関西人(大阪人)と嫌韓
「関西人」という言い方は、お題にも括弧付きであるように狭くは大阪人、広くても近畿二府四県民という意味で用いられることが多い言葉ですが、これはかなり広いくくりになってしまいます。
何しろ広い方の近畿二府四県と言えば大阪・京都・兵庫・奈良・和歌山・滋賀ですが、これらの府県民性はそれぞれ大きく異なります(それぞれの府県民性を具体的に定義すると、それでコメント欄が紛糾しかねないくらい危険なテーマになるので致しません)。
また日本で一二を争う面積の狭い大阪ですが、それでも実は地域地域で微妙に性格が異なると言われております。加えて私自身は大阪生まれの大阪育ちですが、両親は共に大阪出身ではなく(私は冗談半分で自分のことを「在阪田舎者二世」と呼んでおります)、また私が育った地域は大阪と京都の府境にある新興住宅地であったために、近所の人々も土地の人よりは日本各地から寄り集まった人の方が多く、私を「生粋の大阪人」と言うにはやや難があるということを、まずお断りしておきたいと思います。
私は生まれは大阪市内ですが、育ったのは北河内の新興住宅地で、そのためか子供の頃に在日を身近に感じた経験は全くありません。もしかするといたのかもしれませんが、感知することは一切ありませんでした。
韓国人がどうとか朝鮮人がどうという話が、家族や友達等の間で出ることは年に何度もなく、当然韓国及び朝鮮については激しく無知でした。これは私だけではなく、私が住んでいた(今も住んでますがw)地域の人に概ね共通していたと思います。
韓国及び朝鮮について無知ということは即ち韓国及び朝鮮について好意的であるということとほぼイコールです。今よりずっと「サベツはいけない」教育が盛んな時期でしたから韓国及び朝鮮について悪く言うことは確かに禁忌事項でしたが、それ以前に周囲に韓国及び朝鮮を感じるということがないために、韓国や朝鮮を美化したり褒めるような話を聞いてもそれに疑問や違和感を覚えたことはありません。と言うか、韓国や朝鮮を美化したり褒めるような話など、おとぎ話や勧善懲悪の物語と同じような現実感のないものでした。
小学生の頃に「チョーコー(朝鮮学校)の奴らとは絶対喧嘩するな」という話は聞いたことがありましたし、中学生になると半グレ連中が朝鮮語のスラング(パチキ、タンベ等)でイキがるということはありました。ですが、それが周囲や地域に嫌韓の雰囲気を醸し出したということは、全くなかったと断言出来ます。
それもこれも周辺に韓国人や朝鮮人がほとんどいなかったから(少なくとも感知出来なかったから)だと私は考えております。
翻って大阪市内、ことに韓国・朝鮮人密度の高い生野区周辺についてはと言えば、JR大阪環状線に乗れば、確か桃谷駅を過ぎた辺りに「民族名を名乗りませんか」という大きな看板が車窓から見えましたし、鶴橋駅では「(焼き肉の)匂いでメシが食える」と言われるほど、毎晩毎晩焼肉店から排出される煙が周囲に満ち満ちていました。鶴橋商店街は戦後の闇市の面影を色濃く残しており、商店の人々が片言の朝鮮語混じりで会話するのも、聞いたことがあります。
そういう地域ではおそらく、日本人と韓国人の軋轢は数多あったでしょうし、日本人側の不満も鬱積していたかもしれません。しかしそれを公に言うことは、おそらくそういうエリアであっても禁忌だったのではないかと私は想像します。それはレイシスト視されることを恐れてではなく、韓国・朝鮮人から嫌がらせ等の実害を被らないためであったでしょう。
「そこまで言って委員会」は、確かに嫌韓ネタも盛んではありましたが、もともとやしきたかじんという人は歯に衣着せぬ言動が売りであって、そういうところと歌手やしきたかじんとのギャップが、大阪人に面白がられていた部分は、きっとあったと思います。
紛糾のネタになりそうで本当は書きたくないことなのですが、大阪人は韓国よりもむしろ東京をおちょくるようなことを言う人が多かったように感じます。やしきたかじんという人はそういうネタを用いることがちょくちょくあって、そういう部分に痛快さを感じていた大阪人が多かった可能性は大いにあります。
ですので私個人の所感で言わせていただくと、「大阪だから嫌韓番組が許容あるいは受容された」ということではないと思っています。
もちろん韓国人が身近にいて、それがゆえに嫌韓という人は大阪にはもしかしたら多かったかもしれません。しかしそのことを露わにすることは、韓国人が身近にいればいるほどなかったでしょう。そういう番組を見た人たちが学校や会社でその話題で盛り上がることは、韓国人が身近にいる環境では危険極まりありません。
ですので、「今日の大嫌韓時代につながる種火をともし続けてきたのは関西というイメージ」は、「大阪=韓国人が多い」というイメージから連想されたものであって、お題を下さった方には失礼な回答になるかもしれませんが、私の個人的な考えでは事実ではないと思います。
続いて「中国人や韓国人の気質は関西人に似てるとか言われますが、恐らく関西人の方的には不本意ですよね?」というご質問についてですが、「当然です」の一言で終わるのはあまりにも愛想がないので少々余談を申し上げますと、最初に述べた通り関西人と言っても府県によってそれぞれ性格が異なります。ですから一絡げに「韓国人に似ている」というのは、現実的には無理があります。
中国人については、私の浅い中国理解では何とも申し上げかねますが、「韓国人に似ている」というのは少なくとも現在では確実に「悪い意味」であって、関西各地方の人々に限らずどこの人であっても「悪い部分」というのは大なり小なりあるものです。
と言うか、韓国人はある意味「人間の悪い部分」を煮詰めたようなものであって、その性質の悪さというのは、実は人間なら誰もが持っている弱い部分、悪い部分であると私は考えております。大阪人にも当然弱い部分悪い部分はあり、それが韓国人の悪い部分と共通することは、あると思います。
ですがそれを以て「大阪人と韓国人は似ている」と言われるのは、まことに不本意どころか不快であって、ならばそう言うあなたに韓国人が持っているような悪い部分弱い部分は一切ないと思っているのかと食って掛かりたくなるのは、私の未熟さ故という自覚は、大いにありますw
コメント
似てる?
一部を見て全体を判断しないで下さい韓国人全部が反日ではない≒関西人はいろいろで一括りにできない
> 韓国人はある意味「人間の悪い部分」を煮詰めたようなものであって、
> その性質の悪さというのは、実は人間なら誰もが持っている弱い部分、
> 悪い部分であると私は考えております。
朝5時前に今日の初笑いを頂きました。
あと、いつもの「一部を見て全体を判断しないで下さい」に句点が使えていない
ことも、お約束というか、様式美ですね。
私は南河内の育ちで、平野区と生野区の側の前大統領の住んでいた場所のすぐ近所でしたので、周りは在日だらけでした
絵に書いたような在日もいれば、まともな人は普通に友人でしたよ
私は他人から見れば嫌韓かも知れませんが人種による好悪よりも結局は、その人次第、まともな人なら付き合えます
結局周りに在日が多すぎて係わり合いにならずにはいられないんですよね
在日は人それぞれだけど、生粋の韓国人はほとんどダメと言う意見を読んだことがあります。
私の体感からも非常に納得できるものでした。
東京から東大阪に引っ越して来た者ですが、まず顔が丸顔で、鼻の形も韓国系の人が多く(関東とは違う骨格)
たいがい声が大きくて全体的にアバウト…値切られる事を想定した値段設定とかいろいろ
迷惑行為をする人に対して回りが注意しないなど、東京と比べるとずっと韓国的だなぁと思います
京都弁と関西弁の違いが分からないのですが、大声で喋っていて下品なのですぐに大阪人だと分かります。
↑13:32の名無櫓さん
>迷惑行為をする人に対して回りが注意しない
って、具体的にどのようなことがあったのでしょうか。
興味があるので教えていただけませんか?
韓国人というか朝鮮人の抱える問題の大半は人類普遍の本質でしょうね。
それを宗教思想哲学などの知恵で抑えこんで近代社会を構築してきました。
そういうの日本社会だと実感は薄いですけどね。
後期の儒教や共産主義といったものはそういった倫理観のことごとくを
否定するが故に民衆を原始人の意識へと退行させてしまいがち。
大阪の薄汚いイメージというのは文化以前に地方行政の問題でしょうね。
東京も都知事の個性によって見に見えて様変わりしてきた経緯もあるし。
13:32さん大阪の人間には大阪弁と京都弁の違いはすぐにわかりますよ
大阪でも河内弁と泉州弁もかなり違いますし和歌山弁などははっきり違います
関西人≒朝鮮人ともされる根底には、汚鮮甚だしいマスコミ・芸能界の、
更に言えば、吉本興業はじめとした関西本拠組の存在が、
1枚噛む形で影響しているかなとも思います。
あの界隈がTV等で、関西弁から更に崩れた、口汚いモノを口走るイメージを、
関西のデフォルトと在関西者以外が誤認する位の影響力は、今でもあるでしょうし。
特に関西芸人の看板になっている、吉本の汚鮮度合いはかなりですからねえ。
8.6秒バズーカの広島原爆に関わる騒ぎで、公式HPの所属欄にて、
彼ら含めて海外組で、通名名乗っていたのを事務所が消したら、7割方消える位には。
個人的経験からは、大阪人と在日は似てる
しかし、大阪言うても広いですから、オイラの知ってる数十人の大阪人が、東京で言えば新大久保の住人の可能性はある…
取り上げて頂き誠にありがとうございました。
>「大阪だから嫌韓番組が許容あるいは受容された」ということではないと思っています。
これは意外でしたが、現地の人の感覚を直接お聞きできて良かったです。
>関西人の方的には不本意ですよね?」という質問についてですが、「当然です」
すみません、解説以前の断固否定に笑ってしまいました。ま、そりゃそうですよねw、失礼な質問でした。
全般的には、自分の地域については知りすぎていてかつ真摯に考えるがゆえに単純化は難しいという当然の理と共に、一方で大阪のお笑い文化、批判・おちょくり・いちびり精神がやはり嫌韓に通じているような印象も受けました。
『一部を見て全体を判断しないで下さい韓国人全部が反日ではない』と
『関西人はいろいろで一括りにできない』が同じではないかと指摘してる人がいて
昔の思い出がふと懐かしくよみがえったので書いておきます。
「韓国人は反日ではない」という発言は虚偽です。
「関西人というだけでは一括りにできない」は真実です。
真実と虚偽は同じではありません。以上。
翻訳掲示板時代に青アカウント(韓国人)が日本人に言われた事をそのまま書いて
「反論」だと主張してる場面を何度も見ましたが前提条件や事実関係が異なると
通用しなくなる理論を平然とオウム返ししているので最初は驚きました。
ただ日本人でもたまにこのおかしさに気づかない人がいるんですよね、
上の二つの文章も一見すると構成が似ているので同じ主張の様に見えますが、
「前提となる事実が伴っていない」のだから詭弁にしかなりようがない。
論理があっても事実が伴わないことが伝統的な生活文化の人達にはそもそも
この状態をおかしいと思わないらしいんですよ、たとえば国民全員が儒教的な
綺麗事を口にするのに誰もそれに従って行動したりはしない国とか。
思い出したことがあります。10年以上前ですが、アメリカ旅行をした帰りのことです。
空港で帰国便のチェックインをするために航空会社のカウンターへ行くと、関西弁で大声を出してスタッフを怒鳴りつけている男がいました。
カウンターには日本人の女性職員と黒人の男性職員がいて、日本人の女性職員がその男に対応していたのですが、やりとりがおかしいのです。
「なんでビジネスクラスにできないのや!?」
「ですから追加料金をお支払いいただかないと変更はできないんです。」
「なんでや!?電話ではできるって言うとったやないか!!」
(以下同じやりとりの繰り返し)
隣にいた黒人の男性職員が日本人の女性職員に「彼はなぜ怒っているのか」と英語で尋ねました。そして、男の怒鳴り声がどんどん大きくなっていったところで日本人の女性職員に代わって英語で話し始めました。とても落ち着いた態度でした。
すると、怒鳴っていた男は急におとなしくなってしまったのです。日本人の女性職員にはあんなに怒鳴りまくっていたのに、黒人の男性職員が英語で話し始めたら、それだけでおとなしくなってしまいました。
それを見ていた私と友人は「恥ずかしい日本人だね」「関西弁だったよ」と話しながら自分たちの搭乗手続きをしたのですが、今思うとあの男は日本人ではなかったんじゃないかと思います。
大阪と韓国が似てるというけど、実際のところ文化がまったく違うよ
大阪は食と商人の町ですよ
本来の大阪弁は商人言葉で今のような下品な言葉使いが大阪弁ではありません
おそらく在日の影響もあるのかもしれませんが・・・
朝鮮語はただただ耳障りなだけです
韓国には文化と呼べるようなものありますか?
真実と虚偽は同じではない
>「韓国人は反日ではない」という発言は虚偽
それこそオウム返しされそうですね『反日でない』は真とか(笑)自分が思う真実(事実)を当然のように前提条件にして○○は虚偽××は事実て言い切る論法は朝鮮に似ているような(在日認定ではありません同じような言い回しと)(^^)
似てる2
①一部を見て判断しないで韓国人全部が反日ではない
②関西人と一括りにするな
①は虚偽で②は事実らしい
では①から韓国‥を除いて②を見てみましょう→①一部見て判断しない②一括りにするな (^^)こうすると①が虚偽②は事実と断言は疑問に思います(ちなみに韓国人反日は事実と考えます、そして全部を調査できないので一部を見て判断するのもアリでしょう!b^ー°)
頭1個に手足が2本ずつ。韓国人と日本人はこれほどよく似ています。
有り難い事に私の書きこんだことを上の方が補足してくれたようです。
前提条件を意図的に変えると論理や理屈が通用しなくなるという実例です。
「1から韓国を除いて見てみましょう」
"韓国"という前提条件を除いていいならどんな批判さえもオウム返しで解決できることが
よく理解できるきわめて優れた書き込みです。
私も人間から言語・遺伝子・文化、そして過去のふるまいという要素を除いて良いなら
韓国人と日本人とアメリカ人が似ているという驚くべき証明を見つけたのですが
それを書くにはこのコメント欄の余白が狭すぎるので困っています。
大阪と韓国が似てるというけど
>実際のところ文化がまったく違う
(?_?)いあ認めたくないのは理解しますが、〔やかましい〕〔ドライバーは割り込み・無茶な追い越し・黄色信号でスピード上げる等々〕←ステレオタイプの関西・韓国人の印象ですが関西韓国似てるイメージ抱いてもしょうがない。いわば欧米人が日越中韓区別つかないみたいな(^_^;)関西のことも韓国のこともよく知らない興味ない人はこんなものかも(興味ない人はバイクなぞ皆同じに見えるような)(T_T)
おっと
『関西一括りにするな』は『韓国一括りにするな』と似てるという話が関西人韓国人似てるじゃんて話に(^_^;)もちろん関西人韓国人似てないと承知しておりますとも!(b^ー°)ただなかには『似てんじゃん』と思う人がいるであろうことは否定できないかもしれない( ̄∀ ̄)
しつこくて申し訳ない
『一括りにするな』これだけ聞けば関西人韓国人双方に使えますね、しかし真偽知らん人に『韓国は虚偽!これ前提なり!』と宣言しても説得力が(;_;)それこそ『慰安婦証言真実!日本のは妄言!』という某国や田嶋某と同じでげしょ(^_^;)
しつこいですが『韓国偽で関西については真だから前提違う』はその真偽が常識として十分定着していることが『前提』ですよね、もちろんこのブログではその前提でかまわないんでげしょ(^_^;)ただ一般論としては如何なものかと(こんなとこかな、ここでは件の前提が通用するんだから素人は一般論とかごちゃごちゃいわんとロムってますかb^ー°)
こちらこそ
随分と熱心な方が書きこんでいるようで嬉しい事ですが私は以前の「ソウルと大阪は同じ」君の時から韓国と日本は
犯罪率がたった4倍しか違わないよく似た国だと書きこんでいます。友情を疑われるとは心外です。
日本と韓国の運転マナーについても人口当たり交通事故死亡者数がたった2.53倍しか違わないので
バイクが皆同じに見える人と車に轢き殺される事に興味の無い人にとっては日本と韓国は全く同じに思えるでしょう。
私は交通事故で轢き殺されることに興味がある人なので日本に住みますが。
この記事とコメ欄を読んだ人が月見櫓管理人と田嶋某氏の言ってる事が同じだと思えるならそれは
書かれている事の同一性ではなく『興味ない人はバイクなぞ皆同じに見える』ことが証明されているのです。
つまり上の方は全く正しい事を言ってるのだから胸を張ってこれからも「興味ない人」として生きていってください。
大阪の家庭の食卓で、おかずがお好み焼きは普通。
おそらく、これは、真実であり、うそ。主語である大阪が指す範囲によっては、本当であり、嘘になる。年食っていくと、そういった、主観や言葉の問題、個人の認識の偏りや細かい地域性なんかが分かってきますよね。
ところで、朝鮮系や漢族と大阪人。
どこが似ていると思われるのでしょうか。感情的な繋がりが濃いところと、、、そのための排他的な部分かな。他と比べて、率直な感情表現が見られる地域というのが北の人間(←なんという危うい表現w)の印象です。ま、あくまで印象ですが。
そういえば、北海道の大学へ教えに来た関西人の、学生への印象は、自己主張が少なく、外へ出ようとしない傾向がある。というものでした。そして、もっと外へ出ろと、、、。「お前ら、外人かよ!」そして「道外からも来てんだろ!」と心の中で突っ込ませてもらいましたよ。ええ
種浦マサオの「関西人in東京」という歌を思い出しました。
Stingの「Englishman in Newyork」の公認パロディで、
「関西人=大阪人じゃない、俺は奈良出身だ」
「関西人=阪神ファンじゃない、俺は巨人ファンだ」
という、大阪人以外の関西人のあるあるネタを綴った歌です。
機会があればぜひ聞いてみてください。
>『慰安婦証言真実!日本のは妄言!』という某国や田嶋某と同じでげしょ
極端な例を持ち出してきて、「韓国面に堕ちた、お前は韓国人と同じだ」「嫌韓厨(ネトウヨ)はレイシスト」とする事は左翼や在日の常套手段です
自分は在日ではありません!と言われても、月見櫓さんが常々仰ってるように韓国人と同じ手法を使う者はSEALsをはじめ、しばき隊などもすなわち韓国人です
貴方も即ち我々からしたら在日韓国人ですね
運転マナー
首都圏の道路事情に慣れたひとは名古屋や大阪で運転すると違いを感じるといいます、ソウルの人は懐かしく思うのでしょうか?
私の地元は東京下町のですが、近所に朝鮮部落が散在し朝鮮人が身近にいる環境でして、大阪でいえば、なんとなく松原市のある場所が似たような雰囲気ですね。
よく柄の悪い先輩に朝鮮学校相手の武勇伝を聞かされましたけど、うちの方は「パッチギ」ことは「パチキ」とか「チョーパン」でした。
彼らは朝鮮人らしく強いものには卑屈になって、オイキムチとか無料でくれたそうです。
自己規定として「東京人」と思っている人は漱石の「坊ちゃん」の主人公(やその乳母)に代表される様に箱根以西は蛮族の棲む異境とする蔑視観を多少持って居られる様に感じます。その場合は要するに東京を「都」とし、その雅やかな文化と豊かさが田舎ぶりで貧困なな他国に広がると言う「天」システム的世界観。すなわち中華思想そのものなんですな。
理屈から申せば朝鮮人の卑日も元を質せば小中華思想でして、パターンとして共通とも言えます。
またこの小中華思想はいたるところに転がっていて、大阪人でも船場辺りの商人が中心とか、そのルーツは堺商人だ、いや近江商人だとか、ルーツよりも明治期以降の阪神間モダニズムで六麓荘や東灘住吉町が上だとか、奈良は京都以上に歴史ガーとか、京都でも洛中と洛外は違うとか、幾ら洛中でも祇園祭の山鉾を引かなければとか、突き放して言えばそれらは全部小中華思想ですね。
職業でも…
職場、病院です。
私大出身の医師がたくさんいますが
ものすごく、かの国のかほりがするような
名前
顔立ち
の方が多いです。
もちろん、良い医師もいますが
恐ろしくモラルが低く、ゲンナリする医師がたくさんいます。
医療原場も、かの国の色に
染められています(泣)
関西に住んだことが無いのでわかりませんが
私は難しいことはわかりませんが、皆さまにお願いしたいことがありまして、コメントします。「名無櫓」ではどなたがお書きになっているか全然わかりません。ブログ主がお勧めしている通りハンドルネームをお願い申し上げます。
たかじんはやっぱ火つけだと思いますよ
東京はと言うネタでひっぱったのではなく
東京の方が在日や反日左翼の検閲がひどくて
たかじんのような番組はやれなかったと思います
ネットでの噂のようなものも、たかじんでの発言があって
リアルさを感じたのではないかと
それが他の地域にも広がったと思います
私は古産のブローカーですが、余命さんの話を拡散するひとなんか
ほとんどいない時代から拉致、在日特権についてやってましたので
たかじん
「たかじんの○○」という番組タイトルを知って『やしきたかじん』さんが〔やしき〕が名字〔たかじん〕が名前とわかりました。それまで『やしきたかじん』?歌手だから〔かじん〕は〔歌人〕だろな〔やしきた〕って何だろな?と思ってました(汗)
韓国人が在日かわかりませんが、パリの空港免税店でガラスのショーケースの上にフランの小銭をバラバラと積み上げて、フランス人のお姉さんに関西弁で「この小銭を使い切って何か買いたい」と大声で話している人は見たことがあります。
私は当時関西には在日が多いとか知りませんでしたし、そもそも日本に在日がいるっていうことが頭に無かったので、その行為を見て「関西人のおばさんって・・・テレビで見る関西人のエピソードって誇張じゃないんだ」と驚いたことがあります。
行動からすれば日本人らしくないですよね? でも関西人のおばさんのエピソードってそんな感じのもの多いですよね?
関西でも大坂は異質で嫌われております。
大坂はテレビでも、大坂の異質な風習を関西全体と訴えたり、垂れ流しているが、
いやいや違う違う、
ぢょんの多い異質な大坂は関西でも嫌われておりますから。
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