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チャットの効能と可能性

韓国の狗肉食絡みで、チャットログをほぼ連続でご覧に入れました。特に前回のログでは、チャットログから読み取れる韓国人のマインドを色々解釈していただきたいと考えたのですが、どうもチャットログでは上手く伝わっていないのではないかというもどかしさを感じました。

サブタイトルで「日韓チャットを通して見る韓国」と銘打ってる通り、私たちは韓国ウォッチに翻訳チャットというツールを選択しております。が、私が日韓チャットを始めたのと同じ頃、日韓翻訳掲示板もかなりの盛況でした。

チャットと掲示板は、ネット上で行なわれる文字による情報の伝達や交換ツールという点では、似ていると言えます。一般にチャットでの発言は短文、掲示板での発言は長文という傾向はありますが、チャットでも比較的長文の発言が可能な場合もありますし、掲示板でも短文レスポンスは珍しくありません。

だから、「チャットも掲示板も似たようなもんじゃね?」と思っておられる方は、案外多いのではないかと思います。

などと偉そうに言っておりますが、実は私も、あまりチャットと掲示板の違いを意識したことがありませんでした。私が日韓チャットを選んだ理由は、単にリアルタイムのレスポンスが欲しかったからで、もし私がリアルタイムのレスポンスを求めていなければ、あるいは日韓翻訳掲示板の方に行っていたかもしれません。

ですが、チャットと掲示板は、思ったよりもその性質を異にします。最も大きな違いは、参加形態でしょう。チャットの場合、参加した時点で「参加している」ということが参加者に周知されます。月見チャットなどでは、一言も発せずログだけ読んで出て行くという人も結構おられますが、そういう人でも、入退室の記録が必ず残るわけです。つまり、チャットには「何も言わず、ただログだけ読んで出て行った」という、その人の行動記録が明白に残されるのです。

掲示板はその点、基本的には誰が読んでいるかは、ほとんどわかりません。当該スレッドの閲覧数が出る掲示板もありますが、それはそのスレッドを閲覧した人の数なのか、それともある程度固定された人数が何度も閲覧したからなのかも、はっきりとはわからないのではないかと思います。

また、チャットはレスポンスの応酬が比較的短時間の内に行なわれますが、掲示板の場合はレスポンスまでに数時間から数日、ヘタをすると年単位の間が開くこともあるという違いも、両者の違いとしては顕著なもののひとつと言えるでしょう。

時に掲示板や、あるいはブログのコメント欄(これも一種の掲示板と言えるでしょう)では、チャットのように即時的なレスポンスの応酬が行なわれることもあります。それは、弊ブログのコメント欄常連の方なら思い当たる例がいくつかおありではないかと思います。

しかしながら、例えば数カ月前に弊ブログで踊り狂った疑問氏のように、あれほどチャット状態の書き込みが行なわれても、コメント欄での投稿からだけでは幾日経っても読み取れなかった本性が、わずか一度のチャットで浮き彫りにされたように、掲示板ではどんなにチャット状態になろうとも、チャットと同様の効能はあまり期待できません。

もちろん、チャットにも短所はあります。ひとつのテーマを深く掘り下げるのは、掲示板と比べれば苦手科目でしょう。話題の展開が速いので、掲示板投稿よりも速いタイプスピードを要求されることも、人によってはチャットの取っ付きの悪さの理由になっているかもしれません。あるいは、掲示板なら既に決まったテーマが提示されていますが、チャットは必ずしも決まったテーマが提示されているわけではありません。また自分の参加時点における現在進行形の話題がどんなものなのかを読み取り、その流れに乗るのも、少々慣れが必要でしょう。

要は、ひとつのテーマを深く長く討論するならば掲示板が適したツールかもしれませんが、鮮度が求められる情報の交換や伝達、あるいは人間観察には、チャットの方が適していると私は考えています。

韓国は、実際に韓国に行ったり滞在したりしても、リアルで韓国人と話をしても、見えないものがあります。リアルだからこそかえって見誤ると言うか、見誤らされると言うか、隠蔽されると言うか、まあぶっちゃけ騙されるのですが、それを見破るのに、チャットというツールは極めて有能です。

しかし残念なことに、いくらチャットが鮮度の良い情報の交換や伝達、人間観察に優れたツールと言っても、実際にチャットをするのと、ログになったものを後から読むのとでは、受け取れるものが半分もあるかどうか怪しいのではないかと思います。

現在、弊ブログでは100に余るチャットログを掲載していますが、おそらく全てのログを熟読しても、一度のチャット体験に劣るのではないでしょうか。それは、実際に月見チャットを経由して日韓チャットを体験された方々には、痛感していただけるでしょう。謂わば、映画のシナリオをどんなに熟読しても、たった一度、実際に映画を見るのに及ばないのと似ています。

他にも、私が気づいていないチャットの効能はあるかもしれません。何しろ、いまだに私は「チャットの効能?グダグダ説明しなくても、一回参加してみりゃわかるじゃん」という考えなので、日韓チャットの常連日本人から「そんなんだから、「たかがチャット如きでわかったつもりになってる」と侮られるのだ」と叱られるほどなのです。

チャットの持つ効能とその可能性は、おそらくそんな私なんかが思うよりずっと大きいと思います。手前味噌で恐縮ですが、月見チャットはそれを探る一助になり得ると思っています。

「たかがチャット」と思っている人ほど、是非月見チャットで、チャットの効能がどれほどのものかを体験していただければと願う次第です。



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コメント

エントリー更新お疲れ様です。
チャットは会話、掲示板は作文に近いですね。
彼らはどうしても浅いので、瞬発力を必要とするシーンでは、簡単にボロを出すのでしょう。
…しかし、「鮮度」という一般的な単語に、別のイヤーな意味を感じてしまうのはなんででしょう(笑)

2011/07/08-11:18 | URL | 水呑@ぽーたぶる #gJtHMeAM[ Edit]

私も月見チャットに参加して、その「効能」を実感させてもらった一人です。
管理人さんが言われるように、数ヶ月前に「疑問氏」の件がきっかけで月見チャットが作られ、早速参加させてもらいました。それからしばらくして、例の「東北大震災」が発生し、偶然とはいえ、リアルタイムで「震災」や「原発」の情報が時々刻々と得られるというまたとない体験をしました。
月見チャットの方の掲示板でもTokyoCatさんが言われているように、「チャットは最強の情報交換の手段となりうる」ことがよくわかりました。これも是非読んでみてください。w

月見チャットは怖くはありません。私みたいに初心者でも、タイプが遅くても充分に楽しめます。月見櫓ブログに来られる方々とチャットしてみたいと思っていますので、どうぞ皆様お誘い合わせの上奮って月見チャットにおいでください。w

2011/07/08-12:52 | URL | 桃太郎 #-[ Edit]

◆『続日本紀』の帰国事業の二つの記述◆

ざる様へ
返事が遅れて申し訳ないです。有難うございます。一緒に頑張っていきましょう!手伝ってくれる仲間がいると思うと心強いですm(__)m

火見櫓は月見櫓さまの所のコメントは実はあまり見ないのです・・・。

◆日本最古の帰国事業の記述◆

◆原文◆続日本紀・巻第廿二・廃帝(淡路廃帝こと淳仁天皇)

○九月丁卯。勅大宰府。頃年、新羅帰化、舳艫不絶。規避賦役之苦。遠棄墳墓之郷。言念其意。豈無顧変。宜再三引問。情願還者。給糧放却。

http://nihonshoki.s317.xrea.com/sh21_25.html←このサイトから引用させて頂きました

◆現代語訳◆

九月四日(注・天平宝字三年<759年>)天皇(注・淡路廃帝こと第四十七代淳仁天皇)は大宰府に次のように勅した。
近年、新羅の人々が帰化を望んて来日し、その船の絶えることがない。彼らは租税や労役の苦しみをのがれるため、遠く墳墓の地を離れてやってきている。その心中をおしはかると、どうして故郷を思わないことがあろうか。よろしくそれらの人々に再三質問して、帰国したいと思うものがあったら、食糧を給して自由に帰らせるように。


●続日本紀(中)宇治谷孟・著・講談社学術文庫P234から引用させて頂きました●



◆日本二番目の帰国事業の記述◆759年から15年後の774年◆

◆原文◆続日本紀・巻第卅一・天宗高紹天皇(あまむねたかつぐのすめらみこと)光仁天皇

○乙卯。勅大宰府曰。比年新羅蕃人。頻有来著。尋其縁由。多非投化。忽被風漂。無由引還留為我民。謂本主何。自今以後。如此之色。宜皆放還以示弘恕。如有船破及絶糧者。所司量事。令得帰計。

http://nihonshoki.s317.xrea.com/sh30_36.html←このサイトから引用させて頂きました。

◆現代語訳◆

五月十七日(注・宝亀五年<774年>)天皇(光仁天皇)は大宰府に次のように勅した。
 近年、新羅の人たちが頻繁に来着する。その理由を尋ねると、多くは日本の国王の徳を慕って帰化するのではなく、にわかに風に流され漂着し、引き還すすべがなく、そのまま留まってわが民となるのである。新羅の王は何と思うのであろうか。これより後にこのようなことがあれば、皆送り還して天皇の寛大な心を示すように。もし船が破れ食糧が絶えている者があれば、役所が事態をはかって帰国の計画が立つようにせよ。


●続日本紀(下)宇治谷孟・著・講談社学術文庫P127~128から引用させて頂きました●


<火見櫓のコメント>

『続日本紀』で帰国事業が出てくる箇所はこれだけだと思います。見落としがないかもう一度読み直すつもりです。

天平宝字三年と宝亀五年の記述の整合性が取れないので、二つの記述をどう読みとくかは各自の皆様にお任せします。あえてコメントはいたしません。

余談ですが半島は統一新羅時代で、天平宝字三年・宝亀五年の年のあたりの時に飢饉とか天災がないか半島の正史『三国史記』で調べたんですが、今のところそういう記述は見つけることができませんでした。

また、現在は六国史の第三『日本後紀』を読んでいます。また面白い記述があれば記載いたします。



2011/07/08-20:12 | URL | 火見櫓 #4euuRMTk[ Edit]

新羅と朝鮮は関係無いでしょ?

朝鮮は明代に作られた中華の辺境国で、人種としてはモンゴルの雑種。
民族としては清末以降に作られた物だと思います。
勿論百済とも無関係。

2011/07/08-23:24 | URL |   #eqP7eH0Y[ Edit]

ちなみにモンゴルとは鳥丸や匈奴などが雑婚を重ねた末に出来た民族で、これまた比較的最近に出来た民族。
古代人とはまるで無関係です。

2011/07/08-23:27 | URL |   #eqP7eH0Y[ Edit]

確かに掲示板ブログ巡回だけでは

韓国の実情理解に膨大な時間がかかりますね┐(´д`)┌ヤレヤレ
韓国人にピーター・ペスーンだの鳩山由紀夫の支離滅裂野郎
が結構多いと理解するのに10年近くかかりました。
どうしても力道山や和田アキ子のイメージもありますからね > 朝鮮民族

まあ、朝鮮人(韓国人)も色々と言う考えには変わり有りませんが
日韓を通じてノミ、シラミ、南京虫にとりつかれた野郎共が
両国を覆って闊歩している実情も有りますな。

日本は勿論の事ですが韓国のデタラメも許してはなりません。
朝鮮半島のシーシェパード類にご用心って事で(^_^メ)

2011/07/09-08:17 | URL | abusan #17ClnxRY[ Edit]

火見櫓様へ

保存させていただきました。ありがとうございます。

しかし歴史の話は今回のブログの内容と違うので他の皆様にご迷惑だと思うので
どうしたものか・・・。

以前は歴史の話をヤフー掲示板でしていたのですがもう1年以上参加していません。
火見櫓さんが相手してくださるなら喜んで再開します。
または火見櫓さんがご存知の場所があったらそちらで。


今回の『続日本紀』の帰化人についての記述。
当時から日本が大国だった様子がうかがえて興味深いです。

わたしはもう少し前の時代や弥生縄文時代に偏っているのですが
いつの時代も日本列島は豊かだったと考えています。

たとえば7世紀にもたくさんの帰化人がたのですが、大和朝廷はすぐに彼らを近江や東国に移住させました。

日本の学者がいうように百済や新羅が進んだ国だったなら帰化人をまとめて地方に送るようなことはしなかったはずです。
大和朝廷に不要な民だったけれど送り返すのはかわいそうなので温情だったのでしょう。

ちなみにご存知でしょうが、「帰化人」という言葉を避けて「渡来人」といわせているのは戦後偏向教育の一環ですw


2011/07/08-23:24さん
>新羅と朝鮮は関係無いでしょ?

統一新羅時代の郷歌は数少ない古代朝鮮語の資料ですがセンスのかけらもありません。

モンゴル人については日本人と近いと考えています。
理由はチベット人と日本人が近いのと同じ理由ですが長くなるので
ご迷惑を考えて...m(_ _)m

2011/07/09-12:20 | URL | ざる #qnVYkfDY[ Edit]

チベット人と日本人は、言うほど近くないですよ
どちらも古代種の生き残りですが、グループが違う
蒙古人は更に違う

2011/07/12-16:40 | URL |   #zHTyKSPE[ Edit]

2011/07/12-16:40さん

レスありがとうございます。
アカデミックな見解はおっしゃる通りですが、異論をもっています。

近くないならどうしてDNAが似ているのでしょう。
日本のアカデミックな理屈では説明できません。
http://maokapostamt.jugem.jp/?eid=3760
(「今日の韓流通信 Act.Ⅲ」さんとも見解が違うのですが
図が豊富なので参考にしてください。)

わたしは日本人もチベット人もモンゴル人も
インドシナ半島経由の海洋民族だと考えています。

最近の欧米のアカデミックでは同様の考えが主流になって来ているように感じています。
http://album.yahoo.co.jp/photos/1194655/5348860/zoom/l/in/my/38371/

「縄文人はシベリアから南下した」
「弥生人は半島あるいは長江流域から渡って来た」
と言ってきた日本のアカデミックには都合が悪い学説だからです。
都合が悪いとは「日本人の故国は大陸にある」と言えなくなることです。

2011/07/12-19:24 | URL | ざる #qnVYkfDY[ Edit]

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