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奴隷になって戦争回避

昔の記事にコメントが付くことは、それほど珍しいことではありません。今回、一年近く前の記事にコメントを頂戴いたしました。

コメントの大半はリテラというサイトからのコピペのようですが、最後の2行だけはコメントを投じた方ご自身のご意見でしょう。私はこの2行を読んだ時、思わず「正気か!」と叫んでしまいました。

【失礼ですが、戦争に反対しているからと、左翼左翼と決めつけないでいただきたい。
私は、奴隷になろうが自分の息子を戦争にやりたくはないです。 】

私は、戦争に無条件で賛成するものではありません。しかしながら如何なる事態に陥ろうと決して日本だけは戦争をしてはいけないという、謂わば「日本限定反戦原理主義」とでも言うべき思想も、持っておりません。

もし日本に戦争を吹っかけてくる国があり、如何なる平和的外交努力を尽くしても相手国からの武力行使が回避出来ない場合、日本もそれに武力を以て応じる必要は、絶対にあると確信しておりますし、それに備える必要も、当然にあると考えております。

無防備でいれば他国から絶対に襲われない」という主張もありますが、ホントにそう思う人は試しに無防備で深夜の繁華街の裏通りでも歩いてみると良いと思います。あ、まもなくオリンピックが始まるリオの方が良いかもしれませんねw

かつては「日本に戦争を吹っかけてくる国などない」というのが、左翼の基本的な主張でした。しかし現在、その主張は明らかに否定されております。もし今もまだそういうことを言う左翼がいれば、それは現在の国際情勢を全く知らず知ろうともしていない大馬鹿者か、日本に武力行使を企んでいる国の同調者と思って間違いありません。

そういう国があるという現実に照らせば、日本が戦争に応じることが出来る国である必要は、どうしても認めざるを得ません。それでも何が何でも、日本が戦争をすることは反対と言う人がいます。前掲のコメントをくださった方がそうです。

この方はその決意を、「私は、奴隷になろうが自分の息子を戦争にやりたくはないです」というコメントで表明してくださいました。

ところでこの一文は、2つの意味に取ることが出来そうです。まず「私自身が奴隷になることになっても」自分の息子を戦争にやりたくはない、という意味と、「私の息子が奴隷になることになっても」息子を戦争にやりたくはない、という意味です。

前者の意味でも後者の意味でも、この方の息子さんの境遇はあんまり芳しいものにはなりませんが、後者の意味だとすれば息子さん自身のご意見はどうなのかという興味は少しあります。

前者の意味であれば、息子さんは生まれながらに、あるいは親の付属物として、当人の意思とは無関係に自動的に奴隷の境遇に立たされることになるわけですが、もし後者の意味であれば、親の願い通り息子さんも戦争に行かされるぐらいなら奴隷になった方が良いと思うでしょうか。もしかすると無条件で奴隷になるぐらいなら、戦うことで自由を得る可能性に賭けたいと思うかもしれません。

もし後者の意味であれば、この方ご自身は奴隷になる気があるのかという疑問も生じます。もしご自身も奴隷になっても良いから戦争だけはしたくないとお考えであれば、誠に「良心的日本人」と呼ぶに相応しい方と言えましょう。

日本人に対して韓国人が期待するのは、まさにこの「奴隷になっても良いから韓国とは絶対に戦わない」という意思です。確かに、日本人全員が韓国人の奴隷になる決意を持てば、少なくとも韓国との戦争は必ず回避出来ます。

弊ブログとしては「日本人全員が韓国人の奴隷になる」などという考えには絶対に与しませんが、個人としてそういう考えをお持ちの日本人が自発的にそうしたいと考え、実行に移すことまで妨げるつもりもありません。

まずは「隗より始めよ」と申します。私は私の考えに基いて「他国人の、殊に韓国人の奴隷になるぐらいなら、戦ってでも自立を守るべき」と主張することを止めるつもりは全くありませんが、「自立を守るために戦わねばならないぐらいなら、他国人の奴隷になる方が良い」と考える方は、実際にご自身でやってみて、以て戦争の回避に少しでも貢献してみては如何でしょうか。

まさか「戦争回避のために自分以外の日本人が奴隷になるのは、たとえそれが自分の息子であっても構わないが、自分自身が奴隷になるのだけは御免蒙る」とは仰らないでしょう。


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