することは考えづらいので(そんなこと考えるアタマがあれば、最初からテロには走らないでしょう)、韓国の当局が犯人を説得あるいは脅迫したのではないかと考えるのも、あり得なくはありません。

ですがそこに、「日本との密約」が必要になるでしょうか。

犯人を捕まえられないということは確かに日本にとってデメリットですが、犯人が韓国にいることがわかっていれば、それほど問題はありません。犯人が日本国内に潜伏していて、再びテロを起こす危険性があればともかく、韓国にいる限り日本に再び害をなすことは出来ないからです。

日本は普通に粛々と韓国に犯人の引き渡しを要求すれば良いだけの話であって、「日韓関係の悪化につながるおそれがあるから」などという理由で、下手をすれば韓国にユスリタカリのネタを与えることになりかねない密約をすることで、日本に一体どんなメリットがあるというのでしょうか。

これが民主党政権時代であれば、そういう訳のわからない韓国にとって一方的に利のある外交取り引きもあったでしょうけれど、現政権がそういうことをするというのは極めて考えづらいのです。

ですので今回のテロに関連した日韓間の犯人引き渡しに関する密約などというものは、私は存在しないと考えております。

では今回犯人が日本に舞い戻った理由は何なのかと言われれば、韓国政府に「自主的に日本に行って捕まるか、さもなくば被疑者死亡にするか、どちらが良い?」と脅された可能性は考えられます。しかしそれと同じ程度に、犯人が度の過ぎたバカである可能性も否定出来ません。

日韓チャットではいつもいつも、どんなに慣れていても韓国人の言うことやることにはいちいち驚かされていました。現実でも、彼らの素っ頓狂を見て「韓国人ならさもありなん」と納得することは出来ますが、それに遭遇した瞬間に驚かずにいることは、とても難しいのです。



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日韓関係改善という実現不可能な題目

ネタを探して韓国の朝鮮日報や中央日報を斜め読みしていたら、慰安婦問題に関する記事が目に止まりました。

韓国言論の日本語版は、日本人に「ウリはこんなに素晴らしいorすごいニダ」ということを誇示するためや、「チョッパリは反省しる」ということを主張するためのものですから、慰安婦問題について載ってない日はありません。だから慰安婦問題に関する記事が載っていること自体は、特段珍しいことではないのですが、それが「慰安婦問題に関する日本側の主張」に耳を貸すかのような記事だったのが、私の目を引きました。

朝鮮日報の「慰安婦:大沼保昭氏「戦後の韓国社会と韓国メディアも共犯」」という記事がそうです。中央日報でも同じ人物にインタビューした記事が載っています。

これらの記事を見て「ほう、韓国も日本の主張に耳を貸すようになったのか」などと思うほど私は純真ではありません。慰安婦問題に関して、「日本の主張」に耳を貸す気など韓国人にあるわけないのです。それなのに何故韓国人はこういう記事を日本語版に載せるのでしょうか。

それは彼らに、日韓関係を改善したいという願望が日本以上にあるからだと私は考えました。

かつて(韓国にとって)日韓関係が順調だった頃、韓国人は漠然と、しかし割と本気で「日韓関係が悪くなれば困るのは日本」と思っていました。それに引きずられる形で、同じように思っていた日本人はもっと多かったのですが。

しかし実際に日韓関係が悪化というほどではありませんが冷淡になると、日本は何ともありませんでした(どころか色々順調に回り始めた)が、韓国は見る見る内に困窮しました。ことに経済面は惨憺たる状態です。

日本が韓国に冷淡になると、「そっちがその気なら、ウリは中国様と仲良くなっちゃうよ?」とばかりに、これ見よがしに中国とイチャイチャしてみせた韓国でしたが、大した効果はありませんでした。それで日本と中国の関係が悪くなるようなことも特になく、逆に韓国が中国に接近し過ぎたせいでアメリカの機嫌を損ねる羽目になったぐらいです。

そうして3年が過ぎると、韓国経済は最早隠し切れないほど傾いてしまっています。日韓関係が良好な時代であれば、日本が影に日向に(ほとんど影だけど)韓国経済を支えていたのですが、それがなくなると韓国経済は一人で立っていられないということが、韓国人の目にも明らかになってしまいました。日本にとって韓国が必要かどうかはともかく、韓国にとって日本は絶対に必要不可欠であることを否応もなく突き付けられてしまったのです。

そこで韓国は「用日」などと言って日本との関係改善を目論んだのですが、何故か日本はちっとも応じません。この期に及んでもなお韓国には「ウリが仲良くしてやると言えば、それが便利使いのためであることが見え見えであっても、日本は喜んで応じるに違いない」という意識があったのでしょう。実際、かつてはそうだったのですし。

そこで韓国は「日本の主張に耳を貸すつもりはありますよ」というパフォーマンスとして、先のような記事を載せたのではないかと私は勘繰っています。もちろん、「チョッパリは相変わらずこんな妄言を吐き散らかしてけしからん」という意味で載せた可能性も大いにありますが。

いずれにせよ慰安婦問題や竹島問題に代表される日韓間に横たわる諸問題の多くは、日本がどれほど努力しようと譲歩しようと、未来永劫解決されることはないでしょう。

何故なら日韓問題とは、表題となっている問題が問題の核心ではないからです。いずれの問題も、核心は「日本を韓国に屈従させること」であって、表題となっている慰安婦や竹島そのものに対する韓国人の関心は全く無いと言っても過言ではないのです。

もしこれらの問題が解決されてしまえば、韓国は日本を責め立てる材料を失います。あらゆる面で日本に勝てない韓国ですが、唯一勝てる(と思っている)のが「道徳的側面」であって、慰安婦も竹島もその他の日韓問題もそのほとんどが「日本の非道徳性」の象徴であると同時に証明であり、韓国にとって決して失われてはならないものなのです。

これまで韓国は、多くの「日本の非道徳性」の材料を持っていました。「文禄・慶長の役」然り、「書契問題」然り、「「人類史上最悪の植民地支配」etc.stc.。

かつて日韓チャット盛況なりし頃、日本人に向かって難癖付ける韓国人のネタは概ね日帝統治時代や文禄・慶長の役等の歴史認識問題か教科書問題(これも広義の歴史認識問題かもしれませんが)で、慰安婦問題もありましたがそれほど大きなテーマではありませんでした。

そのうちこれに竹島問題が加わり、入れ替わるように歴史認識問題は水面下に沈んで行きました。歴史認識問題を正面から議論すると、日本人に対抗出来る韓国人がほとんどいなかったためでしょう。教科書問題もやがて沈静化しました。「内政干渉」の一言で退けられるし、そもそも韓国人のほとんどが問題となった教科書を見たこと(「読んだこと」ではありませんw)もなかったのです。

竹島問題は私が知る限り、当初はそれほどでもありませんでした。しかし徐々にヒートアップしていった感があります。これは日本人に向かって韓国人が無闇と「ドクトウリタン」を吠え散らかすので、やむなく日本人がそれに真面目に緻密に対応した結果でしょう。「キジも鳴かずば」とか「ヤブヘビ」という言葉を思い浮かべざるを得ません。

慰安婦問題も、昔は今より韓国人のテンションは低かったのです。しかし日本人に議論を吹っ掛ける内に、日本を責めるお題をひとつずつ潰されてしまい、最後に残ったのが慰安婦問題と竹島問題なのです。

韓国はいまや日本を責めるに有効と思える材料をほとんど持ちません。慰安婦問題と竹島問題が、日本を責める(攻める?w)残された牙城なのです。

竹島問題は、日本が戦争も辞さないという覚悟を決めない限り、解決される期待は持てません。慰安婦問題は、そろそろタイムアップでしょう。何故なら「慰安婦おばあさん」たちが死んでしまえば、解決のしようがなくなるからです。よって実は「慰安婦おばあさん」たちが死に絶えるのを待ち焦がれているのは、韓国人の方です。

「慰安婦おばあさん」は、生きていれば何を言い出すかわかりませんが(事実、「慰安婦おばあさん」たちの「失言」は結構多い)、死んでしまえば生きている者が想像したことを好きなように彼女たちの言葉として語る(騙る?)ことが出来ますし、「慰安婦おばあさんの遺志を継ぐ」と言えば、永遠に日本を攻撃する材料とすることが出来るからです。

従って慰安婦問題を解決しようと思ったら、慰安婦問題に匹敵するだけの「日本を攻撃する材料」を韓国が発見する必要があります。もし慰安婦問題に匹敵する日本攻撃材料を韓国が見つければ、彼らは慰安婦問題に対する関心を急速に失うでしょう。

そうなれば「慰安婦問題」そのものが解決される期待は大いに持てます。が、同時にそれと同じ程度か、下手をすれば慰安婦問題以上に紛糾する別の問題が叫ばれるようになるだけだろうと私は予想しています。

即ち、日本を「道徳的」に非難する材料を、韓国人は民族性として欲し、また必要としているのです。日本がそれに頭を下げていれば、要するに「日本が韓国に屈従」すれば、表面上は「日韓友好」が成立するかもしれません。しかしそれは少なくとも国際標準では「友好」とは言いません。「友好」と言わないものを「友好」と言い張れば、その歪みは必ずどこかで噴出します。現在の日本における嫌韓気運の高まりも、これまでに蓄積された「歪んだ日韓友好」によって醸成されたものと言っても過言ではないと私は考えています。

誠に、「日韓関係改善」というお題目は不毛の一言に尽きると痛感せざるを得ません。



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韓国はもともとテロ支援国家

靖国神社で爆発物を仕掛けるテロが行なわれたという報道がありました。容疑者は韓国人のようです。

これに関して朝鮮日報では「靖国爆発音、韓国は感情を排除し法に基づき処理を」というタイトルの社説を掲載し「いくら日本の軍国主義の象徴だとしても、公共施設の爆破を試みたのは許されないことだ」などと言っておりますが、その前段「韓国と日本は「犯罪人引渡し条約」を結んでいるが、日本が引き渡しを要求してきたとしても、必ず受け入れなければならないというものではない。韓国の司法当局が感情に揺れることなく韓国の刑法に基づき厳正に処罰すれば、日本は異議を申し立てることができない」という部分に本心が見え隠れしております。

韓国人は靖国神社を「戦犯を祀る場所」と呼んでおります。実際、今回の事件に関連した韓国言論においても、「靖国神社」の前に「日本の戦犯らが合祀されている」とか、「A級戦犯が合祀されている」という枕詞を付けた記事が少なくありません。

「戦犯」とは「戦争犯罪」の略ですが、彼らが嬉しそうに「戦犯国日本」とか言うのを聞くと、韓国人がこの言葉の意味を正しく理解しているかどうかは甚だ疑問です。

日本でも「(スポーツの試合などで負けた際に)この試合の戦犯はあいつだ」みたいな使い方をする場合があり、これも本来の意味に則った用い方とは言えませんが、日本や日本人に向かって韓国人が「戦犯」と言う時は、「未来永劫子々孫々に至るまで非難し糾弾し唾棄されるべき卑怯で惨めな敗北者」というような印象があります。

おそらく日本や日本人を「戦犯」と蔑む時、彼らはまるで自分たちが連合国の高官になったような気分になれるのでしょうけれど、現実には日本が戦争犯罪を問われた時代は朝鮮も日本であり、朝鮮人も多数戦争犯罪に問われたり、実際に刑に処された者も少なくなかったのです。

しかしそういう話をすると今度は「戦争に協力するよう日帝に無理やり力づくで強制された結果、不幸にも戦犯にされてしまった韓国人」という理解にすり替わるのですから、彼らの二重規範は筋金入りです。

それはさておき、韓国は昔からテロ支援国家ということを、今回強く申し上げておきたいと思います。

今回の容疑者について日本の当局は「特定の過激派団体などに所属しない、個人のテロ」と言っているようですが、そもそも韓国という国家自体が、日本に対するテロを煽動あるいは推奨している過激派団体と言い得ます。

併せて過去に日本人拉致というテロを仕掛けた北朝鮮を支援するテロ支援国家であるということも、弊ブログではずいぶん昔から指摘しておりました

日本はその韓国人に対し、短期滞在査証を免除しております。以前から、竹島の日などに日本で抗議活動をするための韓国人を、おそらくは短期滞在資格、すなわち査証免除ですんなり入国させている日本の入国管理体制に強い疑問と不満を持っておりましたが、今回のテロ実行犯も間違いなく短期滞在資格での入国でしょう。

入管何やってんだと言うのは簡単ですが、今も昔も韓国人はあの手この手で日本に入り込みたがります。そう言えば日韓チャットでも、日本人が部屋を作っていると韓国人が雪崩を打って押し寄せたものでした。そうなると、どれがまともな韓国人でどれが量産型かなんてそんなに簡単に判別出来ません。全部片っ端から蹴り飛ばすか、危険を承知で部屋に入れて様子を見るかのどちらかになります。

バーチャルの、しかも多くても数十名程度のチャットルーム入室審査だけでもそれなりに大変なのですから、リアルで毎日何百人も審査しなければならない入管の大変さは、察して余りあります。だから韓国人なんかに査証免除を与えるなと言ってたのにと言っても後の祭りです。

日本が韓国に短期滞在査証の免除をした理由は、まず韓国が長年一方的に日本人の入国査証免除をしていたということがあります。これは日本人の訪韓が韓国にとって利益になるから行なわれていた措置なのですが、その内これに「韓国だけが一方的に査証免除にするのは不公平だ」という主張が加わり、そこへ日本の国策とされる観光立国政策に伴う訪日外国人誘致政策もあって、2006年から実行されるようになりました。

外務省サイトには当時の報道発表の記録があります

これによると「(韓国人の短期滞在査証免除は)昨年実施した愛知万博期間に合わせた期間限定査証免除措置の実施結果等を踏まえて総合的に検討を行い、わが国における韓国人による犯罪等が増加していることを示すデータがないことを確認した上で行ったものである」とありますが、2005年3月から2006年の2月まで(本来2005年9月末までだったのを、2006年2月末まで暫定的に延長していた)の、わずか1年間のデータだけで「韓国人の無期限短期滞在査証免除」を決めたのです。

当時の私は当然これに大反対しておりましたが、無名で無力な一市民が歯軋りしたって、その音がお上の耳に届くわけもなく、現在に至るわけです。

当時の懸念は徐々に現実化しつつあります。このまま惰性で韓国人に対して査証免除を認め続ければ、更に酷いテロが起きるおそれは十分にあるわけです。それが杞憂でないのは、世界各国で頻発しているテロ事件を見ればおわかりいただけるでしょう。

今回のテロで、世界各国で頻発するテロが対岸の火事どころか、明日我が身に降りかかっても全く不思議ではないことだということが明らかになりました。

今回はたまたま人的被害はありませんでした。しかしテロに使用されたのは人的被害を及ぼすに十分な威力があるであろう爆発物です。更に言えば、韓国人男性は兵役経験者が多く、武器の扱いや対人殺傷技術も、最低限手ほどき程度は知っている者が多いわけです。

更に韓国では、歴史教育において「日本に対するテロ」を賞賛する教育を子弟に施しております。日本は絶対悪であり、日本に対するテロは「義挙」と教わって育つ韓国人が、今回のような事件を起こしたのは自然というものでしょう。今までだって、靖国神社に放火(未遂)や放尿(既遂)をする韓国人はいたのです。

断交断交言う前に、まずは可及的速やかな韓国人に対する査証免除の廃止と、韓国人の入国審査の厳正化を徹底することが、日本の喫緊の課題であると声を大にして申し上げ、またこの問題を日本国民に周知し、一刻も早く韓国人に対する査証免除の危険性についてのコンセンサスを形成していただきたいと切に願う次第です。



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韓国の歴史が誇らしいのは当然

朝鮮日報の名物男、鮮于鉦がまた「韓国人らしい」コラムを書いていました。この鮮于鉦という男、韓国ウォッチャーなら知らない人はいないでしょう。

彼の父は鮮于煇といって、やはり朝鮮日報の主筆を務めた人物ですが、その息子も40代にして韓国では一二を争う大新聞社の論説委員になっているのですから、この先もまだ栄達の見込みは十分にあります。

朝鮮日報における彼の順調な出世が父親の七光なのか当人の実力なのかはわかりませんが、いずれにしても45定(朝鮮語でサオジョンと読みます。韓国では45歳までに理事(会社役員)になれなければ、会社を辞めざるを得なくなる、すなわち「事実上45歳で定年になること」を意味します)の韓国における両班であることは間違いないでしょう。

過去記事がすぐ見られなくなる朝鮮日報なので(一応魚拓はありますP.1P.2P.3)、かなりの長文ですが全文を引用します。

【コラム】誇らしい歴史、恥ずかしい史料
帝国主義時代の日本と左派が発掘した恥ずかしい史料が山ほどある
これらを取り除かなければ誇らしい歴史は空念仏に終わるだろう


 先日、東京都内の書店で「朝鮮王公族-帝国日本の準皇族」という本を見つけた。本の帯には「帝国日本への歪んだ忠誠」という文字と共に写真があった。日本の軍服を着て、日本の皇族の列の端に立つ朝鮮王族3人の姿だ。高宗(朝鮮第26代国王、大韓帝国初代皇帝)の息子・英親王(李垠〈イ・ウン〉)と高宗の孫の李ゴン(イ・ゴン)、李ウ(イ・ウ)が靖国神社で祭祀(さいし)を行う姿だという。この本は、日本による植民地支配時代以降における朝鮮王族26人の人生の流転を取り上げたものだ。ただの嫌韓本だろうと思いながら数ページ読んだところ、多くのの史料に基づき綿密に書かれた本だということが分かった。不愉快ではあったが、そのまま置いていくことはできなかった。

 その前日に東京都千代田区の赤坂プリンスホテル再建現場を見学したのも、この本が手放せない理由だった。2005年にこのホテルのシングルルームで英親王の一人息子、李玖(イ・グ)が死亡しているのが発見された。国が独立状態を保っていれば、皇帝になっていた人物だった。東京特派員をしていた当時、その寂しい最期を取材したが、李玖が亡くなっていた赤坂プリンスホテルは、かつて日王(天皇の韓国での呼称)が与え、父・英親王の東京都内の邸宅「旧李王家邸」があった所でもあるという。朝鮮王の孫だった李玖は生まれた場所で死んだのだ。その数年後、ホテルが取り壊され、建て替えられる際に旧李王家邸も消えるかと思われた。ところが、今回行ってみたところ、その近くに文化財として保存されていた。大金を投じて5000トンもある建物を丸ごと移設したそうだ。

 この本は、「旧李王家邸」のように私たち韓国人が忘れたいと思っていることを思い起こさせた。亡国以降、純宗(朝鮮第27代国王、大韓帝国第2代皇帝)の専属料理人として日本の帝国ホテル初代料理長が赴任したこと。純宗はその専属料理人が作ったフランス料理と日本が送ってくれた優良な乳牛の新鮮な牛乳が好きだったこと。英親王は趣味の蘭栽培が専門家レベルに達していたこと。戦争のさなかでも日本の景勝地で登山やスキーを楽しんでいたこと。伊藤博文が使っていた別荘を譲り受けた代価として、伊藤博文の遺族に当時大金だった12万円を支払ったこと…。この本を読みながら日本の緻密(ちみつ)さに驚いた。植民地時代の朝鮮王族の全体像を書いた「王公族録」、高宗の記録を別に書いた「李太王実録」はもちろん、高宗の実兄の行動を記録した「李熹(イ・ヒ)公実録」、甥(おい)の行動を記録した「李埈(イ・ジュン)公実録」まで編さんしたという。王族が平和に暮らしているから、民も反抗せずにおとなしくしていろという意図だったのだろうか。史料の中には日本が歪曲(わいきょく)・ねつ造した記述もあるだろう。しかし、韓国人が歪曲やねつ造を立証できなければ、その記録は最終的に歴史として残る。

 この本を読んでいて一番胸が痛んだのはそうした点だった。朝鮮が亡びた後だったが、日本は高宗実録や純宗実録を8年かけて製作した。朝鮮の現在はもちろん、過去についても日本帝国史の一環にしようという意図だったのだ。編さんを指揮した人物も日本の学者だった。植民地支配からの解放(日本の終戦)後、韓国人たちは2つの実録を朝鮮王朝実録の一部として認めなかった。日本が書いた歴史を認めたくなかったからだ。そこで著者は主張する。「それならば韓国はなぜ、自ら実録を作らないのか」と。日本がしたこと延々と否定しながら、解放後に新たな史料を発掘して正統性のある実録を作らなかった韓国は理解しがたいということだ。もちろん、1960年代に国史編さん委員会が不十分ながら「高宗時代史」を編さんしたので反論がないわけではない。君主国家でもないのに、過去の王朝の実録編さんが法的に可能なのかという疑問もある。しかし、韓国人でなければ誰も朝鮮王朝実録の空白を埋めてはくれない。

 朴槿恵(パク・クンヘ)大統領は「誇らしい歴史を正しく教えるべきだ」と言う。当然、韓国の歴史は誇らしい。だが、誇らしい歴史を書くには、まず誇らしい史料を発掘しなければならない。現代史も同じだ。故・金泳三(キム・ヨンサム)大統領在任時に始まった「歴史の立て直し」は、金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権を経て韓国現代史全体に影響を及ぼした。しかし、だからといって今の政府のように歴史を解釈の見直しをすべきだと食ってかかっているわけではない。まず、史料発掘に人材や資金を投じた。盧武鉉政権時に活動が始まった「真実・和解委員会」の場合、投入された人材は230人、予算は759億ウォン(現在のレートで約81億円)に達した。同委員会がまとめた資料を見ると、解放後の韓国は暗黒の国だった。もちろん恥ずかしい歴史も韓国史の一部だ。史料発掘を通じて悔しさを晴らした国民も多い。しかし、歪曲された部分もあった。朴大統領があれほど憤慨する教科書の左派寄りの主張は、多くの部分でそうした史料に基づいている。帝国主義時代の日本の史料を克服できずに誇りを持って韓国近代史を書くことができないのと同様、左派寄りの史料を克服できずに誇りを持って現代史を書くことはできない。苦労して書いたとしても、権力の流れと共に消えるだろう。

 朴大統領は、学者たちが「誇らしい史料」を発掘できるよう、これまでのどのような支援をし、どのような成果を得てきただろうか。帝国主義時代の日本や過去の政権が総力を挙げ山のように積み上げてきた恥ずかしい史料を、どのように取り除いてきたのか。歴史は解釈の見直しだけで新たに書けるものではない。

鮮于鉦(ソンウ・ジョン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

文中のツッコミどころ細かい点をいちいち論っていたらキリがないので、一点だけ注文を付けるとすれば、やはり「朴槿恵(パク・クンヘ)大統領は「誇らしい歴史を正しく教えるべきだ」と言う。当然、韓国の歴史は誇らしい。だが、誇らしい歴史を書くには、まず誇らしい史料を発掘しなければならない」という箇所でしょう。

正直、この部分があまりにも韓国人らしさ溢れる主張だったので、「これはもしかしたら、韓国ウォッチをしている嫌韓日本人読者を釣るためにわざと馬鹿っぽい韓国人が言いそうな風に誇張した訳文にしているのではあるまいか」と思ったほどです。ですが原文を当たってみると、他の部分で多少の意訳やニュアンスの相違はありましたが、私が気になった部分の翻訳は原文に極めて忠実なものでした。

韓国の歴史を振り返れば、お世辞にも「誇らしい」とは言い難いことのオンパレードです。韓国建国以後に限定してお世辞でどうにかこうにか「誇らしい」と言えそうなのは「漢江の奇跡」ぐらいでしょうか。韓国人的に「誇らしい」と思える韓国の歴史を挙げてみろと言えば、おそらくほとんどの韓国人が暫時答えに窮するでしょう。

しかしそれでも韓国人にとって韓国の歴史が誇らしいのは最初から決まっており、最後まで当然なのです。その理由も根拠も必要ならば後から探せば良いという韓国人に普遍的な意識を、鮮于鉦はこのコラムで明確に示して見せたのです。

かつて韓国人が「教科書問題」と言えば、それは必ず「日本の歪曲歴史教科書」の問題でした。「侵略」を「進出」と書いたという誤報に端を発し、私が日韓チャットで体験したものでは「新しい歴史教科書をつくる会」の作った歴史教科書を採択したことに対する韓国人の猛反発などがありました。

しかしこのところ韓国で「教科書問題」と言えば、韓国内の教科書に関する問題になっております。金大中、盧武鉉と二代十年続いた北朝鮮工作員政権によって韓国では国定教科書の利用を廃し、検定教科書を利用するようになっていたのですが、その結果北朝鮮に配慮し過ぎた、ぶっちゃけて言うと北朝鮮の主張に迎合した内容の教科書が用いられるようになりました。

北朝鮮と韓国は一応今でも戦争中ということになっております。北朝鮮から見た韓国はアメリカの傀儡であり、哀れな韓国民をその傀儡国家から解放しなければならないというのが、北朝鮮側の思想なわけです。韓国人の多くがその思想に染まれば、当然韓国という国家は内部から崩壊するおそれが極限大になります。実際、盧武鉉政権以後の韓国では、北朝鮮の思想に染まったと思われる人々が煽動する暴力的デモが頻発しているのです。

これを憂慮した朴槿恵大統領が教科書の再国定化を決めたのですが、これに反対する韓国人も多く、そのため現在の韓国で「教科書問題」と言えばこの再国定化の是非を論じることになっております。

今回の鮮于鉦コラムもそれを踏まえたものではありますが、自他共に韓国トップクラスと認める有識者の歴史に対する見解がこれでは、この先韓国の歴史教科書がどのように変わろうと変わるまいと、「正しい歴史」を韓国人が知ることは永遠にないのだろうとしみじみ思わされた次第です。



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