韓国における蒙塵の精神
この報を私は、当日の午後2時頃に知りました。その時点では、「死者は2名、乗客368人が救出され、行方不明者は100名ほど」という報道でした。
この時私は「4月で幸いだったな」と思いました。海水浴にはまだずいぶん早いけれど、これが先月なら気温も水温も今よりずっと低く、海に落ちれば長くは持たなかったでしょう。今の時期なら、たとえ海に落ちても1時間ぐらいは耐えられるだろうと思ったからです(ちなみに、韓国人にカナヅチが多い事は、この時失念しておりました)。
また船の沈没速度はかなり緩やかだったようで、報道の中には、「現在沈没中」という見出しのものまでありましたから、救助に必要な時間的余裕は十分と思っていました。実際、「乗客のほとんどは救助された」という報道もありました。
ところがその後報道は二転三転します。現在も情報は錯綜しており、事故の原因も、座礁ではないかと言われていますが、定かではありません。
はっきりとわかっていることは、沈没する船からの避難が滞り、数百名の乗客が沈んだ船に取り残されたらしいということだけです。しかも沈没した船の船長は、乗客の避難を確認することなく、いち早く船から脱出したといいますから、誠に韓国人らしい所行です。
「蒙塵」という言葉をご存知でしょうか。読みは「もうじん」、字義としては「塵(ちり)を蒙(こうむ)る」です。
辞書を引くと、【《「春秋左伝」僖公二十四年から。天子が行幸するときは道を清めてから行くが、変事の際はその余裕がなく、頭から塵(ちり)をかぶる意》天子が、変事のために難を避けて、都から逃げ出すこと。みやこおち。】とあります。
過去に朝鮮の王は、この蒙塵を頻繁に行ないました。都の周辺で戦乱や騒動が起きると、朝鮮王は民衆の安全を確保することも安否を確認することもせずに、真っ先に安全な場所へと逃げ出したのです。
現在の韓国でも、「最も偉い人」は「非常時に最初に逃げ出す人」でもあります。今回の沈没船の船長が真っ先に船から脱出したのも、この蒙塵の精神でしょう。
この行為に韓国でも非難の声が上がっているそうですが、現実問題としてこれに類する話は韓国ではしばしば聞きます。非難の声を上げている韓国人にしても、自分が船長の立場であれば、躊躇なく蒙塵したでしょう。
平時や安全地帯でならば、彼らもご立派なことを言います。それだけを聞いていれば、彼らはまるで日本と価値観を共有するかのように聞こえます。
ですが非常時や危急の事態になれば、彼らは極めて自らの本能に忠実です。彼らは「人間らしさ」に価値観を見出しており、「自らの本能に忠実であること」こそが「人間らしさ」だと思っていますし、彼らにとって最も大切なのは「ウリ=自分自身」だからです(なお「ウリ」という朝鮮語は、普通「私たち」と翻訳されますが、実際には「自分自身」であるということについては、以前に述べております)。
今回の事故では、船長を始めとする船員のほとんどは、乗客に「その場を動くな」というアナウンスをしておきながら、自分たちはとっとと船から逃げ出したと言われております。400名もの乗客が我先に避難しようとすれば、大混乱は必至だからでしょう。日本人の常識では、その大混乱を落ち着かせた上で、乗客を迅速に避難誘導するのが船長を始めとする船員の務めなのですが、韓国ではそうではないのです。
もちろん、表向きは日本と同じでしょう。韓国の船の規則にもおそらく、船員は非常時に乗客の避難誘導をするよう、明文化されているのではないかと想像します。ですが事故が現実になれば、そんな文章など彼らには何の拘束力も持ちません。
それは船に限ったことではありません。かつて韓国の地下鉄で火災が起きた時も、確か運転士は乗客を避難させる前に脱出し、結果車内に閉じ込められた乗客に多数の死傷者が出ました。
また運輸機関だけの話でもないでしょう。おそらく、地下街や建物内で火事やガス漏れなどが起きた場合でも、同じようなことが起きるでしょう。
これを非難するのは容易ですが、そのことにあまり意味はあるとは思えません。韓国とはそういう国であり、韓国人とはそういう生き物だからです。非難や苦言でそれが改まることは、絶対にありません。
彼らは非常時には、自らが負った責務よりも自分自身の安全を最優先します。それが韓国では当たり前なのです。今回の件についても、口を極めて船長や船員、船会社を非難する韓国人がほとんどでしょうけれど、それは彼らが安全地帯にいるからなのです。
韓国に行くということは、そういうところへ行くということを、私たち日本人は知るべきでしょう。韓国は、何も問題が起きなければ、比較的安全に過ごせる国かもしれませんが、一旦何か問題が起きれば、誰も助けてはくれません。自力で避難しようにも、韓国における案内表示のほとんどはハングルですし、非常時のアナウンスもおそらくは朝鮮語だけです。しかも韓国は休戦中の準戦時国家であり、北朝鮮との局地的な交戦もしばしばある国なのです。
韓国では、非常事態になれば誰もが我先に自分の安全を確保しようとし、そのためなら躊躇なく他人を踏みつけるでしょう。その「他人」が外国人であれば、躊躇の無さは倍増します。ましてやそれが日本人ならば、踏みつけることに何らの罪悪感も持たないどころか、むしろあえて率先して踏みつけに来るでしょう。
今回の事故は、彼らの「蒙塵」の精神を如実に示して見せました。私たち日本人がすべきは、今回の事故に対する非難などよりは、「韓国とはそういう国である」という認識を深め、共有することでしょう。
コメント
貴きがゆえの義務(ノブレス・オブリージュ)は無しか。それでは馬鹿にされて当然だよ。それにギャーギャーみっともなく泣き叫ぶし、従容として死に赴くなんていうのは絶対にわからないだろうな。
貴殿の意見に同意しますね。それにしても、天候が悪くても、クレーン船で維持して、船底に穴を開けて救助できないものなのかと思いますね。
船内に生存者がいるのに、寒い海水の中でまるで見殺し状態です。今
回、日本が手を差し伸べたのに断りました。自国の力で救助するのでしょう。
生存者が助かる事を願います。
蒙塵
月見櫓様
いい勉強になりました。いつも尖い点を見つめておられます。
他のある掲示板の中で在日の方とのやり取りで感じたことは、彼らが常に弱者として踏みつけられることへの予防として必要以上にいつも強がっていること。
その反動として彼らの心の内は虚ろで不安に満ちている感じがしました。
ある種の弱さなのですが、それを出したとたん搾取されるのがあの社会の最大の特徴なのでしょう。
平気で嘘を言う、財政がこけると直ぐ他国にすがろうとする、特権を過剰に主張する、簡単に裏切る…すべてがその弱さに繋がっています。
こういう国ですから、本当の強さを知らず、大国相手に戦争ができず、従っておそらくは北朝鮮の侵攻にいとも簡単に崩壊するのかもしれません。
これも忘れないでね
権力者、あるいは権限を持つ者が真っ先に逃げる様を蒙塵で説明され、彼らの精神がどれほど日本人とはかけ離れているのかという優れて分かり易い記事である。
もちろんこの無責任かつ無慈悲な精神は、船長・運転手など個人に限らず、国家という大組織においても遺憾なく発揮されているという実例をひとつだけ示し、彼らにとって他人の生命がどれほどの価値なのかを考察していただきたい。
漢江人道橋爆破事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E6%B1%9F%E4%BA%BA%E9%81%93%E6%A9%8B%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6
知ったこっちゃない
「蒙塵」やら「人間らしさ」やら
ゴキブリには無関係でしょ。
沈没船に乗っていたのは、反日の拠点高校の生徒たちだそうですね。
修学旅行の目的地は済州島の抗日記念館だったとか。
ゴキブリが何匹溺れ死のうが知ったこっちゃない。
「教えず、助けず、関わらず」
これに尽きる。
蒙塵
あー! その故事! 子供の頃、読み漁った漢語辞典にありました!
(昭和30年代の辞典が家にあり。端から端まで、辞書を読んだ(笑))
……でも、すっかり忘れてました(焦汗) ありがとうございます!
……「自分はどうなっても良いから、国民を!」と、
米軍に願い出られた、昭和の天皇陛下とは、天と地ですねぇ……。
ヨーロッパの王族も、庶民は踏み付けですよね。フランス革命とか。
もう一つ、私が感じている事。 彼等は、「非難」する事で、
自分が「正義を為している」と錯覚しているんだと。
「罪を裁く」事で「絶対」の存在、「神」になった気分になれるのでしょう。
「対等に議論する」とは、また違いますよね。
土台からして、集団リンチが好きな方々ですよね。
許容もなく慈悲もなく
朝鮮人はしばしば愛国心を自慢し民族の団結を口にします。
実際日本や海外でのロビー活動を見ると日本人にとっては彼らが本当に
"民族を上げて団結"し、行動しているように錯覚しますが、それは
【強い者には巻かれろ】式に一時的にウリと利益集団を一体化させて
自分の利益を最大限に確保しようとしているのです。
すなわち『ならず者が山賊団に忠誠を誓っている』のと同じであり
彼らは自分の損になると察知すれば平然とウリと集団を切り離す
ことができるのです。
これは日本でもヨーロッパでも、世界のどこでも存在した封建的体制の
原理、上位者による地位の保証と下位者による忠誠の履行という対称性
さえ朝鮮では成立せず、当然ながら命がけで組織や規範を守るという
行為が評価されない以上、船長だからといってなぜ沈む船に残って
乗客などという下位者を守る義理があるのか。となります。
彼ら朝鮮人が沈没事故の後に口汚く関係者を罵っているのを見て
「非難や苦言でそれが改まることは、絶対にありません。」と書いた
管理人さんの目は確かでしょう。怒鳴っても事故は無くなりませんし。
『責任』とはそれが評価される社会でしか履行されないものなのです。
日本では船舶法で、乗組員は乗客の非難誘導が義務付けられてるそうですが、これが韓国にあったとしても守られることはないのでしょうね。
「蒙塵」という言葉は初めて知りました。また、、「最も偉い人」は「非常時に最初に逃げ出す人」という価値観からもあらためて日本人とは共存しえない民族であると思いました。
ニュースで男がクネクネにむかって大声で叫んでいるのが流されましたが「船会社を責めるならまだしも政府に責任があるわけじゃないのに。」などと妻に言うと「韓国だし。」とただ一言。まことにもってそのとおり。また「船内からメールがきたそうよ。」と妻が言うので「沈没前ならありうるけど、水中に沈んじまったら電波届かんと思うからガセだと思うよ。」と答えてたんですがいたずらメールらしく韓国警察が捜査始めたって新聞記事が載ってました。しかし、コレ関連記事でいかにもお涙頂戴式の記事が増えてきたのがウザったく感じられます。
蒙塵、初めて知りました。確かに韓国併合の際も李氏朝鮮の王様?は建物から出ても来なかったし、こういうものなのでしょうね。
中国もこういう精神性なのだろうなー。神様はよくこのような民族を我々の隣に置いたものだと、半ば呆れ、半ば「日本人の平和を乱すなど承知せんぞ!」と気を引き締めております。
昭和天皇は「私の身はどうなっても良いから私の国民を助けてください」とおっしゃったのと何たる違い!(比較するのも不敬ですが、はい)。天皇陛下が国民を赤子、大御宝と呼ぶのと一億光年の差がありますね。
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三つ子の魂
今回の事故、(まあ人災でしょうが)あまりにもグダグダ過ぎて、哀れとすら感じてしまいます…
朝鮮戦争戦時下で、国民無視して橋を落とした国だけはありますが…ちょっとくらいは進歩しようよと思いました
北朝鮮による韓国人拉致被害者への冷淡ぶりとか、「ウリ」って狭いなあ…とは思ってましたが…愛国心とか同胞愛とか日頃胸張って喚いてるくせにと犠牲者を悼みつつ思ってしまいます
一向に救助活動は進まないようですが、それでもなお「日本の手は借りない」と突っ張る大統領は新たな塵が頭に降りかかるのが嫌、そう言うことですね。
安全性無視の改造を施しておきながら「沈没した船は日本製」だと叫ぶし、本当に中古船一隻売る、と言う純粋な商行為ですらしてはいけない、関わってはいけないんですね。
人道的見地に立てば助けられる命は助けたいと思いますが、手を貸せば貸したで新たな難癖を付けて来るんでしょう、「修学旅行という慣習は日帝残滓」と言い出しているくらいですから。
断韓
マスコミ(日本)の報道が必要以上に多い気がするのは私だけでしょうか。
中国新幹線の事故などに比べても突出して多いような気がします。
チリ炭鉱救出に匹敵するくらいの報道量の偏りを感じます。
ここの管理人さんって旅行業界の人でなんでしょ?
そういうプロの目から見て今回の旅行での事故の現場、行政の対応はどう見えんの?
そこら辺の批評も見てみたいよ
個人主義
結局は中韓によく見られる「自己チュー」の表れでしょうね。
まあ日本人の常識で考えたら違和感は当然起きうる事でしょう。
そういう韓国が「遅れている」事だけは確かです┐(´д`)┌ヤレヤレ
この事故の一連の対応を見るに、中国の列車事故の時のように無かったことにしたくて、あえて救助のふりだけして全員見殺しにする気なのではと穿った見方をしてしまいます。
これからもし学生が運良く救助されたとしてもその子は幸せになれなさそう。
好悪両面から都合よく利用しようとする輩どもに集られる未来が目に見えるようです。
死者300人近い大参事にもかかわらず、船やら修学旅行の由来に至るまで、きっちりと反日に結び付ける韓国人のメンタリティーに申し訳ないけど同情のかけらもわかない。クネクネは不運な大統領だと思いますが、韓国の悲劇はどれもこれも身から出た錆びですね。日本人の犠牲者がいないにもかかわらず、異常なまでの日本のマスゴミにも呆れる。
人間社会として未成熟なんだろうね。原始的というより動物的。猿や狼も集団(社会)があるようだから。近いのかもしれない。
文明国では剥き出しの野生を制御してきた歴史があり、道徳、規範、規律、制度や法律を育んできた。半島は「まだ」本当にそういった文化文明を必要としていないようだ。言葉ぐらいはあるようだがもの凄く「生もの」の人間集団といった感じ。今回のような緊急事態になるとはっきりと露呈する。近づきたくないよね。