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獲れ獲れピチピチログ公開

さてひさびさのログ公開です。最近は在庫が枯渇しているために、なかなかコンスタントにお出しすることが出来ませんが、その分新鮮なログをご提供出来ますd(^-^)
rose(K) さんが入場しました。

rose (K) : こんにちは~

fetia (J) : いらしゃい (注:誤打ではありません。こう打たないと誤訳されるためです)

rose (K) : ここは静かですね~

fetia (J) : 特に話題がないので。

rose (K) : あ~

rose (K) : お昼食べましたか?


fetia (J) : はい

rose (K) : 私はただいま食べました 朝寝坊するせいで^^

rose (K) : 部屋題目がなぜダルグギョンノーです?


fetia (J) : そう決めたからです。

rose (K) : 何て意味です? ^ ^

fetia (J) : 漢字の意味のとおりです。

rose (K) : 申し訳ありません、漢字の意味が分からないです

fetia (J) : 辞書で調べてください。

rose (K) : お月見会って

rose (K) : 少々お待ちください^^

rose (K) : 出ないですねㅜ_ㅜ

rose (K) : 退屈です


fetia (J) : そうですか。

rose (K) : はい..

rose (K) : 韓国語できますか?


fetia (J) : ハングルは読めますが意味はわかりません。

rose (K) : お上手ですねその位なら^^

rose (K) : 私は日本語独学しているのにおもしろいです~

rose (K) : 難しかったり、似たり寄ったりで判断がつかないです


fetia (J) : 何のために日本語を学びますか?

rose (K) : 理由はないです

rose (K) : 学ぶと言うのがおもしろくて、日本へ旅行に行きたいからです


fetia (J) : 日本語を学ぶと親日派と呼ばれませんか?

rose (K) : いいえ^^

rose (K) : 親日派という話、一度も聞いて見なかったです^^

rose (K) : とてもわずかな人だけ日本に対して良くない考えを持っていたりするが、このごろには日本好きです、多く


fetia (J) : 日本が好き?何故?

rose (K) : 分からないです~

rose (K) : 日本映画のためです

rose (K) : 私が映画が好きなのに日本映画本当に良いです


fetia (J) : では、何故、日本に対して良くない考えを持っている人がいると思いますか?

rose (K) : 友達と話してみると日本嫌やがるという友達もいるが、歴史だからではないようです

fetia (J) : 日本を良いと思わない人は、何故日本を良いと思わないか、知りますか?

rose (K) : 日本が好きだと思うのない人々は大部分年を取った大人の方々であってください

fetia (J) : そうですか?

rose (K) : 偏見のようです

rose (K) : そうだが日本に対して良いと思う方々も多いです


fetia (J) : 私は韓国に行って、80歳くらいのお年寄りとお話をしましたが、大変日本のことを良く思っていらっしゃいましたよ。

rose (K) : あ~

gogo(K) さんが入場しました。

rose (K) : こんにちは^^

fetia (J) : ソウルの老人会館で、たくさんの老人と話をしましたが、日本を良いと思う人が多かったですよ。

fetia (J) : いらしゃい


gogo (K) : ^^

rose (K) : そうです~

rose (K) : gogo様も一緒に話します^^


fetia (J) : ただし、後から話に入ってきた60歳くらいの比較的若いおじいさんは、私が日本人とわかると、敵意を剥き出しにして、怒り出しましたけどね。

fetia (J) : 日帝時代を知ってる老人は、日本が好きで、知らない老人は、日本が嫌いでした。

fetia (J) : 変ですね。


rose (K) : そうだよちょっと変ですね

rose (K) : あの時困りました


fetia (J) : 日帝時代を知っている老人はみんな日本語が上手で、日本時代をよく覚えていて、懐かしそうに話をしてくれました。

fetia (J) : 日帝時代を知らない老人は、話もしないで「お前ら日本人か?日本人は出て行け」と怒りました。

fetia (J) : 怒った老人は、日帝時代を知らない世代ですよ。

fetia (J) : 日帝時代を知らない老人は日本が嫌い。日帝時代を知っている老人は日本が好き。

fetia (J) : これはどうしてでしょうか?


rose (K) : 多分 日帝時代をご存じの方たちは、あの時日本の方が良く対してくださったかと見ます

rose (K) : 日帝時代が分からない方々は、なんだか口で伝えて来る良くないことだけ分かって、その考えたちのため日本を嫌やがるかも知れないでしょう

rose (K) : そんな方々がいるんじゃないか、長所は見なくて短所だけよく見る..


fetia (J) : 若い韓国人も、日本を嫌がる人が多いですが、それはなぜでしょうか? (注:本来は、この質問に対する回答は、これまでの話の流れからですと、「日本を嫌がる若い韓国人は少ないです」となるべきです。もちろん、そんな回答が返ってくるわけがないのを見越しての質問ですが)

rose (K) : 若い人たちは日本に対して良くない点をたくさん学んで、我が国よりもうちょっと出るから

rose (K) : 妬みのようにするようにそのため、嫌やがるようです

rose (K) : なんだか他人の国のが韓国に入って来るからそうです
 (注:「日本を嫌がる若い韓国人がポピュラーである」ということがよくわかります)

fetia (J) : 嫉妬ですか?

rose (Kn) : はい、多分嫉妬と同じようなもののためではないでしょうか..

fetia (J) : なるほど。

rose (K) : 私はよく分からないです^^ 

rose (K) : 私が思うままに言って見ました

ログ採取日 2006年1月22日午後12時過ぎから午前14時頃



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コメント

そろそろチャットログの公開を期待していたところです。
つづきが楽しみです。

最近、崔基鎬(チェ・ケイホ)さんという併合時代を経験している韓国史家の本を購入、まださわりしか読んでいませんがこのような方が存在しているということに救われる思いです。
東京在住ということで、身の安全については安心しました。
1923年生まれとの事、長生きしていただきたいです。

fetiaさんの記事でも80代くらいの方の日本の印象はやり良いようですね。
皆さん長生きしていただきたい!

2006/01/23-11:09 | URL | marie #-[ Edit]

やはり、李承晩以降の反日キャンペーンが影響してると思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E6%89%BF%E6%99%A9
李承晩は「反日」政策を強力に推進したことでも知られる。 彼の在任期間中に行われたそのような政策としては、
李承晩ラインの設定、竹島の編入、日本文化の禁止、親日派処分などがある。
また、李承晩は朝鮮が日本統治下にあった時期の殆どを国外(特にアメリカ)で過ごしていたため、
日本や日本人というものをイメージ的にしか理解できず、反日政策をいたずらに煽ることにつながったとも指摘されている。
今日でも、これらの政策による弊害がかなり大きく、日本と韓国間に横たわる問題の多くが李承晩時代に端を発している。

2006/01/23-21:47 | URL | tomにゃん #-[ Edit]

>marie様

日帝老人は、けっこう日本に親しみを抱いている人が多いですね。私のお勧め日帝
老人は、詩人の金素雲氏です。北原白秋門下で、「日本人より日本人らしい日本語
を書く朝鮮人」と絶賛されました。非常にバランスの取れた視点で日鮮を捉えた文章
を残しておられます。残念ながら既に鬼籍に入られておられますが。

2006/01/24-01:45 | URL | fetia(管理人) #-[ Edit]

>トムにゃん様

確かに李承晩の反日政策は今も影響力を残していると思います。ただ、それ以前から
も日本を侮蔑する意識は朝鮮人の中に明確にありました。
李承晩は、むしろそれを巧みに利用したのではないでしょうか。
「反日」は、日本統治時代半ば日本人になりかけた朝鮮人をまとめるには、原始的
ではありますが、効果的な方法だったと思います、【当時は】。

2006/01/24-01:47 | URL | fetia(管理人) #-[ Edit]

金素雲さんの本

検索したら何冊かありまして、fetiaさんのお勧めはどれでしょうか。
(手ごろな文庫・新書がいくつかありました。)

近いうちに手に入れて読んでみたいと思います。

2006/01/24-15:40 | URL | marie #-[ Edit]

>marie様

私が持っているのは、「朝鮮史譚」(講談社学術文庫 )です。
ただし紀伊國屋 BookWebで見たら入手不能になってるんで、もしかしたら絶版して
いるのかも。古本屋で探してみてください。
氏の随筆の一部を紹介します。

  【釜山の街の屋台街で、私が日本語を使った。主人は半生を満州で暮らした
   六十がらみの老人、おかみさんは片言も韓国語を知らぬ日本婦人である。
   避難民でゴッタ返している動乱さ中のある日、親分とか、兄貴とか言われて
   る種類の、威勢のいい男が一人、この屋台店で私の日本語を聞き咎めて食っ
   てかかった。
   「お気に障ったかね」
    私が穏やかにそういうと、その男は眼を怒らしながら昂然と言い放った。
   「あっしゃあ日本に怨みがあるんでね」
   「バカヤロウ!」と私が大喝した。
   「どんな怨みか言ってみろ。おまえの顔に書いてあるぞ、日本が旭日昇天の
   頃、尻っぽがチギレるほど振りましたと。どうだ。おれの占いは当たるだろ。」
    呆っ気にとられて、「愛国者」は返事がない。シンから腹が立つと楽な口が
   利ける。私はつづけてエンゼツをぶった。
   「怨みを知るほどの人間なら、敵が大怪我をしてブッ倒れたとき、土足で踏ん
   づけるような真似はせんもんだ。相手の弱り目につけ込むような、そんな卑劣
   なヤツが、もともと怨みなど知るわけがないじゃないか。どうだ<敗戦日本>を
   見下しながら仇呼ばわりするのはいい気持ちだろ。なにしろ相手がピンピンし
   ているときは尻っぽを振るので忙しかったからね」
    何か犬のような呻き声を一つ残して、その勇ましいアニさんは屋台店から姿
   を消した。彼にも一片の廉恥はあったのである。
   (略)
    間違っても私は日本びいきのせいで啖呵を切ったわけではない。そうした
   手軽な処方で愛国者がつくられてゆく自分の国の出鱈目さに腹が立ったの
   である。もとより日本を憎むに値する人の、正当な理由による憎しみを私は
   とやかくいうのではない。しかしながら真に怒りを知り、怨みを知る者は、
   敗戦日本を相手に旧債を取立てることに汲々としないであろう。韓国にも
   韓国の良識はあってよいのである。
    金素雲 (1965年頃の随筆)】

2006/01/25-13:23 | URL | fetia(管理人) #-[ Edit]

「朝鮮史譚」

fetiaさん。ありがとうございます。

Amazonで古本見つけたので、早速注文しました。
在庫もあまり無いようでした。(3冊くらいかな)

読むだけなら図書館で探したらあったかもですが、fetiaさんの引用文、すごく気に入りました。

2006/01/25-17:34 | URL | marie #-[ Edit]

>marie様

引用した随筆は、朝鮮史譚に入っていたかどうかは忘れましたが、どこかで見かけ
て気に入ったので、テキスト起こししたのをローカルに保存してあるのですよ。
他にも幾つか保存してあるのがあります。
金素雲氏は、案外がらっぱちの血気盛んなやんちゃ小僧だったようです。
以下のような話も、ご自身で書いていらっしゃいます。

【 震災で東京の下宿を焼け出された私は、親戚を頼って半年ばかりを
 大阪で過ごした。
  どこから手に入れたのか単衣(ひとえ)の朝鮮服があったのを着用に
 及んで、ある朝、玉造からアベノ橋行きの市電に乗った。ほかに着る
 ものがなかったわけではない。震災のドサクサに、根も葉もない流言
 が原因した、六千人の朝鮮人が竹槍の犠牲になったその直後である。
 わざと朝鮮服を着て日本人の中を歩き回るような、客気と反発意識が
 私にあったとしても、それは見逃してもらえると思う。
  電車が混んでいたので私は中へ入れずに後ろの車掌台のところに
 立っていた。すると、車掌が「さあさ、中へ入って…」といいながら、穢い
 (きたない)ものでもつまむように二本の指先で私の袖を引っぱった。朝鮮
 服ながら洗い立ての真白で、車掌の袖口からのぞいている薄よごれた
 シャツなどよりは遥かに清潔な筈なのだが、彼の何気ないその指の動作
 から私は血の逆流するほどの憤りを覚えた。
 「なんだ、その手つきは…口では言えんのか!」
  険しい目つきをして私はその車掌を睨み返した。
 「なんやと…キサマ、生意気なやっちゃ!」
  朝鮮人野郎のくせに…という言外の侮蔑をこめて、車掌も負けずに
 食ってかかった。
 「キサマ?キサマたあなんだ。大阪の電気局はお客さんにそういう口を
 利けと教えたのか、おい!も一ぺんいってみろ!」
  乗客たちの視線が一斉にこちらを向いている。私の思いがけない剣幕
 や、朝鮮服とは釣合わぬリュウチョウな日本語に、敵さんはいささか上が
 り気味で、
 「なんべんでもいうたる…。貴い(とうとい)様と書くんや、キサマがなんが
 わるい…」
 と来た。
 「そうか、貴い様のつもりか。そんなら土下座をして手をついて言うもんだ。
 昔なら手討ちもんだぞ、バカ野郎!」
  売り言葉に買い言葉----、その間にも電車は走りつづけて、細工谷、
 桃谷を過ぎた。手出しこそしないが、私も二十(はたち)前の生意気ざかり、
 ----日本人の、いわれなき優越感に、虫ずの走る思いで大いにレジス
 タンスを燃やしていた矢先だから一言半句あとへは退かない。悪タレの
 つき合いをやりながら、いつか電車は終点のアベノ橋に着いた。
 「どした、どした、----話だけはつけろ!」
  終点に屯(たむろ)していた運転手や車掌に取りまかれたまま、半ば
 曳き立てられる格好で私は乗務員たちの詰所へ連れ込まれた。ほぼ
 二、三十人----、殺気立った連中が「やっちまえ、やっちまえ、生意気な
 野郎だ!」と喚きながら、ぐるりと私の周りを取り囲んだ。
  電車の中ではイキのいい啖呵を切った私も、こうなると多勢に無勢、
 あわれな捕虜である。いずれはタダですまないとホゾを決めたその時、
 雷のような大声が私のすぐ後ろでした。
 「待て!馬鹿者ども!」
  振り返ると四十がらみの、背の低い中年の紳士が、満面「朱を注いだ」
 形容そのままの表情で車掌たちを睨み据えている。
 「この恥知らずども!その人をどうしようというのだ。指一本触ってみろ、
 このわしが相手になってやる!」
  地獄で仏とはこのこと、それよりも私が感動に胸を衝かれたのは、その
 人の、怒りに燃えた眼に、うっすらと涙が滲んでいるのを見た瞬間である。

 金素雲(1923年頃の話)】

2006/01/27-03:51 | URL | fetia(管理人) #-[ Edit]

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