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社民党議員の自衛隊批判について

ネタ的には、竹島プロジェクトとかYOKO話とか、既に八割書きあがっている朝鮮人関連の別記事とかもあったりするんですが、非公開コメントでもご報告と要請があり、個人的に思うところもあったので、韓国とは直接関係がないのですが、阿部知子衆議院議員のホームページでの発言に関して、少しばかり書いておこうかなと思います。

発端は1月19日発行の阿部知子議員のメルマガだったようです。

「★☆ 国民保護は地方自治から ☆★」と題された文章には、阪神大震災の時、自衛隊の出動が遅れた件を批判する内容が記されていました。該当する箇所を以下に引用します。
阪神大震災は12年目を迎えたが、国民を災害から守ることを任務とされているはずの自衛隊が、国による命令を受けて救援に向ったのは、数日を経て後のことであった。日本の場合、自衛隊は軍隊ではないし、警察予備隊として出発し、防災のたねにも働くことを任務としてきた特別な生い立ちがあるのに、である。

 こうした経緯もあってか最近は「自衛隊による国民保護」が強調されている。しかし、安倍首相の下で海外派遣を本来任務とするような防衛庁の省昇格が行われ、「軍事組織化」が進む中では、本当の意味での国民保護からますます縁遠くなるのではないか。
「衆議院議員 阿部知子のホームページ」より引用。※現在の文章には改訂が入っておりますが、あえて元の記事を引用しました。

阿部知子衆議院議員は、社民党の議員です。そして皆様既にご存知の通り、阪神大震災当時の総理大臣は、村山富市社会党(現社民党)元党首。彼は震災に対する対応の遅れや誤判断で、震災後の火災や倒壊家屋からの救助の遅れによる死者を、2000人は増やしたと言われています。

自分が所属する党のかつての党首、村山元首相の犯した罪を知らずに上記のようなことを言っているのであれば無知に過ぎますし、知ってて言ったのであれば死なずに済んだはずの被災者を馬鹿にし過ぎです。そして、命懸けで被災地の復興支援に取り組んだ自衛隊と隊員の名誉をも激しく傷つけ、彼らの貢献を侮辱する言動であることは疑う余地がありません。

私も関西在住ですから、12年前の阪神大震災の朝のことは、もちろん鮮明に覚えています。おそらく一生忘れないでしょう。

当時、私はテレビを目覚まし時計代わりに使っていました。二度寝が好きで、テレビのタイマーを早朝5時にセットし、夢うつつで朝の番組を聞きながら、7時ぐらいまでベッドの中でウダウダするのが常でした。

あの日、まだ暗い冬の早朝。いつものようにセットした時間にテレビのスイッチが入り、私は醒め切らぬ頭のままぼんやりと寄せては返す眠りの余韻を楽しんでいました。

カタカタという微かな振動に気づいたか気づかぬかの直後、誰かが建物ごと掴んで力任せに揺すぶっているのではないかと思ったぐらいの激震。

ベッドに仰向けになったまま、身体を起こすどころか、首を動かすこともできません。猫たち(当時2匹いました)も怯えて動けなくなっているようで、心細げに鳴く声が聞こえます。隣の部屋からは何かが崩れるような音がし、台所からは鍋が転がり落ちたらしい派手な音が聞こえました。建物のパーツというパーツが、それぞれ尋常ならざる音を立ててきしんでいます。

長く感じました。おそらく1分あるかないかだったのでしょうが、本当に長く感じました。

「もう充分だろ、やめてくれ」

「頼むから止まってくれ」

何度も心の中で叫びました。誰にともなく。

ようやく揺れが収まりかけたので、私は恐怖と驚愕で硬直して動かない首を、無理やりテレビの方へねじ向けました。

いつもなら笑顔のキャスターやアナウンサーたちが映り、にぎやかな会話が響いているはずのテレビ画面は、無音のままぼんやりと灰色に光るばかりでした。ただ、画面の右肩辺りに「05:47」の時刻表示だけが白く光っていました。

「テレビ、壊れたかな?」と思ったその時、画面から「あぁ、びっくりしたぁ・・・」という声が聞こえました。その番組は在阪局からの生放送でした。それはアナウンサーとしての声ではなく、今まさに私が体験したのと同じ地震を体験した人の、生々しい感情がこもった声でした。

その声はしかし、すぐに気を取り直したらしく、緊急災害時の定型文を読み上げ始めました。

「ただいま、近畿地方に大きな地震が発生しました。画像はお伝えできていないかもしれませんが、音声はお伝え出来ていると思います。皆さん、落ち着いて行動してください。ガスの元栓を閉じてください。火の元を確認してください・・・」

私はとりあえずベッドから起きて、出勤の身支度をしながらずっとテレビを聞いていました。普段なら地震発生の数分後、遅くとも10分後ぐらいには流れる地震速報が、いつまで経っても流れません。何度かの余震に脅かされながら、出勤間際までテレビを見続けました。

テレビに震度が表示されたのが、地震発生からどれぐらい経ってからだったかは、はっきり覚えていません。しかし一番最初に、天気予報で見慣れた近畿圏の地図の上部、兵庫県の豊岡に、ポツンと赤い点が打たれ震度5と表示されたのだけは、はっきりと覚えています。

それを見て私は豊岡が震源地だと思いました。そして「震源は日本海側か。美浜原発は大丈夫だろうか」と心配しました。本当の震源地付近では、あまりの激震に観測値を報告するどころじゃなかったなどとは、夢にも思わなかったのです。

その後出社時刻になったので会社に行きましたが、その日は仕事どころじゃありません。時間を見つけては休憩室にテレビを見に行きました。

時間を追うごとに被害は判明していきます。朝、豊岡にポツンとひとつだけ打たれていた震度を示す点は、たちまち近畿圏を埋め尽くしました。私の住んでいた地域は震度5でした。震度5でも、私にとっては生まれて初めての激震でした。しかし神戸の震度は、観測史上最大の7だったのです。

地震の翌日、支援物資が被災地に届かないという報道が盛んに行われました。道路は寸断され、電気が途絶えたために信号も機能せず、ガソリンスタンドもほとんど営業出来なくなり、当然電車も止まり、電気ガス水道などのライフラインが寸断された被災地は、文字どおり陸の孤島となります。

1月19日の朝、私は家にある有りったけの米を炊きおにぎりを作って、缶詰やレトルト食品、綿入り半纏や毛布、冬着などをバイクの荷台に積み上げて神戸を目指しました。

翌20日には、被災地にも輸送体制が整い、順次救援物資が届けられるだろうという報道を聞いてはいましたが、もし私が被災者で、明日満腹にしてやるからと誰かに言われても、今日の空腹は癒せまいと思ったからです。

今から思うと、偽善も多少はあったかなと思います。でも間違いなく言えるのは、あの時の被災者の窮状は私にとって他人事ではありませんでした。もしかしたら、避難場所で空腹と寒さに震えていたのは、自分だったかも知れないという実感がありました。もし自分が被災者だったら、「そのうち誰かが助けてくれるから、それまで寒くても空腹でも、我慢して待ってろ」と安全で暖かくて食料の心配の無い場所にいる人に言われても、素直に納得できるとは思えなかったのです。

当時私が乗っていたバイクは、125ccのオフロードタイプで、小排気量車ゆえに満タンなら200kmは楽に走れました。だから神戸ぐらい、半日もあれば無補給で往復出来るだろうと、たかをくくって走り始めました。

しかし被災地に近づくにつれ、私の考えが甘かったことを思い知らされることになります。被災地に近づけば近づくほど、道路の損傷や交通規制が深刻になり、否応もなく迂回を強いられました。

あちらの交通規制で弾かれ、こちらの路面破断で蹴られを繰り返しながらも、どうにか被災地でも最も大阪寄りの神戸市東灘区にたどり着いた頃には、すでに夕暮れ間近でした。

そこへたどり着くまでの間に、あちらこちらで地震の被害を目撃しました。家が傾いていたり崩れていたりするのは珍しくもありません。私鉄(多分阪神電車)の跨道線路が崩落していたり、阪神高速が横倒しに倒れて、その路面がまるで壁のように地面から垂直にそびえ立っていたり、倒れた高速道路の路面の下にはひしゃげた自動車が見えていたりしました。その横を通りながら、どうかその自動車の中に人がいませんようにと祈ったことを覚えています。

日が沈みかけた頃、どうにか避難場所になっている小学校を探し当て、炊き出しをやってる人に救援物資を渡すことが出来ました。用が済めば長居は無用です。折り返し帰路に着きました。

神戸から大阪方面へ向かう主要道路は、恐ろしいぐらいの渋滞でした。信号などもちろん機能しているはずも無く、主要交差点では「熊本県警」と書かれた制服を来た警察官が手信号で交通整理をしています。原付バイクでのノーヘル、二人乗り、逆走は当り前のように行なわれていましたが、それを取り締まっていられるほど暇な警察官は一人もいません。

私はバイクだったので、渋滞の中でもなんとか車間をすり抜けられたからまだマシだったのですが、自動車を運転している人たちのイライラは、排気ガスと共に周囲に満ち満ちていました。

そして神戸を抜ける前に、私のバイクのガソリンが尽きました。通常のルートなら、私の家から東灘区までは片道50kmほどです。満タンなら2往復は出来るはずだったのに、交通規制や道路の寸断で迂回に迂回を重ねざるを得ず、片道でガソリンが尽きたのです。

被災地の中の数少ない営業中のガソリンスタンドで、私は激しく後悔していました。薄っぺらな義侠心と無かったとは言い切れない偽善のために、数人に行き渡るかどうかも怪しいわずかな救援物資を運ぶために、被災地の貴重なガソリンを使うという自分の愚かさを恥じました。私個人の力なんて、被災地にとっては邪魔にこそなれ助けにはなりませんでした。

あの時、少しでも力になれればと、救援物資を担いで現地入りした人は、私以外にもたくさんいらっしゃったと思います。でも個人の力では自ずから限界があります。あの時は、個人ではダメだったのです。

それを実感したからこそ、あの時の自衛隊の活動を妨げた村山元首相の行動は、万死に値するものだと、私は言い切ります。日本で災害救助に関しては最も大きく最も有能な集団を動かすことが出来た人が、その活動を故意に妨げ、被害を拡大させたのです。自衛隊と隊員の方々は、それにもめげず文字通り必死で最大限の貢献をしたのです。褒め称えられこそすれ、少なくとも旧社会党現社民党の議員なんかに、非難されたり批判されたり侮辱されたりする謂れなどありません。

その事実を知ってか知らずか、名前は変わっても同じ党に所属する議員が、したり顔で
「国民を災害から守ることを任務とされているはずの自衛隊が、知事の要請を受けて本格救援に向ったのは、数日を経て後のことであった。日本の場合、自衛隊は軍隊ではないし、警察予備隊として出発し、防災のために働くことを任務としてきた特別な生い立ちがあるのに、である。」などと平気で口走ることに、私は憤りよりも悲しさを感じます。日本の政治を担う人の中に、日本人を蔑ろにして一切恥じない人がいるということを、情けないと思います。

まとめサイトはこちらです。

女性で医者で政治家なんだったら、ただの政治家よりずっと日本人の人命に対して真摯じゃないのかと思うのですが、女性で弁護士で政治家の現党首も日本人の人権を軽視しがちな辺り、これはもう「党風」とでも言うべきものなのでしょう。

こんなのが議員様でございと大手を振っていられるのですから、マジで脱力です。日本って良い国ですね、こんな連中がのうのうと議員を続けていられるんですから。

と言うか、韓国に対して「かつての日本は、朝鮮にとって良いこともした」と言っただけで議員辞職に追い込まれた議員もいた閣僚辞任に追い込まれた議員もいたのに、もしこの議員がお咎めなしだとしたら、日本の政治家ってどこの国民に向かって政治をやってるのか、本心から疑問を感じます。

※1/25追記
自分で書いておいて気づいたんですが、「日本は良いこともした」発言は、確か「議員辞職」じゃなくて「閣僚辞任」でした。お詫びして訂正させていただきます<(_"_)>

他にも藤尾文部大臣が「日韓併合は韓国にも責任がある」と発言して罷免されたりしてます。

いずれにしても日本の政治家が日本人として、日本国民に向かって政治をしているのかどうかを強く疑わせることは間違いないと思います。



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本日もクリックありがとうございます<(_"_)>



※お知らせ※
1月22日から2月22日までの1ヶ月間、弊ブログでは、ブログ「フィオリーナの以心伝心」の執筆者、小林少年様主催の「竹島プロジェクト」に参加しております。
2月22日の「竹島の日」までの期間限定で、弊ブログの扉絵を竹島プロジェクト仕様にすることで、竹島は日本領土であることを改めて主張し、島根県の「竹島の日」を応援します。

コメント

被災者としてこのババアだけは許すわけにはいきません。
怒りで涙が出てきます。

2007/01/24-18:09 | URL | 通りすがり #-[ Edit]

自分のいいたいことを言ってもらえたみたいでとても有り難いです。
阿倍議員の文章を読んだときは正直に言って即刻議員の地位など剥奪し謝罪してもらいたい気分でした。
fetiaさんは党風と仰っていますが、こんな下劣な考えが党風としてまかり通るような政党など必要ありません。
震災の記憶をずーっと後の世代まで覚えていて欲しいと私は思わないのですが、こんな馬鹿げた歪曲された内容を子供たちが真実と認識してしまわないように願っています。

2007/01/24-19:01 | URL | . #jwqLqqec[ Edit]

私もfetiaさんと同じく関西在住の被災者です。全く同じ気持ちで読ませていただきました。
あの時命令を待たず行動してくださった隊の方がいらっしゃったことに感謝しこそすれ、阿部氏のようなことを考える被災者がいるとは思えません。
それこそあの時心底腹が立ったのは村山富市と亀井静香の言動でしたよ!
どうしてこのような人が政界にいられるのか。
この党といい、民主党といい、まともな野党がないこの現状、これから先どうなるのでしょう。

2007/01/24-19:29 | URL | SAKI #5vCk3Vj.[ Edit]

 SAKIさま>すみません。あのとき村山のことは知っているのですが、
亀井の言動は知りませんでした。教えていただけませんでしょうか。

2007/01/24-19:43 | URL | まりりん #-[ Edit]

被災に遭遇した方々、大事な人や建物、財産、そして思い出さえも失われたあの瞬間、今に至る本当に深い悲しみが日本を包み込んだ日でした。

天災地変の災害に限定すれば世界中の殆どの人間は深い哀悼の念を抱くか、無関心を決め込むのでしょう。しかし、かの国のヒトに似た集団はそれさえも気が狂ったかのように喜びまくり、更にはもっと犠牲が増えるよう祈っていたとの記事を読み、なんか、こう言葉に出来ないような気持ちを感じました。私たちの近くで畜生道にも劣る輩が闇に蠢いているのを私たちは片時も忘れてはなりません。勿論そのような輩に手助けをする売国政治屋も同罪です。
皆様におかれましては耳タコなのは承知の上ですが。
小さなことから少しずつ。私たちの国を身近なところから地道に綺麗にしていきたいものです。

それを実践されている管理人様には頭が下がります。私もガンバロ。

2007/01/24-21:39 | URL | ちゅらら #-[ Edit]

お世話になりまして有難うございました。

神戸市助役が須磨で焼身自殺という悲劇もありました。
こちらでは仮名が黒幕と噂されていました。
怪腹知事も有馬温泉から昼頃登庁したにも拘らず
情けない嘘をついていたと暴露されたりもました。

これからの日本は売国を一掃すべきです。

2007/01/24-21:39 | URL | 神戸市民 #pRW5Vc8.[ Edit]

かつての社会党支持者です。かつては、本当に自民党は巨悪で革新党が正義だと
心の底から思っていました。でも、旧社会党の現社民党は本当に堕ちてしまってますね。
福島党首の著書など何冊か読みましたが、個人としてはまっすぐな素晴らしい方の
ようでした。しがらみにより、身動きできなくなってしまったのでしょうか。
とにかくも、在日の皆様は巧みすぎてまっすぐな人は太刀打ちできません。
いい人、いい信念がどんどん蹴散らされて足蹴にされるなんて、見るに耐えない
苦しい状態です。つらすぎます。

2007/01/24-21:42 | URL | 薬剤師 #-[ Edit]

これはもう腹を切って死ぬべきか地獄の火の中に投げ込むかでしょう
私は当時20代半ばでしたが選挙には行ってませんでした
社会党が政権を握ったときも「たまにはいいんじゃね?」ぐらいの認識でした
本当に後悔してます

2007/01/24-21:50 | URL | 同年代の大阪人 #JalddpaA[ Edit]

本当でしょうか?

海外から救助隊が日本に到着していたのに、日本政府は被災地にはいることを許さなかったのです。フランスは救助隊と救助犬を日本に派遣し、一刻を争う時に、被災地に入れないとは何事だと友人に言われたことを覚えています。

被災地から北朝鮮製の武器が出てきたという噂は本当でしょうか?そのせいで外国の救助隊を断ったのでしょうか?当事社民党政権だったことを考えると信憑性が高く怖い話です。国民の生命より特定国国民を助けたかったのでしょうか?

2007/01/24-22:02 | URL | う~ん #-[ Edit]

亀井静香氏。

私も「亀井氏の言動にひどい事があった」のは初めて聞きます。
そこでいろいろ検索してみたのですが、彼は当時結構任務をきちんと果たした方だったと思います。
その代わりこんなのを見つけましたが、関係あるのでしょうか?

http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009916320060117014.htm
>ところが、最近、国会議員の中で、この阪神・淡路大震災の被災者
>や、また今回の耐震偽造の被害者住民の心を踏みにじるような、
>そういう発言を公の場でしている国会議員がいるというように報道
>されております。
> それは民主党の永田寿康国対副委員長でございまして、この
>今回の耐震強度の住民の皆さんが火をつけたがっているとか、
>そういう放火犯扱いしたり、さらには、阪神・淡路大震災の被災者
>の皆さんが火をつけて激甚災害を得たんだというような、そういう
>許しがたい発言をしております。

亀井氏の発言じゃないですね・・・。
他にもこんなのもありますが。

http://www.kamei-shizuka.net/media/2006/060519.html

平沼 「耐震偽装問題もそうです。阪神淡路大震災の後、建築基準法を50年ぶりに改正したんです。さぞ強化されているだろうと思ったら、あにはからんや強度の部分は必要最小限でいいというものでしかなかった。それまでは、建築確認申請の後の検査を公的な機関が厳重にやっていた。鉄筋とか鉄骨の量も。それを民にできることだからといって、早く、安く、たやすくやってくれるところという、変な経済原則が働いて、震度5強がくれば倒れるマンションやホテルが林立しちゃったわけです。これだって、アメリカの考えを盛り込んだ建築基準法にしたからです」

検索のやり方が甘いかもしれません。

2007/01/24-22:05 | URL | あら座 #EBUSheBA[ Edit]

やっぱりfetiaさんって一味違いますね。
救援物資を届けようと、すぐ行動に移されるなんて…
また個人の力の限界を知り、被災地の貴重なガソリンを使ったことを恥じられる…普通なら困難な状況の中、微々たるものであっても救援物資を届けたこと、ほんの一握りの人にしか行き渡らなくても、何がしかの役には立ったであろうことに満足すると思うのです。当時ボランティアで救援物資を届けるトラックの運転手さんの話などメディアで見かけましたし…
私などはfetiaさんのように個人の力の限界を知るというよりは、最初から救助隊に頼りきってテレビを見てました。
りっぱな救助隊を持っていても、それを動かす人の采配次第で宝も持ち腐れてしまうのですね。本当に言葉もありません。
神戸は親戚がいて、小さい頃からよく訪れていた思い出深い町ですが、震災以降ほとんど足を踏み入れていません。私の知っている神戸は震災の前の町なんです。何でか、うまく言えませんけど。
自衛隊の方々は、幾度かの災害時には本当によく頑張ってくださっていると思います。自分達のことは省みず何かというと悪しざまに言う人には、憤りを感じます。震災時、私の身近でも、お医者さんがボランティアで神戸に何度も足を運ばれていることを、よく聞いていました。この阿部知子という人は医者として、被災者の役に立つことを何かされたことがあるのでしょうか?

2007/01/24-23:18 | URL | marie #-[ Edit]

fetia様たいへんありがとうございます。 あの当時個人にできることは全体から見たらとても小さなことだったかもしれませんがそれでも誰かの一日を救ったかもしれない大きな行動です(テレビを見て状況を確認することしかしなかった自分が情けないと同時に被災者の方々に申し訳ありません)

自分の意思で行われた被災者救済活動はきっと多々あったはずなのに、狂った左翼思想という大義名分で国的援助を怠って多くの命をうばった村山は一国の長として不適格のみならず人間としても不適格だと言い切りたいです。 実際こいつなんですよね、朝鮮の妄言に日本国総理大臣として謝罪いれて「事実容認」みたいなことをして日本を陥れたボケは。 

ところで今回のバカ安部の自爆は特亜との関わりがまったくないわけでもないんですよね。 「加害者が被害者に成り代わる瞬間」という貴重な自爆サンプルでもあるんですが。 まとめサイトで詳しく扱ってますが、こいつ、ブログのコメント非難された後にいじくって修正してますね。

国による命令→「知事の要請」 
援助に向かったのは...→「本格」援助に(ry
国土保安隊として出発し→「警察予備隊」

といった感じにです。 つまり、事実を歪曲し捏造も交えて証拠隠滅をはかった形跡=特亜クオリティーが見られます。 そしてこれをもってお咎め無しを狙うんでしょう。 
日本は、ぼく達の国の本当の歴史や先祖の命がけの活動もこうやって闇に葬られてきたんですね。 こんな茶番劇はもう終わりにしなければなりません!

2007/01/24-23:29 | URL | Uno #-[ Edit]

人権の皮をかぶったケダモノ

北朝鮮のような人権蹂躙・テロ国家を支持しつつ、平気で人権・平和を叫ぶ集団・・。人ではありません。

2007/01/25-02:55 | URL | 街の常識人 #B6zq2Yg6[ Edit]

これ以上謝りようのない最上級の謝罪の方法が天皇を戦犯にしちゃって、昭和天皇だけ地位を剥奪しちゃう事もありじゃないの?
http://yaplog.jp/teketoh/archive/22

日本は法治国家なんだから法律の範囲内であたしや在日がどんな表現しようともかまわない
http://vaughan.jugem.jp/?eid=134#comments

嫌韓がラチ被害者の救出を邪魔してんじゃないのかな?
http://vaughan.jugem.jp/?eid=132#comments

若い在日を民団に送り返してるのも嫌韓だとあたしは判断してるし、ネットやなんかで在日ってだけで在日批判してるバカ嫌韓をどーにかしないと日本人も若い在日もお互い不幸な結果になる
http://vaughan.jugem.jp/?eid=132#comments

2007/01/25-05:05 | URL | てけとー #-[ Edit]

ちょっといい話

管理人様、初めて書き込みさせていただきます。

今回の記事を読んで、以前に読んだ自衛隊話のことを思い出したので
リンク貼らせていただきます。
http://blog.goo.ne.jp/shinichi_ryu/c/178ace0949285703f59517896ab65758

実際にあった話なのかどうか、ネットの上での書き込みなのでなんとも・・
ですが、正直、涙がこぼれました。

話は逸れてしまいますが、靖国のことでも同じことが言えると思います。
国を守って命を落とした(落とすかもしれない)人々をどうして
非難することができるのでしょうね。
私にはそれが理解できません。

どうか、日本が普通の国に戻れますように・・・

2007/01/25-10:18 | URL | Prado #-[ Edit]

私も怒りに燃えました!

私もあの震災を体験しました。関東出身なので地震は結構大きいのにあったことがありましたが、あれは別物。吹田に住んでいたのですが、ゴーという音と共に下から突かれるような激しい揺れ!ふとんから上半身を起こすのがやっと!台所からはグラスやお皿の割れる音が響き渡る!ロックしていなかったサッシは開いてしまい、テレビは部屋の隅から真中へ移動。マンションのろうかに設置してある消火器がグワングワンと音を立てて転げまわる。思い出すのもいやなあの時の記憶…その後の救援の様子や、実際に三宮へ携帯コンロ10個もって歩いていった事を思いだす。そんな状況を自分で見て、経験していない左巻きの議員が何をほざくのか!頭の中のお花畑を手入れするのは結構!しかし、阪神淡路大震災の被災者を愚弄するような発言は許しがたい!阿部議員へメールで意見を送りました!韓国の例をみても国の頭におかしな人を頂いてはいけないということを痛感しました。

2007/01/25-16:26 | URL | maruhide #xk7ru7UM[ Edit]

fetiaさん お疲れさまでした。
自分の気持ちの中に偽善が入っている可能性があるのでは?と意識しながらの冷静な行動。
ガソリンの件での厳格な自己への責め。
その結果として「個人では無理だ」と冷静な分析。

私が同じ立場だと、感情の動くままに行動してしまったことでしょう。
さすがだなあと思いました。

2007/01/25-21:39 | URL | 代吉 #-[ Edit]

お借りしてきました、関連URLです

関東大震災後の「朝鮮人狩り」も事実曲解
http://naver.uwakina-honeypie.com/index.php?%CE%F2%BB%CB%BB%F1%CE%C1%BD%B8%2F%B4%D8%C5%EC%C2%E7%BF%CC%BA%D2

バカ安部に電凸された方がいるようです
http://25oclock.blog.shinobi.jp/Entry/16/

阪神大震災後の村山とブサヨの動向など
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/9881/sinsai.htm

バカ安部が言い訳を始めました(妄想部分多々あり・注意)
http://www.abetomoko.jp/

2007/01/25-22:59 | URL | Uno #-[ Edit]

まりりんさんへ

お騒がせしたようですみません。これは私のあくまでも私見なのですが、亀井氏の言動、それは何を言ったかではなくあの当時忘れられない姿にあるのです。
これから先どうなるのか、とても不安でいた当時流れたニュース、そこで映っていたのは、睡眠を削って奔走していた為げっそりと青い顔をしていた神戸市長の横で、ソファにふんぞり返って笑っていた亀井氏の姿でした。
それを見た時不快感と言うよりは怒りで頭が真っ白になったことを覚えています。
確かに後から見れば任務を果たされた方だったのかもしれませんが、あの映像だけは忘れられないのです。およそ被災者を慮った政治家の姿には見えなかったのです。私の目には「視察に来たらしいが、神戸市長に接待させて満足しているロクでもない政治家」としか映りませんでした。
その為、私にとっては震災と言えば首相としてすべき事をせずたくさんの人を苦しめた村山氏と共に思い出してしまう人なのです。

2007/01/25-23:06 | URL | SAKI #5vCk3Vj.[ Edit]

SAKIさんへ。

あら座ですが、亀井氏への怒りの理由を理解できました。
あのテレビの映像を見れば気分も悪くなるでしょうね。

ただ、「テレビニュースの映像」であることを念頭に置くことを忘れないようにしたいと思っています。「映像」は編集できますから。(例えば、亀井氏はねぎらいの言葉をずっとかけていて、一瞬の安堵感からソファにゆったりかけた瞬間を狙い撮られた映像、という可能性。)

2007/01/26-15:15 | URL | あら座 #EBUSheBA[ Edit]

あら座さんへ

そう言う可能性もあるかもしれません。
ただ、あの時神戸市長は立っていて、亀井氏が座ってた印象があるんです。
だから「何お前だけ悠々座ってんねん」とか、思った記憶があります。
あとあの時のニュース映像作られたモノだったとしても、私の周囲で「この人何しに来たん?」とブーイングの嵐だったのは特にその顔つきだったんです。どことなく来てやったぞ的な偉そうな感じとか、ニヤニヤ笑って何がおかしいんだとか、それが強く印象に残ってしまっていて。
まああの頃は心情的にすさんでたので、何を見てもマイナスにしか思えなかったのかもしれませんが。
ただその後の亀井氏に評価を大きく見直すようなことが(震災関連とか関係なく)なかったので、私の中では低いままなんですね(苦笑)

2007/01/26-21:36 | URL | SAKI #5vCk3Vj.[ Edit]

こういう体験をした人からすれば、この発言に怒り心頭なのは分かりますわ

2007/01/27-00:07 | URL | toshi #TIXpuh1.[ Edit]

はじめまして。被災地のど真ん中に住んでいた私は当時中学生で、地震の直後どういう風に報道があったのかは分かりません。停電してましたから。
だから今回のような、直後のテレビはどうなっていたのかという内容はとても興味深いです。ラジオも家の中がめちゃくちゃで探し出すまで大変だったことを覚えています。
死を覚悟したのはあの地震と車で正面衝突した時だけです。
幸いにも家は倒壊せず傾いただけで(後に建て直しましたが)電気も何日かで戻りましたが、そのときは自衛隊やいろんな人がボランティアで来てくれていたり、民間団体が頑張ってくれていることや外国政府が救助を含めた援助を申し出てくれていると言うことを聞いてとてもありがたい気持ちでいっぱいでした。
fetiaさんがしてくれたこともとてもうれしいと思います。気持ちだけでも嬉しかったんですから。
電気が戻ったときには日本政府も頑張って(?)いろいろしてくれていましたから、大人になってネットなどで対応がひどかったことを知ってびっくりしましたし、怒りが沸いてきました。今回のことでまた怒ってます。
一番に思うのは自衛隊の文句を言うときに阪神大震災と関連して欲しくないってことです。
ここでは自衛隊のみなさんは出来る限りのことをしてくれたと思っています。

2007/01/27-01:37 | URL | さこ #tHX44QXM[ Edit]

自分は震災時に神戸市灘区に住んでいた者ですが、震災から3日目に東京の親戚の家に疎開するために尼崎まで徒歩で歩いていった時(電車止まってて尼崎からしか動いてなかった)に東灘区で自衛隊の車両と遭遇しました。母と一緒に「自衛隊に感謝しなきゃねえ」と言ったことを今でもはっきりと覚えています。

2007/02/04-03:29 | URL | 名無櫓 #-[ Edit]

泣けてきました。

2007/02/14-12:21 | URL | 10D #-[ Edit]

私もこの社会党(社民党?どっちでもいい。あんまり批判が激しくて党名変えて逃げようとしてるだけなんだから。)の議員の発言には今更ながら怒りに震える。自衛隊を出すのを止めたのは誰だ?駐屯地の自衛隊指揮官は命令を今か今かと待っていたぞ。出動要請を出さなかったのは、当時社会党に支配されていた神戸市役所だぞ。神戸選出の土井たか子は一体何をしたのか?いずれ社会党はある意味人殺し政党と断じざるを得ない。私も若い頃、社会党に入れた口です。愚かだった。人殺しの売国政党に票をいれるとは。

2009/06/11-06:09 | URL | amapi #v1QjnDu.[ Edit]

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